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優等生でございます(前編)

今日も前後編です。


今回は女の子です。

「…ちゃん、小テストどうだった?」

「う~ん、多分いけたと思う」

「さっすがー」


 休み時間になると、前の授業で返って来た小テストの結果でクラス中が盛り上がった。

 点数を尋ねる者、褒める者、誇らしげな者、机に突っ伏す者、答え合わせをする者、答案用紙を丸めてゴミ箱へ捨てる者…悲喜交々である。

 先生が点数を発表する学校なら、ここまで盛り上がらない。


「ねぇねぇ(ゆう)。モデルいつからやるの?」

「え? 何その話詳しく!」

「断ったわよ」

「いいな~。あたしなら絶対断らないのに」

「名刺確認したけど、聞いた事も無い事務所だもん。きっとAVよ」

「あはは、それでも十分凄いって」

「あ、トイレ」

「急いだ方がいいよ。チャイムもう直ぐだし」

「うん」


 優と呼ばれた少女が友達との会話を切り上げて席を立った。


(…馬鹿らしい)


 表情には出ていないが、少女は冷めていた。


(高校の友達は一生の宝だと言うのは否定しないけれども…)


 彼女は腹芸が得意だった。

 だから一見仲良く見える彼女たちも、どこまで本気か分かったものでは無いと考えていた。

 事実、先生や男子に良い顔をしている女子ほど、仲間内での陰口には容赦が無かった。

 共通の敵を作って槍玉に挙げる。

 一見、仲間を作る最も簡単な方法に思えるが、裏を返せば取り返しの付かない方法でもある。

 一人がミスをするか裏切れば、芋づる式に全員が地獄を見る。

 だからお互いに疑心暗鬼になり、仲間から抜けると虐めの対象になる。

 同調圧力に従わなければ虐められる。

 そう臭わせる。

 メリットとデメリットが全く釣り合っていない。

 全員とまでいかなくとも、多数が止めれば済む話だ。

 その状況が不毛だと当事者なら誰もが気付きながら止められないのは、ある種のコンコルド効果と言えた。

 誰だって自分だけ損をしたく無いのである。


 彼女が生産性の無さを自覚しながらも友達のグループに入っているのは損切りだった。

 どのグループにも入らなければ虐められるが、入れば一定の無駄な労力で済む。

 マイナス100点とマイナス90点を比較して後者を取っているに過ぎない。

 今回にしたって、テストの話をして休み時間が残り少なく無ければ、全員がトイレに付いて来るところだった。


(敵を作るよりマシとは言え、合わせるのも疲れるわ…)


 勿論、全く裏表の無い純真なお子様もいる。

 彼ら彼女らのグループは気が楽に思えるかもしれないが、天然故に他所の地雷を踏みかねない。

 それを分かっているから、彼女は普通のグループに属しているのだ。


(ほんと、みんな馬鹿。傷を舐め合い裏では足の引っ張り合い。私はそうはならない!)


 高校一年にして既に将来設計を立てて受験勉強を始めている彼女に迷いは無かった。

 しかし、不幸とは注意していても向こうからやって来るものである。

 彼女が階段を横切ろうとしたその時、廊下を走って来た男子がぶつかって、下り階段に突き飛ばされてしまった。


(…やばい!)


 彼女の身体は空中に投げ出され、何とかしようと思った時には踊り場に叩きつけられていた。


「―――っ!」


 彼女は激痛に叫び声を上げた。

 周りからも悲鳴が上がって騒がしくなる。


(あ、これやっちゃったかな…)


 彼女はあまりの激痛に意識を失いながら、自分の人生設計が崩れる音を聞いた気がした…。


***


 ――日和見病院。

 某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。

 そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。

 ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!


***


「それじゃあ、また明日来るね」

「うん。本当にありがとうね、さゆりん」


 セーラー服を着た少女が手を振って病室を出て行った。

 ベッドの上で上半身を起こしている優も、手を振って同級生の小百合(さゆり)を見送った。


 小百合はプリントとノートを持って来てくれた。

 彼女は優の『友達』だった。

 先生に頼まれただけの只の同級生なら、ノートの写しを貰えなかっただろう。

 優は『友達』の有難みを実感していた。


(こんなに早く実感できた私は幸運なのか不幸なのか…)


