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エピソード14:告白の淵


セントラルシティの夏は、名残惜しそうにその熱を留めていた。


百道葵の心は、ナイトメア・シンジケートとの戦いを乗り越え、少しずつ「心の監獄」から解放され始めていた。


孤独から抜け出し、仲間や友との繋がりを感じ始めた彼女は、新たな葛藤に直面していた。


 「ねえ、葵。週末、一緒に映画見に行かない?」


学校の帰り道、佐々木美咲が笑顔で誘ってきた。


美咲の屈託のない笑顔を見るたびに、葵の胸は締め付けられる。


美咲は、葵にとって、ヒーローとしての仮面を脱いだ「百道葵」としての自分を唯一受け入れてくれる存在だ。


 「いいよ。何見たい?」


葵は、努めて明るく答えた。


美咲との他愛ない会話は、ヒーローとしての重圧から解放される、束の間の安らぎだった。


しかし、その安らぎは、同時に葵の心を深く突き刺す。


 『美咲に、本当のことを話すべきだろうか……』


「ザ・ウォッチャー」の騒動を乗り越え、イリュージョンの幻覚にも打ち勝った。


その中で、葵は自分の「偽り」と向き合い、それを受け入れることで強くなれた。


しかし、その「偽り」が、最も大切な友人との間に見えない壁を作っている。


その事実に、葵は苦しんでいた。


 「クロウ、もし私が、誰かに自分の秘密を打ち明けたら……」


夜のパトロール中、葵はふと、通信機に問いかけた。


 「……それは、お前の自由だ。だが、その相手が誰であろうと、その秘密を守れるかどうかは、保証できない」


クロウは、珍しく言葉を選びながら答えた。


彼の言葉は、葵の心を揺さぶった。


秘密を共有するということは、相手を危険に晒すことにもなりかねない。


 「美咲のことよ……彼女に、私がアンフェイスだって、能力がないただの人間だってこと、話すべきだと思う?」


葵の声は、わずかに震えていた。


長年、抱え込んできた秘密を、打ち明けることへの恐怖。


そして、それを打ち明けた時に、美咲がどんな反応をするのかという不安。


 「……彼女はお前の大切な友人だ。お前が信じるなら、その選択はお前のものだ」


クロウは、それ以上は言わなかった。


彼の言葉は、葵に選択の自由を与えつつも、その重みを彼女自身に委ねるものだった。


 『私を信じてくれる美咲を、これ以上騙し続けるのは、もう限界だ……』


葵は、決意した。


たとえ、美咲が離れていっても、あるいは危険に晒されることになっても、彼女に真実を打ち明ける。


そう決意した瞬間、葵の心に、小さな光が灯ったように感じられた。


週末。


葵と美咲は、映画館にいた。


ポップコーンを片手に、他愛ない会話を交わす。


映画が終わった後、二人は人気の少ないカフェに移動した。


 「ねえ、美咲。話したいことがあるんだけど」


葵は、意を決して切り出した。


美咲が、不思議そうな顔で葵を見つめる。


 「どうしたの、葵? そんなに真面目な顔して」


葵は、深呼吸をした。


そして、ゆっくりと、しかしはっきりと口を開いた。


 「私……実は……」


その時、けたたましい緊急速報が、カフェのテレビから流れた。


 「速報です。セントラルシティ美術館が、国際的な美術品窃盗団『シャドウ・ギャング』によって占拠されました。犯人たちは、美術館に仕掛けられた美術品のセキュリティシステムをハッキングし、警察の侵入を阻止しています!」


画面に映し出されたのは、武装した男たちが、美術館の警備員たちを拘束している映像だった。


 「シャドウ・ギャング!? マジかよ、アンフェイスはまだ来ないのか!?」


カフェの客たちが、ざわめき始める。


美咲も、そのニュースを見て、顔色を変えた。


 「大変! 葵、私たち、早くここを出た方がいいよ!」


美咲が、葵の手を引こうとする。


葵は、美咲の手を握り返し、その場で立ち尽くした。


彼女の視線は、テレビに釘付けになっている。


 『今、話すべきじゃない……!』


葵は、唇を噛みしめた。


美咲に話そうとしていた言葉は、喉の奥に引っ込んだまま、出てこなかった。


 「……ごめん、美咲。急用ができた」


葵は、そう言い残し、カフェを飛び出した。


美咲が心配そうな顔で、葵の背中を見つめている。


セントラルシティ美術館は、すでに地獄絵図と化していた。


シャドウ・ギャングのメンバーは、美術館のセキュリティシステムを完全に掌握し、レーザーセンサーや自動追尾型ドローンを縦横無尽に配置していた。


 「クロウ、奴らの構成は?」


葵は、美術館の屋上から、内部の状況を分析していた。


特製スーツのバイザーが、内部の熱源や動きをリアルタイムで表示する。


 「リーダーは『ファントム』。光を操る能力者で、自身を不可視化したり、幻影を作り出したりできる。厄介なことに、彼の能力はセキュリティシステムと連動しているようだ、内部に侵入するのは至難の業だぞ」


