4 『再会』
それは背の高い人物だった。
大男のドランと比較すると線は細く見えるが、十分筋肉がつき、鍛え上げられているのが分かる。フードで顔は見えないが伸びた赤髪が覗いて見える。
低く、抑揚のない声が響く。
「受付に用がないなら、とっととどいてくれ。邪魔だ」
「……何だと?」
ドランの眉間がぴくりと動く。セレナの腕を放すと、ゆっくりとフードの人物に向き直る。
「それは、オレが誰か知っていて言ってるのか?」
「お前のことなんて知らないし、興味もない」
投げやりな口調から、本当にその人物がドランに関心がないのが伝わってくる。ドランの顔色がみるみる赤くなっていく。
「テメエ、舐めた口利きやがって!」
ドランは拳を振り上げ――そして、決着は一瞬でついた。
一秒後、ドランの額には凹んだ跡ができ、その体は大きな音をたてて崩れる。何があったか理解した人間がこのギルド内にどれだけいるだろう。しかし、セレナは確かに見た。
目にも留まらぬ速さで腰から剣を抜いたフードの人物が、その柄頭で相手の額を突いたのだ。その衝撃でドランは失神し、倒れた。――セレナは生唾を飲む。
(コイツ、強い)
勇者であった頃、セレナは魔王討伐の仲間探しの名目で様々な強者と会ってきた。正直、フードの人物の実力は勇者の仲間に選ばれるほど――いや、魔王討伐を成し得た勇者一行に負けないほどのものを感じさせる。
無言で剣を鞘に収めたフードの男がこちらに向かって歩き出す。
「え、えっと」
困惑しながらもセレナは男に話しかけようとし――しかし、無視された。男はセレナの隣を通り過ぎると、受付のテーブルに懐から取り出したプレートを置く。それから、受付嬢に話しかける。
「――バジリスクの討伐が完了した。確認を頼む」
それは猛毒の体液を持ち、視線で生物を石化させる数十メートルもある大蛇だ。出没すると森一つを支配域に置き、近づけなくなる。
(騎士団なら討伐に一個小隊は必要なのに……いや、勇者は単独で討伐できたけど)
それに、テーブルに置かれたプレートは見間違えようない――ミスリル製だ。最も希少な金属を使ったプレートが表すランクは文字を読まずとも分かる。
受付嬢は地図を取り出す。
「明日、職員で確認に向かいます。討伐地点はどちらでしょうか?」
「ラザルの森の北側だ。この入り口から印をつけている」
「かしこまりました。確認次第、ご連絡いたします。宿は夜鳴き亭で変わりありませんか?」
「ああ」
「報酬はいつも通り、ギルド預かりでよろしいですか?」
「……ああ」
「では、明細書も宿にお届けいたします」
話は終わるや否や、男はくるりとこちらを振り返る。しかし、やはり、こちらを無視し、ギルドの入り口へと向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと!」
慌ててセレナは男の服を掴む。しかし、男はそれさえも気づかないとでも言うように、歩みを止めない。セレナは引きずられないようにその場に踏ん張りながら、声を上げる。
「待ってよ! ちょっとぐらい、足を止めてもいいだろ!」
その言葉でようやく、男は立ち止まってくれた。それから緩慢な動きでこちらを振り返る。男の服を放したセレナは笑顔を向ける。
「ありがとう! 助けてくれて!」
しかし、返ってきたのは、無関心に不快さが混じる声色だった。
「……別に助けたつもりはない」
「いやいや! こういうときぐらい素直に『どういたしまして』って言おうよ! 文句を言ってるわけでも、非難してるわけでもないんだからさ。まるで私が悪いことしてるみたいじゃんか!」
表情は見えないが、どんどん男の不機嫌なオーラが強まるのが分かる。セレナとしてはまだ言いたいことはあるにはあるが、相手は恩人だ。これ以上、しつこくする方が非礼だろう。
セレナは腰に手を当て、ため息を吐く。
「まあ、いいや。とにかく、お礼を言いたかったんだ。――ありがとう。じゃあね」
男に手を振るが、彼は何も返さなかった。そのまま、入り口へと向かって歩き出す。その背中を見つめながら、セレナはしみじみと思う。
(変な奴だけど、本当に強そうだったなあ。バジリスクを討伐してるんだから、強いのは間違いないんだけど)
バジリスクの単独討伐。そんなことをできるのはセレナの知るかぎり、自分と――あとは魔王討伐を為した仲間たちぐらいだろう。
騎士ルーディス。魔法使いノエル。元暗殺者クロウ。神官ミカ。
彼らは神に力を授かった勇者にも負けず劣らず、優秀な者たちだった。特に、騎士ルーディスは唯一剣の腕前で勇者と互角に近い戦いが出来る男だった。
騎士の家系に生まれ、騎士団長の嫡男。深紅の短髪の、女性に好かれる端正な顔立ちをした青年はまさに騎士を体現するような好青年だった。
誰にでも優しく、公平で、手を差し伸べてくれる人物。突然王宮に放り込まれたセランも、彼の存在に何度も助けられた。そして、いつしかお互いに親友と呼び合うようになった。
(――でも)
セレナは眉をしかめる。
それももう、昔の話だ。セレナはもうセランではない。ルーディスももう、親友ではない。
今後、聖女として浄化を続けていけば、いずれ騎士団に所属する彼とも再会する可能性はあるだろう。しかし、今のセレナを見ても、きっと向こうは気づかない。そして、セレナも一定の距離を保ち、近づくことはないだろう。
(……もう、アイツとは会わないほうがお互いのためだ)
フードの男がもうすぐ扉を開ける、というタイミングでギルド内に勢いよく飛び込んできた人物がいた。
緑色の髪の青年だ。愛嬌のある顔つきをしているが、肉体は鍛え抜かれている。彼もきっと、傭兵なのだろう。
「――おっとっと!」
青年はフードの男の横を走り抜けてから、急停止した。すれ違った相手を振り返る。それから、どこかはしゃいだような声を響かせた。
「ルーディス! 戻ってきてたのか!」
――それを聞いたセレナが受けた衝撃は、言葉に表せないほどだった。
呼ばれて、振り返ったフードの男に、ひょうきんな青年は楽しげに話しかける。
「バジリスク戦どうだった! オレも連れてってくれればよかったのに!」
「……あの依頼はSランクじゃないと引き受けられない」
「あー! オレのこと馬鹿にしてるだろ! ほら、見ろよ! お前のいない間にBランクに昇格したんだぜ!」
目の前に突きつけられた銀色のプレートを見るためか、男はフードを持ち上げる。
肩まで伸びた、深紅の髪。細められた翠の瞳。深く眉根をひそめていても、隠せない端正な顔立ち。
見間違えようがない。
髪の長さも。表情も。――いや、それ以外の言動を含めたすべてがまるで様変わりしているが、間違いなくルーディス=ヴァルトだった。




