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魔王を倒した元勇者、女に戻ったら今度は聖女になれと神様に言われました  作者: 彩賀侑季


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12/12

12 浄化


 勇者一行のうち、戦闘で魔法をメイン武器とするのは魔法使い(ノエル)。治癒術を使うのは神官(ミカ)だ。勇者(セレナ)もある程度の魔法は覚えている。


 しかし、騎士(ルーディス)元暗殺者(クロウ)は魔法の適性が低かった。クロウは一切魔法が使えないし、ルーディスも昔から魔法の勉学に関しては苦労していたようだ。


 それでも、ルーディスが必ず覚えなければならない魔法がいくつかあった。そのうちの一つが気配を遮断し、姿を消す魔法だ。


 周りが敵だらけの魔族領を旅する中で必須スキル。当然、それは今も使えて当然のものだ。


(姿が見えなければ、気配がなければ誰もいないなんて、そう考えるのは早計だよ。……まあ、こんな魔法使えるほうが珍しいんだけどさ)


 斬られた腕を押さえるドランと、それに相対するルーディス。セレナは隠し持っていたナイフで腕の拘束と猿轡を解くと、エリノラに駆け寄る。

 

「エリノラ! 無事だった!?」


 薄暗い中でも、彼女の顔が恐怖に怯えきっているのが分かる。立たせようと触れた手も冷え切っている。


「セ、レナ、さん」

「巻き込んじゃって本当ゴメン。さあ、危ないから離れてて」


 そのとき、森の方の茂みがガサガサと揺れた。エリノラの肩が跳ねる。


 ひょっこりと姿を現したのは、遠くで待機させていたリオネルだ。彼は頭を掻きながら、少し残念そうに呟く。


「オレの出番なかったなあ」

「いやいや、これからだよ。エリノラのこと、頼んだよ」


 セレナはドランたちの方へと視線を戻す。二人はまだ戦闘中だ。


(――いや)


 正確に言えば、ドランの斧での攻撃をルーディスが剣で捌いているだけだ。


 手負いの、自身より格下の相手だ。その気になれば、ルーディスなら一瞬で決着をつけられる。そうしないのはきっと、セレナと交わした契約が襲撃の対処のみだからだろう。


『自分で無力化する。そう言ったのだから、その先は自分でなんとかしろ』


 夜鳴き亭で言われた言葉を思い出す。セレナはルーディスたちの方へと一歩歩みを進める。――遠吠えが聞こえたのはその時だった。




 *




 それは狼の吠える声。


 最初は一つだけだったのが、呼応するように二つ、三つと重なっていく。その声はセレナたちの周囲、四方八方から。


 しばらくして、闇の中から無数の獣たちが現れる。セレナは彼らの名を呼ぶ。


「ウルフ――っ!」

「一体どこからこんな数……」


 リオネルは担いでいた二本の槍を構える。セレナもエリノラを庇うように立ち、いつでも魔法が発動できるように手を前にかざす。


「昨日、街道にウルフの群れが現れたそうだよ。同じ奴らかな?」

「オレは何でもいいよ。――ブチのめせればな!」


 言うや否や、弾かれたようにウルフの群れへと突っ込んでいく。突然のことに一瞬怯むも、セレナは叫ぶ。


「おい! こら! エリノラのこと頼んだって言っただろ!!」


 彼が遠くに行ってしまっては、セレナがエリノラの傍から離れられなくなる。しかし、リオネルはセレナの抗議を無視し、ウルフの群れの中で双槍を振るう。


 最近Bランクに上がったばかりという青年。体格はルーディスとほとんど変わらず、筋肉質でありながら、その動きは身軽だった。


 ウルフの攻撃をひらりと避け、器用に二本の槍を使い分けて攻撃を返す。その鮮やかさについ、口笛を吹きたくなる。


 だが、いつまでもリオネルに魅入っている場合ではない。こちらを狙って、ウルフが飛びかかってくる。セレナは魔法で応戦する。


「――“燃えろ(ファイア)”! “風よ、切り裂け(ウィンドカッター)”! “氷の槍よ(アイスランス)”!」


 本来、多数の敵には全体攻撃魔法が有効だ。しかし、その手の上級魔法は長い詠唱が必要だ。その間セレナを守れる人間がいない以上、詠唱が短い単体攻撃魔法を連発していくしかない。


 魔法を撃つごとに少しずつ、息が上がっていく。


(じ、地味に疲れるなあ……っ! あと何体倒せば――!)


 セレナは改めて周囲を見回す。最初に現れた魔物の数はざっと五十。もう一度数え直し、――まったく数が減っていないことに気づく。


(嘘!?)