クロウの声には、焦りの色が滲んでいた。


 「ゼータ、ファントムの能力の対策は?」


 「光の屈折を利用して、彼の居場所を特定できる特殊レンズを開発中だ! でも、まだ試作段階で……」


ゼータの声にも、焦燥感が滲んでいる。


 「待ってられない!」


葵は、美術館の屋上から、一気に飛び降りた。


彼女は、美術館の壁に設置された複雑な装飾を足場にしながら、まるでパルクール選手のように、華麗に落下していく。


 「アンフェイスだ!?」


美術館の敷地を警備していた警察官たちが、驚愕の声を上げた。


ファントムは、葵の侵入に気づき、美術館の外部に仕掛けられたレーザーセンサーを起動させる。


無数のレーザーが、美術館の壁を網の目のように覆う。


 「ふん。貴様ごときが、この『光の迷宮』を突破できるとでも?」


ファントムの声が、美術館のスピーカーを通じて響き渡る。


彼の声は、まるで幻のように、どこからともなく聞こえてくる。


 「やってみなければ、分からない!」


葵は、レーザーの網を、紙一重でかわしていく。


彼女の身体能力は、極限まで研ぎ澄まされており、レーザーの軌道を正確に予測し、わずかな隙間を縫うようにして突破していく。


 「なんて動きだ!? まるで、見えているかのようだ!」


シャドウ・ギャングのメンバーが、驚愕の声を上げた。


しかし、ファントムは冷静だった。


 「無駄だ。美術館の内部には、さらに多くの罠が仕掛けられている。貴様の動きは、すべて私の手の内にある」


葵は、美術館の内部へと侵入した。


しかし、そこは、光の屈折を利用した幻影が乱舞する、文字通りの「光の迷宮」だった。


壁が歪み、床がねじ曲がり、目の前に無数のファントムの幻影が現れる。


 「どこだ……!?」


葵は、必死に幻影を振り払おうとするが、現実と幻の区別がつかなくなる。


彼女の精神が、徐々に疲弊していく。


その時、ファントムの幻影の一人が、葵の耳元で囁いた。


 「貴様は、ただの人間。その弱さゆえに、最も大切な者を守ることすらできない」


その声は、まるで、葵自身の心の奥底から響くかのように聞こえた。


そして、葵の目の前に、美咲の幻影が現れた。美咲は、絶望に顔を歪ませ、葵を指差して罵っている。


 「嘘つき……! 裏切り者……!」


 「やめて……!」


葵は、幻影の美咲に向かって叫んだ。


心の奥底に抱える罪悪感が、彼女の精神を深く蝕んでいく。


その隙を突いて、ファントムの本体が、葵の背後から迫っていた。


彼の手に、鋭い光の刃が生成される。


 「これで、終わりだ、アンフェイス!」


ファントムの刃が、葵の背中に迫る。


その時、葵の脳裏に、美咲との他愛ない会話が、まるで走馬灯のように蘇った。


――『私ね、アンフェイスみたいになりたいな。みんなを助けられる、かっこいいヒーローに』


美咲の、純粋な憧れの眼差し。


そして、その憧れを裏切ってしまうかもしれないという恐怖。


 『私は……私を信じてくれる美咲を、裏切れない……!』


葵は、自らの心の弱さ、そして偽りの自分と向き合った。


その瞬間、彼女の瞳に、強い光が宿った。


 「私が、私であるために……!」


葵は、ファントムの刃が届く寸前で、わずかに体をひねった。


そして、スーツのグローブに仕込まれたスタンガンを起動させ、背後から迫るファントムの腕に叩き込んだ。


 「ぐっ……!?」


ファントムの体が痙攣し、幻影が消え去る。


彼の顔に、驚愕の色が浮かんでいた。


彼は、まさか葵が、あの幻覚の中で反撃してくるとは予想していなかったのだ。


 「クロウ、ゼータ! 今だ!」


 「了解! 葵、電波妨害を解除した! ファントムの能力は、光を操るものだが、特定の周波数の光を放射すれば、彼の幻影を一時的に無力化できる!」


ゼータの声が、通信機から鮮明に聞こえてくる。


 「今だ、葵! 特殊レンズを起動させろ!」


葵は、バイザーの特殊レンズを起動させた。


すると、乱舞していた幻影の中から、わずかに実体のある「光の歪み」が見えた。


それが、ファントムの本体だ。


 「見えたわ……!」


葵は、ブーストデバイスの力を最大限に引き出し、ファントムの本体へと一気に肉薄した。


ファントムは、再び幻影を生み出そうとするが、ゼータの特殊レンズが、それを許さない。


 「くそっ……! なぜだ!?」


ファントムは、焦燥に顔を歪める。


葵は、その隙を見逃さなかった。


彼女は、ファントムの体を地面に押し倒し、手足を拘束した。


 「観念しろ!」


美術館の扉が開き、警官隊が突入してきた。


クロウが、美術館のシステムにハッキングし、警察の侵入を可能にしたのだ。


 「アンフェイス様! ありがとうございます!」


警察官たちの声が響く中、葵は静かにその場を後にした。


彼女の足取りは、まだ重かった。


美術館の屋上で、葵はスーツのバイザーをオフにする。


夜空には、先ほどよりも明るい三日月が浮かんでいた。


 「クロウ、ゼータ。ありがとう」


 「お前こそ、よくやった、葵。お前は、また一つ、自分の弱さを乗り越えた」


クロウの言葉に、葵は小さく微笑んだ。


 「美咲……」


葵の脳裏に、カフェで打ち明けようとした言葉と、美咲の笑顔が蘇る。


彼女は、まだ秘密を打ち明けられていない。


しかし、今回の戦いで、葵は確信した。


 『私は、美咲を裏切らない。そして、いつか、美咲に本当の私を打ち明ける。その時まで、私は、この偽りの仮面を被り続ける』


葵の瞳には、友情の絆と、真実を告白するための新たな決意が宿っていた。




告白の淵に立ちながらも、彼女は、偽りの仮面の下で、真の自分を見つけ続けるための戦いを、静かに誓った。


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