落語声劇「三国志」
落語声劇「三国志」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約25分
必要演者数:最低6名~7名
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※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
関羽:今や小説やゲームでその知名度は世界的に知れ渡ってる三国志の
登場人物にして、死後に商業の神と崇められることになる。
智勇に優れ、青龍偃月刀を引っ提げて戦場を駆ける。
曹操:たった一代で中国大陸の三分の二近くを制覇した男。
政治、軍事、文化等のあらゆる分野で後世に名を残す、
”破格の英雄”。人材収集癖があり、有能な人物とみれば敵であっ
ても味方にしようと力を尽くす。
張飛:劉備、関羽と義兄弟の契りを結び、世を正すために戦う。
一丈八尺の蛇矛を振り回し、酒を愛する虎髭にどんぐり眼の
豪傑。
劉備:当時の大陸を支配していた漢王朝の皇族の血をひいていると自称
している男。しかし不思議な魅力があり、関羽や張飛といった
豪傑たちと義兄弟の契りをかわし、その他にも有能な人材がおい
おい集まっていき、ついには三国の一角である、蜀の初代皇帝にま
で登り詰める。
顔良:袁紹軍の二枚看板の猛将の一人。
三国志演義とか正史とかでいろいろややこしいので詳細は省く。
文醜:袁紹軍の二枚看板の猛将の一人。
↑に同じ。
側近:曹操の側近。まあいろいろ当てはまる人はいる。
隊長:曹操軍偵察隊の隊長。
部下:曹操軍偵察隊の部下。
姐さん:曹操に頼まれて関羽を骨抜きにするべく送り込まれたハニトラ…
である。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
【バランス型】
関羽:
曹操:
張飛:
劉備・側近:
顔良・部下:
文醜・隊長:
語り・姐さん:
【兼ね役おいひいれす、型】
関羽:
曹操:
張飛:
劉備・顔良・部下:
側近・文醜・隊長:
語り・姐さん:
※枕は誰かが適宜兼ねてください。
枕:人間の歴史なんというのは戦いと平和の繰り返し、破壊と創造の繰り
返しで今に至ってるわけでございます。
本日の一席は、そのうちの戦いと破壊に戦争なんというのは三国志て
小説を見ますと、まあすごい豪傑がいっぱい出てきますな。
その中でも、一生に一度の大ウソをついて味方に大勝利を呼び込んだ
という人があります。
その名は寿亭侯関羽。寿というのはことぶきです。
亭は春風亭もしくは三遊亭…ま、どっちも同じなんですが。
関は関東の関ですね。関西じゃなくて。
羽は、「はね」ですな。
この人が一生に一度の大ウソをついたわけです。
とにかく体が大きい。身の丈六尺ですからこれはかなり大きいですな
。昔の中国の一尺は二十三センチだという事ですから、
それでも大きい。
真っ赤な顔をして髭の長さが六十センチというから、当時としては
すごくすごい大きな人だったという事ですな。
この人と同じ豪傑で、燕人張飛というのがいる。
燕はツバメで、人は…人です。
張は…出張の張。飛は飛ぶですね。
出張の時は燕のように飛んで行けって覚えときゃいいんですね。
この二人は大変に仲が良くて、劉備玄徳て大将の家来になっていた。
劉備玄徳というのは大変に徳の篤い人で、二人を家来にしましたなん
て言わない。「義兄弟」と、こう呼んでました。
そして三人が力を合わせまして、劉備玄徳義勇軍株式会社というのを
組織した。
民間の軍隊で正規軍に協力して、最初のうちはもう連戦連勝、
いい塩梅に勝ちに勝ちまくったんですが、そのうちだんだんおかしく
なってきてもう負けが込んできて、しまいにはもうしっちゃかめっち
ゃかになっちゃった。
劉備:二人とも、こりゃもうしょうがねえや。
ここで焦ってもしょうがない。一時解散しよう。
関羽:そうだなあ、改めて出直そうじゃねえか。
張飛:そうだ、そうしようや。
語り:なんてんで三人がバラバラに別れまして、寿亭侯関羽が一人で
やって参りましたのは魏の国。
大将の曹操とは馴染みです。
関羽:曹操さん、いるかい!?
