7 狩られるものと狩るもの
セレナは襲撃者に向かって叫ぶ。
「一体、何の用だよ!」
「ギルドでは思わぬ邪魔が入っちまったからよ」
ドランは笑みを浮かべながら、大斧の柄を肩にかける。
「話の続きをしようぜ」
「全然、そんな状況じゃないよね」
セレナは答えてから、一瞬だけ背後のカイルに視線を向ける。
彼はまだ蹲ったまま。地面に流れる血の量からしても、かなりの深手だ。早く治療しなければ、失血死しかねない。
こちらの心中を読んでか、ドランは言う。
「いいんだぜ? その騎士の治療を優先してもらっても」
治癒術を使うにはそれなりの集中力と時間がいる。そして、その間、術者は無防備になる。
今、セレナがカイルの治療を始めれば、ドランに何をされるか分からない。自分に危害を加えられるくらいならいいが、カイルが死んでしまうような事態は避けたい。
(クソッ。大賢者様の言うとおりだ。護衛は必要ってわけね)
実際こんな状況に陥ってからその事実を突きつけられるのがツラい。しかし、ずっと悩んでいても、状況は悪化するだけだ。その証拠にカイルの声は弱まり、血の海はどんどん広がっている。
セレナは一度深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。それから、ドランの要求を受け入れることにした。
「――分かった。話をしよう。でも、その前にカイルを治療させて」
その言葉に、ドランはニヤリと口元を歪ませる。
彼はゆっくりとこちらに向かって歩き出す。そして、地面に刺さった手斧を拾うと、カイルの横にしゃがみこんだセレナの後ろに立った。
「いいぜ。治療が終わるまで待っててやるよ」
「……ありがとう」
背後に立たれるのがこんなに落ち着かないのは、生き物の本能だろうか。相手が信用できない、武器を持った相手だからというのもあるだろう。
セレナはカイルの傷をよくよく観察する。
(……やっぱり、かなり深い。もう少しで肺が傷つくところだった)
ひとまず、自分でも癒せる範囲の傷であることに安堵する。内臓系の治療は正直あまり自信がない。
傷口に両の手のひらをかざす。
「“癒やしよ”」
詠唱とともに、緑色の光があふれ、体の内側から傷がふさがっていく。そのとき、背後でドランが話し出す。
「オレはコケにされるのも嫌いだが、一番嫌いなのは獲物に逃げられることだ」
「――え?」
それは半分、独白のようだった。治癒術に集中していたセレナは、まともに反応できなかった。しかし、気にした様子なく、大男は続ける。
「小さい頃から狩りが好きだったんだ。山の動物を獲物を持って追いかけてよ。一番好きなのは兎狩りだ。もっと大物を狩ったほうが楽しいって言うヤツもいるが、オレは違う。――小さな、可愛らしい獣が必死に逃げ惑うのを追うのが楽しかった」
(ヤバイヤバイヤバイ!)
聞きながら、セレナの顔はどんどん青ざめる。ヤバいのはこの状況ではない。ドランの人間性だ。
(絶対、まともな奴じゃないじゃん! 兎を狩るのが好きって――怖! そんな奴に護衛頼まなくてよかった! でも、何でまた私の前に現れたんだよ!)
集中が乱れそうになるのを堪えながら、セレナは治療を続ける。その首にひやりと冷たい何かが触れる。――斧刃だ。
「ああ、なんでだろうな。お嬢ちゃんを見てると、故郷の兎を思い出すよ。なんだか、よく似ている」
「……へえ、そうなんだ」
セレナは心を落ち着けながら、答える。
「私は兎より犬のが好きだけどね。一緒に遊んでくれて、楽しいじゃん。きっと、狩りも一緒にできるよ」
「狩りは人間同士でやるのが楽しいんだ。獣を仲間に混ぜても、つまんねえだろう」
「……そう。それは、あなたにとって私は兎みたいな獣側で、仲間にはなれないってこと?」
首に触れる斧刃の側面から、ドランの手元が揺れたのを感じる。男はどこか苛立ったように言う。
「従順な獣なら、可愛がってやってもいいと思ってるぜ」
「じゃあ、残念。多分、私のことは可愛がれないよ」
セレナは首が切れないよう、ゆっくりと振り返る。そして、軽薄な笑みを浮かべた。
「なんせ、わんぱくだから――ねっ!!」
叫ぶと同時に、セレナは首に当てられた斧頭を掴み、背後のドランへと肉迫する。そして、左手を相手の顔に向け、至近距離で叫んだ。
「――“燃えろ”!!」
それは中級レベル程度の炎の攻撃魔法。相手に相応のダメージを与えられる術だが、至近距離での発動は術師にも同等の被害を出しかねない自殺行為だ。普通はこんな真似しない。
しかし、いくつもの修羅場を乗り越えたことのあるセレナにはこの程度の火傷、大した事はない。顔や手に走る激痛を無視し、セレナはすぐさまドランから距離を取る。途中でカイルを引きずって回収するのも忘れない。
十分距離を取ると、セレナは建物の壁にカイルの体をもたれかけさせる。即座に自身の火傷を負った顔や手を治癒すると、カイルの前にしゃがみこむ。
「ドランの不意を突くためとはいえ、途中でやめちゃってごめん。すぐ治すから」
そうして、治癒術を再開する。残りの傷は浅い。あっという間に傷はふさがった。
治療を終え、セレナは一息つく。目を閉じているカイルの心臓が問題なく動いているのを確認し、セレナは立ち上がった。ドランを振り返る。
「ナイフじゃないんだからさ。首を斬るには振りかぶる必要があるでしょ。こっちは治癒術も使えるんだから。深い傷を負わせるか、拘束するなりして動けないようにしなきゃ」
ドランはまだ炎にまかれている。少し考えてから、セレナはまた呪文を唱える。
「――“雨よ、降れ”」
そうして、ドランの周囲に雨が振り始める。炎が消え、その場に膝をついた襲撃者に、セレナは近づく。
ドランの肌は火傷だらけだ。上半身の衣服も燃えてボロボロだ。その姿に少しだけ憐れみを抱く。セレナは諭すように言う。
「ねえ、もう分かったでしょ? 私は兎でも獲物でもないの。これで懲りたら――」
「………………す」
「……へ?」
セレナは首を傾げる。ドランが何を言ったのか、うまく聞き取れなかった。耳を澄ませると、ドランは低い、掠れた声が響く。
「よくも、オレをコケにしたな」
緩慢な動きで起き上がった大男は、燃えるような憎悪の眼差しを向ける。
そのとき、ドランの着ていた上着の残骸が地面に落ちる。――その下の肌に黒い痣を見つけ、セレナは息を呑む。
「この恨みは忘れねえ。――必ず、お前を殺す」
そうして、ドランは路地裏へと駆け出した。セレナも後を追おうと、足に力を入れる。その直後、人の声が響いた。
「おい、何かあったのか!」
振り返ると、大通りの方から駆け寄ってくる人影がある。巡回中だっただろう、騎士だ。
(ど、どうしよう――!)
セレナはちらりと路地裏に視線を向けてから、どうすべきか逡巡する。しかし、駆け寄ってきた騎士たちに囲まれてしまう。
結局、セレナはドランを追うことができなかった。騎士たちに事情説明を行う。
しかし、その間も脳裏には先ほどのドランの捨て台詞と、体の黒い痣がこびりついていた。




