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エピソード17:開かれた扉


セントラルシティの秋は、爽やかな風が吹き、空はどこまでも高く澄み渡っていた。


百道葵の心もまた、美咲に秘密を打ち明けたことで、長年の重荷から解放され、軽やかになっていた。


しかし、その解放感は、新たな試練の始まりでもあった。


 「葵、顔色が全然違うよ! 最近、よく眠れてるでしょ?」


放課後、佐々木美咲が葵の顔を覗き込み、にこやかに言った。


その言葉に、葵は素直に頷いた。


美咲に全てを打ち明けて以来、悪夢にうなされることもなくなり、心身ともに充実していた。


 「うん、美咲のおかげだよ。ありがとう」


美咲は、葵の秘密を知って以来、アンフェイスの活動に興味津々で、時には無茶な質問をすることもあるが、その瞳には変わらぬ友情と信頼が宿っている。


彼女の存在は、葵にとって何よりも大きな支えとなっていた。


その日の夜、葵は地下のセキュリティールームで、クロウとゼータと共に新たな脅威の分析にあたっていた。


コア・タワーの一件以来、謎の組織は沈黙しているが、その背後に潜むさらなる巨悪の存在が示唆されていた。


 「クロウ、あの組織の背後にいるのは、一体何者なの?」


葵は、モニターに映し出された、意味不明な記号が羅列されたデータを睨んでいた。


コア・タワーを占拠した組織も、ただの操り人形に過ぎないことが判明していた。


 「我々の分析では、奴らは『レギオン』と名乗る、国際的な闇のネットワークの一部だ。各国の政府や、能力者管理機関、さらには巨大企業にまで、その影響力を及ぼしている。おそらく、これまでのお前の敵は、全て奴らの手先だったのだろう」


クロウの声には、かすかな焦燥感が混じっていた。


その規模は、葵が想像していたよりも遥かに巨大で、底知れない闇を感じさせた。


 「レギオン……」


 「うん、葵。僕の解析でも、彼らのネットワークは、あらゆる情報を傍受し、あらゆるシステムに侵入できるレベルだ。僕のファイアウォールも、完全に突破された形跡がある。これまで僕が彼らのシステムに侵入できなかったのは、そのためだよ」


ゼータもまた、深刻な表情でモニターを眺めていた。


彼の表情がこれほどまでに真剣になるのは、初めてのことだった。


 「奴らの目的は、何なの?」


 「世界の秩序を自分たちの都合の良いように再構築することだ。彼らは、能力者やヒーローの存在が、世界の均衡を乱していると考えている。アンフェイス、お前が能力者でないにもかかわらず、人々からの絶大な支持を得ていることが、奴らにとって最も不都合な存在なのだろう」


クロウの言葉に、葵は胸を締め付けられる思いがした。


彼女の「偽りのヒーロー」としての存在が、彼らを刺激し、巨大な闇のネットワークを動かしてしまったのかもしれない。


 「奴らは、お前を排除しようとするだろう。おそらく、徹底的に、だ」


その時、けたたましいアラート音が鳴り響いた。


モニターに、緊急速報の文字が点滅する。


 「葵、緊急事態だ! セントラルシティ国際空港が、レギオンの私設部隊によって占拠された! 彼らは、空港のセキュリティシステムを掌握し、全ての離着陸を停止させた!」


クロウの声が、緊迫感を帯びて響く。


 「国際空港!? まさか……」


 「そうだ。奴らは、お前の最も大切なものを狙ってくる。空港には、大勢の一般市民が人質として囚われている。そして、彼らが連れてきたのは、これまで政府の監視下に置かれていた『未確認能力者』たちだ。レギオンは、お前を誘き出すために、この非常事態を引き起こした」


葵の脳裏に、空港にいるであろう多くの人々の顔がよぎった。


 「市民が……!」


葵は、いてもたってもいられず、セキュリティールームを飛び出そうとした。


 「待て、葵! 奴らは、お前を誘き出すための罠だ! しかも、空港内部には、これまで政府の監視下に置かれていたにもかかわらず、その能力が完全に把握しきれていなかった危険な能力者たちがいる! 彼らはレギオンによって解放され、制御されている。これは、これまでで最も危険な状況だ!」


