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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「三国志」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「三国志さんごくし


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約25分


必要演者数:最低6名~7名

      (0:0:6)

      (6:0:0)

      (5:1:0)

      (4:2:0)

      (3:3:0)

      (2:4:0)

      (1:5:0)

      (0:6:0)

      (0:0:7)

      (7:0:0)

      (6:1:0)

      (5:2:0)

      (4:3:0)

      (3:4:0)

      (2:5:0)

      (1:6:0)

      (0:7:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


関羽かんう:今や小説やゲームでその知名度は世界的に知れ渡ってる三国志の

   登場人物にして、死後に商業の神と崇められることになる。

   智勇に優れ、青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを引っ提げて戦場を駆ける。


曹操そうそう:たった一代で中国大陸の三分の二近くを制覇した男。

   政治、軍事、文化等のあらゆる分野で後世こうせいに名を残す、

   ”破格の英雄”。人材収集癖があり、有能な人物とみれば敵であっ

   ても味方にしようと力を尽くす。


張飛ちょうひ劉備りゅうび関羽かんうと義兄弟のちぎりを結び、世をただすために戦う。

   一丈八尺いちじょうはっしゃく蛇矛じゃほこを振り回し、酒を愛する虎髭とらひげにどんぐりまなこ

   豪傑ごうけつ


劉備りゅうび:当時の大陸を支配していた漢王朝の皇族の血をひいていると自称

   している男。しかし不思議な魅力があり、関羽かんう張飛ちょうひといった

   豪傑ごうけつたちと義兄弟のちぎりをかわし、その他にも有能な人材がおい

   おい集まっていき、ついには三国の一角である、しょくの初代皇帝にま

   で登り詰める。


顔良がんりょう袁紹えんしょう軍の二枚看板の猛将の一人。

   三国志演義とか正史とかでいろいろややこしいので詳細は省く。


文醜ぶんしゅう袁紹えんしょう軍の二枚看板の猛将の一人。

   ↑に同じ。


側近そっきん曹操そうそうの側近。まあいろいろ当てはまる人はいる。


隊長:曹操そうそう軍偵察隊の隊長。


部下:曹操そうそう軍偵察隊の部下。


ねえさん:曹操そうそうに頼まれて関羽かんうを骨抜きにするべく送り込まれたハニトラ…

    である。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


【バランス型】

関羽:

曹操:

張飛:

劉備・側近:

顔良・部下:

文醜・隊長:

語り・姐さん:


【兼ね役おいひいれす、型】

関羽:

曹操:

張飛:

劉備・顔良・部下:

側近・文醜・隊長:

語り・姐さん:




※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:人間の歴史なんというのは戦いと平和の繰り返し、破壊と創造の繰り

