2-5 ユリィの休日
暁星学院、午前9時45分頃。
ユリィは剣の練習のために人気の少ない校庭に来ていた。
休日でもトレーニングジムには生徒が数人いるので、いつも誰もいない時を見計らって夜中に行っている。
━ここは誰もいない。静か…。
そう思っていた。
何かが近づいてくる気配━
━猫。
ユリィは、近づいてくるのが人間ではなく猫だったことに胸を撫で下ろした。しかし、安心したのも束の間、2匹の猫がユリィの足元にまとわりついた。一旦近くのベンチに座り、どうしようか考える。白い猫の方に視線を移すと、首輪のネームプレートに「ユスティニアヌス」という文字列が油性ペンで記載されていた。
━ゆ、ゆす、てぃ、にあ、ぬ、す……
癖の強い文字列に、ユリィはしばらく名前と認識できず、首を傾げた。名付け親の顔が見たい。
「ちょ、ちょっとま、まって、『ゆすてぃ』」
「ゆすてぃ」とハチワレの名無しの猫は、ユリィの黒タイツに包まれた脚に頭を擦り付けている。
さらに現れたのはキジトラの猫━小野小町35世━と、東条和真だった。
和真の言う通り、1匹ずつ膝の上に乗せて撫でてあげると、満足したのか2匹ともどこかへ行ってしまった。小野小町35世━「35世」は膝の上から降りた後、しばらくユリィの足元に座っていた。和真が離れると「にゃお〜ん」と鳴いた。
和真が去ったあと、言われたことが引っかかってしまった。
━わたしが、優しい?
誰かを傷つけるかもしれないのに。
和真の「優しい」という言葉が、刃のように心に突き刺さっていた。
━どうして。
━どうして、そんなことを言うの。
━わたしは、戦うための、存在。
━「優しさ」なんて、いらない。
自分に何が起こったのか、ユリィには全く理解できなかった。
4月の西の風が植え込みの木々を揺らしている中、ユリィの心も揺れていた。
ユリィは一旦女子寮に戻り、先程の和真の発言をなかったことにしようとした。女子寮のロビーで藍色の髪の見覚えのある人物とすれ違う。
「あ、フロストさん、おはよう」
ユリィはゆかりとは何度か教室で会話はしているが、毎回名前を聞きそびれていた。
「……えっと……名前」
「あれ、名前言ってなかったっけ、私はゆかり」
「ゆかり……おはよう……」
ユリィは少し気まずそうに挨拶を返す。
ゆかりのように会話が上手でグイグイ来るタイプはユリィにとっては苦手なタイプではあるが、決して嫌では無い。同性であれば拒絶はしない。ゆかりはユリィに実害を与えるような人物とは思えない。
和真の時と同様に、しばらく考えて、
「…ユリィ、でいい…」
名前呼びの許容は、ユリィにとっては大きな変化点だった。




