第37話 サイコパスにも優しい街
明日を夢見て
僕達は無事にトロールを倒した。
その脚で王都ディスカベルまで戻って来た。
ここまでまともな会話は一つも無かったけれど、多分、会話はしない方がいい。
僕の五感はずっと研ぎ澄まされていた。
もう見え過ぎて・聞こえ過ぎて、ヤバかった。
頭の中が沸騰しそうな勢いで、アドレナリンがとパトパ出ている。
ずっと興奮状態で、僕は血と肉を欲していた。
「あはは、あはは……はは」
不気味な笑いが絶えず漏れ出ていた。
理性で抑えきれない本能が爆発している。
絶対に気持ち悪い奴だ。って分かってるのに、僕は止められなかった。
「オボロ、気持ち悪いわよ」
「うん」
「ごめん、エメラル&オボロ。なんだか楽しくって」
頭の中がポワポワする。お酒に酔っているみたいな感覚だ。
何にも考えたくない。考えてもいいけど、全部本能で塗り替えられる。
そんなギリギリのラインを行き来すると、エメラルはマジな顔になる。
「はぁ。人前で殺しなんて辞めてよね」
「絶対にダメ」
「分かってるよ。人前ではねっ」
エメラルは僕にバカみたいな注意いをした。
一体僕の何所に“人殺し”の要素があるのか分からない。
だけど空気的には真剣で、エメラルは強い目力だった。
何だかそれ愉快で面白くて、僕はヤバい笑いを浮かべると、エメラルは引いていた。
「冗談に聞こえないわ」
「冗談だよ、冗談。さてと、着いたよ」
僕は本当に冗談のつもりだった。
まあ、人を殺すのに躊躇ったりはしないけど、流石に人前は目立ち過ぎ。
僕は冗談を冗談に聞こえないように被せると、冒険者ギルドの前に立つ。
「ちょっと待ちなさい、オボロ」
「なに?」
「その格好で行く気? バカなの、正気なの?」
エメラルが僕の肩を掴んだ。何故か冒険者ギルドに入るのを止めようとする。
クロンも無表情だけど、コクコクと首を縦に振っている。
そんなにみすぼらしい格好かな? それともわいせつ系かな? ここまでで掴まってないんだから、別に入ってもいい筈。
確かに街行く一般人達から痛い視線を向けられていたけれど、僕はそんなの気にしなかった。否、気にする余裕がアドレナリンで吹っ飛んでいた。
「正気だよ。さっ、早く報告して解散解散」
僕はエメラルの忠告を無視した。
いつも以上に冷静さが欠けている。
その自覚はあるけど、体の方が先に動くと、僕は扉を開けていた。
「ただいま~、戻りましたー」
僕はフニャフニャになっていた。
気持ちがブレた状態で冒険者ギルドに返って来ると、御通夜の様な冷たい空気が走っている。
静まり返っていた空気が一変。集まっていた冒険者や受付嬢達の視線が、一斉に襲い掛かって来た。
「うわぁ、結構凄い」
僕はいつもっぽい感想を出した。
すると僕の姿を見た受付嬢の一人が悲鳴を上げた。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!」
突然受付嬢の一人が倒れそうになる。
顔に手を覆うと、僕から視線を逸らす。
冒険者達も目を見開いている。気持ちのいい悲鳴に、僕の胸が躍っていた。
「やっぱり、こうなるわよね」
「うん」
エメラルもクロンも分かっていた。
僕には分からないけど、何かあるのかな?
そう思ってキョトンとする中、受付カウンターに女性が一人現れる。
僕と面識があるネシアで、戻って来た僕達に視線を向けた……けど、何だか様子がおかしい。
「ど、どうしたんですか、オボロさん。その顔は!?」
「顔?」
ネシアは口を開け、目を見開いた。
“顔”を注目するように言われたから、僕は右手で顔を触った。
「あっ、血?」
僕は顔を触ってみた。ベッタリしていて、気持ちが悪い。
もしかしなくても、これは僕の血だ。
トロールにやられたせいで、僕の額が裂けて、血が噴き出た跡だった。
すっかり忘れていたけど、そうだ、僕怪我したんだっけ。もう止まって、固まっているけど、驚かれる理由も分かった。
「固まってるけど、そんなに気になる?」
「気になるでしょ。せめて顔くらい洗って、血を落としなさいよ」
「うーん、ん?」
僕は首を捻ってしまった。
冒険者らしいと言えば、冒険者らしいんだけど、こんな反応をされるなんて。
頬を指でトントンすると、何を言ったらいいか分からない。
ネシアでさえドン引きな顔に、僕は視線が右往左往する。
「マズいよね。この状況……なんとかしないと」
とんでもないお通夜が、より一層暗くなった。
冷え冷えで今にも筋肉が硬直しそうになる。
不安になってしまうと、困り顔を浮かべた。
僕は何かいい打開策はないか考えると、エメラルに肩を触られた。
「トロール」と言われたから、僕はハッとなる。
これは大チャンスで、今できる武器はこれしかない。
「えっと、トロールを倒して来たよ」
僕は正直なこと言った。
ただ逃げ帰って来たわけじゃない。ちゃんと成果を上げた。
もちろんそんな安い言葉で信じて貰えるわけないと思うけど、僕は空気を変えたかった。
その想いが通じたのか、突然冒険者達は腕を振り上げた。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
冒険者ギルドの建物が軋みを上げた。