クロウの言葉に、葵はハッとして足を止めた。


未確認の能力者たちとの連携。


それは、葵にとって、これまでで最も危険な状況だ。


 「一人で行かせはしない」


その時、美咲がセキュリティールームの扉を開けて入ってきた。


彼女の顔には、決意の表情が浮かんでいる。


 「美咲!? なんでここに!?」


 「心配で、ずっと葵の家の前で待ってたんだよ。それで、この部屋からクロウとゼータの声が聞こえてきて……全部、聞こえちゃった」


美咲は、葵の秘密を打ち明けられて以来、葵の活動を理解しようと努めていた。


そして、彼女は、この状況で葵を一人にはできないと強く感じたのだ。


 「バカ! ここは危険だ! すぐに逃げなさい!」


葵は、美咲を安全な場所へ避難させようとするが、美咲は首を横に振った。


 「嫌だ! 私は、もう葵を一人にさせない! 私にできることがあれば、何でも協力するから!」


美咲の強い意志に、葵は言葉を失った。


クロウもゼータも、驚きを隠せない。


 「フン……面白い。『仲間』か」


クロウが、小さく笑った。


 「いいだろう、美咲。だが、約束してくれ。俺たちの指示に、必ず従うことだ。お前は、この作戦の『環境分析員』だ」


クロウは、美咲に小型の通信機を手渡した。


ゼータもまた、複雑な表情で美咲に小型のデバイスを渡す。


 「僕が作ったこのデバイスは、空港内部の電磁波の乱れを解析して、敵の能力の特性や、周囲の環境の脆弱性を特定できる。これを使って、葵に情報を送ってくれ! 安全第一でな!」


