表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

エピソード11:信頼の定義


セントラルシティに、初夏の強い日差しが降り注いでいた。


しかし、その光は、百道葵の心を照らすことはなかった。


市立病院占拠事件は無事に解決したが、彼女の脳裏には、謎の組織との「取引」と、彼らが握る自身の秘密の映像が焼き付いていた。


さらに、過去の記憶が、現在の葛藤をより深くしていた。


 「クロウ、あの男の動きは?」


葵は、セキュリティールームで、先日接触してきた謎の組織の男の顔写真を睨みつけていた。


 「相変わらず、水面下で蠢いている。だが、今のところ、お前に直接的な接触はない。お前からの『条件』をどう受け止めているか、探っている段階だろう」


クロウの声は冷静だが、その裏に潜む警戒は葵にも伝わってきた。


葵が突きつけた「条件」——『会う場所は、私が指定する。会談はセントラルシティ国家政府機関の建物内で行うこと』——は、彼らにとって予想外だったに違いない。


その時、クロウが小さく息を呑んだ。


 「葵、緊急速報だ! 『ザ・ウォッチャー』が、アンフェイスの能力に関する公開討論会を緊急開催するようだ!」


 「ザ・ウォッチャー?」


葵は眉をひそめた。


『ザ・ウォッチャー』とは、能力者の存在が公になった現代において、能力者の真偽や活動の正当性を追求する、著名な評論家集団だ。


彼らは、常に中立の立場を標榜し、その分析は鋭く、時に政府や大手メディアをも動かす影響力を持つ。


 「奴らがアンフェイスに目をつけたのは、初めてのことじゃない。だが、今回はかなり踏み込んでいる。『アンフェイスは本当に能力者なのか?』という議題で、専門家を交えて徹底的に検証するらしい」


クロウの声が、緊迫感を帯びる。


 「……まさか、あの組織が裏で糸を引いているのか?」


葵の脳裏に、先日接触してきた男の顔がよぎる。


彼らが、葵の秘密を世間に晒すための布石として、『ザ・ウォッチャー』を利用している可能性は十分にあった。


 「その可能性は高い。もし彼らが、お前が能力者ではないという決定的な証拠を掴んでいて、それを討論会で公表すれば……」


クロウは言葉を濁したが、その後の展開は明白だった。


葵が築き上げてきたヒーローとしての信頼は、瞬く間に崩壊するだろう。


 「討論会の場所と時間は?」


葵は、努めて冷静な声で尋ねた。


この状況で動揺を見せることは、彼女の「偽りのヒーロー」としての命取りになりかねない。


 「今夜、セントラルシティの大ホールだ。テレビ中継も入る」


 「……わかった。私が直接、そこに行く」


 「馬鹿な! 正気か、葵!?」


クロウが叫んだ。


 「奴らは、お前を罠にはめようとしているんだぞ! 討論会に出席すれば、四方八方から集中砲火を浴びるだろう。もし、真実が露呈するようなことになれば…」


「知ってるわ。でも、逃げるわけにはいかない」


葵は、揺るぎない瞳でモニターを見つめた。


 「私は、人々に『アンフェイス』を信じてもらうために、この場に立つ」


葵は、自らの信念を試されるような状況に、敢えて身を投じることを選んだ。


彼女が培ってきた心理戦と交渉術を駆使し、そして何よりも、人々にアンフェイスへの「信頼」を勝ち取るために。


セントラルシティ大ホールは、異様な熱気に包まれていた。


壇上には、『ザ・ウォッチャー』の代表者と、様々な分野の専門家たちが並び、会場の大型スクリーンには、アンフェイスの活動記録映像が映し出されている。


観客席は満席で、テレビカメラがその様子を世界中に発信していた。


 「――アンフェイスの卓越した身体能力は疑いようがありません。しかし、その能力の根源については、これまで一切明かされていません。一部では、彼女が能力者ではないという憶測も飛び交っていますが、その真偽を問うのが、本日の討論会の目的です」