  返しで今に至ってるわけでございます。

  本日の一席は、そのうちの戦いと破壊に戦争なんというのは三国志て

  小説を見ますと、まあすごい豪傑ごうけつがいっぱい出てきますな。

  その中でも、一生に一度の大ウソをついて味方に大勝利を呼び込んだ

  という人があります。

  その名は寿亭侯関羽じゅていこうかんう寿じゅというのはことぶきです。

  亭は春風亭しゅんぷうていもしくは三遊亭さんゆうてい…ま、どっちも同じなんですが。

  かんは関東のかんですね。関西じゃなくて。

  は、「はね」ですな。

  この人が一生に一度の大ウソをついたわけです。

  とにかく体が大きい。身のたけ六尺ろくしゃくですからこれはかなり大きいですな

  。昔の中国の一尺いっしゃくは二十三センチだという事ですから、

  それでも大きい。

  真っ赤な顔をして髭の長さが六十センチというから、当時としては

  すごくすごい大きな人だったという事ですな。

  この人と同じ豪傑ごうけつで、燕人張飛えんひとちょうひというのがいる。

  えんはツバメで、人は…人です。

  ちょうは…出張のちょうは飛ぶですね。

  出張の時はつばめのように飛んで行けって覚えときゃいいんですね。

  この二人は大変になかが良くて、劉備玄徳りゅうびげんとくて大将の家来けらいになっていた。

  劉備玄徳りゅうびげんとくというのは大変に徳のあつい人で、二人を家来けらいにしましたなん

  て言わない。「義兄弟」と、こう呼んでました。

  そして三人が力を合わせまして、劉備玄徳りゅうびげんとく義勇軍ぎゆうぐん株式会社というのを

  組織そしきした。

  民間みんかんの軍隊で正規軍に協力して、最初のうちはもう連戦連勝、

  いい塩梅あんばいに勝ちに勝ちまくったんですが、そのうちだんだんおかしく

  なってきてもう負けが込んできて、しまいにはもうしっちゃかめっち

  ゃかになっちゃった。


劉備:二人とも、こりゃもうしょうがねえや。

   ここで焦ってもしょうがない。一時解散しよう。


関羽:そうだなあ、改めて出直そうじゃねえか。 


張飛:そうだ、そうしようや。


語り:なんてんで三人がバラバラに別れまして、寿亭侯関羽じゅていこうかんうが一人で

   やって参りましたのはの国。

   大将の曹操そうそうとは馴染なじみです。


関羽:曹操そうそうさん、いるかい!?


曹操:誰だい!?

   おぉ関羽かんうさんじゃねえか!

   うわさは聞いてんだ。あんたの国もひどい事になったらしいな。


関羽:あぁもうメチャメチャ。

   どうにもなんないんでね、解散してまぁ、ふらりとやってきた。


曹操:そうかい!いやよく来てくれたなァ、ゆっくりしてってくれよ!

   あんたがよかったらね、何年でもいていいからね。


関羽:ありがとう。でもいるからには条件があるよ。


曹操:おいおい、居候いそうろうから条件を聞こうとは思わなかったね。

   なんだい?


関羽:私はね、劉備玄徳りゅうびげんとく義弟ぎていってことになってんだけど、本当は家来けらい

   んだよね。

   だからあんたの身内みうちにはなんないよ。

   いいかい?


曹操:ああいいよ。


関羽:うちの大将は今どこにいるか分かんないけど、また兵をげたって

   事を聞いたら、すぐそっちに行っちゃうよ。

   いいかい?


曹操:ああかまわないよ。


関羽:それまではあんたのとこにいるわけだけど、あんたいろんな国と

   戦争するだろ。


曹操:まぁそれは仕方しかたがない。戦乱の時代だからな。


関羽:それで手が足んないから助けてくれって言われても、俺は助けない

   よ。


曹操:あぁいいよ、うちには八十三万の軍隊があるんだ。あんたに心配

   は掛けない。


関羽:あそう。それで良かったらいてあげるよ。


曹操:【声を落としてつぶやく】

   …いやぁ居候いそうろうだけじゃもったいないやな…どうにかして身内みうちになっ

   てもらわんと…。

   どうしたらいいだろう……そうだ、ぜにあげよう。

   ぜにあげればきっと喜ぶだろ。

   関羽かんう、何をするにもぜに入用いりようだろ。ここに千両せんりょうあるからもらってく

   れるかい?


関羽:ぜに?別にぜになんざらないな。


曹操:だって無かったら何にも買えないよ。


関羽:ただ持ってるだけで色々と面倒めんどうくせえからいらないよ。


曹操:あそう…いらないの。

   しょうがないな…じゃあどうだい、リクルートの株があるんだが、

   一万株いちまんかぶばかりもらってくれるかい?

   【他にもヤバい銘柄があったら差し替えてOKです】


関羽:そんなのもらうとマスコミがうるさいからいいよ。


曹操:あ、いいの…そう…じゃあいいや…。


   だけどどうも弱ったね。なんか関羽かんうの喜ぶものはねえかな…。

   なんか…あ、そうだ。女、女がいいね。

   男で女の嫌いなのっていないからな。

   でもいきなり女を付けちゃマズいから、酒をましちゃって、

   ほんわかしたとこで…そうだ、そうしよう。


   おぉい、かんさん!


