6 勇者の手配書
祈祷院を出ると、外はすっかり暗くなっていた。ランタンと大通りの街灯を頼りに、セレナは城門へと向かう。
城門は既に閉じられた後。セレナは城門横の詰め所の扉を叩く。
「あれ、確か君は――」
出てきたのは、金髪の青年。セレナの通行審査をしてくれた騎士だ。不思議そうに首をひねる彼に、セレナはお辞儀をする。
「こんばんは。ハルミナ神殿のセレナです。祈祷院から薬を届けに来ました」
「ああ、夕方の。さあ、どうぞ」
思い出したように騎士は笑い、中を示す。詰所の廊下を進みながら、セレナは先ほどエリノラに聞いた話題を口にする。
「街道にウルフの群れが現れたと聞きましたが――」
「そうなんだ! 運悪く隊商が襲われてしまってね。知らせを聞いて慌てて応援に向かったんだけど、既に負傷者が何人も出た後だったんだよ」
軽傷者は騎士たちの持つ回復薬で治療し、重傷者は祈祷院へ運ばれた。この一件で詰所の薬の在庫が少なくなったため、補充を依頼されたのだ。
「まったく嫌な話だね。魔王が討伐されてから、魔物の被害も減ってきたと思っていたのに……」
「――そう、ですね」
騎士の言葉にセレナは目を伏せる。
そうして、通されたのは談話室のようだ。手前の椅子を勧められ、セレナは座る。騎士は回復薬の入った袋を受け取ると、笑顔を浮かべた。
「薬をしまってくるから、少し待っていてくれ。祈祷院まで送るよ」
「えっ、そんな! 一人で大丈夫ですよ」
「いやいや。若い女の子に夜道を歩かせられないって。そんなことさせたら、騎士の名が廃るよ。すぐ戻るから、勝手に帰らないでね」
「ちょっ、待っ――」
騎士はセレナの返事を待たず、談話室から出ていってしまった。伸ばした手は空を切る。
セレナは仕方なく半分上げた腰をまた下ろす。それから、背もたれにもたれかかり、小さくため息をつく。
(……女の子扱い、されてるんだろうなあ。当たり前なんだけど)
今のセレナはどこからどう見ても女だ。しかし、思春期の大半を男として過ごしたために、どうにも女の子扱いされることに慣れない。足元からムズムズした感覚が這い上がってくる。
――それにしても。
セレナは先ほどの騎士の言葉を思い出す。
魔王が討伐されて一年。魔王を倒されたことで各地の魔物や魔族の力は弱まった――はずだ。しかし、大賢者の話が正しければ、世界には魔神の力が漂っている。
(魔神の力が人に影響を与えるなら、他の魔物たちに影響がないとは限らない)
魔王が倒されて平穏を取り戻した。セレナはそう思っていたが、決してそうではない。……そんな予感がする。
ふと、セレナは談話室の壁にいくつも掲示物が貼っていることに気づく。
談話室の使用ルールから、上からの指示。いくつか貼ってある似顔絵は指名手配犯のものだろう。そこから少し離れたところに見覚えのある似顔絵を見つけ、心臓が跳ねる。
(――まさか……!?)
気づけば、セレナはその似顔絵へ駆け寄っていた。
それは勇者セランの手配書だ。若い少年の似顔絵の横には『金色の髪と瞳』、『身長は百七十センチ』と身体的特徴も補記されている。
セレナは息を呑む。冷や汗が止まらない。
(探されるだろうとは思ってたけど、手配書まで用意されてたのか……っ。しかも、有力な情報提供者には金貨百枚、見つけたものには金貨千枚って……陛下も本気だな!)
手配書の内容を読んでいると、ちょうど先ほどの騎士が戻ってきた。
「待たせたね。――あれ? その手配書が気になる?」
「え? ええ、……まあ」
セレナは引き攣った笑みを返す。何も気づかない様子の騎士はセレナの隣に立ち、手配書を見つめる。
「『魔王討伐を果たした勇者が、王女との婚約直前に失踪!』なんてね。当時は騎士団内も相当大騒ぎになったみたいだよ。王都周辺の騎士は全員駆り出されて、勇者捜索に充てられたとか。バラカス周辺も手配書が来て、同年代の少年は全員髪を染めていないかとか、身体検査が行われたけど」
(そ、それはボクも知ってる……)
王都から逃げ延びたあと、その手の検問にセレナ自身何度か引っかかってる。身体検査の結果、女性であると分かるとすんなり解放してもらえたが。
セレナは小さくため息を吐く。
(まあ、陛下からしたら、勇者は体面を潰した不届者だしなあ。しょうがない……かあ)
とはいえ、勇者として捕まればどうなるか分からない。決して、勇者だった過去がバレるわけにはいかない。
手配書から視線を外したセレナは、騎士がこちらを見つめていることに気づく。どこか観察するような視線に、自然と緊張感が高まる。
「ど、どうしました?」
「君――」
セレナはゴクリと唾を呑み込む。騎士は首を傾げながら言った。
「実は勇者様の親戚とか、ない?」
「……へ?」
「ほら、金色の瞳って珍しいから。親戚の誰かが勇者様ってことない?」
「ア、ハハハハ」
乾いた笑いを返す。
「遠縁は知りませんけど――知っている範囲の親族に勇者様はいませんよ。それに、私の故郷では金色の瞳もそんなに珍しくありません」
「へえ。故郷ってどこなの?」
「北部スノレムの――」
そこまで答えて、セレナはハッと気づく。
相手は騎士――国王に仕える立場だ。勇者の出身地が特定されかねない情報は伏せるべきだ。元々セレナは出身地を大賢者以外に明かしていない。
慌てて話を打ち切る。
