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暴走族でございます(後編)

今週は毎日08:00頃更新予定です。

 死吹の入院から数日が過ぎたある日。


 ブオオンっ! ブオオォォッン!!


 遠くから響いて来た騒音が、病院の敷地に入って、正面の建物の前で止まった。

 暴走族のバイク、その数は20を下らない。

 一般的に暴走族は夜間活動する。

 車の少ない夜間の方が安心して気持ち良く速度を出せるのだから当然と言える。

 そんな彼らが昼日中に集まって走るからには、いつもとは違う理由があった。

 彼らは病院の入り口に陣取って、バイクのエンジンを吹かし始めた。


 ドゥルルッ! ドゥルルッ! ブォォーン!


 聞き慣れた音を耳にした死吹が窓から外を覗くと、屯している暴走族のバイクが見慣れた旗を立てていた。

 彼のチームと最近揉めているチームだった。


「ちっ!」


 暴走族に限らず、不良は一般的に殺人まですることは無い。

 殺人を犯してしまえば、捕まるまで警察に追われ、少年院行きを免れないことが大きい。

 出所する頃には暴走族を卒業している年齢だ。

 彼らが求めるのは相手の命ではなく、自慢であり、名声であり、栄光なのだ。

 承認欲求と言っても良い。

 それなら病院にまで来た連中は何なのか?


(こいつらは弱いと決めつけた相手にしか勝ち誇れない弱者だ)


 隠れていれば見つからない。

 彼らは彼を探しに病院へ何度も来る内に警察に捕まるだろう。

 しかし、それは無関係な病人や怪我人を危険に晒すことを意味する。


「ちっ!」


 彼はもう一度舌打ちをした。

 今度は自分の馬鹿な行動に対してだ。

 松葉杖を突いて、ライバルたちの待つ病棟の外へ向かう。

 勝てるなんて考えていない。

 只、周りを巻き込むなんてダサい真似をしたくないだけだった。

 女子供、ましてや病人や怪我人の陰に隠れるなんて、彼の矜持が許さなかった。

 それは少年と話して思い出した、ヒーローへの憧れからだったのかもしれない。

 彼の頭の中では今、昔大好きだったヒーローソングが流れていた。

 決して善人では無いが、誰にも認められず、世間に後ろ指を差されても一人戦い続けたヒーロー。

 そのヒーローの気持ちが少しだけ分かった気がした。


***


「退院したら好きなだけ相手してやる。今日は帰れ」


 既に周囲には患者や見舞い客の姿は無い。

 病衣の死吹に声を掛けられて初めて、暴走族は目の前の人物がお目当ての相手だと気付いた。

 無理も無い。

 彼らが知っている死吹は、バイクに乗った特攻服姿だけだったのだから。


「逃げ出したかと思ったぜ」


 後方でふんぞり返っていた総長らしい男が彼を馬鹿にすると、他の連中も馬鹿笑いを始めた。

 残念ながら、死吹もライバルチームの総長の顔を覚えていない。

 哀しいかな。

 ネットや携帯電話のカメラが普及する前では珍しいことでも無いのだ。

 間違えたら恥ずかしいから、お互いに知っているような素振りで探りを入れているのである。


「お前の都合なんて知らんな。俺たちは今日お前を叩きのめしたいんだ。二度と病院から出られないようにしてやる」


(やっぱり話は通じないか)


 死吹は一人でも多く道連れにするつもりで覚悟を決めて大きく息を吸うと、鬼のような形相で威勢良く啖呵を切った。


「この臆病もんどもがぁっ! 掛かって来いやーっ!!」


 …しかし現実は非情である。

 彼は直ぐに囲まれ、早々に松葉杖を蹴り飛ばされて無様に倒れ、立ち上がろうとする度に小突き回されて笑われた。


「そこまでざます」


 唐突な静止の声に、死吹への暴行が止まった。

 声の主を見た暴走族たちが動揺する。


「なんだこのオッサ……ババアは?」

「ナース…服?」

「太ぇ…」

「太くねえって!」

「でけぇな、おい…」

「…いい…」


 死吹が顔を上げると、其処には予想通りの人物が居た。


「なんで…あんたが……」

「他人を巻き込まないようにしたのは立派ざます」


 婦長さんの口元が綻んだ。


「…立派ざますが、ここでは貴方も只の一人の患者。患者を護るのは看護婦の務めざます」


(ヒーローだ…)


 其処にはヒーローが居た。

 テレビ画面の中では無い。

 自分の為では無く、自分が蒔いた種でも無く、只、他人の為に立ち上がれるヒーローが。


「……俺なんか…のために……この人は…この病院に必…要な人だ……こんなとこ…ろで……」


 死吹は彼女を止めようとしたが、暴走族たちはそれを待ってはくれなかった。


 ドゥルルンッ! ドゥルルンッ! ブロロロローンッ!


「ヒャッハー! ババアは轢き逃げだぁ!!」


 死吹のリンチに加わらず、ずっとバイクのエンジンを吹かしていた一人が、病院の敷地内を走り回って十分に加速してから婦長さんに突っ込んで行った。


 ドンッ!!