曹操:誰だい!?
おぉ関羽さんじゃねえか!
噂は聞いてんだ。あんたの国もひどい事になったらしいな。
関羽:あぁもうメチャメチャ。
どうにもなんないんでね、解散してまぁ、ふらりとやってきた。
曹操:そうかい!いやよく来てくれたなァ、ゆっくりしてってくれよ!
あんたがよかったらね、何年でもいていいからね。
関羽:ありがとう。でもいるからには条件があるよ。
曹操:おいおい、居候から条件を聞こうとは思わなかったね。
なんだい?
関羽:私はね、劉備玄徳の義弟ってことになってんだけど、本当は家来な
んだよね。
だからあんたの身内にはなんないよ。
いいかい?
曹操:ああいいよ。
関羽:うちの大将は今どこにいるか分かんないけど、また兵を挙げたって
事を聞いたら、すぐそっちに行っちゃうよ。
いいかい?
曹操:ああかまわないよ。
関羽:それまではあんたのとこにいるわけだけど、あんたいろんな国と
戦争するだろ。
曹操:まぁそれは仕方がない。戦乱の時代だからな。
関羽:それで手が足んないから助けてくれって言われても、俺は助けない
よ。
曹操:あぁいいよ、うちには八十三万の軍隊があるんだ。あんたに心配
は掛けない。
関羽:あそう。それで良かったらいてあげるよ。
曹操:【声を落としてつぶやく】
…いやぁ居候だけじゃもったいないやな…どうにかして身内になっ
てもらわんと…。
どうしたらいいだろう……そうだ、銭あげよう。
銭あげればきっと喜ぶだろ。
関羽、何をするにも銭が入用だろ。ここに千両あるからもらってく
れるかい?
関羽:銭?別に銭なんざ要らないな。
曹操:だって無かったら何にも買えないよ。
関羽:ただ持ってるだけで色々と面倒くせえからいらないよ。
曹操:あそう…いらないの。
しょうがないな…じゃあどうだい、リクルートの株があるんだが、
一万株ばかりもらってくれるかい?
【他にもヤバい銘柄があったら差し替えてOKです】
関羽:そんなのもらうとマスコミがうるさいからいいよ。
曹操:あ、いいの…そう…じゃあいいや…。
だけどどうも弱ったね。なんか関羽の喜ぶものはねえかな…。
なんか…あ、そうだ。女、女がいいね。
男で女の嫌いなのっていないからな。
でもいきなり女を付けちゃマズいから、酒を呑ましちゃって、
ほんわかしたとこで…そうだ、そうしよう。
おぉい、関さん!
関羽:なんだい?
曹操:あんたが来てからまだ一回も歓迎の宴会しなかったなと思ってね。
どうだい、今夜一杯付き合ってくれねえかい?
関羽:酒か、うーん…。
曹操:酒は嫌いかい?
関羽:嫌いじゃないけど、俺はマズい酒は呑まない事にしてるんだ。
曹操:なに言ってるんだい、関さんにマズい酒を呑ませるわけないじゃ
ないか。
今度いい酒を呑ませる店ができたんだよ。
な、付き合ってくれよ。
もし酔って帰るのが面倒くさくなったら、そこに泊れるんだ。
いい店だよ。
関羽:そうか、じゃあ付き合うか。
曹操:付き合ってくれるかい!
ありがとう、頼むよ!
おぉい!タクシー呼んでくれ!
【二拍】
着いたな。
この店だよ。良い店だろ?
関羽:ああ、良い店だなぁ。これは酒も美味そうだな。
曹操:そうだとも。さ、入ろうじゃねえか。
ああ、二人だ。
さっそく注文を頼むよ。
関羽:どんな酒があるんだ?
なに、三国志?地酒で良い酒?
