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氷銀の魔女  作者:
18/21

2-6 和真の休日③

 土曜日、午後。


 午前中は買い物を済ませた後、学院をのんびり散歩しようとしたが、ユリィや()()()()個性的な人に遭遇したため、結果的にはのんびり出来なかった。


 昼11時30分くらいに寮部屋に戻った。パスタを茹で、キャベツやツナを適当に混ぜ合わせ、胡麻ドレッシングで無理矢理味をつけたパスタサラダ。


 和真は致命的に味覚に合わないものでなければ、味が多少薄くても基本的に「美味しい美味しい」とか言いながら食べる。


 パスタサラダを完食し、わずかなキャベツの破片と胡麻ドレッシングが残っている皿を台所に置き、すぐに洗剤と水で洗う。


 食後は授業の復習━古典物理学は、数学を嗜んでいるため、元々それなりに知識として持っていた。復習も30分もかからない。


 魔法基礎はなかなかハードな内容だ。


 「魔力波のパラメータ」や「魔力波における量子論の適応」など。魔法量子論では、数学好きでも辟易するレベルの数式が平気な顔して表に出てくる。


 教師は「数式は丸暗記しなくても意味さえ理解すればいい」とは言うが、その意味を理解することも難しい。暁星学院特有の最初の「壁」だ。教科書の書かれている内容は少し抽象的で、精神衛生上よろしくない。


「魔力波にドップラー効果が適用できないってどういうことだよ!」


 魔力波も「音」と同じ「波」である。救急車のサイレンの音が高く聞こえたり低く聞こえたりする原理として知られている。


 一方で、魔力波というのは、「発信源や観測者の動きによらず常に一定の速度である」という性質があるのだが、和真は直感に反する事象に目を背けそうになった。


 和真は一度納得できないことがあると、諦めきれずに答えが出るまで引き下がれない性分であり、自分でも面倒な性格だと思っている。このままでは埒が開かない━そう思い立った和真は、縋る思いで図書館に行くことにした。


 再びスマホと財布と鍵を持って図書館まで足を運ぶ。敷地内だがそこそこ時間はかかる。冗談抜きで敷地外にある最寄りのコンビニエンスストアの方が近い。


 図書館へ向かう途中には部活棟があり、武道館、テニスコートや体育館、野球グラウンド、体育の授業でも使われるサッカーグラウンド、50mプールなどが配備されている。


 暁星学院では部活動に入る生徒が少ないため、特に野球に関して、生徒は社会人と一緒にプレーすることになっている。


 その部活棟では、何やら人だかりが出来ている。


 今はそんなことより魔力波の━と考えていたところに、


「よっす、東条」


 祐一が後ろから話しかけてきた。


「おお、敦賀君おつかれ」


「東条も部活動に興味があるのか?」


「僕は別に…かな」


「ちょっとあそこ見てみようぜ」


 祐一が指差したのは体育館。


 体育館の中を覗いて見ると、上級生男子が木刀を持っている。向かい側には少し身長の小さい男子生徒━新入生だ。同様に木刀を構えているが、明らかに怯えている。周囲はその場の様子を心配そうに見ている。