 「わかった! 任せて!」


美咲の瞳には、恐怖よりも、葵を支えたいという強い決意が宿っていた。


 「……ありがとう、みんな」


葵は、クロウ、ゼータ、そして美咲の顔を見つめた。


これまで一人で抱え込んできた秘密が、彼女を孤独にさせていた。


しかし、今、彼女の隣には、彼女を信じ、支えてくれるかけがえのない仲間たちがいる。


彼らとの絆は、葵の心を強くし、何よりも大きな力となった。


 「行くわ」


葵は、新たな決意を胸に、国際空港へと向かった。


彼女の背中には、開かれた扉の向こうに広がる、真のヒーローとしての未来が待っている。


国際空港は、レギオンの支配下にあった。


到着ロビーには、空港職員と乗客たちが人質として集められ、レギオンの私設部隊と、レギオンによって制御された未確認能力者たちが警戒にあたっていた。


空港の最上階、管制塔からは、レギオンの指揮官である『マスター』の声が響く。


 「ようこそ、アンフェイス」


マスターの声が、空港全体に響き渡る。


 「貴様の偽りの仮面は、ここで剥がされる。そして、貴様が守ろうとするこの街は、我々の支配下に置かれるだろう」


 「やれるものなら、やってみなさい!」


葵は、到着ロビーへと突入した。


その動きは、これまでよりも遥かに速く、洗練されていた。


 「馬鹿な!? なぜだ!?」


マスターは、驚愕に顔を歪める。


彼は、葵が精神的に追い詰められ、その能力が低下していると読んでいたのだ。


しかし、葵の動きは、以前よりも鋭くなっていた。


 「これが、私の『真実の力』よ!」


葵は、マスターに向かって叫んだ。


彼女の心には、仲間たちの存在が、揺るぎない支えとなっていた。


 「クロウ! ゼータ! 美咲! 援護を!」


 「了解! 葵、右から『熱線使い』の攻撃だ!」


クロウの声が、的確な指示を飛ばす。


 「美咲! 左奥の土産物店の陰に、『幻覚使い』がいる! 彼の精神波形に異常あり!」


ゼータの声も続く。


 「葵! 正面のエスカレーターの脇に隠れているのは、『物質透過使い』だよ! 私のデバイスが反応してる。エスカレーターの駆動部が一時的に不安定になっているみたい!」


美咲の声も、緊迫した状況の中で、はっきりと葵に届く。


葵は、熱線使いの放つ高熱の光線を紙一重でかわし、そのまま幻覚使いのいる土産物店の陰へと突進した。


幻覚使いは、葵の精神に幻覚を送り込もうとするが、葵はそれを跳ね返す。


 「もう通用しないわ!」


葵は、幻覚使いの顔面にパンチを叩き込み、そのまま壁に叩きつけた。


幻覚使いは意識を失う。


 「くそっ!」


熱線使いが、怒りの熱線を放つ。


しかし、葵はすでに熱線使いの背後に回り込んでいた。


彼女は、ゼータの新型ガジェット『電磁ネットガン』を起動させ、熱線使いの体に電磁ネットを発射した。


 「がぁあああああ!」


電磁ネットが熱線使いの体を拘束し、能力を一時的に封じる。


その隙を突いて、物質透過使いが透明化して葵に襲いかかる。


しかし、美咲のデバイスが、物質透過使いの存在と、エスカレーターの駆動部の不安定さを正確に捉えていた。


 「葵! 右斜め前! 奴が見えない壁を造ろうとしてる! エスカレーターの駆動部が不安定だから、そこを狙って!」


美咲の声が、葵の耳に届く。


葵は、迷わず右斜め前へと体を突き出し、透明化している物質透過使いの体に、渾身の蹴りを叩き込んだ。


同時に、エスカレーターの駆動部を狙い、その不安定さを利用して物質透過使いの足元を崩す。


 「ぐっ!」


物質透過使いは、姿を現し、そのまま地面に倒れ込んだ。


未確認能力者たちを次々と無力化していく葵の姿に、マスターは顔を歪めた。


 「馬鹿な……なぜだ!? 貴様はただの人間のはずだ! なぜ、ここまで私を追い詰める!?」


マスターは、怒りに満ちた表情で、葵に向かって指揮下のレギオン部隊に総攻撃を命じた。


葵の全身から力が抜け、スーツの機能が麻痺する。


 「これが、私の真実の力よ!」


葵は、自身の状況が不利になっても、決して諦めない。


彼女は、クロウとゼータが提供する情報と技術、そして美咲の的確なサポートを武器に、マスターへと肉薄する。


 「お前は、私を理解していない! 私は、能力に頼らない!」


葵は、マスターが遠隔で指示を出している管制塔へと駆け上がった。


レギオンの私設部隊が葵の行く手を阻むが、葵は彼らを的確な体術とゼータの『衝撃波発生装置』で次々となぎ倒していく。


管制塔の扉を蹴り破り、中にいたマスターと対峙した葵。


マスターは驚愕する間もなく、葵は、彼の懐に飛び込み、その体術で組み付いた。


 「貴様……この状況で、なぜ……!」


マスターが驚愕する間もなく、葵は、関節技でマスターの腕をねじ上げ、その身動きを封じた。


そして、クロウが事前に準備していた『特殊拘束具』をマスターの体に装着した。


 「ぐっ……! まさか、この私が……!」


特殊拘束具は、レギオンの指揮官であるマスターの力を完全に封じた。


彼は、悔しそうに顔を歪める。


 「観念しなさい!」


葵は、疲労困憊の体に鞭打ち、人質たちの拘束を解除していく。


空港のあちこちから、安堵の声が上がった。


警察官たちが空港に突入し、レギオンの私設部隊や、拘束された未確認能力者たちを次々と確保していく。


葵は、人質たちの安全を確認すると、そっと空港の裏口から姿を消した。


彼女の顔には、安堵と、達成感が入り混じっていた。


その夜、葵は、美咲、クロウ、ゼータと共に、地下のセキュリティールームで乾杯をしていた。


缶ジュースのグラスが、カチンと音を立てる。


 「葵、美咲ちゃん、ゼータ。みんな、本当によくやってくれた」


クロウが、珍しく感情のこもった声で言った。


 「葵は、本当にすごいよ! 僕のデバイスを最大限に引き出して、あいつらをぶっ飛ばしたんだから!」


ゼータは、興奮して葵の肩を叩いた。


 「葵、かっこよかったよ! まるで、映画のヒーローみたいだった!」


美咲は、目を輝かせながら言った。


 「ありがとう、みんな」


葵は、心からの笑顔で、仲間たちを見つめた。


彼女は、もう一人ではない。


彼女は、自身の秘密を打ち明けたことで、本当の仲間を得た。


彼らとの絆が、彼女の「真実の力」となったのだ。


 「これからも、よろしくね」


葵は、グラスを掲げた。彼女の瞳には、真のヒーローとしての新たな輝きが宿っていた。


セントラルシティの夜空には、満月が輝いていた。


その光は、百道葵の真実の姿を、そして、開かれた扉の向こうに広がる、彼女の新たな未来を、優しく照らしている。


偽りからの解放。




それは、彼女が真のヒーローとして羽ばたくための、最高の翼となったのだ。


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