関羽:なんだい?


曹操:あんたが来てからまだ一回も歓迎の宴会しなかったなと思ってね。

   どうだい、今夜一杯付き合ってくれねえかい?


関羽:酒か、うーん…。


曹操:酒は嫌いかい?


関羽:嫌いじゃないけど、俺はマズい酒はまない事にしてるんだ。


曹操:なに言ってるんだい、かんさんにマズい酒をませるわけないじゃ

   ないか。

   今度いい酒をませる店ができたんだよ。

   な、付き合ってくれよ。

   もし酔って帰るのが面倒めんどうくさくなったら、そこにとまれるんだ。

   いい店だよ。


関羽:そうか、じゃあ付き合うか。


曹操:付き合ってくれるかい!

   ありがとう、頼むよ!

   おぉい!タクシー呼んでくれ!


   【二拍】


   着いたな。

   この店だよ。良い店だろ?


関羽:ああ、良い店だなぁ。これは酒も美味うまそうだな。


曹操:そうだとも。さ、入ろうじゃねえか。

   ああ、二人だ。

   さっそく注文を頼むよ。


関羽:どんな酒があるんだ?

   なに、三国志?地酒じざけで良い酒?


曹操:ああ、良い酒だよ。

   この酒をむってとね、ボーっと酔うんだ。


関羽:へえぇ珍しいな。じゃ、そいつをもらおうかい。


曹操:おう、どれくらいむんだい?


関羽:そうだな、五升ごしょうくらいもらおうか。


曹操:よし分かった。

   親父、三国志を五升ごしょうくれ!

   なに?お召し上がりものはいかがします?

   そうだな、俺たちは日ごろいい物を食ってるから、マズいものは

   食わないよ。

   かんさん、どうする?


関羽:何にしようかな…うん、じゃあ今日は久しぶりにあれだな、

   餃子ぎょうざ麻婆豆腐まーぼーどうふにするか。


曹操:おっ、かんさん、酒が来たよ!

   さあさあ、んでくれ!


語り:曹操そうそうさん、関羽かんうを早く酔わしてほんわかにしたいもんだから、

   さあかんさん、さあかんさんとすすめて自分はいっさいまない。

   酔って顔が真っ赤に…と言っても元からあかがおなので酔ってんだか

   酔ってないんだか分からない。


曹操:どうだいかんさん、もう一杯!


関羽:いやぁありがとう、いい気持ちになった。久しぶりに酒を飲んだよ

   。


曹操:そうかい、じゃあどうだい、まってくかい?


関羽:ああ、めてもらおうか。


曹操:よし、おぉいおねえさん!部屋に案内してやってくれ!


姐さん:こちらでございます。


語り:案内されて部屋に入ってみると、絹布けんぷの三枚重ねになまめかしい布団ふとん

   。


姐さん:どうぞ、ごゆっくり…。


関羽:!?


語り:ハッとみるとそこには17、8の綺麗きれいな若い女性。

   しかもこれがすんごいグラマー。

   バスト98、ウエスト98、ヒップ98。


関羽:あんたは?


姐さん:あたしね、ホテトルじょうなのよ。

    あのね、曹操そうそう旦那だんなから頼まれたの。

    関羽かんう旦那だんなを骨抜きにしてくれって頼まれたからね、

    お願い、あの、骨抜きになってね?


関羽:俺ァどじょうじゃねえよ。骨抜き嫌なんだ。

   帰ってくれ。


姐さん:ここで帰ったらあたし、怒られちゃうのよ。


関羽:怒られちゃう?しょうがねえな。

   じゃあそこの布団ふとんで寝なよ。


姐さん:え、でもそれじゃ…


関羽:いいよいいよ、俺ァ廊下ろうかで寝ちゃうから。


姐さん:……というわけなのよ。


曹操:うーん、どうも欲のない人間ってのは困ったもんだな…。

   ぜにもいらない女もいらないってのは…うーん。


側近:大将、どうなさいました?