曹操:ああ、良い酒だよ。
この酒を呑むってとね、ボーっと酔うんだ。
関羽:へえぇ珍しいな。じゃ、そいつをもらおうかい。
曹操:おう、どれくらい呑むんだい?
関羽:そうだな、五升くらいもらおうか。
曹操:よし分かった。
親父、三国志を五升くれ!
なに?お召し上がりものはいかがします?
そうだな、俺たちは日ごろいい物を食ってるから、マズいものは
食わないよ。
関さん、どうする?
関羽:何にしようかな…うん、じゃあ今日は久しぶりにあれだな、
餃子と麻婆豆腐にするか。
曹操:おっ、関さん、酒が来たよ!
さあさあ、呑んでくれ!
語り:曹操さん、関羽を早く酔わしてほんわかにしたいもんだから、
さあ関さん、さあ関さんと勧めて自分はいっさい呑まない。
酔って顔が真っ赤に…と言っても元から赤ら顔なので酔ってんだか
酔ってないんだか分からない。
曹操:どうだい関さん、もう一杯!
関羽:いやぁありがとう、いい気持ちになった。久しぶりに酒を飲んだよ
。
曹操:そうかい、じゃあどうだい、泊まってくかい?
関羽:ああ、泊めてもらおうか。
曹操:よし、おぉいお姐さん!部屋に案内してやってくれ!
姐さん:こちらでございます。
語り:案内されて部屋に入ってみると、絹布の三枚重ねに艶めかしい布団
。
姐さん:どうぞ、ごゆっくり…。
関羽:!?
語り:ハッとみるとそこには17、8の綺麗な若い女性。
しかもこれがすんごいグラマー。
バスト98、ウエスト98、ヒップ98。
関羽:あんたは?
姐さん:あたしね、ホテトル嬢なのよ。
あのね、曹操の旦那から頼まれたの。
関羽の旦那を骨抜きにしてくれって頼まれたからね、
お願い、あの、骨抜きになってね?
関羽:俺ァどじょうじゃねえよ。骨抜き嫌なんだ。
帰ってくれ。
姐さん:ここで帰ったらあたし、怒られちゃうのよ。
関羽:怒られちゃう?しょうがねえな。
じゃあそこの布団で寝なよ。
姐さん:え、でもそれじゃ…
関羽:いいよいいよ、俺ァ廊下で寝ちゃうから。
姐さん:……というわけなのよ。
曹操:うーん、どうも欲のない人間ってのは困ったもんだな…。
銭もいらない女もいらないってのは…うーん。
側近:大将、どうなさいました?
曹操:ああ、関羽だよ。
弱ったね、何をやってもいらないってんだからさ。
側近:あの方にそんなものをあげても失礼にあたるでしょう。
関羽殿の喜ぶものでしたら他にございます。
曹操:え、なんだ?
側近:馬でございます。
曹操:なに?
側近:【若干強調して】馬。
名将は名馬を選ぶと申しますので、いい馬をあげたら喜ぶと思いま
すが。
曹操:そうか、うちにそんないい馬いるかい?
側近:いるじゃありませんか。せんだって手に入れた、あの赤兎馬という
名馬が。
曹操:おいおい冗談じゃないよ。やっと手に入れたいい馬だ。
あんなのやれるかい。
側近:大将、考えてもごらんなさい。
関羽の旦那が一人いれば、百万の軍勢に匹敵すると申しますよ。
その方にいてもらうんだからいいじゃありませんか。
あげなさいよ。しみったれなこと言わないで。
曹操:そうか…じゃあ惜しいけどやるか。
ちょっと関羽を呼んでくれ。
関羽:曹操さん、なんか用かい?
曹操:おぉ関さん!あのな、あんたに馬をあげようと思うんだが、
もらってくれるかい?
関羽:馬?うーん…つまらない馬ならいらないよ。
曹操:いい馬がいるんだよ。聞いた事があるだろ?
あの赤兎馬だよ。
関羽:赤兎馬!?あの!?
呂布という豪傑が乗ってた、一日千里を走るというあの馬かい!?
