10 交渉
ルーディスは不在の間に部屋に入り込んでいた来客を見る。それから、リオネルに訊ねる。
「誰だ」
「ルーディスのお客さん。依頼があるんだって」
その答えに、ルーディスは舌打ちをする。
(ル、ルーディスに舌打ちされた……っ!)
セレナが衝撃を受けている間にルーディスが剣を壁に立てかける。それから、セレナに向かい直った。
「帰れ。失せろ」
「う、失せろ……!?」
(ボ――ボクの知ってるルーディスなら絶対に言わないだろう台詞ランキング第三位……っ!!)
ちなみに第二位は『殺す』、第一位は『死ね』だ。
改めてルーディスの変貌を目の当たりにし、セレナは衝撃を受ける。しかし、いつまでも呆然としてはいられない。ルーディスに食いかかる。
「まだ何も話してないだろ!」
「聞いた。依頼は受けない。出てけ」
(コ、コイツ――っ!)
思わず、元親友という事実も忘れて殴りかかりたくなる。ふと、そのとき、ルーディスの左腕に血が滲んでいることに気づく。
「どうしたの、それ!」
セレナはルーディスに駆け寄り、腕を掴む。鋭利な刃物で切り裂かれた服と肌。とっさに治癒術をかける。
「“癒やしよ”!」
腕を掴まれ不快そうに顔をしかめたルーディスが僅かに目を瞠る。治療を終えたセレナに彼は呟く。
「……お前、昨日傭兵ギルドにいた奴か」
「気づいてなかったんかい! ――って! そうじゃなくて! この怪我どうしたの!」
この国でもトップレベルの実力者であるルーディスが軽傷とはいえ、怪我を負うなんて只事ではない。
途端にルーディスは眉間にしわを寄せる。ベッドを陣取るリオネルを追い払うように手を振り、代わりに自身がベッドに腰かける。
「突然襲われた。昨日の、スキンヘッドだ」
「ドラン!」
その名前にセレナはルーディスに詰め寄る。
「ねえ! ドランはどうしたの!! やっつけた!?」
「……なんだ。そんなに昨日のことを恨んでるのか」
「違うよ! ちょっと絡まれたくらいで、ずっと根に持ったりしない――多分!」
セレナは一拍置いてから、表情を引き締める。真っ直ぐにルーディスを見つめた。
「私も、ドランに襲われたんだ。昨日、傭兵ギルドでの一件で目をつけられたみたいで」
「…………そうか。だから、俺を襲ってきたのか」
ルーディスは納得したかのように呟く。それを聞いて、セレナも理解した。
(そっか。ドランはルーディスも狙ってるのか。……いや、ルーディスはウサギというよりはオオカミとかライオンかもだけど)
単純に報復で襲っただけか、《魔神の残滓》の影響で余計におかしくなっているのか――そのあたりはもうセレナには分からない。
何かを考えるように手を口に当てたルーディスに、セレナは懐から出した袋を差し出す。
「ここに金貨三十枚がある。――あなたのことを雇いたい。私をドランから守ってほしい」
「……たったそれだけか」
彼はどこか呆れたように呟く。
「ギルドで相場を聞いていないのか? 俺を雇いたいならその五倍は用意するんだな」
「困ってる人間がいたら、助けるのが強者の責務じゃないのか?」
それは少しだけ、ルーディスが変わっていないことを期待しての問いかけ。しかし、その言葉に傭兵となった男は嘲るように笑った。
「そう思うなら、騎士団に助けを求めるんだな。きっと、彼らなら君のことを守ってくれる」
セレナはぎゅっと唇を噛む。
(確かに守ってもらうだけなら、騎士団に頼ればいいけど――それじゃ、ダメなんだよ! ドランを捕まえて、浄化しないといけない! でも、それを今のルーディスに言っても、取り合ってくれないかもしれない)
歯がゆい。昔のルーディスなら――いや、セレナがセランだった頃なら、こんな押し問答をする必要はなかった。セランが頼めば、親友は深いことを聞かず、首を縦に振ってくれた。
かと言って、自身がセランであったことをこの場で明かすというのもナンセンスだ。呪われて男になっていたことは誰にも秘密にしていた。正直に話してルーディスが信じるかは分からない。
――それに何より。
セランとして最後にルーディスと話した時のことを思い出す。苦々しい記憶だ。あの時のやり取りを考えれば、彼に正体を明かす選択肢は取れない。
セレナは目を瞑る。必死に考え――そして、ゆっくりと目を開いた。こちらを見もしないルーディスに静かに告げる。
「このままドランを放っておけば、またあなたを襲うかもしれない」
彼はぴくりと眉を動かす。セレナは感情を抑え、淡々と続ける。