曹操:ああ、関羽かんうだよ。

   弱ったね、何をやってもいらないってんだからさ。


側近:あの方にそんなものをあげても失礼にあたるでしょう。

   関羽かんう殿の喜ぶものでしたら他にございます。


曹操:え、なんだ?


側近:馬でございます。


曹操:なに?


側近:【若干強調して】馬。

   名将は名馬を選ぶと申しますので、いい馬をあげたら喜ぶと思いま

   すが。


曹操:そうか、うちにそんないい馬いるかい?


側近:いるじゃありませんか。せんだって手に入れた、あの赤兎馬せきとめという

   名馬が。


曹操:おいおい冗談じゃないよ。やっと手に入れたいい馬だ。

   あんなのやれるかい。


側近:大将、考えてもごらんなさい。

   関羽かんう旦那だんなが一人いれば、百万の軍勢ぐんぜい匹敵ひってきすると申しますよ。

   そのかたにいてもらうんだからいいじゃありませんか。

   あげなさいよ。しみったれなこと言わないで。


曹操:そうか…じゃあしいけどやるか。

   ちょっと関羽かんうを呼んでくれ。


関羽:曹操そうそうさん、なんか用かい?


曹操:おぉかんさん!あのな、あんたに馬をあげようと思うんだが、

   もらってくれるかい?


関羽:馬?うーん…つまらない馬ならいらないよ。


曹操:いい馬がいるんだよ。聞いた事があるだろ?

   あの赤兎馬せきとめだよ。


関羽:赤兎馬せきとめ!?あの!?

   呂布りょふという豪傑ごうけつが乗ってた、一日千里いちにちせんりを走るというあの馬かい!?


曹操:そうだよ。それをあんたにあげようと思ってね。


関羽:う~そォ~。


曹操:うそじゃないよ、本当だよ。信用しないのかい?

   おぉい、赤兎馬せきとめ引いて参れ!


   この馬だよ。どうだいかんさん、いい馬だろ?


関羽:なるほど、栗毛くりげ四白よんぱく流れ星か、まごう事なく赤兎馬せきとめだ!

   え、なに、これもらっていいの?


曹操:あぁ、あげるよ。


関羽:そうかい、じゃあ乗って見ていいかい?


曹操:そりゃああげたんだから乗ろうと何しようと自由にしていいよ。


関羽:そうかい、じゃあ乗ってみるよ!


語り:ひらりとまたがりましてハイヨッと一鞭ひとむちくれましたが、これが早い

   のなんの。


曹操:おぉすごいね、馬が良くって乗り手が良いんだから大したもんだ!

   鞍上あんじょうひとなく鞍下あんかうまなし、人馬一体じんばいいったいだね!


関羽:曹操そうそうさん、ありがとう!

   いやぁ良い馬だ!

   ごらんよ、三時間駆けて汗ひとつかいてないんだよ。

   ありがとうありがとう!

