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エピソード4:嘘が織りなす糸


セントラルシティは、国際展示場でのテロ未遂事件の余韻がまだ冷めやらぬまま、アンフェイスへの称賛の声で溢れていた。


しかし、その陰で、百道葵の心は静かに波立っていた。


 「今回の事件、アンフェイスの動き、少し不自然じゃなかったか?」


インターネットの掲示板で、そんな書き込みを目にした時、葵の胸に鈍い痛みが走った。


匿名の投稿ではあったが、その内容は核心を突いていた。


あの時、子供たちを庇うために彼女が下した判断は、確かにヒーローとしての完璧な動きとは言い難いものだった。


 「クロウ、この書き込み、発信源を探って」


自宅のセキュリティールームで、葵は複数のモニターを睨みながら指示を出した。


無数の情報がリアルタイムで流れ、彼女の優秀な頭脳がそれらを瞬時に解析していく。


 「了解。だが、こんな手の込んだ真似をする奴がいるとはな。アンフェイスの行動パターンに精通している、とでも言うのか?」


クロウの声には、警戒の色が滲んでいた。


 「ええ。それに、あの時のフレアの言葉……『メッキが剥がれる』。偶然とは思えない」


前回の事件で、ヴァニタスのリーダー、フレアは葵の「限界」を指摘した。


それは、彼女が能力者ではないことを示唆する言葉でもあった。


そして、その直後に現れた謎の組織。


全てが、まるで一本の糸で繋がっているかのように感じられた。


数時間後、クロウから連絡が入った。


 「葵、発信源を特定した。意外なことに、個人だ。名前は佐倉リョウ。職業はフリージャーナリスト。どうやら、以前からアンフェイスの活動に疑問を抱いていたようだ」


 「ジャーナリスト……」


葵は眉をひそめた。


厄介な相手だ。


真実を追求する彼らは、時に能力者よりも手ごわい存在になり得る。


 「彼の調査状況は?」


 「これまでの事件現場に残された痕跡や、目撃者の証言を丹念に調べている。特に、前回の国際展示場の件では、アンフェイスの動きに『不自然さ』があったと結論付けたようだ」


