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エピソード5:情報網の裏側


セントラルシティの夜景が、無数の光の粒となって、葵の瞳に映る。


数日前のジャーナリスト、佐倉リョウとの一件は、葵の心を深く抉った。


嘘を重ねるたびに増していく罪悪感と、真実が露呈するかもしれないという漠然とした恐怖。


それでも、彼女には立ち止まる選択肢はない。


 「全く、とんだ茶番だったな」


葵は、地下のセキュリティールームで、通信機に向かって呟いた。


液晶モニターには、佐倉リョウが自身のブログに投稿した、アンフェイスを称賛する新たな記事が表示されている。


彼の疑念は完全に払拭された。


 「だが、これで当面は安心だ。あの男は、お前の最大の擁護者になるだろう」


通信機の向こうから聞こえるのは、情報屋、クロウの声だ。


普段は冷静沈着で、感情を表に出すことはほとんどない。


だが、その声の奥には、葵への確かな信頼と、わずかな安堵が感じられた。


 「彼が真実を知ったら、どう思うかしらね」葵は自嘲気味に笑った。「偽りのヒーローに踊らされていた、とでも?」


 「それは……誰にも分からんことだ」


クロウは言葉を濁した。


 「だが、お前が救った命は、決して嘘じゃない。その事実だけは、揺るがない」


クロウは、葵の右腕だ。


彼の情報網は世界中に張り巡らされ、事件の発生予測から敵対勢力の分析、さらには葵の行動をサポートするためのリアルタイムの情報提供まで、多岐にわたる。


彼は葵の秘密にどこまで気づいているのか、葵は尋ねたことはないし、クロウも決してその話題には触れない。


互いの間に存在する、暗黙の了解。


それが、彼らの間に築かれた、奇妙な信頼関係だった。


 「そろそろ、ゼータから連絡が来る頃じゃないか?」


クロウの言葉に、葵はモニターを切り替える。


表示されたのは、無数の設計図とプログラムコードが羅列された画面だった。


その時、けたたましいノイズと共に、別の通信が入る。


 「おい、葵! 昨日送った新型ブーストデバイスのテスト結果はどうだった!? 僕の計算では、あれがあれば、お前の機動性はさらに20%向上するはずなんだが!?」


弾けるような声で話すのは、天才発明家、ゼータだ。


彼は、葵のヒーロー活動に必要な最新鋭のガジェットや特製スーツの開発を一手に引き受けている。


その声は常に興奮に満ちており、彼がどれほど自身の発明に情熱を傾けているかが伝わってくる。


 「……ゼータ、夜中に突然連絡してこないで。それに、まだテストはできてない」葵は少し呆れたように答える。


 「なんだと!? 僕の最高の傑作を試さないなんて、もったいないぞ! もしかして、また僕の設計に文句でもあるのか!?」


 「文句じゃないわ。ただ、もう少し実用性を考えてほしいだけ。前回のマイクロミサイル搭載グローブは、威力はすごかったけど、反動で私の腕が折れそうになったから」


 「それは、お前が使いこなせてないだけだ! 僕の理論は完璧なんだからな!」


ゼータはいつもこうだ。


子供のように純粋で、自分の発明に絶対の自信を持っている。


彼の技術力は天才的で、常識では考えられないようなガジェットを次々と開発する。


彼は葵の「能力」について一切疑うことなく、ただひたすら「アンフェイス」を最強のヒーローにするために、その才能を惜しみなく提供している。


彼が葵の秘密を知っている可能性は低い。


だからこそ、葵は彼に対して、わずかな安堵を感じるのだ。


 「分かったわよ。今からテストするから、場所を指定して」


葵は仕方なく返事をした。


ゼータとのやり取りは、彼女にとって、張り詰めた日常の中での唯一の息抜きでもあった。


セントラルシティ郊外の、廃墟と化した工場地帯。


人気のないその場所に、葵は姿を現した。


ゼータが開発した新型ブーストデバイスは、ブーツと手甲に装着されており、彼女の身体能力を飛躍的に向上させるという。


 「葵、デバイスは正常に作動してるか? 少しでも違和感があったらすぐに報告しろよ!」


ゼータの声が、通信機から興奮気味に響く。


 「問題ないわ。だが、本当に20%も機動性が上がるのかしら?」


葵は半信半疑だった。


しかし、彼女が地面を蹴り上げた瞬間、その疑念は吹き飛んだ。


 「っ!?」


想像を絶する加速。地面が後方に流れるように見え、一瞬で数十メートルを移動する。


彼女の体は、まるで風になったかのように軽やかだった。


 「どうだ!? すごいだろ!? これは僕の最新理論を応用した、革新的なブーストシステムなんだ!」


ゼータは得意げに叫ぶ。


 「すごい……これは、本当にすごいわ!」


葵は、廃墟の壁を駆け上がり、まるで鳥のように空中を滑空した。


これまでの彼女の動きは、あくまで自身の身体能力の限界内でのものだったが、このデバイスがあれば、超能力者のような動きさえも可能になる。


 「このデバイスがあれば、あの『フレア』とも渡り合えるかもしれないわね」


葵の脳裏に、前回の事件で彼女を追い詰めた炎の能力者、フレアの姿がよぎる。


その時、クロウの声が通信機から響いた。