「あ、あの! もうそろそろ夜の祈りの時間なんですけど――」
「ああ、ごめん。じゃあ、行こうか」
騎士はそれ以上追求はせず、扉へと向かってくれた。ひとまず、危機を乗り越えたセレナは肩を撫で下ろした。
*
夜の大通りを二人並んで歩く。騎士はカイルと名乗った。彼は朗らかな口調で言う。
「でも、北部の出身だなんて、ずいぶん遠くまで来たんだね」
「い、色々ありまして」
向こうからすればただの世間話だ。警戒しすぎるのも不審がられるだろう。セレナはどこまで話すか考えながら、言葉を選ぶ。
「す、少し前までは王都にいたんです。仕事を切られてしまって、あちこち流れ歩いて……ハルミナ神殿長に拾ってもらったんです」
「あはは。あの神殿長は何でも拾ってくれるからね。前にマリーさんが子猫の里親探しに街に来たのを覚えてるよ」
その件はセレナも知っている。神殿長が散歩の途中に助けた雌猫がたくさん子供を産んだのだ。里親に出すまでの世話は主にセレナがやっていた。
子猫たちの姿を思い出し、つい笑みがこぼれる。それから、セレナは今が気になっていたことを聞くチャンスではないかと気づく。一瞬逡巡してから、口を開く。
「そういえば、……この街でルーディスという傭兵を見かけたんですが」
その名前にカイルはビクリと肩を震わす。驚いたようにこちらを見る。
「どこで? なんでその名前を知ってるの?」
セレナは騎士たちに傭兵ギルドに近づくなと言われたことを思い出す。
「た、たまたま、歩いていたらです! 一緒に歩いていた傭兵が名前を呼んでるのが聞こえて!」
誤魔化すように早口で答えてから、本題に戻す。
「あの方、王都でお見かけしたことがあります。――魔王討伐メンバーの一人ルーディス様ですよね?」
通行審査のとき、カイルたちは傭兵ギルドに対し、何かあるような言い方をした。
『ああ、でも、今は――』
『やめとけ。今はもう、駄目だ。変わっちまったよ。他の傭兵たちと一緒さ』
変わってしまった。他の傭兵と同じ。――その言葉を聞いて思い浮かぶのは、再会したルーディスの姿だ。
カイルたちもルーディスも元は同じ騎士。セレナの知らない何かを知っているのではないだろうか。そう思ったのだ。
まだ年若い騎士は肩を落とし、遠くを見つめる。その表情はどこか哀愁を感じられた。
「そうだよ。よく分かったね」
「あの、ルーディス――様に何があったんですか?」
セレナは気が逸るのを抑えながら、訊ねる。
「以前お見かけしたときは、まさに騎士を体現したかのような方でした。でも、さっき会ったときは……全然、別人のようでした」
二人は大通りから一本脇道に入る。その先をまっすぐ行けば祈祷院だ。
しばらく沈黙していたカイルが口を開く。
「俺もそんな詳しいわけじゃないんだ。魔王討伐後、勲章を与えられて師団長に推薦されて――その後まるで噂を聞かなくなった。でも、今から半年ぐらい前かな。ここより北ではたらいてる同僚から『ルーディスさんが騎士をやめて傭兵になってる』って噂を聞いたんだ。それで実際にこの街にルーディスさんが現れたのが二ヶ月くらい前のことかな」
「……一体、何があったんでしょう」
「さあ。他の先輩たちも何も分かんないって。王都で働くようなエリート騎士なら何か知ってるのかもしれないけど、俺たちみたいな一般の騎士にはそんな情報網はないし」
カイルは肩を竦める。それから、ポツリと呟いた。
「……俺結構尊敬してたんだよ、あの人のこと。魔王討伐メンバーに選ばれて。同期には、魔族領に向かう途中のあの人と直接話したって奴もいるんだ。嫌味のない、騎士の鑑のような人だって言ってた。同じようになる――のは無理でも、俺も同じ志でいようと思ったんだ。なのに今は傭兵ギルドに入って、高い金を出さなきゃ仕事を請け負わない。……本当に変わっちまったよ」
どこか落胆したような声色に、少なからずセレナも共感してしまった。
(――分かる。ボクもショックだよ)
セレナも、ルーディスに憧れていた面はある。
彼は誰かを守れる人になりたいと迷いなく言った。誰かに強制されたわけでも、必要に駆られたわけでもないのにだ。――それ以外の選択肢がなく、勇者になったセレナとは大違いだ。
なのに、ルーディスは変わってしまった。
まっすぐな瞳も、凛とした佇まいも、もうどこにもない。変化の理由すら分からない。たとえ分かったところで、元の彼に戻れる保証なんてどこにもない。――それでも。
(でも、やっぱり、ボクは昔のお前に会いたいと思うよ)
すべてを捨てて王宮から逃げ出したセレナが抱いていい願いではないだろうけど。それでも、そう思ってしまう。
遠くの街灯に祈祷院の建物が照らされているのが見えた。もうここで大丈夫とカイルに伝えようと足を止め――瞬間、殺気を感じ、身をひねった。
「カイル!!」
セレナは叫ぶ。
直後、路地裏から風を裂くように銀色の何かが飛び出す。――回転する手斧だ。
その切っ先が硬直するカイルの肩を抉る。赤い飛沫が舞う。斧は地面に突き刺さり、続いてカイルが持っていたランタンが落ちる。
「うわあああああああ!!」
「大丈夫!?」
肩を押さえ蹲るカイルにセレナは駆け寄る。背中に彼を庇い、路地裏を睨みつけた。
「――ホント、反射神経だけはいいな。お嬢ちゃん」
建物の影からゆっくりと現れたのは、巨体だ。――そこにはドランが、大斧を手に立っていた。




