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エピソード1:匿名の影


 深夜のセントラルシティは、ネオンの光が眠らない街の喧騒を映し出していた。

 その輝きを嘲笑うかのように、突如として轟音が響き渡る。


 市庁舎の壁面に巨大な亀裂が走り、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、禍々しい紫色のエネルギーを纏った巨人が姿を現した。


 「また、能力者の暴走か……」


 ビルの屋上から事態を静かに見下ろす少女がいた。

 黒い特製スーツに身を包み、漆黒のポニーテールが夜風に揺れる。


百道葵(ももちあおい)、17歳。


世間が「アンフェイス」と呼ぶ、正体不明のヒーローだ。


彼女の深い青色の瞳は、冷静に状況を分析していた。


 「市民の避難は……まだ半分か。あそこじゃ、巻き込まれる」


通信機が耳元で小さく囁く。


 「葵、奴はかなりのパワータイプだ。能力は広範囲の物質変形。安易な接近は危険だぞ」


声の主は、葵の強力な協力者の一人、情報屋の「クロウ」だ。


 「わかってる。だからこそ、私がやるしかない」葵は答える。「彼らの期待を、裏切るわけにはいかないから」


ヒーローとしての重圧が、ずしりと肩に乗る。


葵には、世間が夢見るような超能力はない。


彼女を支えるのは、日々の地獄のような鍛錬で培った常人離れした身体能力と、膨大な情報量、そして何よりも「偽物」であることが露呈してはならないという強い意志だ。


巨人が再び咆哮し、地面が激しく揺れる。


瓦礫が舞い上がり、避難の遅れた人々が恐怖に顔を歪めた。


 「くっ……!」


葵は迷わず屋上から跳び降りた。


風を切り裂くような高速落下。


着地と同時に地面が軽く凹む。


巨人の注意が自分に向けられるよう、敢えて派手に着地したのだ。


 「ターゲット、変更か? 良い判断だ、馬鹿め」


葵は呟く。


巨人が巨大な拳を振り上げ、葵に襲いかかる。


その一撃はビルを破壊するほどの威力を持つ。


しかし、葵はそれを予測していたかのように、しなやかな身のこなしで紙一重でかわす。


 「遅い!」


葵は巨人の腕を駆け上がり、まるで壁を走るかのようにその巨体を駆け上がっていく。


スーツに仕込まれた特殊な吸着装置が、わずかな足場を確実に捉える。


巨人の背中に辿り着くと、葵はスーツの腰に装備された小型のワイヤーガンを取り出した。


 「クロウ、計算通りだよな?」


 「ああ、問題ない。奴のコアは右肩だ。だが、そこまで辿り着くのは至難の業だぞ」


葵はワイヤーを巨人の肩にあるわずかな亀裂に打ち込む。


そして、そのワイヤーを伝って一気に駆け上がった。


巨人が暴れ、ワイヤーが激しく揺れる。


遠心力に体が振られるが、葵は鍛え抜かれた体幹で耐え抜く。


 「させるか!」


巨人がもう片方の手で葵を叩き潰そうと振りかぶる。


その巨腕が迫る瞬間、葵はワイヤーを最大限まで引き絞り、バネのように跳躍した。


 「もらった!」


宙に舞い、きりもみ回転しながら、葵はスーツの袖口に隠された小型の電磁ショックデバイスを巨人の右肩に叩き込んだ。


 「ガアアアアアアアアア!!!」


巨体が激しく痙攣し、紫色のエネルギーが乱れる。


デバイスから放たれる高周波が、巨人の能力を司るコアに直接ダメージを与えているのだ。


 「よくやった、葵! そのまま一気に!」


クロウの声が響く。


しかし、その時だった。


巨人の瞳から、新たな紫色の光が放たれた。


それは葵の予測を超えた、周囲の建物を無差別に巻き込む広範囲攻撃だった。


 「まずい……!」