曹操:そうだよ。それをあんたにあげようと思ってね。
関羽:う~そォ~。
曹操:嘘じゃないよ、本当だよ。信用しないのかい?
おぉい、赤兎馬引いて参れ!
この馬だよ。どうだい関さん、いい馬だろ?
関羽:なるほど、栗毛で四白流れ星か、まごう事なく赤兎馬だ!
え、なに、これもらっていいの?
曹操:あぁ、あげるよ。
関羽:そうかい、じゃあ乗って見ていいかい?
曹操:そりゃああげたんだから乗ろうと何しようと自由にしていいよ。
関羽:そうかい、じゃあ乗ってみるよ!
語り:ひらりとまたがりましてハイヨッと一鞭くれましたが、これが早い
のなんの。
曹操:おぉすごいね、馬が良くって乗り手が良いんだから大したもんだ!
鞍上人なく鞍下馬なし、人馬一体だね!
関羽:曹操さん、ありがとう!
いやぁ良い馬だ!
ごらんよ、三時間駆けて汗ひとつかいてないんだよ。
ありがとうありがとう!
で、お礼には何してーー
曹操:あぁお礼なんていらないよ。
関羽:そっかすまないね、じゃあもらうよ。
語り:関羽は大変喜んで何とかお礼をしたいと思ったんだが、なかなか
そのチャンスが無かった。
やがて曹操八十三万の軍隊と袁紹の軍隊が戦争になった。
…袁紹ったって、小さん師匠と喧嘩した圓生じゃないですよ。
三遊亭じゃないですからね。
軍隊の数でもって一気に押しつぶそうとしましたが、袁紹の方には
ものすごい家来がいた。
圓楽、鳳楽…じゃない、顔良、文醜という二人の豪傑、これが強い
のなんの、このたった二人の為に曹操軍は出ちゃやられ出ちゃやら
れ、さすがの曹操も青くなった。
関羽:曹操さん、だいぶお困りのようだね。
曹操:あぁバカなお困りだよ。
文醜顔良なんて豪傑がいるんでどうにもなんないよ。
参ったよ。
関羽:そうかい。俺も馬をもらって礼をしなきゃ悪いと思ってたんだ。
じゃ、これから行って文醜顔良の首をちょいと斬ってきてあげよう
かと思うんだ。
曹操:!斬ってきてくれるかい!?
それじゃ頼むよ。
関羽:じゃあ斬ってくるよ。
語り:なんてんで普段着のまんま、自慢の青龍偃月刀を引っ提げて
赤兎馬にまたがるとハイヨーッと敵軍に向かって駆け出します。
かたや袁紹軍の陣営では。
顔良:なあ兄弟、曹操軍は八十三万いるったってだらしがないな。
文醜:まったくだ、たった俺たち二人の為に手も足も出ねえときてる。
顔良:それで天下を取ろうってんだから笑わせるよなあ。
文醜:ホントにな。
顔良:ホントだよ。
お?なんか来たぞ。
文醜:なんか来たな。
おい良い馬に乗ってやんな。
顔良:見た事もあるよ。
見た事ないかい?
文醜:え?
あぁあの顔、髭のない顔なら週刊誌で見たよ。
関羽だ。
顔良:何しに来たのかな?
文醜:どうせまた戦争に負けたんだろ。
あの国よく負けるから逃げてきたんだよ。
顔良:なるほど、へへ、からかってやろうか。
おぉーいッ、どうしたーッ。
文醜:また戦争に負けたのかいーッ?
顔良:行くとこ無かったらウチで面倒見てやってもいいぞーーッ。
文醜:どうだ、来るかいーーッ?
語り:来るかい、という言葉が終わるか終わらないかのうちに関羽は
ハイヨッと一鞭くれる。
赤兎馬がシューっと矢のように文醜顔良の間を駆け抜ける刹那、
青龍偃月刀を左側に一閃した。
ポンポーンと跳ね上がっちゃった文醜顔良の首、それを見た袁紹軍
の兵士はみんな逃げちゃった。
関羽は悠々と馬から降りると、落とした首を拾って埃を払ってビニ
ールの袋に入れまして、痛まないようにドライアイスも入れると、
これまた悠々と引き上げてった。
関羽:ただいま。
曹操:早かったね。どうした、忘れもんかい?
