4-1 東条和真は流される
某日の放課後。
和真はノートやテキスト、水色のペン入れを通学用のリュックサックに放り込んだ。
昨日ようやく図書館に行くことができたが、そもそもどうして図書館に行こうと思っていたのか、その目的をすっぽり忘れていたのだ。
和真は「まあ、いいや、折角だから適当になんか読んで帰ろう」というスタンスで閉館ギリギリまで図書館のデスクにしがみついていた。
本を探している時に、本来の目的である「魔力波の速度不変則」について、噛み砕いて記述されている本を偶然発見できたので、寮に帰る頃には謎の達成感に包まれていた。
そして今日、自分で自分にかけていた「謎の図書館の呪い」が解けたので、清々しい顔で寮に戻るつもりでいた。
帰る用意をしながら祐一、竜二と他3名のクラスメイトと雑談していたところ、奇跡的に話すタイミングが合ったのか、3人が和真の方を向き、自分の言いたいことを話し出す。
「図書館の司書さんめっちゃ可愛くない?」と山内。
「『咲いたコスモスコスモス咲いた』の意味わからん」と竜二。
「そういえば剣術部のあの先輩部活辞めさせられたらしいぞ」と祐一。
誰が何言ってるかわからん。
「ごめん、1人ずつ話してくれない?」
和真は一生懸命に主張してくるクラスメイトを、いい意味で面白いと思っていた。和真のひと言で井戸端会議の輪がどっと笑いで盛り上がった。
会話の端で、和真はユリィを探していた。もう帰ったのかと思い、輪に入り直す。
━ユリィと目が合わない。視線は感じるんだけどすぐに目を逸らされる……
「ならさ、東条、あの先輩がいないなら剣術部に入らない理由はなくなったんじゃね?」
確かに、あの場にいた祐一は、「力を振りかざすような人がいる部活には入らない」と和真が丁重に断っているのを目の当たりにしていた。
「うん、まあでも、断っちゃったし、ちょっと気まずいかなーって」
「部長の菱井さん、東条を諦めてなさそうだぞ」
祐一の言葉に、和真はどう断り切るか悩んでいた。
その時━
「はぁ〜い、こんにちわぁぁぁぁあい!」
突然、間抜けすぎて一瞬人間のものかどうか疑うレベルの声が教室に響きわたる。
一同、唖然。
「……誰?」「なんなのあの人」「怖い」という声がヒソヒソと聞こえてくるが、「歩く傍若無人」の貝塚兼孝である。
「東条和真クンはいますかー!」
和真は思わず「え」と溢した。何かやらかしたのか。
「貝塚さんお疲れ様です……なんでしょうか?」
兼孝は和真や周囲の様子を全く気にすることなく続ける。
「剣術部の菱井クンがね、一度部室に顔を出して欲しいんだってさ、あ、部の勧誘とかじゃなくてね」
とりあえず何かやらかした感じではなさそうで少し安堵した。
和真はリュックサックを担ぎ、クラスメイトに「じゃあね」と告げ、兼孝とともに教室を出た。
部室に向かう途中、兼孝は和真に興味深そうに尋ねる。
「キミ、剣の腕前は噂通りなんだってね?」
━その聞き方だとどう答えても嫌味になりそう。
和真は返答に困っていた。
「まあでも、相手がドドド素人の野田クンだったらしいから、過大評価かもね〜。試合を見てたわけじゃないから確定できないけどね」
兼孝は、和真が思ってても口にしなかった事実を言った。
「……正直な話をすると、それは否定できないです」
和真はこれでも一応、手合わせ相手に最低限の敬意と最大限の配慮を持って肯定する。
「まあ彼はね、ロクに技術も磨かないで、弱いものいじめばっかりしてきたから、正直、剣術部で何を学んできたんだとコッチが聞きたいんだよねぇ〜」
兼孝の愚痴に、和真は「そうなんですか」と答える。
「菱井クンも手を焼いてたみたいでね、実力行使に入ったんだけど、『俺の親は政治家だ。退学させてやる』云々言われて脅されたんだってね。あー、これだから政治家の坊ちゃんは」
大変だったんですね、と和真は顔を引き攣らせる。
「一回ボクが野田クンに痛い目を見せたらしいんだけど、特に何もなかったし、冷静になって考えればそんなこと絶対ないのにね」
「痛い目を見せたらしいって、覚えてないんですか?」
和真は、兼孝の他人事のような言い方に口元が緩んだ。
「うん、覚えてない」
世間話に花を咲かせていると、いつのまにか部室に着いた。
「こーんにーちわぁぁぁぁぁぁぁあい!ひーしーいーくーん!」
兼孝は剣術部の部室の扉を盛大にバァンと開いて、なぜかハイテンションで、身振り手振りで挨拶した。
「こ、こんにちは」
一方で和真の方は平常を保つ。いつの間にか兼孝のペースに飲まれていた。
「おー!ありがとう貝塚!東条君、よくきてくれた」
剣術部の部長である菱井は、心底嬉しそうに和真を歓迎した。和真は、借りてきた猫状態で、「来いって言われたから来ただけだけど?」と言いたげな顔をしていた。
「単刀直入に言う、俺と勝負して欲しい」