 彼女は学校の様子も教えてくれた。

 先生や同級生は優を心配していたと言う。

 優のドジを笑う男子はいても、女子がみんなで反論してくれたらしい。

 少なくとも彼女が教室を出るまでは、陰口を言っている者はいなかったと言う。

 優のクラス内での関係が上辺だけではなく良好である証拠だ。

 もし優が内心で見下していると思われていたら、先生も優も居ないところでどんなことになっていたか。

 小百合は信用できる。

 彼女は同級生みんながそう思うタイプの、頭は良くても正直で素直な『賢いバカ』なのだ。

 もし彼女に裏があると言うのなら、学校全体が手玉に取られているとすら言える。

 疑うだけ無駄なのだ。

 だから優は自身の心配が杞憂に終わって安堵した。


 優は早速、『友達』が持って来てくれたプリントとノートで勉強を始めた…。


***


「はぁ…やっぱり勉強が遅れそうだわ」


 勉強に一区切りが付いた優は溜め息を吐いた。

 彼女はこれからを思うと憂鬱だった。

 医師の話では、登校を再開するには骨が安定するまで3~4週間必要だと言う。

 やることが無くなって暇を持て余すと、嫌なことばかり考えてしまい、段々とイライラしてきた。


(それにしても男子って、ほんとバカ。廊下を全力疾走して人を階段から突き落とすなんて正気じゃないわ!)


 同級生たちは『同級生の男子は子供にしか見えない』とよく言うが、彼女からすればその同級生たちも同類だった。


(年上好き? 男が嫌い? 女同士の恋愛? 別に否定しないわよ、こっちを巻き込まない限りね。その内女同士で子供を作れるようにもなるでしょ多分。でもその時に必要になるのはお金。私たちが生きている間に誰でもお手軽にお安くできるほど普及なんて絶対しない。賭けてもいい。その時になって子供は要らない、産みたくないけど女は偉いなんて見っとも無い負け惜しみをするなんて、私は死んでも嫌!)


 だから彼女は努力を惜しまなかった。


(私は男なんかに頼らない。学校では何でも頑張って皆が憧れている。モデルに誘われたこともあるけど、あんなの真に受けるのなんてバカだけ。知らない人に付いて行ったらどうなるかなんて、今時小学生だって知っている。「自分は大丈夫」ってバカな女友達に注意してあげたら、お高く止まってと罵声を浴びせられたのは納得がいかない。自分をお姫様と勘違いした態度が許されるのは小学生までよ。推薦も取れそうだし、一流大学に進学して、一流企業に就職して、成り上がってやるんだ…パパみたいになんてならない! 結婚なん絶対しない!)


「…ふぅーっ」


 心の中で愚痴を吐き出し切った優は顔を上げると、遣り切った最高の笑顔をして、手の甲で額の汗を拭った。


「ボクが結婚してあげようか?」


 ピキッ!


 彼女の表情が笑顔のまま固まった。


 ギギギギッ…


 彼女がぎこちなく声のした方を振り向くと、何時の間にかベッドの横に居た少年と目が合った。


(声に出てた?!)


 小学生くらいに見える少年は肌が白く、目鼻立ちがすっきりした顔で彼女を見つめていた。


(外国人? …だと思うけど欧米人じゃない?)


 彼女の受験勉強以外には乏しい知識では、目の前の少年の人種は判らなかった。


『結婚してあげようか?』


 先程の少年の言葉を思い出す。


(…生意気。やっぱり小さくても男は男ね。…でも子供相手に怒るのも大人げないもの。やんわりと現実を教えてあげるわ)


「20年後に私が独身だったら考えてあげるわ」


 余裕を取り戻した彼女は唇に人差し指を当てて、普段はしないお姉さんぶった仕草で諭すように言った。


「…20年…20年後かあ……ごめんなさい………」


 落ち込んで謝る少年を見て、彼女は自らの失言に気付いた。

 ここは入院棟である。

 其処に20年も居ると言うことがどういう意味を持つのか。


「私の方こそ、ごめんなさいね。…許してくれる?」

「うん!」


 彼女が軽率な発言を素直に謝ると、少年は眩しいくらいの笑顔で答えた。


 きゅんっ。


(あ、これはやばいやつ…)


 少年の純粋さに彼女の心臓は跳ね上がったが、


(相手は子供、相手は子供……)


 自制心によって何とか鎮火し、年下の子供に手を出すと言う最悪の事態は回避された。

 その後、仲良くなった少年は度々彼女の元を訪れ、彼女にとっての癒しとなった。

後編は09:00頃投稿予定です。

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