「剣術部だな」と祐一は和真に捕捉する。「なるほど」と和真は返す。


 これは剣の試合だと和真は思っていたが、違う。表面上はそうだが、実態は違う。明確に、大きな違和感。


 上級生の嘲笑うような下品な笑い。


 新入生の怯えた表情。


━これは両者の同意の下で行われていない。


 一方的な、暴力、見せしめ。この上級生のためのストレス発散、力の誇示のために新入生が犠牲になっている。


━僕はこの光景を知っている。


 かつては和真もそうだった。殴られ、叩かれ、どれだけ傷ついても、殴り返して━


 和真の顔が一気に険しくなった。祐一にも「お前、顔怖いぞ」と言われるほどだったようだ。


 和真が前に出ようとした時、試合が始まった。


「いくぞおらぁあ!」


 上級生は一直線に新入生に向かっていき、木刀を大きく振りかぶる。新入生はなんとかガードし、押し切られないように踏ん張っている。


「ナメたマネしてんじゃねえよ!」


 上級生は大声で威圧し、木刀を下から振り上げ、新入生の脇腹に直撃させた。新入生は思わず脇腹を押さえてしゃがみ込む。


 ここで勝負あり━だが上級生はここで終わらず、戦意を失くした新入生を木刀で叩きつける。


 外野がどよめく。「おいおい、やりすぎだぞ」という声。部員も彼の暴走を止められないのか。


━これは、一線を超えた。


 和真の中で、何かが切れた。


 和真はこの光景から目を逸らすことは出来なかった。


「お、おい東条」


 祐一の静止を振り切る。というより、和真には聞こえていなかった。


「…あん?なんだてめぇ」


 上級生は和真を威圧する。しかし和真はそれに動じない。あくまで喧嘩したいわけではない、できれば、丁寧に。


「先輩の実力、お見それしました。僕にも一手、御指南頂けませんか?」


 ギャラリーからは「あれ新入生?」「大丈夫か?」「侍らしいけど」「あいつ終わったな」などの声。


「おまえかぁ、噂の()()()()というのは。今のこの魔法の時代に、ホントにいるんだな、そういえば縄文人の匂いがプンプンするぞ、ギャハハハハハハハハハハハ」


 和真は挑発には乗らない。


「そんなオサムライ様の古臭い剣術しか教わってないお前も可哀想なやつだ」


 和真の握る拳が強くなる。爪が皮膚に貫通する、血の滲むような痛みすら気にならない。


「…僕のことはともかく、『お師匠』のことを悪く言うのはやめていただきたい…」


 漏れ出る怒りを抑えながら和真は搾り出すように言う。剣術だけではなく、生き方を教えてくれた「お師匠」を侮辱する行為は、到底許し難いことだった。


 部員が和真に木刀を手渡す。和真は無言で「ありがとう」と部員に頷く。


 上級生と和真は向き合い、木刀を構える。


 試合、開始。


 上級生は「おらぁぁぁっ!」と叫びながら和真に迫り、木刀を振り下ろす。和真はそれを木刀で軽く受け止める。


━これなら


 上級生はイライラした表情で剣を振る、和真はその剣先の動きを全て読み切り、最低限の動きで回避。


━剣の振り方が雑、軌道が一直線、大振りのわりに一撃が軽い。


━何より、隙が多すぎる。


━これでは子供の喧嘩と大差ない。


 和真は、上級生が上から大きく振りかぶる攻撃をいなし、上級生の木刀を吹き飛ばし、自身の剣先を上級生の首元に当てる。


 勝利宣言。


「お、おまえは…」


 上級生は何が起こったのかわからず、負けを認めたく無さげに和真を睨んでいた。


 和真は何も言わない。相手の「癖」を観察して戦うスタイルの和真であるが、癖以前の問題だった。


 外野はしばらくの沈黙の後、盛大に拍手が湧き起こった。和真に対する称賛の声が聞こえてくる。


 しかし和真の顔は険しいままだった。


 そんな和真の前に部員と思われる人物が3人集まった。


「東条君、剣術部に入らないか?君ならもっと━」


「部長はどなたですか?」


 和真は部員の勧誘を遮った。その声は、まだ低い。和真の質問に、部長が「俺だが」と挙手する。


「『弱いものに刃を向け、力を振りかざす』。それが『剣術部』の理念ですか?」


「そ、それは、ちがう」


 和真の真剣な問いに部長はしどろもどろになっている。和真も、部員の全員が、あの上級生のような考えを持っているとは思っていない。


「実力を認めて下さって勧誘して頂けるのはありがたいですが、そんな人がいる所には入れません」


 和真はその場を後にしようとした。和真の一声で静まり返っていたギャラリーが再びザワザワし始めた。


「東条お前すげえな」


 祐一が和真の肩に手を置いた。


「そんなことないよ、ただ、許せなかっただけ」


 いつもの和真の穏やかな口調に戻った。その表情もいつもの和真。


 その時、遠くの建物の影に何か「いた」ような気がした。


「どうした?」


「ううん、なんでもない」


 しかし、確かに、「銀色の何か」の気配を感じた……。


 一段落がつき、和真は寮に戻り、ベッドに転がった。


「あ」


 ……図書館に行くつもりだったことがすっかり頭から抜けていた……。

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