   で、お礼には何してーー


曹操:あぁお礼なんていらないよ。


関羽:そっかすまないね、じゃあもらうよ。


語り:関羽かんうは大変喜んで何とかお礼をしたいと思ったんだが、なかなか

   そのチャンスが無かった。

   やがて曹操そうそう八十三万の軍隊と袁紹えんしょうの軍隊が戦争になった。

   …袁紹えんしょうったって、さん師匠ししょう喧嘩けんかした圓生えんしょうじゃないですよ。

   三遊亭さんゆうていじゃないですからね。

   軍隊の数でもって一気に押しつぶそうとしましたが、袁紹えんしょうの方には

   ものすごい家来けらいがいた。

   圓楽えんらく鳳楽ほうらく…じゃない、顔良がんりょう文醜ぶんしゅうという二人の豪傑ごうけつ、これが強い

   のなんの、このたった二人の為に曹操そうそう軍は出ちゃやられ出ちゃやら

   れ、さすがの曹操そうそうも青くなった。


関羽:曹操そうそうさん、だいぶお困りのようだね。


曹操:あぁバカなお困りだよ。

   文醜ぶんしゅう顔良がんりょうなんて豪傑ごうけつがいるんでどうにもなんないよ。

   参ったよ。


関羽:そうかい。俺も馬をもらって礼をしなきゃ悪いと思ってたんだ。

   じゃ、これから行って文醜ぶんしゅう顔良がんりょうの首をちょいと斬ってきてあげよう

   かと思うんだ。


曹操:!斬ってきてくれるかい!?

   それじゃ頼むよ。


関羽:じゃあ斬ってくるよ。


語り:なんてんで普段着ふだんぎのまんま、自慢の青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを引っげて

   赤兎馬せきとめにまたがるとハイヨーッと敵軍に向かって駆け出します。

   かたや袁紹えんしょう軍の陣営では。


顔良:なあ兄弟、曹操そうそう軍は八十三万いるったってだらしがないな。


文醜:まったくだ、たった俺たち二人の為に手も足も出ねえときてる。


顔良:それで天下を取ろうってんだから笑わせるよなあ。


文醜:ホントにな。


顔良:ホントだよ。

   お?なんか来たぞ。


文醜:なんか来たな。

   おい良い馬に乗ってやんな。


顔良:見た事もあるよ。

   見た事ないかい?


文醜:え?

   あぁあの顔、ひげのない顔なら週刊誌で見たよ。

   関羽かんうだ。


顔良:何しに来たのかな?


文醜:どうせまた戦争に負けたんだろ。

   あの国よく負けるから逃げてきたんだよ。


顔良:なるほど、へへ、からかってやろうか。

   おぉーいッ、どうしたーッ。


文醜:また戦争に負けたのかいーッ?


顔良:行くとこ無かったらウチで面倒めんどう見てやってもいいぞーーッ。


文醜:どうだ、来るかいーーッ?


語り:来るかい、という言葉が終わるか終わらないかのうちに関羽かんう

   ハイヨッと一鞭ひとむちくれる。

   赤兎馬せきとめがシューっと矢のように文醜ぶんしゅう顔良がんりょうの間を駆け抜ける刹那せつな

   青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを左側に一閃いっせんした。

   ポンポーンとね上がっちゃった文醜ぶんしゅう顔良がんりょうの首、それを見た袁紹えんしょう

   の兵士はみんな逃げちゃった。

   関羽かんうゆうゆう々と馬から降りると、落とした首をひろってほこりを払ってビニ

   ールの袋に入れまして、痛まないようにドライアイスも入れると、

   これまたゆうゆう々と引き上げてった。


関羽:ただいま。


曹操:早かったね。どうした、忘れもんかい?


関羽:忘れもんじゃないんだ。

   顔良がんりょう文醜ぶんしゅうの首のお土産みやげだよ。


曹操:え、もう持ってきたの!?

   早いね!?

   いやああんたは大したもんだよ。あんたは天下一の豪傑ごうけつだな!


関羽:いや俺なんかは天下一まではいかないな。

   天下一は他にいるからね。


曹操:え、そうなの?

   誰だい?


関羽:俺の義兄弟で燕人張飛えんひとちょうひてのがいるんだ。

   これが天下一の豪傑ごうけつだよ。


曹操:そんな強いのかい!?


関羽:強いのなんのって、こないだもそうだよ。

   たった一人でね、百万の軍勢ぐんぜいの中に飛び込んでってね、

   たばこ一本飲むか飲まないうちにね、敵の大将の首をことごとく

   取って来たんだからね、これは強いよ。


曹操:その強い張飛ちょうひってのはどこにいるんだい?


