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魔王を倒した元勇者、女に戻ったら今度は聖女になれと神様に言われました  作者: 彩賀侑季


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1 元・勇者、聖女となる


 かつてセレナは勇者セランとして剣を振るい、世界を救った。そして、今度はなんと聖女として世界を救えと言われている。


「……それって何の冗談ですか?」

「冗談ではない。神からのお告げじゃ」


 片田舎にある神殿、ハルミナ。神殿長と神官二人だけの小さな神殿は、セレナがひっそりと身を寄せる場所だ。


 その懺悔室で窓の格子越しに向かい合うのは古い知人、大賢者。


 絹で作られた上等な真っ白なローブを纏った、見目麗しい銀髪の中性的な美人だ。


 性別不詳。本名も不明。外見は十代半ばに見えるが、実年齢も分からない。


 出会ったのは六年前だが、まったく成長する様子はない。


「お主らの活躍のおかげで無事魔王は討伐され、世界に平穏が取り戻された。しかし、魔王の背後にいた魔神の力は削がれぬまま。むしろ、強大な魔王という受け皿を失い、その力は世界を漂うこととなった。人の世の滅亡の危機が近づいておるのじゃ」


 その説明に、セレナは大きく息を吐いた。正直なところ、――すごく馬鹿馬鹿しい。 


 真っ直ぐに手を伸ばし、拒絶の意思を示す。


「事情は理解しました。でも、辞退させてもらいます。ご覧の通り、今の私はただの神官見習いです。勇敢な勇者セランはもうどこにもいません。――呪いを解いて、女に戻ったんです。剣を振るう筋力も、長時間戦闘する体力もありませんよ」


 女として生を受けたセレナだが、訳あって五年ほど男性の肉体で生きていた時期がある。そして、その時期に勇者に選ばれ、魔王討伐を成し遂げた。――でも、それも過去の話だ。


 大賢者は憐れみの視線をこちらに向けてきた。


「話を聞いておらんかったのか? 勇者としてではなく、聖女として世界を救ってほしいと言っておるのじゃ」

「はい?」

「世界を漂う魔神の力は、人の心に巣食い、蝕む。そうなったものは自滅するか、周囲も巻き込み破滅するか――そうならぬように、お主の力を貸してほしいのじゃ」


 大賢者曰く。


 かつて勇者に選ばれたとき、セレナは神から力を授かった。《魔》の力に対抗する聖なる力。その力は未だセレナの体に宿っており、人に宿る《魔神の残滓》を消し去ることができるらしい。


 それを聞いて、セレナは思わず叫んだ。


「なんて傍迷惑な話だ!」

「神に祝福される。とてもありがたいことじゃ」

「いやいや! アンタに言われた通り、ちゃんと魔王は討伐したじゃん! それに、ボクが女に戻るとき、アンタ反対しなかったでしょ! なんなら、王都からの脱出も手伝ってくれたじゃん!」

「それは国王からの監視の目を掻い潜るのが大変だと、お主が困っていたからじゃろう。我は俗世の事情には興味がない。――じゃが、神は再びお主を必要としておる。神の思し召しに逆らうような真似はできん」

「とんだ裏切りだあああああ!」


 頭を抱えて、セレナはその場に(うずくま)る。窓の格子越しにこちらを覗き込む大賢者を見上げて、心の奥底から訴えた。


「やっと! やっと普通の生活を取り戻したんですよ! 十二の時に魔女に呪われて! 大賢者(アンタ)の力を借りようと王都に行ったら突然勇者に選ばれて! 十六で魔王討伐に出発、十七で討伐完了! ――女に戻って、まだ一年! やっと、平穏に暮らせると思ったのに……っ」

