5 親友の変貌
ルーディスとの出会いは、セレナが勇者に選ばれて半年ほど経った頃だった。
国王はセランを立派な勇者にしようとした。貴族子息や騎士を目指す子供のための王宮の修練場での稽古に加わることとなったのはその一環だ。
模擬剣を握った経験のないセランは最初に入れられたのは基礎クラスだった。選抜クラスに移れることになったのはそれから半年後。そこで、真っ先に声をかけてきてくれたのがルーディスだった。
「君が勇者セランか。俺はルーディス=ヴァルト。騎士を目指している。よろしく」
屈託のない笑顔で右手を差し出してくる。そのことに、セランは戸惑った。
今まで一緒に稽古をしていた少年たちはどこの生まれかも分からないセランを見下していた。陰で悪口を言っていた。セランはそれを見返そうと、がむしゃらに頑張って上のクラスに上がることができた。
だから、見下すことも冷たくすることもない、友好的な相手がいたことにとても驚いた。
セランが何も反応を返さないままでいると、ルーディスは苦笑いを浮かべる。
「悪い。少し馴れ馴れしすぎたか?」
手が引っこめられたことで、彼が握手を求めていたのだと気づく。セランは慌てて首を振り、手を差し出す。
「初めまして。ボクはセラン」
「セランか」
二人は握手を交わす。ルーディスは嬉しそうに笑う。
「よかった。ずっと、君と話してみたかったんだよ」
そう言って、ルーディスは嬉しそうに笑った。
それから、セランとルーディスは共に稽古する同世代の相手以上の友人――いや、親友となった。
ルーディスと過ごす中、セランは彼のことを知って行った。
ヴァルト家は騎士団創立にも関わった古い家系だそうだ。代々の祖先も、ルーディスの父も、少し歳の離れた兄も騎士となった。
そして、ルーディス自身は騎士になる以上に期待されていたことがあった。それが、勇者に選ばれることだ。
ルーディスは同世代の子供に比べて頭一つ分以上、剣の才能に溢れていた。だからこそ、数年前から流れていた「そろそろ勇者に選ばれる子供が現れる」という噂の、筆頭候補となっていたそうだ。
数百年に一度十代の子供から選ばれ、魔王を倒す勇者。先代の勇者は、騎士の家系出身だった。そのことも、ルーディスの名が上がる要因の一つだったかもしれない。
しかし、当のルーディス本人はそのことをまったく気にする様子はなかった。
「そんなの、周りが勝手に言ってただけだよ。俺は一度も勇者になるなんて言ったことはないよ」
爽やかに笑う姿はなんとも模範的に見えた。本当かと疑うセランに、ようやく親友は表情を崩した。
「もちろん、勇者になる姿を想像しなかったと言えば嘘になる。でも、俺がなりたいのは勇者じゃなくて、誰かを守れる人だから」
「それ、前も言っていたよな」
以前、なぜ騎士を目指しているのかを訊ねたとき、彼はそう答えた。
『父も兄も――遡れば、ヴァルト家の人間はずっと誰かを守るために剣を振い続けてきた。俺もそうなりたいんだ』
ルーディスは頷く。
「だから、勇者に憧れはあったけど、別に勇者になる必要なかった。勇者にならなくても、魔王討伐に加わる方法はあるだろ?」
そう言われて、すぐにセランも分かった。
何も勇者は一人で魔王を倒すのではない。仲間と共に、立ち向かうのだ。その選抜が今後行われる。
セランは呆れたようにため息を吐く。
「前衛に選ばれるのって、勇者になると同じくらいの確率だろ?」
「うん。でも、勇者に選ばれるよりは簡単だ。陛下や大臣たちに『俺以上の適材はいない』って認めさせればいいだけだから」
傲慢とも受け取られかねない発言をさらりとされ、セランは更に呆れた。しかし、ルーディスは屈託のない笑顔を浮かべる。
「それに、お前も背中を預ける相手は知らない相手より、俺の方がいいだろ?」
何か言い返してやりたかった。しかし、ぐうの音も出せず、セランは黙り込む。爽やかに笑うルーディスが少しだけ憎らしかった。
*