関羽:千葉県の先の方にいるよ。


曹操:いや、それは銚子ちょうしだろ。本物の張飛ちょうひのほう。


関羽:本物は今どこにいるか知らないけどね、曹操そうそうさんこれを敵にしたら

   大変だよ。


語り:というのが、関羽かんうが言った一生で一度の大ウソ。

   いくら強いからって言ったって、たった一人で百万の軍勢ぐんぜいの中に

   飛び込んでって、たばこ一本飲むか飲まないかのうちに敵の大将の

   首をことごとく取って来れるわけがない。

   ところが顔良がんりょう文醜ぶんしゅうなんて豪傑ごうけつの首をあっと言うに持ってきた関羽かんう

   が言うんだから信用しちゃうわけで。

   なんでもそうですね、実績のある人が言えば信用するもんです。


曹操:そうか、そりゃあ恐ろしい豪傑ごうけつだ!

   お前達、張飛ちょうひが来たら立ち向かうんじゃないぞ、逃げるんだぞ!

   張飛ちょうひだぞ、忘れるなよ!

   忘れないようにえりとかそでの裏とかに書いとけよ!


語り:そんなこんなのうちに、劉備玄徳りゅうびげんとくが再び兵力を集め出したと聞いて

   曹操そうそうはびっくりした。

   劉備玄徳りゅうびげんとく再軍備さいぐんびされたらえらい事になるぞ。今のうちにやってし

   まえ。

   ってんで八十三万で一気に攻撃を掛ける。

   対して劉備りゅうび側はまだ関羽かんう張飛ちょうひも戻って来てない。どう逆立ちしたっ

   てかなうわけがなく連戦連敗。

   これを旅先で聞いた張飛ちょうひ、これは大変だってんで急いで応援に駆け

   付けまして、長坂橋ちょうはんきょうという橋のたもとまでやってきた。

   曹操そうそう軍はというともう99,9パーセント勝利を収めたと思ってま

   すから、本隊を休ませて昼飯を食わして、一個小隊の偵察隊ていさつたいを出し

   ます。


部下:小隊長殿、ぜんぜん敵兵おりませんね。


隊長:いないな、これはもう全滅だろ。

   大勝利は確定的だな。


部下:あれ、なんかあそこに一人いますよ。


隊長:いる?ああいるな。

   なんだ、逃げ遅れたのか?かわいそうにな。

   おーい、お前逃げ遅れたのか?

   名前はなんてんだ?


張飛:私か?劉備玄徳りゅうびげんとく義弟ぎてい燕人張飛えんひとちょうひってんだよ。


語り:なんの気なしに言ったこれを聞いた偵察隊ていさつたいの連中は、出た――ッ!

   と泡を食って逃げた。


張飛:あ、待てッ!!

   ??なんだ、私が名乗ったら一目散いちもくさんに逃げ出しやがったぞ。

   ま、いいか、逃げたんだからいいや。

   あそうだ、橋があると次が来るから壊しちまうか。


   大将、ただいま。


劉備:おお張飛ちょうひ、来てくれたか!

   ありがとうありがとう。

   はぁほっとしたよ。

   それにしても、敵に会わなかったか?


張飛:一個小隊規模の偵察隊ていさつたいがいたけど、名前はなんだって言うから、

   劉備玄徳りゅうびげんとく義弟ぎてい燕人張飛えんひとちょうひだって名乗ったら、みんな逃げちまった

   よ。


劉備:えっ、そうなの?


張飛:ええ、がけから落っこってったから、ほとんど死んじゃったんじゃな

   いかな。

   橋は壊して来たんでしばらく敵は来ませんよ。


劉備:え?橋を壊した?