「安心せよ。お主はまだ十八歳と若い。聖女の務めを果たし、それから第二の人生を送るが良い。……いや、今が第二の人生ゆえ、第三か」

「第二とか第三とか、どうでもいいんですよ!」


 セレナは懺悔室の壁を乱暴に叩く。


「なんでボクばっかりに頼むんですか! 他の誰かに神の力を分け与えて、それで世界を救えばいいでしょ!」

「神の力は複数の相手には授けられぬ」

「なら、ボクの力取り上げていいから!」

「神が与えたものはそう簡単に取り上げられん。それに、誰でもいいというわけではないのじゃよ」


 そう言って大賢者は立ち上がる。そして、懺悔室の扉を開けた。


 それに続くようにセレナも懺悔室を出る。大賢者は何も言わず、神殿の廊下を歩き出した。仕方なく、セレナも後をついていく。


「我にも神の御心は分からぬ。じゃが、五年前、神はお主を選んだ。これは意味のあることじゃ」

「私にとっては、大迷惑な話でしたけどね」


 落ち着きを取り戻したセレナは意識して言葉遣いを直す。――気持ちが昂ると、昔のように“ボク”と言うのは悪い癖だ。


「そのおかげで魔王の持つ解呪の宝具を手に入れ、元に戻れたではないか」

「それはそうなんですけど……」


 途中、中庭で薬草を手入れする神殿長や神官たちの姿を見かける。


 手を振られ、セレナは会釈を返した。大賢者は歩みを止めないまま、口を開く。


「誰しも、神の力を受け入れられる器を持ち合わせているわけではない。力を悪用しない心根も持つとなると、候補は非常に限られる」

「別に、私はそんな立派な人物では――」

「そうじゃな。お主は悪事を働く胆力もない小心者じゃ」


 謙遜を真っ正直に肯定され、少しだけムッとしてしまう。


 気づけば、いるのは神殿の玄関。大賢者は傷がいくつも刻まれた古びた扉に手をかける。


「同時に、困った人間を放っておけない善性も持ち得ている。我はそこを評価しておるのじゃよ」


 その直後、扉が開かれた。


 ブワッと風が流れ込み――同時に、黒い気配を感じた。それは魔族領を旅していた頃によく感じたもの。魔族たちの持つ、魔神の力。


 開かれた扉の向こう、玄関の前に一台の馬車が止まっている。


 その車輪のすぐ脇に、一人の男が座り込んでいた。その両隣に白いローブを着た人物が二人、無言で立っている。


「どうしたんですか!?」


 慌てて、セレナは座り込む男へと駆け寄った。


 その顔色が真っ青で、今にも倒れそうだ。半分だけだが目が開いていることで、かろうじて意識があるのが分かる。


 そのことを確認し、セレナは男の両隣に立つ人物たちを睨みつける。


「ちょっと! あなたたち何してるんですか! こんな見るからに病人を地面に座らせて何もしないなんて――」


 しかし、フードに隠れた下に覗く顔が布でできた人形――人間でないことに気づき、言葉を失う。昔からよく大賢者が連れ歩く、魔法で動く配下だ。


 そのとき、淡々とした声が響いた。


「病人ではない。それが《魔神の残滓》に侵された人間じゃ」


 勢いよく振り返ったセレナは扉の前に立つ大賢者を見つめる。大賢者は男を指差す。


「ほら、腕を見てみよ。痣が浮かび上がっておるじゃろう。それが証じゃ」


 セレナは男の服の袖をまくる。確かにその下には不気味な黒い痣があった。


 大賢者は淡々と言う。


「今、その男の心は魔神の囁きで満たされておる。疑心暗鬼に包まれ、いつ周囲に牙を剥くか分からぬ。場合によっては、異形の姿へと堕ちるやもしれぬ。このままではな」


 彼、あるいは彼女は、いつも通り、何事もないような落ち着いた様子だ。――いや、本当に、何事でもないのだ。


 神の声を聞き、神の意向に従う大賢者は人間の世界の出来事にほとんど興味がない。神に属する人間が滅びさえしなければ、人が数十人、数百人死ぬ程度のことは全く意に返さない。


 セレナはかつて、大賢者に会いに行き、何も教えられぬまま勇者選定の儀に参加させられた日のことを思い出す。あの時も、大賢者はセレナに選択権を与えなかった。


「さて、神官見習い。お主、その男をどうする?」


 だから、その問いかけも結局、こちらがどうするか分かっていて言っているのだ。セレナは《魔神の残滓》に苦しむ男に向き直り、両手をかざす。


 意識を向ければ、白い光があふれるのを感じた。


 小さな粒子が空気中を舞い、男の体を優しく包み込む。聖なる力が、彼の中に巣食う《魔神の残滓》を打ち払っていく。


 魔法の一種に治癒術がある。セレナも多少は魔法や治癒術の覚えはある。しかし、今振るっているのは全く違う力だ。


 神に与えられた聖なる力。唯一、神に認められた者だけが使える特別な力。


 今までセレナは剣にその力を込めることで、魔族や魔王を倒してきた。しかし、今それを人から魔神の力を取り払うために振るっている。


 苦しそうな男の表情が和らぐ。それから目を見開くと、信じられないように自分の体を確認し始めてる。


「こ、これは一体――」


 セレナは驚いた様子の男から視線を外し、大賢者に向き直る。相手はどこか満足げに微笑んでいる。それがなんとも憎たらしい。


 ――もう一度目をつけられた以上、逃げ切るなんて土台無理だったのだ。


 それでも、はっきりと自分の意思を言葉にする。


「私はもう、面倒なことに巻き込まれたくないんです」

「分かっておる」


 意外なほどに、大賢者は物分かりが良かった。


「国王には首を突っ込まれないよう、取り計らおう。また、お主と王女の婚姻話が持ち上がっては神の望みが叶えられなくなる」


(いや、もう女だから王女との結婚を迫られるわけないんだけど)


 セレナは心の中だけで呟く。そのとき、大賢者はポツリとこぼした。


「それにしても良かった」

「何がですか?」

「お主がそれでも拒否するようなら、手段を選べないからな。――王女との縁談を蹴って失踪した勇者のことを、国王は大層怒っておった。勇者の行方を知れば喜んで多数の兵を送ってくることじゃろう。あの男にお主のことを告げ口するぞと、お主を脅迫しなければならなくなるところじゃった」


 セレナはその言葉に思わず言葉を失う。それから、腹の底から叫んだ。


「その発言自体が脅迫と一緒じゃないか!!」


 ――ああ。どう転んでもやっぱり、逃げるなんて不可能だったのだ。


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