「アイツを野放しにしておくのは、あなたにとっても不都合なことじゃないかな? 倒せとは言わない。ただ、私に襲いかかってきたら、守ってほしいんだ。……それが出来るのはあなただけだ。だから、あなたにお願いしてる。その間に、私がドランを無力化する」
翠色の瞳がこちらを捉える。再会してからはじめて視線が合った。
長い、沈黙が流れる。その間、セレナはルーディスの冷たく昏い目から一度も視線を逸さなかった。
ルーディスがゆっくりと息を吐いた。それから緩慢な動きで立ち上がり、セレナの手から乱暴に金貨の入った袋を奪う。彼はこちらを振り返ることなく、言う。
「スキンヘッドの襲撃の対処。――引き受けるのはそれだけだ。自分で無力化する。そう言ったのだから、その先は自分でなんとかしろ」
相変わらず冷淡な反応。それでも、依頼を引き受けてくれたことに、セレナは安堵から笑みをこぼす。
「うん。ありがとう」
しかし、その感謝の言葉にも、ルーディスは何の反応も示さなかった。
*
セレナはルーディスを連れ、夜鳴き亭を出る。数歩歩いてから、くるりと振り返る。
「……それで。なんで、あなたもついてくるの?」
「いや、面白そうだと思ってさ!」
ニコニコと笑うのはルーディス――ではなく、その後ろのリオネルだ。その背には二本の槍が背負われている。
「ドランって、バラカスの傭兵ギルドで一番強い奴だろ? オレもこないだBランクに昇格したっていっても、まだ駆け出し扱いだからさ。ここらで、オレがBランク程度じゃ留まらない男というのを示すのもいいかなって」
「……悪いけど、お金は払えないよ。さっき、全部ルーディスに渡しちゃったから」
ちらりとルーディスを見るが、無反応だ。リオネルはカラカラと笑う。
「まあ、いいよ。特別サービスってことで。なんだか、面白そうだし」
二人を見比べ、セレナはそれ以上何かを言うのをやめた。リオネルもBランクならばそれなりの手練だ。協力者は多いに越したことはない。
「……ひとまず、祈祷院に向かおうか。私勝手に抜け出してきちゃったから。きっと心配してる」
セレナを送ってくれた騎士たちはまだ祈祷院にいるだろうか。元魔王討伐メンバー現Sランク傭兵であるルーディスを連れていけば、セレナを駐屯所に連れ戻そうとはしないと信じたい。――いや、もしかしたら、違う騒動が起きるかもしれないが。
(騎士団と今のルーディスの関係ってどうなんだろ。カイルはルーディスが傭兵になったことに失望してたみたいだけど……ルーディス側はどう思ってるんだろう)
セレナはチラリとルーディスを振り返る。
『そういえば、ルーディスは元騎士なんだよね? でも、騎士団を辞めて傭兵になったわけじゃん。騎士団の皆との折り合いは問題ないの?』
その質問をする自分を想像し、――全力で止めておいた。ルーディスがどんな反応をするかも分からないし、万が一にも機嫌を損ねて護衛をキャンセルされても困る。
祈祷院に近づくと、セレナは護衛二人に指示をする。
「ちょっと事情説明をしてくるから、ルーディスは少し離れたところで待ってて。リオネルはついてきてもらってもいい?」
ルーディスは無言。リオネルは「オッケー」と軽く答える。
傭兵を雇ったこと自体、騎士団からすればよく思われないだろう。しかし、一緒にいるのが元騎士のルーディスよりは無関係のリオネルの方が刺激は少ないと考えてのことだ。
祈祷院の玄関には、まだ騎士の姿がある。しかし、それが先ほどセレナの護衛をしてくれた人物ではない。人数も四人に増えている。
(あれ?)
セレナは首を傾げる。そして、その騎士の中にカイルがいることに気づくのと、カイルがこちらに気づいたのはほぼ同時だった。
「セレナさん!」
駆け寄ってくるカイルはひどく慌てた様子だ。
「カイル――さん。もう動いて大丈夫なんですか?」
「そんなことより、一体どこに行ってたんだい! ずっと探してたんだよ」
「えっと」
答えようとして、玄関に祈祷院長が現れたのに気づく。不安そうな表情の初老の女性はセレナに気づくと、近づいてきた。
「ご無事でよかったです」
「……ご心配おかけして申し訳ありません」
気まずさからセレナは視線をそらす。祈祷院長の目からほろりと涙が落ちる。
「ああ、でも、本当にエリノラは無事なのかしら。まさか、連れ去られるだなんて――」
その台詞にセレナは顔色を変える。
エリノラ。連れ去られる。決して、看過できる発言ではない。カイルを振り返る。
「何があったの?」
金髪の騎士は目を伏せる。それから、ゆっくりと答えた。
「ドランに、エリノラが攫われたんだ」