 鈍い音がした。

 その場の誰もが婦長さんが吹き飛ばされる姿を想像したが、そうはならなかった。

 婦長さんは突っ込んで来るバイクを片手で受け止めて地面に転がすと同時に、もう片方の手で乗っていた暴走族の襟首を掴んで放り投げていた。


「は?」


 その間抜けな声は誰の物だったのか。

 誰もが呆気に取られたが、それも束の間。


「はんっ! チョーシに乗ってんじゃねーよババア! おまえら、やっちまえ!」


 真っ先に我に返った総長が号令を掛けた。

 婦長さんに距離の近かった二人が、手に持った得物で殴り掛かる。

 片方はその辺のホームセンターで買える有名な球団の金属バッド。

 もう片方は木製のバッドに出鱈目に無数の釘を打ち付けた凶悪なバッド。

 どちらも当たれば只では済まない。

 それが左右から同時に、必殺のコンビネーションである。


 ガスッ!


 しかし、婦長さんは二本のバッドを難無く両手で掴むと腕を交差させた。

 バッドに引き摺られたバッド男たちは、勢い良く互いの頭をぶつけ合って気絶した。

 婦長さんが手元に残ったバッドを人の居ない方に転がした刹那、そのスカートの後ろが縦に割けた。

 後ろに回った男がバイクのドライブチェーンを振るったのだ。


「ゲヒヒッ。美味しそうな太ももじゃねーか」


 チェーン男が婦長さんの太腿を見て舌舐めずりをした。

 婦長さんの太腿は決して、断じて、天地が引っ繰り返っても一般的に性的な魅力のある太腿では無い。

 彼が筋肉フェチなだけである。

 あと嗜虐趣味。

 その彼が、今までの人生で最高に気持ちの悪い表情をしていた。


((((((…変態だ))))))


 この時、普段は中々意見の合わないチームメイトの心が、久しぶりに一つとなった。


 ビシッ! バシッ! ジャリリリッ!!


「むひょひょひょひょっ! 溜ぁまんねぇなーっ!!」


 チェーン男はそんな仲間の心情には全く気付かず、愉しそうにチェーンを振るい続けた。

 婦長さんは彼の方に向き直り、両腕を交差させて耐えた。

 ナース服の袖や白いストッキングが少しずつ破れていく。

 しかし、魅惑の肢体に狂喜していたチェーン男は気付けなかった。彼女の身体から全く血が流れていないことに。


「はぁ…」


 散々愉しんで疲れたチェーン男が一端手を止めると、婦長さんは大きく溜め息を吐いて腕を降ろした。


「ひゃっはっは。とうとう諦めたか。じゃあそろそろ、そのはち切れんばかりに詰まったものを見せて貰おうかねぇ、げひひひひ…」


 チェーン男は婦長さんの分厚い胸板に視線を這わせて舌舐めずりをすると、ナース服が彼の望む最高の裂け方をするようにチェーンを振るった。

 誰もがチェーン男の勝利を確信した。

 それ以上に気持ち悪いものが終わると心の中で安堵した。

 しかし…


「…もう良いざますか」


 あろうことか、婦長さんは親指と人差し指でチェーンを摘まんで受け止めた。

 弛んだチェーンがコンクリートに当たって金属音を立てる。

 婦長さんがチェーンを思い切り引っ張ると、手に巻いているチェーン男は咄嗟に手を放すことも出来ず、引っ張られて宙に浮き、溺れるように手足をバタつかせた。

 婦長さんの逆の手が動いた瞬間、チェーン男は腹が思いきり凹んで目を剥いて気絶し、その身体はチェーンの長さだけ上に吹き飛ばされ、そして重力に負けて地面に落下した。

 彼女は別に押されていた訳では無い。

 只、病院の前の道を歩いていた御老人が通り過ぎるのを待っていただけだった。

 楽勝ムードがあっさり逆転され、再び唖然とする暴走族たち。


「て、てめーら! 囲めっ!!」


 我に返った総長が、命の危機を感じて怒鳴る。

 流石に二度目ともなると、総長も部下も復活が早い。

 部下たちは思い思いの武器を構える。

 金属バッド、釘バッド、鉄パイプ、木刀、模造刀、メリケンサック、バタフライナイフ…。

 バイクに乗るのも最早自信がある者だけだ。

 彼らにはもう形振りなんて構っていられる余裕は一切無かった。


((((((やらなければやられる!))))))


 彼らの心はチーム結成以来最高に一つとなった。

 チーム結成時よりも、ライバルのチームを潰した時よりも、飲み明かした時よりも、初めて皆で風俗に行った時よりも…しかし現実は非情である。


「ふぅー…ゥララララッ! ラララララララララララララララララララッ!!!!!」


 婦長さんの両の拳から繰り出されたラッシュで、一人残らず宙を舞い、意識は深い眠りに叩き落とされたのだった。

 後に、その光景を間近で見届けた死吹は言う。


「人間があんなに高く飛べるなんて知らなかった」


と。

 その後、病院に乱入した暴走族たちは全員仲良く警察に引き渡された。


***


「姐御、何か手伝うことはありやすか?」


 あの日以来、死吹は婦長さんを姐御と呼び慕うようになった。

 勿論、入院生活は続いている。

 闖入者が片付いたからと言って、骨折が治る訳では無いのだ。


「無いからリハビリをするざます」

「押忍!」


 あっさり流す婦長さんと、素直に従う不良。

 この凸凹コンビは、日和見病院の新しい風物詩として受け入れられるのだった。


 めでたし、めでたし。

次は明日の08:00頃投稿予定です。


本名は紫吹。

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