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エピソード10:過去からの囁き


セントラルシティに、不穏な空気が漂っていた。


百道葵は、表面上は普段と変わらないヒーロー活動を続けていた。


しかし、その心は過去の記憶に囚われ、深く沈み込んでいた。


 「葵、奴らからの具体的な答えはまだか?」


クロウの声が、地下のセキュリティールームに響く。


葵は、モニターに映し出された、幼い頃の自分の写真を見つめていた。


 「いいえ、まだ。でも、時間の問題でしょう。彼らは、私が動揺しているのを見抜いているはずよ」


葵は、あの夜、男が送ってきた映像を思い出していた。


自分の私生活を全て掌握されているという事実は、彼女の心を常に締め付けている。


その中でも、最も葵の心を揺さぶったのは、決して忘れることのできない「あの日の映像」だった。


それは、10年前の出来事だった。




10年前

幼い百道葵は、ごく普通の少女だった。


両親は優しく、友達と公園で遊ぶのが何よりも好きだった。


その日も、葵は友達とヒーローごっこに夢中になっていた。


 「私がスターフェイスだー! みんなを助けるぞー!」


葵は、手作りのマントをなびかせ、無邪気に走り回っていた。


しかし、その平和な日常は、一瞬にして打ち砕かれた。


突如として、空に巨大な亀裂が走り、禍々しい能力者が街に現れたのだ。


その能力者は、建物を破壊し、人々を恐怖に陥れた。


街は瞬く間にパニックに包まれ、人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。


 「ママ! パパ!」


幼い葵は、両親の手を握りしめ、必死に逃げようとした。


しかし、能力者の攻撃は容赦なく、瓦礫が降り注ぎ、逃げ惑う人々を襲った。


 「葵! こっちだ!」


父親が、葵を庇うようにして瓦礫の陰に押し込んだ。


母親も、葵の体を抱きしめ、必死に守ろうとする。


 「大丈夫よ、葵。ヒーローが、きっと助けに来てくれるから……」


母親の言葉は、震えていた。


葵は、瓦礫の隙間から、破壊されていく街の様子を見ていた。


能力者の圧倒的な力の前で、人々は為す術もなく、ただ怯えるしかなかった。


ヒーローは、現れなかった。


何時間経っても、誰も助けに来なかった。


その間にも、街は破壊され、多くの命が失われていった。


幼い葵の心に、深い絶望と、言いようのない無力感が刻み込まれた。


 「どうして……どうして、誰も助けに来てくれないの……?」


葵の目に映ったのは、瓦礫の下に埋もれた、無数の絶望だった。


そして、あの時、両道の手を握りしめ、自分を守ろうとしていた両親の姿が、今も鮮明に心に焼き付いている。


その日を境に、葵の人生は大きく変わった。


彼女は、あの時の無力感を二度と味わいたくないと強く願った。


そして、誰も助けに来なかったあの日、自分が誰かの「ヒーロー」になりたいと決意したのだ。


しかし、葵には、人々が夢見るような超人的な能力は一切なかった。


それでも、彼女は諦めなかった。


 「能力がなくても、私はこの手で、人々を守れるはずだ」


彼女は、人並み外れた身体能力を身につけるために、来る日も来る日も過酷なトレーニングを積んだ。


格闘技、パルクール、射撃……あらゆる武術を習得し、自らを限界まで追い込んだ。


さらに、彼女は膨大な知識を貪欲に吸収した。


危機管理、心理学、情報工学……ありとあらゆる分野を学び、それを実戦に応用した。


そして、財力と、後に知り合うクロウやゼータのような協力者たちの力を借りて、最新の装備を開発・調達した。


そうして、彼女は「アンフェイス」として、人々の前に姿を現した。


 「私が『偽物』だと知っても、彼らは私を信じてくれるだろうか……」


そんな不安を抱えながらも、彼女は人々の「希望」であり続けるために、偽りの仮面を被り続けた。




現在

 「……それが、私がアンフェイスになった理由よ」


葵は、目の前のモニターに映し出された、あの日の瓦礫の山を見つめながら、静かに語った。


 「あの時、私には何もできなかった。大切な人を守ることも、誰かを救うことも。だから、もう二度と、あんな思いはしたくない。そして、誰かを救うことで、あの日の自分を、そして救えなかった誰かを、救いたかった」


クロウは、葵の言葉を黙って聞いていた。


彼が、葵の過去の全てを知っているのかは不明だ。


しかし、彼の声には、深い理解と共感が含まれていた。


 「お前は、十分すぎるほど、人々を救ってきた。偽物でも、本物でも、その事実は変わらない」


 「でも、あの組織は、私の秘密を握っている。もし、私の過去が、あの日の映像と共に世間に公表されたら……」


葵は、唇を噛みしめる。


あの組織が持っている映像の中には、彼女が能力者ではないと悟られるような、決定的な瞬間がいくつも収められている。


それらが明るみに出れば、彼女が築き上げてきたヒーローとしての地位は、音を立てて崩れ去るだろう。


 「奴らの要求を呑むしかないのか……」


葵の心は、絶望の淵に立たされていた。


彼女の過去が、現在の彼女を縛りつけ、未来の選択肢を奪おうとしている。


その時、けたたましいアラート音が鳴り響いた。


モニターに、緊急速報の文字が点滅する。


 「葵、緊急事態だ! 市立病院が、何者かに占拠された! 人質多数!」


クロウの声に、葵ははっと顔を上げた。


病院。それは、最も人質被害が大きくなる場所だ。


 「犯人は、武装集団だ。能力者ではないが、訓練された兵士のようだ」


 「……わかった。私が行く」


葵は、疲労困憊の体に鞭打ち、立ち上がった。


彼女の心は過去の傷と秘密に囚われている。


しかし、目の前で苦しんでいる人々を、見捨てることはできない。


ヒーロースーツを身につけ、葵は静かに地下室を出た。


夜空は、不気味なほど静まり返っている。


 「私は……偽物かもしれない。でも、この手で救える命があるのなら……」


葵は、深い青色の瞳で夜の闇を見つめた。


彼女の過去が、現在の彼女を突き動かす。


そして、その葛藤を抱えながらも、彼女は人々のために、偽りの仮面を被り続けることを選んだ。




市立病院へと向かう葵の背中に、過去からの囁きが、再び響くようだった。


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