 「不自然さ、ね……」


葵の脳裏に、あの時の状況が蘇る。


爆弾のカウントダウン。


子供たち。


そして、とっさに展開したシールド。


能力者であれば、あんな無茶な方法は選ばなかっただろう。


 「奴は、私の正体に、どこまで迫っている?」


 「まだ決定的な証拠は掴んでいないようだ。だが、このまま放置すれば、時間の問題だろう」


葵は、モニターに映し出された佐倉リョウの顔写真を見つめる。


知的な顔立ちに、鋭い眼光。


彼は、ただの好奇心から行動しているわけではない。


何か、強い信念のようなものが感じられた。


 「彼と、直接会う」


葵の言葉に、クロウは驚きを隠せない。


 「正気か? 危険すぎるぞ。もし正体がバレたら……」


 「バレるわけにはいかない。だからこそ、私が行く。私の『能力』で、彼の疑念を払拭してみせる」


葵の「能力」とは、優れた情報収集と分析、そして何よりも、人の心理を巧みに操る「心理戦と交渉術」に他ならない。


偽りのヒーローである彼女にとって、これは最も重要なスキルだった。


佐倉リョウは、都心のカフェで資料の整理をし

ていた。


彼のノートには、アンフェイスの過去の活動記録、事件現場の写真、そして彼自身の分析がびっしりと書き込まれている。


 「やはり、どこかおかしい……」


彼は、前回の国際展示場の事件の資料を指でなぞる。


アンフェイスは、通常であれば、もっと効率的に敵を制圧し、被害を最小限に抑えるはずだった。


しかし、あの時、彼女は明らかに迷い、そして「人間らしい」焦りを見せた。


 「能力者であれば、あんな風には動かない。まるで……」


その時、彼の目の前の椅子に、一人の少女が音もなく座った。


長い黒髪をポニーテールにまとめ、深い青色の瞳が彼を真っ直ぐに見つめている。


どこか見覚えのある顔立ちに、リョウは首を傾げた。


 「何か、お困りですか?」


少女は、まるで偶然を装うかのように微笑んだ。


 「いえ、別に。ただ、少し考え事を」


リョウは警戒しながら答える。


 「でしたら、お力になれるかもしれません。私は、百道葵。最近、この辺りに引っ越してきたばかりで、この街のことがよく分からなくて……」


葵は、柔らかな笑顔を浮かべ、全くの別人格を演じていた。


しかし、その瞳の奥には、彼の一挙手一投足を観察し、心理を読み解こうとする鋭い光が宿っていた。


 「そうですか。私は佐倉リョウです。フリーで記事を書いています」


リョウは、葵の醸し出す雰囲気に、少しだけ警戒を解いたように見えた。


彼は職業柄、人を見る目には自信があった。


目の前の少女は、ただの女子高生にしか見えない。


 「佐倉さん、何か難しい顔をしていらっしゃるようですが、もしかして、アンフェイスのことですか?」


葵は、まるで偶然を装うかのように、彼のノートに目をやった。


リョウの表情が、わずかにこわばる。


 「……なぜそう思うんです?」


 「だって、佐倉さんのノートに、アンフェイスって書いてありますもん。最近、あのヒーローのこと、よくニュースでやってますよね。私も、すごいなって思います」


葵は、純粋な憧れを抱く少女を演じた。


その言葉は、リョウの警戒心をさらに揺るがす。


 「そうですか……まあ、僕は彼について、少し疑問があってね」


リョウは、葵の無邪気な表情に、思わず本音を漏らしかけた。


そこが、葵の狙いだった。


 「疑問、ですか? 私には、いつも完璧で、人々を救ってくれる、素晴らしいヒーローにしか見えませんけど」


葵は、世間のアンフェイスへの認識をなぞるように語る。


彼女の言葉は、リョウの「疑問」に、静かに反論を突きつける。


 「いや、でも……あの時の動きは、どうにも説明がつかないんだ。まるで、能力がない人間が、ギリギリで対応したかのような……」


リョウは、興奮気味に身を乗り出した。


葵は、その言葉を待っていたかのように、ゆっくりと彼の目を見つめた。


 「佐倉さんは、もしかして、アンフェイスが能力者ではない、とでも言いたいんですか?」


葵の声は、穏やかでありながらも、どこか核心を突くような響きを持っていた。


リョウは言葉に詰まる。


彼はまだ、決定的な証拠を掴んでいない。


ただの疑念で、無責任な発言はできない。


 「いえ……あくまで推測ですよ。ただ、もしそうだったとしたら……」


 「もしそうだったとしても、彼女が人々を救った事実は変わりません。それに、能力がないのに、人々を救おうと必死に戦っているとしたら、それこそ真のヒーローなのではないでしょうか?」


葵の言葉は、リョウの心に深く響いた。


彼の目は、困惑と、わずかな感銘の色を浮かべている。


 「……真のヒーロー、ですか」


 「ええ。人々は、能力の有無でヒーローを決めるわけではありません。誰かのために、自分を犠牲にしても戦う姿勢に、心を打たれるんです」


葵は、あえて「能力がないヒーロー」という可能性を提示し、それが「真のヒーロー」としての人々の共感を呼ぶという、心理的な誘導を行った。


彼女自身の葛藤を逆手に取った、非常に巧妙な心理戦だった。


 「なるほど……確かに、そうかもしれない……」


リョウは、深く考え込むように目を閉じた。


彼の中にあったアンフェイスへの疑念が、葵の言葉によって静かに揺さぶられていく。


彼は、自分が探していた「不自然さ」が、実は「人間らしさ」であり、それがむしろ「真のヒーロー」の証なのではないか、という新たな視点を与えられたのだ。


 「佐倉さん、私もあなたと同じで、この街の未来がどうなるのか、とても心配です。だからこそ、アンフェイスのようなヒーローが、この街には必要なんです」


葵は、最後にダメ押しとばかりに、彼の正義感に訴えかけた。


リョウは、はっと顔を上げた。


彼の目に迷いはなく、むしろ、新たな決意が宿っていた。


 「……そうですね。僕は、僕なりの方法で、この街を守るために、真実を伝え続けることにします」


リョウは、葵に深く頭を下げた。


彼の中の「アンフェイスの真実」は、この瞬間、完全に書き換えられたのだ。


葵は、心の中で静かに安堵の息をついた。


 「では、私はこれで」


葵は、立ち上がり、カフェを後にした。


彼女の背中を見送りながら、リョウはもう一度、自分のノートに目を落とす。


そして、彼の疑問符だらけだったメモに、一つずつ力強く丸をつけ始めた。


カフェを出た葵は、人通りの少ない路地に入ると、背中を壁にもたれかけた。


 「はぁ……はぁ……」


額には冷や汗がにじみ、全身から力が抜けていく。


演じきった安堵感と、嘘を重ねたことへの罪悪感が、彼女の心を苛む。


 「クロウ、聞こえた?」


 「ああ。完璧な誘導だった。あいつはもう、お前の秘密を深追いすることはないだろう。むしろ、強力な味方にさえなり得る」


クロウの言葉に、葵は自嘲気味に笑った。


 「味方に……ね。こんな嘘つきが」


夜空を見上げると、月が冷たく輝いていた。


人々の期待を裏切らないために、嘘を重ねる日々。


その嘘が成功するたびに、葵の心には新たな痛みが刻まれる。


彼女は、偽りの仮面の下で、真実が露呈する恐怖と、それに伴う孤独を、一層深く感じていた。


 「いつか、この嘘が、全てを崩壊させる日が来るのだろうか……」


葵の瞳には、深い葛藤と、それでも抗い続ける強い意志が宿っていた。




嘘で織りなされた糸は、彼女自身をも縛り付けているかのように見えた。


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