 「葵、待て! その場所に、未知の反応がある。おそらく、あの時の……」


葵はハッとして、周囲を見渡した。


廃墟の影から、不気味な気配がする。


彼女がデバイスのテストに夢中になっている隙を突かれたのだ。


 「くっ!」


遅かった。


廃墟の奥から、複数の黒い影が姿を現した。


彼らは、前回葵の秘密を示唆した謎の組織の者たちだ。


彼らの手には、特殊なエネルギー銃が握られている。


 「まさか……こんな場所まで!?」


 「さすがアンフェイス。新型デバイスのテスト中とは、お見事だ」


リーダー格と思しき男が、冷たい声で言った。


彼の顔には、嘲りの笑みが浮かんでいる。


 「やはり、お前たちは……」


葵は身構えた。


彼らの狙いは、新型デバイスか、それとも彼女の秘密そのものか。


 「抵抗は無駄だ。我々の手に落ちれば、お前の秘密も、その力も、すべて我々のものとなる」


黒い影たちが、一斉にエネルギー銃を構える。


葵は、瞬時に状況を判断した。


ゼータの新型デバイスは強力だが、まだ完全に使いこなせるレベルではない。


多勢に無勢。正面から打ち合うのは得策ではない。


 「クロウ、ゼータ! 援護を!」


 「了解! 葵、新型デバイスの出力を最大にしろ! 僕が直接、制御する!」


ゼータの興奮した声が聞こえる。


 「クロウは、あの組織の情報を!」


 「任せろ!」


黒い影たちが一斉に発砲する。


エネルギー弾が葵めがけて飛来するが、葵は新型ブーストデバイスの力で、それを紙一重でかわしていく。


 「速い!?」


彼らの表情に、わずかな驚きが浮かんだ。


葵の動きは、彼らの予測を上回っていたのだ。


 「ゼータ、もっとだ! もっと加速を!」


 「任せとけ! これが僕とアンフェイスの真骨頂だ!」


ゼータが遠隔でデバイスの出力を調整すると、葵の体がさらに加速する。


彼女は、もはや残像のようにしか見えない速さで、黒い影たちの間をすり抜けていく。


 「くそっ、捉えきれない!」


 「クロウ、彼らの弱点は!?」


 「奴らの装備は、一時的に能力を無効化する効果があるが、連射はできない! 一発撃つごとに、わずかなチャージ時間があるはずだ!」


クロウの的確な情報が、葵の脳裏にインプットされる。

「見えた!」


葵は、次のエネルギー弾の発射準備に入る影の一人を目がけた。


新型デバイスで一気に加速し、その男の懐に飛び込む。


 「なにっ!?」


葵は、スーツのグローブに仕込まれたスタンガンを起動させ、男の首筋に正確に叩き込んだ。


 「ぐあっ!」


男がその場に崩れ落ちる。


葵は、間髪入れずに次の影へと標的を移した。


 「クロウ、次のターゲットは?」


 「右翼の男だ! 奴の動きが一番鈍い!」


クロウの指示に従い、葵は次々と黒い影たちを無力化していく。


彼女の動きは、もはや人間業ではなかった。


ゼータの技術と、クロウの情報、そして彼女自身の身体能力と機転が、完璧に融合した結果だった。


 「ちくしょう! 化け物め!」


リーダー格の男が、焦燥に顔を歪める。


彼は最後の手段とばかりに、小型の爆弾を取り出した。


 「これでもくらえ!」


男が爆弾を投げつける。


それは、周囲の廃墟を巻き込むほどの広範囲攻撃だった。


 「クロウ、ゼータ!」


 「了解! 葵、ブーストデバイスの出力、最大! 一気に脱出しろ!」


ゼータの指示が飛ぶ。


葵は、デバイスの限界まで出力を上げ、爆弾の爆発寸前に、その場から飛び退いた。


轟音と共に、廃墟が瓦礫の山と化す。


 「ふぅ……間一髪だったな」


クロウが安堵の息をつく。


葵は、遠く離れた場所で、静かに立ち尽くしていた。


スーツは煤で汚れ、体は疲弊しているが、彼女の瞳には確かな光が宿っていた。


 「ゼータ、デバイスの調整、完璧だったわ。ありがとう」


 「だろー! 僕の理論は間違いなかったんだ!」


ゼータは誇らしげに叫んだ。


 「クロウも、的確な情報、助かったわ」


 「礼には及ばん。お前の無事が、何よりだ」


彼らは、葵の秘密には触れない。


それでも、彼らが葵を信じ、支えてくれているという事実が、葵の心を強くする。


彼らとの間に築かれた信頼が、彼女の孤独をわずかに癒してくれるのだ。


しかし、リーダー格の男は、瓦礫の山の中から、無傷で立ち上がっていた。


 「アンフェイス……まさか、そこまでとはな。だが、覚えておけ。我々は必ず、お前の『仮面』を剥がしてやる」


男の声は、夜の闇に吸い込まれていく。


葵は、その声を聞いていない。


だが、彼女の心の中には、彼らが再び現れるという予感と、その時に向けた、新たな決意が芽生えていた。


 「偽りのヒーローでも、できることはある。私は、彼らの期待を、決して裏切らない」


月明かりの下、葵は静かに誓った。


協力者たちの支えを胸に、彼女は今日も、偽りの仮面の下で真実の自分を探し続ける。




その糸は、より複雑に絡み合い、物語はさらに深く進んでいく。


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