1-1 深夜のトレーニングジムにて
日本で唯一の魔法教育機関、暁星学院。
東条和真は、侍を育成する教育機関である「国立武士学院」通称「国武院」出身の15歳の侍だ。
国武院、侍、武士━時代錯誤とか古臭いとか堅苦しいとか思われるが、魔法が広がり始めた現代においてはそうとも言えない。
魔法が発見されてから数年は、魔力の暴走などによる事故が相次ぎ、負傷や精神的ショックによる被害者が急増した。
この背景を基に、反魔法主義の政党が「魔法に負けない身体と精神を育むには武士道教育が必要だ」と唱えたことで、国武院という組織が設立された。
和真は15歳で、一般的には高校生となる年齢だ。
これまでの人生で魔法とは全く縁のない人生を送ってきた。
ところが、国武院にたまたま訪れていた暁星学院理事長━堂ノ上真聖が、和真に眠っている魔法適性、剣士としての才能を見抜き、彼を暁星学院に招いた。
当時、和真は「え!?僕は魔法のマの字も知らないけど!?」と寝耳に水状態だったが、国武院よりも安全で安定した生活が保証されるなら全く悪い話ではなかった。
入学式を迎えた日から3日後、和真はトレーニング用の木刀と、重りとして利用する二つのリストバンドと内履きの靴の入った手提げ鞄を持ち、学院敷地内の男子寮と女子寮から程近いトレーニングジムへ向かって歩く。
夜11時頃であるため、照明が点灯している寮の部屋はそこそこあるが、生徒が屋外を歩く姿はほぼ見られない。
トレーニングジム施設内に入り、玄関で内履きの靴に履き替える。
夜の静寂の中、デジタルの時計は23時25分を表示していた。
施設にはランニングマシンや鉄棒、ダンベルといった一般的な道具が数セット配置されており、腕立て伏せやスクワットなどの道具を必要としないトレーニングのためのフリースペースも設けられている。
和真が来る前からたった一人、トレーニングをしている生徒がいた。
銀髪の少女、確か、同じ教室にいた、「ユリィ・フロスト」。あれだけ綺麗な銀髪で一際目立つのだから名前を覚えてしまうのも極めて自然だろう。
その少女の肌は白い、まるで外の世界に出たことがないのではと疑ってしまうほどに。しかし、無機的な白ではなく、確かに人間的な「熱」を帯びている。
学院指定の長袖長ズボンのジャージ姿で極力白い肌の露出は抑えている。
氷のように冷たい印象を与える銀髪。 あらゆる「光」を拒絶する、「白」銀。 美しい白銀の髪は少女の胸あたりに達していた。
顔立ちは着せ替え人形かと見紛うように整っており、目はぱっちりとしている。 瞳はアメジストのような紫色だ。 しかし、その瞳には「光」が宿っていない。感情、魂、精神、心を何処に置き去りにしてきたのか。
そんな少女は、か細い両足にいくつもの鉄球を紐で括り付け、テンポよくリズムよく懸垂を行っている。
鍛錬、というよりは、確認作業。
多少の発汗はあれど、少女は疲労に苦しむどころか、眉一つ動かさない。
身体は非常に小柄かつ華奢だ。このような身体でどうしてあれだけのパワーを生み出せるのか、恐ろしいという感情より訳がわからないという疑問が勝つ。
和真は彼女を軽く一瞥し、フリースペースへ移動する。
入学前よりルーティンにしてきた剣の素振りをする。手首にリストバンドを巻き、剣を振る動作に負荷をかける。
素振り回数が500を超えた頃、和真は一度集中を解いた。あの銀髪の少女はいつの間にかいなくなっていた。
デジタルの時計は23時54分。
この辺にしておこう、と和真は呟き、ジムを後にした。