懐かしい記憶を回想し終え、セレナは叫んだ。
「全っ然、別人じゃん!!」
祈祷院――神殿が運営する治療施設だ――の一室。一晩バラカスに泊まることを決めたセレナが宿を求めた場所だ。
「ボクが王宮から逃げ出して、まだ一年だよ!? この一年で一体何が起きたのさ! あの、ルーディスが騎士をやめて傭兵になるなんて――魔王討伐の報奨で騎士団の要職に就くことが決まっていたはずなのに!」
セレナは部屋をぐるぐると歩き回る。
(それに、結果的に助けてもらったとは言え、ルーディスなら女性が困っていたら躊躇いなく助けるはず! あんなたまたまみたいなやり方は絶対にしないし、何よりお礼をしたのにあんな素っ気ない態度を取るわけがない)
王宮にいた頃も、魔王討伐に出発した後も。ルーディスは困っていたら誰でもすぐに手を差し伸べた。セランとどちらが先に動き出したか、分からないくらいだった。
感謝する相手に「騎士として当然のこと」と、驕ることなく笑顔を向けていた。――その笑顔と、夕方の傭兵ギルドでの姿が結びつかない。
セレナは簡素なベッドに力なく座り込む。それから頭を抱える。
「考えれば考えるほど、ボクの知ってるルーディスと違いすぎる……っ。世界にはよく似た人が三人いるって言うし、たまたま顔も名前も一緒だっただけ……? ……いや、あんな顔も良くて世界最強レベルに強い奴が二人も三人もいてたまるか」
先程のフードの人物はルーディスである。ようやくそのことを少しだけ受け入れられたセレナは改めて考えを巡らせ始めた。
(でも、本当に何があったんだろう。私がいなくなった後によっぽどのことがあったとしか思えないけど……)
しかし、セラン時代の記憶を辿っても心当たりがない。――いや、一瞬引っかかるものを思い出す。
(もしかして、アイツにフラれたとか?)
そう考えてから、すぐさま心の中で否定する。そんなことがあるわけないし、彼女と騎士を辞めたことを結びつけるのは些か強引すぎるだろう。
(大賢者様なら何か知ってるかも。でも、護衛問題を解決せずに帰ったらそれはそれでバカにされそうだし――ああ、どうすればいいんだ)
その時、扉がトントンとノックされる。我に返ったセレナは「はい」と扉を開ける。
廊下に立っていたのは神官見習い服を着た丸眼鏡の少女――エリノラだ。横髪だけ長い、茶髪のショートカットをしている。
彼女は自信なさそうに、視線を落とす。
「お休みのところ、すみません。大変、申し訳ないのですが、少しお願いしたいことがありまして……」
セレナは数度瞬きをする。それから笑顔を返した。
「うん! 世話になってる身だからね! 何でもするよ!」
快諾されたことで、エリノラは表情を和らげる。
「ありがとうございます。急患が入ってしまって、人手が足りなくなってしまったんです」
「その治療を手伝えばいいってこと? ――あ、でも、攻撃魔法は得意だけど、治癒術はそれほどじゃなくて。手足の欠損とか、内臓とかの治療はさすがに」
「そ、そんな高レベルなこと頼みませんよぉ! 欠損や内臓の治療なんて院長クラスでも難しいんですぉ!?」
困惑したような反応に、セレナは『そういうものなのか』と納得する。
(ミカがバンバン治してたから普通だと思ってたけど、そうじゃないのか)
それから、エリノラは気を取り直したように言う。
「セレナさんに薬を運ぶのをお願いしたいんです」
祈祷院は怪我人や病人の治療のほか、薬の開発・製造も行なっている。
「届け先は? すみません。土地勘がないので道順も教えてもらえると助かるなあ」
「大丈夫ですよ。セレナさんも知っている場所です」
「――へ?」
セレナがバラカスに来たのは今日が初めて。祈祷院に来る前に何処かに立ち寄ったという話も伝えていない。なのに、なぜそんなことを言われるのかが分からなかった。
エリノラは眼鏡を上げながら、遠慮がちに微笑む。
「街の入り口――城門横の騎士団詰所です」