関羽:忘れもんじゃないんだ。
顔良文醜の首のお土産だよ。
曹操:え、もう持ってきたの!?
早いね!?
いやああんたは大したもんだよ。あんたは天下一の豪傑だな!
関羽:いや俺なんかは天下一まではいかないな。
天下一は他にいるからね。
曹操:え、そうなの?
誰だい?
関羽:俺の義兄弟で燕人張飛てのがいるんだ。
これが天下一の豪傑だよ。
曹操:そんな強いのかい!?
関羽:強いのなんのって、こないだもそうだよ。
たった一人でね、百万の軍勢の中に飛び込んでってね、
たばこ一本飲むか飲まないうちにね、敵の大将の首をことごとく
取って来たんだからね、これは強いよ。
曹操:その強い張飛ってのはどこにいるんだい?
関羽:千葉県の先の方にいるよ。
曹操:いや、それは銚子だろ。本物の張飛のほう。
関羽:本物は今どこにいるか知らないけどね、曹操さんこれを敵にしたら
大変だよ。
語り:というのが、関羽が言った一生で一度の大ウソ。
いくら強いからって言ったって、たった一人で百万の軍勢の中に
飛び込んでって、たばこ一本飲むか飲まないかのうちに敵の大将の
首をことごとく取って来れるわけがない。
ところが顔良文醜なんて豪傑の首をあっと言う間に持ってきた関羽
が言うんだから信用しちゃうわけで。
なんでもそうですね、実績のある人が言えば信用するもんです。
曹操:そうか、そりゃあ恐ろしい豪傑だ!
お前達、張飛が来たら立ち向かうんじゃないぞ、逃げるんだぞ!
張飛だぞ、忘れるなよ!
忘れないように襟とか袖の裏とかに書いとけよ!
語り:そんなこんなのうちに、劉備玄徳が再び兵力を集め出したと聞いて
曹操はびっくりした。
劉備玄徳に再軍備されたらえらい事になるぞ。今のうちにやってし
まえ。
ってんで八十三万で一気に攻撃を掛ける。
対して劉備側はまだ関羽も張飛も戻って来てない。どう逆立ちしたっ
てかなうわけがなく連戦連敗。
これを旅先で聞いた張飛、これは大変だってんで急いで応援に駆け
付けまして、長坂橋という橋の袂までやってきた。
曹操軍はというともう99,9パーセント勝利を収めたと思ってま
すから、本隊を休ませて昼飯を食わして、一個小隊の偵察隊を出し
ます。
部下:小隊長殿、ぜんぜん敵兵おりませんね。
隊長:いないな、これはもう全滅だろ。
大勝利は確定的だな。
部下:あれ、なんかあそこに一人いますよ。
隊長:いる?ああいるな。
なんだ、逃げ遅れたのか?かわいそうにな。
おーい、お前逃げ遅れたのか?
名前はなんてんだ?
張飛:私か?劉備玄徳の義弟で燕人張飛ってんだよ。
語り:なんの気なしに言ったこれを聞いた偵察隊の連中は、出た――ッ!
と泡を食って逃げた。
張飛:あ、待てッ!!
??なんだ、私が名乗ったら一目散に逃げ出しやがったぞ。
ま、いいか、逃げたんだからいいや。
あそうだ、橋があると次が来るから壊しちまうか。
大将、ただいま。
劉備:おお張飛、来てくれたか!
ありがとうありがとう。
はぁほっとしたよ。
それにしても、敵に会わなかったか?
張飛:一個小隊規模の偵察隊がいたけど、名前はなんだって言うから、
劉備玄徳の義弟・燕人張飛だって名乗ったら、みんな逃げちまった
よ。
劉備:えっ、そうなの?
