3-4 学院の闇①
シマ研の貝塚グループの研究室。
秋野紅葉は、作業机にて、たくさんの紙の文書━論文を読み込んでいる。金曜日の18時からの研究室合同セミナーの為の準備だ。
研究室のセミナーとは、言ってしまえば勉強会のようなものである。発表者がプレゼンテーション形式で、論文内容の紹介を行い、あれやこれやで議論を行う。
紅葉はその発表者となった。
3ヶ月前に兼孝が発表しており、教授や研究員が次々と質問して兼孝がそれに淀みなく答えていた。
一方で、向こうの研究室の何人かの生徒が、準備不足で怒られている光景を目の当たりにしているので、自分ができる最大限の準備をして発表に臨みたい。
「…こういう時、貝塚ってホントに頼りになるのよね…」
貝塚グループに指導研究員がいないのは、貝塚兼孝という狂人を扱える人間がいないためである。教授陣営が不要と判断したらしい。
兼孝は「この内容なら参考文献だけじゃなくてこの辺りも目を通しておいて損はないんじゃない?」と、紅葉にアドバイスした。
「…にしても、多すぎるわー!」
山のようにあるA4の紙を見て、紅葉はつい叫んでしまった。
幸いなことに、論文は日本語で書かれている。化学系や古典物理系の論文のほとんどは英語である。魔法系は比較的新しい学問であり、積極的に発展させようとする動きがあるのは日本くらいである。
そもそも、向こうの研究室のコアタイムは9時〜18時のはずなのに、18時スタートとはこれいかに。これに関しては兼孝も苦言を呈していた。
研究室の扉が勢いよく開いた。兼孝が気分良さそうに入ってきた。
「おっはよ〜ございまぁぁぁぁす!」
うるさい。今の時刻は15時15分である。少なくとも、おはようの時間ではない。
「どこ行ってたのよ?」
紅葉は少しイラッとして聞いた。
「ちょっと野暮用。こないだの魔力フィルムを返してきてたんだ。『餅は餅屋だから餅屋に聞いてみたら?』で投げてきた」
「そ、そうなの…」
土曜日の午前中を丸々使ったのに、なんだったんだあの時間は。
「あ、そんなことよりセミナー進んでる?」
「うん?まあ、ぼちぼち」
「紅葉さんならできると思ったから参考文献にないものも選んだからね。ちょっと大変だけど頑張ってね〜、ボクはちょっと別の案件があるから、それじゃね〜」
そう言って兼孝は研究室を出てどこかへ行ってしまった。
「アイツ、フリーダム過ぎるわ…」
*
コズミック司令部。
パブロ溝呂木は事件の後処理を行なっている。
「こーんにーちわー!」
聞いている方まで脱力してしまいそうな声で自動シャッターから現れたのは魔法工学科の3年、貝塚兼孝だった。
「よく来たな、貝塚」
「コズミックの部隊長がボクになんの用でしょーかー?」
兼孝はどこかワクワクした様子で聞いてくる。
「用件はふたつ。ひとつは、お前に『ハイペリオンの涙』について内密で調べて欲しい」
兼孝の顔から笑顔が消える。
「…それは、堂ノ上理事長の命令ですか?」
兼孝はそれまでの軽いノリを捨て、尋ねる。
「違う。俺の独断だ」
兼孝の目が怪しく光る。ニヤリと笑った。
「…りょーかいしました。もうひとつはなんでしょー?」
溝呂木は、ノートパソコンの画面を兼孝へ向けた。そこには、先日の魔法犯罪の逮捕者の1人、青柳の写真と経歴が映っている。
「この青柳という男は、元学院生で、貝塚、お前の2学年上の先輩にあたる」
「ほうほう」
兼孝はいつもの、お気楽な調子に戻った。
「この男の退学前の魔力データと現在の魔力データの比較をして欲しい。魔力波が別人レベルで違っている。この2年で何があったのか、推測でいいからお前の意見を聞きたい」
溝呂木が波形グラフを兼孝に見せた。兼孝は興味深そうに凝視する。
「この人がどういう人かはわからないですけど、強いていうなら━」
兼孝は人差し指で眼鏡をクイッと持ち上げた。
「『怒り』……とかですかね」
「怒り……」
意外な答えだった。溝呂木は、兼孝が感情論を持ち出すとは思っていなかった。
「怒り、とか、憎しみ……特に、理不尽な事に対して、とかですかね。強い感情がその人の魔力の性質を変化させる、みたいな事例も過去にはあったらしいです」
「なるほど、ならついて来い、貝塚」
「はぁい、オトモいたしまぁす!」