とんでもない歓声に、震え立ち、僕達は度肝を抜く。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、マジか、本当に倒したのか!?」
「しかもお前かよ。マジで笑える。あはは!」
「その頭から被った血も、勲章って訳だな。なんだよ、メッチャカッコいいじゃねぇか!」
急に空気が一変した。
さっきまでお通夜みたいに暗くて、地獄の川のように冷たかった。
僕に向ける眼差しは辛辣で、エグい疎外感を感じていた。
それなのに、今は全然違う。百八十度逆さまだ。
「あれ? なんかみんな優しい?」
今までにない勢いが襲い掛かって来た。
もちろん嬉しい悲鳴ばかりで、僕は冒険者達に絡まれる。
凄く優しくて、みんな笑顔だった。
「ねぇ、エメラル&オボロ?」
「はぁ。そうだったわ。冒険者って、普通じゃないのよね」
「感性が一般人と違う」
エメラルもクロンも諦めていた。いや、思い出していた。
冒険者に常識は通用しない。だって、冒険者自体は常識の範疇に居ない。
一般人と比べてはいけない、線引きが底にされていて、エメラルもオボロも薄っすらと笑みを浮かべた。
「やっぱり冒険者は、みんなサイコパスよ」
「その素質がある」
「特にオボロみたいにね」
「僕? あー、あはは、じゃあこの街の冒険者が、サイコパスに優しいんだねー」
冒険者の中には“狂った人”が居る。所謂、狂人って奴だ。
僕は師匠達から言われていた。僕にはその才があるって。
正直嬉しくは無いけど、付き合って行くしかない。
だってこれは、先天的な物じゃなくて、後天的に植え付けられた習慣だから。
「君、アイツをトロールを倒してくれたって本当か?」
「えっ?」
現れたのは少し青み掛かった髪色をした男性。
僕はこの人を知っている。何故ならエメラルが代わりに引き継いだ、元の冒険者だからだ。
「スカイプ」
「本当に倒してくれたのか。トロールを、俺の仲間達を殺したアイツを」
スカイプは怪我を負っていた。
幸いなことに包帯でグルグル巻きにされてはいるけど、歩けるくらいには回復している。
四肢を欠損していなかったのが大きいのか、回復も早そう。
だけど顔色は非常に悪い。
目元には大きな痣ができている。
よっぽど気が気でならなかったらしく、僕の肩を掴んだ。
「うん。本当だよ、ねっ」
「そうね。トドメを刺したのは、オボロよ」
「エメラル……そうか。ありがとな、オボロ。俺の仲間の仇を取ってくれて」
本当のことを伝えた僕。だけど僕だけでは信用が足りなかった。
けれど僕もバカじゃない。そんなこと分かっていたから、エメラルにも視線を飛ばす。
わざわざ“僕が倒した”ことまで付け加えると、ようやく信じてくれて、スカイプは感謝した。
「こんなので、スカイプの殺された仲間の気持ちが晴れるかは、分からないけどさ」
「いや、きっと浮かばれる筈だ。ありがと、本当にありがと」
正直、死んだ人は帰って来ない。もう生き返ったりしない。
特別な方法を使わないと難しくて、合法じゃない。禁忌に触れる。
だからこれで浮かばれるのか、晴らせたのかは分からないけれど、スカイプは笑みを浮かべてくれた。
「なんだかシンミリして来たな。よし、今日はもう上がりだ。オボロ、お前の飲めるよな?」
「まあ、一応は?」
「そうか。んじゃスカイプ、飲みに行こうぜ。パーッと気晴らしさ。祝賀会だ!」
最悪過ぎる空気を鑑みて、発起になってくれた冒険者の男性。
地獄のような空気を一瞬で明るく変えてしまった。
しかも僕はお酒の付き合いに誘われた。
お酒は全然弱くは無いけど、好きでもない。
断れない空気感だったから、僕は付き合うことにした。
「うん、行くよ」
「そう来ないとな。エメラル、クロン、お前たちはどうするんだ?」
スカイプも自分のための祝賀会を開いてくれると察した。
断る訳にはいかず、参加することにする。
更に男性はエメラルとオボロにも声を掛けた。
けれど二人の反応は微妙で、それより優先すべきことがある顔だ。
「私達は後で合流するわ」
「依頼達成の報告、しないとダメ」
二人は僕を抜きにして、受付嬢に依頼を報告してくれるらしい。
後で報酬は別けてくれると思うけど、任せちゃってもいいのかな。
不安な顔をする僕に、エメラルは指を指した。
「私達が報告しておくから、オボロ。その間に血は拭き取っておきなさいよ」
「お店に迷惑」
「うん、そうするよ。ありがとね、二人共」
僕はエメラルとクロンの忠告を素直に聞いた。
流石にこれから行くお店に迷惑が掛かるのはダメだ。
そう思うと、僕は集まってくれた冒険者達から離れる。
「それじゃあ後で合流するよ。それでもいい?」
「おう、いいぜ。店の名前はな……」
僕は集合場所のお店の名前を訊いた。
如何やら冒険者御用達の酒場らしい。
王都に来てから、そう言った場所には足を運んで来なかった。
どんな場所か、少し楽しみになる。何より、この大人数でワクワクした。
「ああ、やっぱり僕、冒険者になって良かった。王都に来てよかった」
正直、辛いことも大変なこともたくさんある。
だけどこの繋がりが好きだ。僕は生きてるって感じがする。
今日の依頼はいつも以上に危険だったけど、僕はこの無数の感情と笑顔を受けて、なんかいいなって思った。
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