葵は咄嗟に体を捻り、その場から飛び退く。


しかし、爆発の衝撃波が彼女の体を容赦なく襲う。


瓦礫が降り注ぎ、視界が歪む。


 「ぐっ……!」


地面に叩きつけられ、全身を激痛が襲う。


スーツの防護機能が作動し、命に別状はないが、左腕に鈍い痛みが走る。


 「葵! 大丈夫か!?」


クロウの声に焦りが混じる。


 「大丈夫……じゃない」


葵は苦痛に顔を歪めながら、ゆっくりと立ち上がる。


巨人は既に体勢を立て直し、再び葵に狙いを定めていた。


 「能力……じゃ、ない。私は、ただの人だ……」


偽りのヒーローであることへの焦燥と、自らの無力感が、葵の心を支配する。


それでも、彼女の瞳は決して諦めなかった。


 「だが、ここで終わるわけにはいかない……!」


葵は左腕の痛みに耐えながら、懐から閃光手榴弾を取り出した。


巨人が再び拳を振り上げる。


その瞬間、葵は手榴弾を巨人の顔面に投げつけた。


 「今だ!」


葵はその隙を見逃さなかった。


地を這うような低い姿勢で一気に加速し、巨人の足元へと滑り込む。


巨人のバランスが崩れる。


葵は右腕に残されたわずかな力を振り絞り、スーツの膝部に装備された強化ブーツで、巨人の膝裏に渾身の蹴りを叩き込んだ。


 「倒れろ!」


巨体が大きく傾ぎ、ついに膝から崩れ落ちた。


地面が震え、周囲のビルに新たな亀裂が走る。


 「よし! 葵、今だ! 最大出力のデトネーターを!」


クロウが指示を出す。


葵はスーツの胸元から手のひらサイズの装置を取り出す。


それは、巨人のコアに打ち込んだ電磁ショックデバイスを遠隔で爆破する起爆装置だった。


 「これで、終わりだ」


葵がボタンを押すと、巨人の右肩から眩い光が放たれた。


轟音とともに巨人の体が内側から崩壊していく。


紫色のエネルギーが急速に収縮し、やがて光の粒となって夜空に消えていった。


 「やった……」


葵は息を切らしながら、その場にへたり込んだ。


全身の筋肉が悲鳴を上げ、左腕の痛みが増す。


しかし、周囲から聞こえる歓声が、彼女の心にわずかな安堵をもたらした。


 「アンフェイスだ! アンフェイスが助けてくれた!」


 「さすがだ! 俺たちのヒーロー!」


人々の感謝と称賛の声が、疲弊した葵の心を震わせる。


偽物である自分に向けられる純粋な感謝の念が、彼女の罪悪感を刺激する。


それでも、この瞬間だけは、彼女にとって何よりも価値のあるものだった。


その時、通信機にノイズが走る。


 「アンフェイス……ようやく捕捉したぞ」


低い、無機質な声が聞こえた。


それは、クロウの声とは全く違う、未知の声だった。


葵はハッとして周囲を見渡す。


ビルの陰に、数名の黒い人影が立っているのが見えた。


彼らは葵に狙いを定めているようだった。


 「何……?」


 「お前の秘密は、既に我々の手の中にある。偽りのヒーローよ……いずれ、真実を晒す時が来るだろう」


冷たい言葉が葵の耳に突き刺さる。


葵の体が硬直する。


自分が偽物であるという秘密を知っている組織。


彼らは一体、何者なのか。


黒い人影は、葵が動揺する隙に、音もなく夜の闇へと消えていった。


葵は、夜空を見上げた。


月明かりが、彼女の疲弊した顔を淡く照らす。


人々の歓声が遠ざかっていく中、彼女の心に新たな不安が募る。


 「私の秘密を……知っている? まさか……」


偽りのヒーローとしての戦いは、まだ始まったばかりだ。




そして、彼女の秘密を巡る、新たな影が動き出したことを、葵はまだ知る由もなかった。


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