 慌てて、セレナはリオネルとルーディスを見る。


 リオネルは変わらずリズミカルにウルフを倒している。ルーディスもドランの攻撃を捌く傍ら、襲いかかる魔物を振り返ることなく瞬殺している。


(私も十体以上は倒したぞ! なのに、数が減らないなんて――)


 周りを囲うウルフたちを注意深く観察し、気づく。群れの奥に黒い影が蠢いたと思ったら、そこに新しい個体が現れているのだ。


 セレナは息を呑む。


(そうか。――増えてるのか)


 魔王討伐の旅で、魔物を操る魔族が無尽蔵に生み出していたことを思い出す。あれと同じなら、いくら倒しても無駄だ。


(このままじゃ駄目だ)


 セレナは必死に思考を巡らせ――遠くで戦うリオネルに呼びかける。


「リオネル! 戻ってこい!」

「えー」


 彼は不満そうな声を上げたものの、最後に敵を一体槍で貫くとこちらにバックステップで戻って来る。


「なあに? 面白くなってきたところだったのにさー」

「目的を見失うんじゃない。一体何のためにここまで来たんだよ」

「オレの目的は『面白そうだった』からだよ」

「ぐぬぬ」


 エリノラの救出とドランの浄化。そのどちらもがセレナだけの目的であり、リオネルもルーディスもそれに付き合っているだけということを思い出す。


 セレナは大きく咳払いをする。


「とにかく――このまま、一体一体撃破していってもキリがない。一気に片をつける。そのために時間を稼いでほしい」


 直後飛びかかってきたウルフをリオネルは槍の柄で薙ぎ払う。それから、少し考える素振りを見せたものの「分かった」と頷いてくれた。


 しかし、まだ不安は残る。


(……リオネル一人で私とエリノラの二人を守りきれるものだろうか)


 チラリとルーディスに視線を送る。本当なら彼の協力も得たい。しかし、依頼以上のことを引き受けてはくれないだろう。


 どうしたものか。そう考えていると、よろよろとエリノラが立ち上がる。

 

「わ、私にも、やります……っ」


 まだその顔色は青白く、今にも泣きそうなほどくしゃくしゃだ。手足も震えている。しかし、その目は真っ直ぐにこちらを向いている。


「防御魔法と、後簡単な攻撃魔法なら、使えます。大してお役に立てないかもしれませんが……」

「ううん。すごく助かるよ。ありがとう」


 セレナが笑顔を返すと、少しだけエリノラの肩の力が抜けたように見えた。


 そうして、セレナの隣に立ったエリノラが周囲に魔法で防御壁を張る。壁は薄く、そう何度も攻撃を防げない。それをカバーするようにリオネルが立ち回り、ウルフを一体ずつ倒していく。


(……よし)


 防御壁の中心で、セレナはその場に膝をつく。祈るように手を組み、目を閉じる。


 今までセレナは《魔神の残滓》に侵された人物に意識を向け、浄化を行なっていた。しかし、そのやり方ではウルフを一掃できない。


(大事なのは個体を撃破することじゃない。あのウルフたちを生み出しているのもきっと《魔神の残滓》だ。それごと浄化してみせる)


 セレナは意識を集中する。体の内側に聖なる力を溜め込んでいく。


 準備を整えるのには一分、いや二分ほど時間がかかった。その時間稼ぎを見事にリオネルとエリノラは果たしてくれた。


(――今だ)


 そうして、セレナは力を解放する。


 自身を中心に、周囲に真っ白な光が放たれた。キラキラとした粒子に触れた瞬間、魔物の姿が崩れていく。遠くにあった黒い影も霧散する。 


 決着は一瞬でついた。周りから魔物の気配がなくなったことを確認すると、セレナは立ち上がる。一連の出来事を間近で見ていたエリノラが困惑したように、こちらを見上げる。


「セレナさん、これは……?」

「あ、ははは」


 セレナは乾いた笑いを返す。


 思えば、こうして聖なる力をそうと分かる形で人前で発動したのは聖女になって初めてかもしれない。


(今まで浄化した人たちは私が治癒術を使っているだけと勘違いしてるだろうし。……うーん、どう説明しよう。本当のこと言ってもいいものかなあ)


 セレナはリオネルを見やる。彼は槍を肩に担ぎ、『やるじゃん』とでも言いたげに口笛を吹いている。


(神殿関係者のエリノラはともかく……それ以外の人もいる前で『聖女』って名乗るのはどうなんだ? 街で話されて噂になったら、結局ハルミナ神殿に人が集まってくるかもしれない。それは避けたいしなあ)


 そんなことを考えている時だった。


 突然、背後から肩をつかまれた――と思った瞬間、無理やり振り返らされ、そのまま地面に倒される。その力強さと背中に走る痛みでセレナは一瞬目をつぶってしまう。


「うっ……!」

「――どうして」


 一体誰が、と考える間もなかった。聞き覚えのある声に目を開けると、自分に馬乗りになっているのは先ほどまでドランと戦っていたはずのルーディスだった。


(そうか。浄化したから、ドランも――)


 きっと、《魔神の残滓》の影響を取り除かれたドランは離れた場所に倒れでもしているのだろう。しかし、今のセレナにはそれを確認する手段がない。何より、ルーディスの目を見て、それどころでないと悟る。


 翠の瞳がセレナを捉えている。しかし、そこに浮かぶのは――怒りだ。憎悪とも呼べそうな、昏い昏い感情。


 再会してから大きな感情を表に出さなかった元親友が、はじめて表情を歪め、激昂していた。


「どうして、お前がその力を使えるんだ――!」


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