   そりゃマズいことしてくれたよ。

   あのね、曹操そうそうって奴は頭が良い男なんだよ。橋がちゃんとしてると

   ね、こっちにどんな計略があるかわかんないと思うから攻めて来な

   いだろうけどね、橋を壊したと分かれば、ああ劉備玄徳りゅうびげんとくもいよいよ

   参ってるんだなと思うから橋をかけ直して来るんだよ。

   いや、マズい事してくれたね。


張飛:あ、そうでしたか。いや、そこまで気が付きませんでした。

   わかりました。私の責任ですから、これから引き返して敵将を斬っ

   て斬って斬りまくりまして、もし死んだという事が分かりましたら

   、折れた線香せんこうの六本も上げて下さい。


劉備:ずいぶん半端はんぱな事を言うんだな。

   しかしお前さん、さっきなんて言った?


張飛:何がです?


劉備:我こそは劉備玄徳りゅうびげんとく義弟ぎてい燕人張飛えんひとちょうひって名乗ったら、敵が逃げたっ

   て言ったな?


張飛:えぇ、逃げたんですよ。

   なんで私の名前聞いて逃げるんですかね?


劉備:!分かった。関羽かんうだよ。

   きっと関羽かんうが言ったんだ。

   劉備玄徳りゅうびげんとくのとこには燕人張飛えんひとちょうひてすごい豪傑ごうけつがいて、たった一人で

   百万の軍勢ぐんぜいの中に飛び込んで、たばこ一本飲むか飲まないかのうち

   に、敵の大将の首をことごとく取った、とでも言ったに違いないよ

   。

   だから逃げたんだよ。


張飛:あ、なるほどそうかぁ。関羽かんうの兄貴はうそがうめえなぁ。

   いや、そうとわかったら安心ですね。

   これからは私が名乗ってね、敵を追っ払ってあげましょうか。


劉備:追っ払ってくれるかい?

   そうしてくれたら助かるな。


張飛:じゃあ行って参ります。


   いや、面白おもしろいね。名前言っただけで逃げるなんてこんな面白おもしろいこと

   は無いよ。

   お、来た来た来た来た、八十三万来やがったね。

   やってみよ。


   やぁやぁ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!

   我こそは劉備玄徳りゅうびげんとく義弟ぎてい燕人張飛えんひとちょうひなり!

   見参けんざん見参けんざん


部下:で、ででで出たァァァ!!

   張飛ちょうひだァァ!!


隊長:張飛ちょうひが出たぞォォォ!!

   逃げろォォ!!


語り;一人や二人じゃない、八十三万がいっせいに逃げたもんだから、

   阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえず。もう大混乱。


張飛:面白おもしれえなぁ、もっとやってやるかな。


   おい張飛ちょうひだよー!張飛ちょうひだよっとォ!!


部下:わああああ!


隊長:わあぁああぁぁ!


張飛:張飛ちょうひだー!張飛ちょうひが出たぞー!


部下:わぁあぁあぁ!!


隊長:わぁああぁぁああ!!


語り:まるで赤ん坊をあやすようにして敵を追っ払う。

   それから日本でも赤ん坊をあやす時には、

   ちょうしちょうしあぁわぁわと言うようになった。

   三国志の一席でございました。




終劇





参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


春風亭柳昇(五代目)



※用語解説


・ホテトル

ホテルトルコの略称で、ラブホテルなどに女性を派遣し性サービスを行わ

せる性風俗業態の一つ。

店舗はなく、ラブホテル近くの公衆電話などに貼り付けられた小さな広告

ビラで客を募る。

店はそのラブホテルに女性を派遣し性行為をさせる。女性に払った代金の

一部は女性が店に戻って支払う。

店舗が不要で資金をほとんどかけず開業できるため、一時急激にその数が

増えたがほとんどがホテルで売春行為を行わせる違法なものだったので

取締りが厳しくなり、携帯電話普及後はほぼ消滅。


鞍上あんじょうひとなく鞍下あんかうまなし

馬を巧みに乗りこなす技術が優れていて、乗り手と馬がまるで一心同体の

ように見える様子を表すことわざ。馬の動きと人の動きが完全にシンクロ

し、一体となって駆け抜ける状態を指す。これは乗馬に限らず、人間と

物事の関係が一体となり、巧みに操っている様を称える際にも使われる。





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