第9話 四尺刀は……使わない!?
多分、四尺刀に興味を持っていた時期ですね。
「ブレット、今日もネシアにナンパしてるの? 相変わらず暇ね」
少女はツンツンしていた。
腰に手を当て、背中をくの字に折る。
背負った四尺刀が凄く重そうで、倒れちゃうんじゃないかなって心配になった。
「来やがったな、エメラル。また俺とネシアさんの時間に邪魔立てする気か!?」
「邪魔立てって……ブレットが一番邪魔でしょ!」
それはそう。少女の言う通りだった。
僕も周りで見守っていた冒険者達も頷く。
一応共通認識だと分かると嬉しいけど、それより気になる言葉が出た。
「エメラル、あの子が?」
この間ブレットが悪態を付いていた冒険者の名前だ。
普通に少女が現れたから、僕はビックリした。
何よりも僕と同じチビなのに、四尺刀なんて背負っている。
意外過ぎて、目が離せなくなった。
「どうする気だろう。ブレットとは勝手な因縁があるみたいだけど……」
ブレットとエメラルの仲は最悪。
だけど最悪だからこそ戦いになる。
昔師匠達に教わった知識をフル動員すると、ブレットは言葉を荒くする。
「エメラル、俺の邪魔するのか!?」
「邪魔って、ネシアが困っているでしょ。ブレット、貴方一人のせいで、この街の冒険者全員が、悪者って扱いにする気?」
「そんな訳がねぇだろ。俺は誠実にネシアさんを飯に誘って……」
「あの、私はブレットさんとは食事には行きませんよ?」
エメラルはブレット相手に食って掛かる。
まるで負ける未来が見えない、一方的な口喧嘩。
ブレットだけが気圧されると、完全に悪者になっている。
その中でも終止符を打ったのは、受付嬢ネシアの言葉。真っ向からスルーされてしまった。
ブレットには相当悔しかったのか、固まってしまった。
それからしばらく停止すると、エメラルに指をさす。
「この……エメラル、お前のせいだぞ」
「私のせい?」
「そうだ。今日こそは許せねぇ。この間オボロに蹴られた分、エメラル、お前で腹いせしてやる!」
ブレットは逆ギレした。ナンパに失敗したのはエメラルの性だと決め付ける。
おまけにこの間僕がやったことを兼ね合いに出している。
完全にエメラルはとばっちりを喰らっていた。
「はぁ。しょうがないわね」
エメラルはブレットの誘いを面倒そうだけど受けた。
溜息を付き、視線を下に落としている。
俯いて顔が前髪に隠れると、ブレットは拳を叩き付けた。
「今日こそ叩きのめしてやるよ、エメラル!」
エメラル相手にブレットは拳を叩き込む。
鋭い一撃で、分厚い二の腕から放たれる攻撃は痛そう。
だけどちょっと遅いかも。僕なら避けられる。
「はっ。遅いわよ、ブレット」
エメラルは四尺刀を抜く気が無かった。
あんなに重たそうな四尺刀だ。そう簡単に抜いたりしない。
だけど抜かなかったら動きが鈍るんじゃないかな?
僕は心配するものの、エメラルは余裕そうだった。
「おまけに軽いわね」
「な、なにっ!?」
ブレットの拳をエメラルは受け止めた。
しかも片手で止めてしまうと、ブレットは驚いている。
本来ならばブレットの方が体格がいい。上から叩き付けるエネルギーの方が何倍も大きいけれど、エメラルはそれを上手く受け流していた。
「凄いな。腰を落として、床に衝撃を流すなんて……」
とてつもない技術だよ。僕とほとんど歳は変わらない筈なのに、あんな真似ができるなんて、相当強い冒険者なのは間違いない。
自分よりも体格のいい相手と渡り合う戦い方を知っている証拠。
物理攻撃を自分の体を通して床に流して、ブレットのパンチを完全に打ち消す。
衝撃を殺してしまうと、僕はエメラルの実力に目を奪われた。
「くっ、離せよ、エメラル!」
「ブレットが殴り掛かって来たんでしょ?」
「なんでこの間よりも強いんだよ!」
「私はブレットと違ってちゃんと毎日訓練してるのよ! 強くなって当り前でしょ」
継続は力なり。僕も師匠達から散々叩き込まれてきた。
ただ僕の場合は訓練じゃくて、命を懸けた修行だった。
根本の部分は一緒でも、培ってきたものが違う。
エメラルの戦い方は、“生きるため”の修行じゃなくて、“強くなるため”の訓練だった。
「カッコいい……で、これからどうするのかな?」
ブレットの拳を受け止めたのはいいが、如何やってブレットを倒すんだろう。
僕みたいにスピードに身を任せて吹っ飛ばすのかな? それとも四尺刀の鞘を使うのかな? どっちにしても見応えがある。
「けっ。で、俺をどうやって叩きのめすんだ?」
「そんなの簡単よ」
「簡単だと? エメラル、俺の拳を片方抑えただけで、勝ったと思ってんじゃねぇよ!」
開いていた左拳が降り注がれる。
鋭い雨のようにエメラルの頭上に落ちて来た。
これを受け止めるには空いている左手を使うしかないけど、エメラルはピクリとも動かない。
「はっ。だから、簡単って言ったでしょーが!」
振り下ろされた拳を、今度のエメラルは受け止める気がない。
抑え込んでいた右拳を解放すると、四尺刀を鞘に納めた状態で取り外す。
そのままブレットの右足に叩きつけると、テコの原理で転ばせた。
「へっ? 世界が横になって……」
ブレットの体は横になった。
右足が滑り、一瞬だけ体が宙に浮く。
体の制御が利かなくなると、重力に身を任せ、体は床に叩き付けられた。
「ぐへっ!」
ブレットの体は床に沈められた。
圧倒的かつ鮮やかな幕引き。
エメラルはこれも日常の一環と割り切っていて、床に伏せたブレットを無視する。
「う、動けねぇ……」
ブレットの体は動かない。
衝撃で体の一部が麻痺したのか、それとも脱臼でもしたのか。
相当な痛みが走り、ブレットは眉間に皺を寄せた。
「全くもう。毎度毎度、手間かけさせないでくれるかしら?」
「クソぅ、エメラル、よくも……」
ブレットは床に突っ伏し、怒りに満ちた表情で、エメラルを見上げる。
それに対し、エメラルは戦う気がない。
ジロッと睨み付けると、まるでゴミを見るようだった。
「よくもじゃないでしょ。それよりネシア、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「はい、大丈夫ですよ、エメラルさん」
「よかったわ。受付嬢に手を上げたなんて知れたら、関係のない私達にまで悪評が広まるもの。止めて欲しいわね、本当に」
エメラルはネシアの心配をした。同時に王都で活動する冒険者全体を俯瞰した。
一人でも悪事に手を染めれば、何も知らない一般の人達は、それを全体のことだと思い込むこともある。そんなことになれば、僕達にまで被害が及ぶ。王都で冒険者活動をするのが困難になってしまうので、未然に防ぐ行為も大事だった。
寧ろそれができる冒険者はとんでもなく少ない。
冒険者のほとんどはロクに話も聞かない自由人がほとんど。
力任せに暴力や暴言を振るう無法者も中に入るから、鎮圧も大変。
エメラルはそれができる、カッコいい冒険者だった。
「ヤバいよ、マジでカッコよくない?」
僕は素直になった。キラキラした瞳を向けていた。
飾らないその姿は冒険者の鑑の一人。
何となくだけど、王都の冒険者ギルドを代表する一人の雰囲気があり、僕は興味を持った。
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