張飛:ええ、崖から落っこってったから、ほとんど死んじゃったんじゃな
いかな。
橋は壊して来たんでしばらく敵は来ませんよ。
劉備:え?橋を壊した?
そりゃマズいことしてくれたよ。
あのね、曹操って奴は頭が良い男なんだよ。橋がちゃんとしてると
ね、こっちにどんな計略があるかわかんないと思うから攻めて来な
いだろうけどね、橋を壊したと分かれば、ああ劉備玄徳もいよいよ
参ってるんだなと思うから橋をかけ直して来るんだよ。
いや、マズい事してくれたね。
張飛:あ、そうでしたか。いや、そこまで気が付きませんでした。
わかりました。私の責任ですから、これから引き返して敵将を斬っ
て斬って斬りまくりまして、もし死んだという事が分かりましたら
、折れた線香の六本も上げて下さい。
劉備:ずいぶん半端な事を言うんだな。
しかしお前さん、さっきなんて言った?
張飛:何がです?
劉備:我こそは劉備玄徳の義弟・燕人張飛って名乗ったら、敵が逃げたっ
て言ったな?
張飛:えぇ、逃げたんですよ。
なんで私の名前聞いて逃げるんですかね?
劉備:!分かった。関羽だよ。
きっと関羽が言ったんだ。
劉備玄徳のとこには燕人張飛てすごい豪傑がいて、たった一人で
百万の軍勢の中に飛び込んで、たばこ一本飲むか飲まないかのうち
に、敵の大将の首をことごとく取った、とでも言ったに違いないよ
。
だから逃げたんだよ。
張飛:あ、なるほどそうかぁ。関羽の兄貴は嘘がうめえなぁ。
いや、そうとわかったら安心ですね。
これからは私が名乗ってね、敵を追っ払ってあげましょうか。
劉備:追っ払ってくれるかい?
そうしてくれたら助かるな。
張飛:じゃあ行って参ります。
いや、面白いね。名前言っただけで逃げるなんてこんな面白いこと
は無いよ。
お、来た来た来た来た、八十三万来やがったね。
やってみよ。
やぁやぁ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
我こそは劉備玄徳が義弟・燕人張飛なり!
見参!見参!
部下:で、ででで出たァァァ!!
張飛だァァ!!
隊長:張飛が出たぞォォォ!!
逃げろォォ!!
語り;一人や二人じゃない、八十三万がいっせいに逃げたもんだから、
阿鼻叫喚の地獄絵図。もう大混乱。
張飛:面白えなぁ、もっとやってやるかな。
おい張飛だよー!張飛だよっとォ!!
部下:わああああ!
隊長:わあぁああぁぁ!
張飛:張飛だー!張飛が出たぞー!
部下:わぁあぁあぁ!!
隊長:わぁああぁぁああ!!
語り:まるで赤ん坊をあやすようにして敵を追っ払う。
それから日本でも赤ん坊をあやす時には、
ちょうしちょうしあぁわぁわと言うようになった。
三国志の一席でございました。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
春風亭柳昇(五代目)
※用語解説
・ホテトル
ホテルトルコの略称で、ラブホテルなどに女性を派遣し性サービスを行わ
せる性風俗業態の一つ。
店舗はなく、ラブホテル近くの公衆電話などに貼り付けられた小さな広告
ビラで客を募る。
店はそのラブホテルに女性を派遣し性行為をさせる。女性に払った代金の
一部は女性が店に戻って支払う。
店舗が不要で資金をほとんどかけず開業できるため、一時急激にその数が
増えたがほとんどがホテルで売春行為を行わせる違法なものだったので
取締りが厳しくなり、携帯電話普及後はほぼ消滅。
・鞍上人なく鞍下馬なし
馬を巧みに乗りこなす技術が優れていて、乗り手と馬がまるで一心同体の
ように見える様子を表すことわざ。馬の動きと人の動きが完全にシンクロ
し、一体となって駆け抜ける状態を指す。これは乗馬に限らず、人間と
物事の関係が一体となり、巧みに操っている様を称える際にも使われる。




