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エピソード16:偽りからの解放


セントラルシティには、澄み切った青空が広がっていた。


最後の戦いを終え、百道葵の心には、これまで感じたことのない、穏やかな光が差し込んでいた。


しかし、その光の先には、もう一つの「真実」が彼女を待っていた。


 「美咲……話したいことがあるんだけど」


放課後のカフェ。


週末の約束を終え、帰り道で美咲を呼び止めた葵は、目の前の友人に、震える声で切り出した。


美咲は、いつものように屈託のない笑顔で葵を見つめている。


 「どうしたの、葵? そんなに真面目な顔して」


美咲の言葉が、葵の胸を締め付ける。


この笑顔が、数分後には、驚きと、もしかしたら失望の色に変わってしまうかもしれない。


長年、抱え続けてきた秘密。


それを打ち明ける覚悟は、最後の戦いよりも、重くのしかかっていた。


 「私……実は……」


葵は、深呼吸をした。


そして、ゆっくりと、しかしはっきりと口を開いた。


 「私、アンフェイスなの」


美咲の瞳が、大きく見開かれた。


彼女の顔から、笑顔が消える。


カフェのざわめきが、葵の耳には遠いものに感じられた。


 「え……嘘でしょ? 葵が……アンフェイス? まさか……」


美咲の声は、信じられない、という戸惑いに満ちていた。当然の反応だった。


美咲が知るアンフェイスは、超人的な力を持つ「能力者」であり、街のヒーローだ。


そして、百道葵は、ただの普通の女子高生なのだから。


 「本当なの。そして……私には、超能力なんてない。ただの人間なのよ」


葵は、美咲の目を見つめ、全てを打ち明けた。


彼女がどのようにして身体能力を鍛え、クロウやゼータといった協力者の存在、そして最新のガジェットを駆使して「アンフェイス」を演じてきたのかを。


そして、なぜ自分が「偽りのヒーロー」として活動する道を選んだのかを。


10年前の事件、誰にも助けてもらえなかったあの日のこと。


葵の言葉を聞くにつれて、美咲の表情は、驚きから困惑、そして、次第に複雑な感情へと変わっていった。


美咲は、葵の言葉を、ただ黙って聞いていた。


 「ごめんね、美咲。ずっと黙っていて。あなたを騙していたようなものだもんね……」


葵の声は、震えていた。


美咲の顔に、怒りや失望の色が見えるかもしれない。


そう覚悟した瞬間、葵の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


それは、長年抱え込んできた秘密を、大切な友人に打ち明けたことによる、安堵と、そして恐怖の涙だった。


美咲は、ゆっくりと、葵の頬を流れる涙に手を伸ばした。


そして、その指先で、そっと涙を拭った。


 「葵……どうして、そんなこと、黙ってたの……」


美咲の声は、震えていたが、そこには怒りや失望の色はなかった。


ただ、深い悲しみと、心配の感情が混じっていた。


 「ごめん……怖かったの。美咲が、もし、私の真実を知ったら、私から離れていってしまうんじゃないかって……」


葵は、嗚咽を漏らした。


彼女の心の奥底に閉じ込めていた恐怖が、今、溢れ出していた。


美咲は、そっと葵を抱きしめた。


その温かい腕が、葵の体を包み込む。


 「バカ……! 私は、葵がどんな葵でも、葵は葵だよ! ずっと友達だよ!」


美咲の声も、震えていた。


彼女の目からも、大粒の涙がこぼれ落ちていた。


 「確かに、驚いたよ。っていうか、信じられないくらい驚いた! まさか、私の親友が、あのアンフェイスだなんて……」


美咲は、一度葵を離し、顔を上げた。


 「でもね、葵。私は、アンフェイスが、超能力者じゃなくても、誰よりも勇敢で、誰よりも強いって、知ってるよ」


美咲の言葉に、葵ははっと顔を上げた。


 「だって、いつもテスト勉強教えてくれる時も、諦めないで最後まで教えてくれるし、体育祭のリレーの練習でも、何度も転びながらも最後まで走り切ったの、知ってるよ。アンフェイスが、あの『ザ・ウォッチャー』の討論会で、自分の命を顧みず戦うって言った時、私は、アンフェイスが本物のヒーローだって思ったよ。あの時、私は、超能力とかじゃなくて、アンフェイスのその心が、本物の強さだって、信じたんだ」


美咲の言葉は、葵の心を深く温めた。


美咲は、葵の「偽りのヒーロー」としての側面ではなく、彼女の「百道葵」としての真の強さを、ずっと見抜いてくれていたのだ。


 「それに、今まで一人で、どれだけ大変だったか……私に、もっと早く相談してくれれば良かったのに!」


美咲は、涙を流しながらも、葵を咎めるように言った。


その言葉には、葵への深い友情と、心配が込められていた。


 「美咲……」


葵は、美咲の温かい言葉に、再び涙が溢れ出した。


偽りからの解放。


それは、こんなにも温かいものだったのだ。


 「もう一人で抱え込まないで。これからは、私が葵の秘密、一緒に守るから!」


美咲は、葵の手を強く握りしめた。


その手は、葵の孤独を溶かし、新たな絆を紡いでいくかのように温かかった。


カフェの窓から差し込む夕日が、二人の友情を優しく照らしていた。


百道葵は、長年被り続けた仮面を、ついに脱ぎ捨てた。


それは、彼女の人生における、最も大きな「戦い」の勝利だった。


そして、この告白は、彼女の「真実のヒーロー」としての新たな始まりを告げるものだった。


美咲との別れ際、葵は少しだけ顔を上げて、空を見上げた。


夕焼けに染まる空は、どこまでも広く、そして、これまで感じたことのない、自由な空気を感じた。


その日の夜、葵は地下のセキュリティールームに戻っていた。


いつもと変わらないモニター群が、彼女の帰りを待っている。


しかし、彼女の心は、先ほどまでとは全く違っていた。


 「クロウ、ゼータ。聞いてくれる?」


葵は、通信機に向かって、少し照れくさそうに言った。


 「どうした、葵? そんなに嬉しそうに」


クロウが尋ねる。


 「僕のデバイスの調整、何か新しいアイデアでも閃いたのか!?」


ゼータが興奮気味に尋ねた。


 「あのね……私、美咲に、全部話したの」


葵の言葉に、通信機の向こうの二人が、一瞬沈黙した。


 「……そうか」


クロウの声には、安堵と、わずかな驚きが混じっていた。


 「マジか!? 葵、やったな! 美咲ちゃん、なんて言ってた!?」


ゼータは、興奮して叫んだ。


 「大丈夫だよって、言ってくれた。そして、これからも、一緒に支えてくれるって」


葵は、心からの笑顔で答えた。


彼女の笑顔は、これまでで一番、偽りのないものだった。


 「これで、お前も少しは楽になっただろう。だが、ここからが本当の戦いになるぞ」


クロウの言葉は、今後の困難を示唆していた。


しかし、葵はもう怯まない。


彼女は一人ではないのだから。


 「うん。でも、もう大丈夫。私には、信じてくれる人がいるから」


葵は、夜の街を見下ろした。


セントラルシティのネオンが、いつもより明るく輝いているように見えた。


真実を告げ、偽りから解放された百道葵。彼女の「アンフェイス」としての物語は、まだ続く。


しかし、これからは、より強く、より自由に、そして何よりも「真実の光」を放ちながら、彼女は人々のために戦い続けるだろう。




彼女の旅は、真の自己を見つけるための、終わりのない冒険なのだから。


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