司会者の言葉に、会場がざわめく。


その時、ホールの巨大な扉がゆっくりと開いた。


スポットライトが、入り口に立つ漆黒のヒーロースーツを照らす。


 「アンフェイスだ!」


会場は一瞬静まり返り、すぐにどよめきと歓声が入り混じった声で溢れかえった。


葵は、ゆっくりと、そして堂々と、壇上へと歩みを進めた。


彼女の姿は、まさに人々の「希望」そのものだった。


 「ようこそ、アンフェイス」司会者が、不敵な笑みを浮かべて葵を迎える。


 「貴方の出席は、我々にとって、非常に光栄です。さあ、皆様、ご質問があればどうぞ」


一人の評論家が、マイクを握りしめた。


 「アンフェイス。貴方の身体能力は、常軌を逸しています。しかし、我々の分析では、貴方の能力は、特定の能力者とは異なり、パターン化されています。それはまるで、徹底した訓練と、精密なガジェットによるものではないかと……」


 「それは、私が日々の鍛錬を怠らないからです」


葵は、冷静に答えた。


 「そして、私の装備は、最高の技術によって支えられています。それが、アンフェイスの強さの根源です」


彼女の言葉は、嘘ではない。


しかし、それは真実の全てでもない。


別の専門家が、鋭い質問を投げかける。


 「貴方は、これまで、特定の状況下で、予測不能な動きを見せています。例えば、国際展示場でのテロ事件。あの時、貴方は明らかに、自らの命を顧みず、子供たちを庇う動きを見せた。能力者であれば、もっと効率的に状況を打開できたはず。それは、貴方が能力者ではないことの、決定的な証拠ではないですか?」


その言葉に、会場の空気が張り詰める。


葵の心臓が、激しく脈打つ。


まさに、彼女が最も恐れていた質問だった。


 「その通りです」


葵は、ゆっくりと、しかしはっきりと答えた。


 「私は、あの時、自分の命よりも、目の前の子供たちの命を優先しました。それが、ヒーローとしての私の信念です」


葵の言葉に、会場が静まり返る。


彼女は、敢えて自身の「人間らしさ」を前面に出した。


 「能力の有無で、ヒーローの価値は決まりません。重要なのは、何を成したか。どれだけの命を救ったか。そして、何のために戦うかです」


葵は、人々の目を見つめ、語りかけた。


彼女の言葉は、偽りではない。


これは、彼女自身が「偽りのヒーロー」として生きる中で、心に刻んできた真実だった。


 「確かに、私は完璧な存在ではありません。時には判断を誤り、時には傷つき、時には限界を感じることもあります。しかし、私は決して諦めません。この街に住む人々を守るため、そして、私を信じてくれる人々のために、私は戦い続けます」


葵の声は、会場全体に響き渡る。


その言葉には、偽りの仮面の下に隠された、百道葵の真の覚悟が宿っていた。


評論家たちは、言葉を失っていた。


彼らは、葵が能力者ではないという「証拠」を突きつけるつもりだった。


しかし、葵は、その「弱み」を逆手に取り、「人間らしさ」を武器にして、彼らの質問をねじ伏せたのだ。


 「私は、皆さんが信じる『ヒーロー』として、この街を守り続けます。それだけは、決して偽りではありません」


葵の最後の言葉が、会場に深い感動を呼んだ。


一部の観客からは、すすり泣く声さえ聞こえる。


 「……なるほど。これは、我々の誤算だった」


『ザ・ウォッチャー』の代表者が、呆然とした表情で呟いた。


彼らは、アンフェイスの人間的な側面が、かえって人々の心を強く惹きつけるとは予想していなかったのだ。


討論会は、アンフェイスの完全な勝利で幕を閉じた。


彼女の言葉は、テレビを通じて世界中に発信され、アンフェイスへの信頼は、以前にも増して強固なものとなった。


 「葵、やったな! お前の勝ちだ!」クロウの声が、通信機から興奮気味に聞こえる。


 「ええ……なんとか、ね」


葵は、ホールの裏口から、人目を避けるように出て行った。


彼女の顔には、安堵と疲労、そして、また一つ嘘を重ねたことへの複雑な感情が入り混じっていた。


夜空を見上げると、月が静かに輝いていた。


 「信頼……か」


葵は、自分の手のひらを見つめた。


人々からの信頼は、彼女の心の支えだ。


しかし、その信頼は、偽りの上に築かれている。


いつか、この偽りが崩れた時、その信頼は、果たして残るのだろうか。


葵の深い青色の瞳には、真のヒーローとは何か、そして自分自身の存在意義を問い続ける、終わりのない葛藤が宿っていた。




彼女は、また一つ、偽りの糸を紡ぎ、その糸が、彼女自身をより深く縛り付けていくように感じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