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暴走族でございます(前編)

今日も前後編です。

 ブオーンッ! ブオーンッ! バーリバリバリィッ!


 爆音、騒音、轟音。

 草木も眠る丑三つ時。

 静まり返った夜中の大通りに、けたたましい無数のエンジン音が響き渡る。

 暴走族である。


 パラリラ、パラリラ! ドン! ドン! ドドン!


 エンジン音だけではなく、ラッパや太鼓の音も混じっている。

 彼らは走ることだけではなく、音楽性にも熱心だった。

 バイクから管楽器や旗が伸びていて、見るからに速度よりも示威行為を優先していると分かる。


 無数のバイクが自己主張しながら街中を走った。

 周辺からは犬の遠吠えや赤ちゃんの泣き声が返って来る。

 通報を受けた警察がやって来る頃には、彼らを嘲うかのように、暴走族は遠くへと走り去っていた。

 無論、それで諦める警察ではない。

 本日の警察との鬼ごっこは、まだ始まったばかりである。


***


 警察を撒いた暴走族たちは、湾岸で勝鬨を挙げていた。

 下っ端が何人か捕まったが関係ない。

 彼らに取っては警察が諦めた時点で勝利だった。


 対する警察からしてみれば、暴走族の生死を問わずと言う訳にはいかない。

 警察は暴力集団ではないのだ。

 走っている車やバイクを追い込んで何人か捕まえただけでも、勝利と言って過言では無かった。


 つまり互いに勝利であり客観的には痛み分け。

 WinーWinの結果と言えた。


「でもよー、死吹もヘマしたよな。こけてマッポに捕まるなんてよ」


 マッポ、サツ、デコスケ…。

 暴走族が警察を呼ぶあだ名は色々あるが、このチームはマッポと呼んでいた。


「ぎゃはははっ! ダッセーよなー?」


 周りも釣られて馬鹿笑いする。

 別に死吹が嫌われている訳では無く、単純に面白がっているだけなのだ。

 バイクで転んで警察に捕まったのに、その上笑われているなんて知ったら、当の本人としては堪ったものでは無いが。

 …尚、本人は転び方をしくじって骨折し、入院する羽目になった模様。


***


 ――日和見病院。

 某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。

 そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。

 ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!


***


「…まあ安静にしているんだな、死吹(しぶき)君」


 そう言うと、がっしりした体格の警察官は病室を出て行った。


「けっ!」


 青年…死吹は舌打ちをして警察官を見送った。

 勿論、死吹と言うのは本名では無く、暴走族の一員としての名乗っている名前だ。

 彼は先日、バイクで暴走中に警察と追い駆けっこになり、逃げる途中で転んで捕まった。

 速度を出していた割りに軽い骨折と擦り傷程度で済んだのは幸運と言えよう。

 警察も鬼では無い。

 彼は直ぐに病院へ届けられて治療を受けた。

 今は丁度、警察官から簡単な事情聴取を受けたところだった。

 既に治療は終わっているが、病院を抜け出せば不味いことくらいは彼にも分かっている。

 ギプスで固定された右足を恨めしそうに睨んだところで、それは何も変わらない。


「煙草は…無理だよなぁ……」


 当たり前である。

 病院に酒や煙草は売っていない。

 そもそも、彼はまだ10代後半の歴とした未成年だ。

 高校卒業後まで暴走族を続ける者は多くないので、彼が特別若いと言う訳では無い。


「…ほんと、頭打たなくてよかったぜ」


 彼は前方に盛り上がった前髪に手を当てて、安堵の溜め息を吐いた。

 リーゼントは彼の自慢だった。

 頭を縫うような大怪我をしていたら、手術前に髪を剃られてしまい、ショックで数日は寝込んでいたところだ。

 ふわふわな彼のリーゼントは一部の仲間には「硬派じゃない」と不評である。

 しかし、ヘルメットを被れるお陰で大怪我をしないで済み、手術と…何よりハゲを免れたのだから幸運だったと言える。

 一部の仲間に不評な最大の理由は、一部の不良女子に可愛いと持て囃されることへの嫉妬だったりする。

 …当の本人は男友達とバカをやっているのが楽しくて異性に興味が無く、全く気付いていない辺り不幸かもしれない。


「ねー、ねー、兄ちゃん?」


 髪を弄っていた死吹が声に振り向くと、見知らぬ少年がいた。

 見知らぬとは言っても、入院したての不良の彼に、知り合いの少年が居るはずも無い。

 見た感じ身長は彼の半分くらいしか無く、年齢も半分くらいと言ったところか。


「かっこいーね」


 最初、彼は何のことかと首を傾げたが、少年の視線が自分の前髪を見ていると気付いた途端に嬉しくなった。


「格好いいか?」

「うん!」


 不良は学校でも世間でも爪弾き者だ。

 まともな社会から外れた、まともに生きられない社会不適合者。

 不良の象徴とも言えるリーゼントは、侮蔑や批難、忌避の目で見られることが多い。

 しかし小さい子供は正直だ。

 そんな偏見よりも感じたままを口にする。

 だから彼も素直に喜べた。


「どうやってるの?」

「これはな…」


 彼は髪の手入れの大変さを語った。

 まだ自分の髪型に無頓着だった少年は、自分で手入れをすることに感動した。

 髪型からヘルメット、バイクの話になると少年は目を輝かせた。


「どぅるるんっ! どぅるるぅぅんっ!」


 彼が身振り手振りに表情、エンジン音の口真似を交えてバイクで走る真似をして見せると、少年も喜んで真似をした。

 子供にとってバイクはヒーローの乗り物だ。

 白いヘルメットに白いバイクの白バイ警官に憧れる子供も少なくない。

 彼も少年に話している内に思い出した。

 自分がバイクに憧れていたことを。

 バイクの飾りや音を派手にするようになった理由を。

 今も心のどこかでヒーローに憧れていることを…。


***


「検温の時間ざます」


 ガタッ。


 検温だと言って病室に入って来た婦長さんを見て、死吹は思わずベッドの上で後ずさったが、ギプスをした右足が吊るされているので、殆ど動けなかった。


(何だこの殺し屋みたいな奴はっ?!)


 彼の歴戦の感は必死に警鐘を鳴らしていた。

 敵対勢力や警察官などを前にしても感じた事の無い恐怖。

 場慣れした不良も、暴徒鎮圧に慣れた警察官も比では無い、圧倒的な威圧感。

 バイクで転んだ瞬間にも、意識を失う瞬間にも感じなかった、ただ其処に在る…死。


「検温をするざます」


 ぬっ、と体温計が差し出された。


「脇に挟むざます」

「だ、誰がそんなもん挟むか!?」


 彼は死を直感し、我知らず震えていた。

 歯もガチガチ鳴って上手く噛み合わない。

 彼には差し出された体温計が殺人鬼の持つ包丁、死神の構える鎌のように見えた。


「挟むのは嫌ざますか? 確かにそんなに震えていては正確に計れないざますね。それなら…」


 婦長さんの手が彼の腰に伸びる。


「なっ、何をっ?!」

「お尻で計るざます」

「…ひっ?!」


 婦長さんは彼の抵抗など全く意に介さず、病衣のズボンを脱がした。

 彼はこれから何が起きるのかを悟る。

 必須の抵抗も空しく、お尻に硬くて冷たい物を突っ込まれるのだ。

 彼は金属バットのように巨大な体温計を構えた婦長さんを見た気がした。

 恐ろしい幻影に耐え切れず、目をきつく閉じて、両手を婦長さんの方に伸ばして振って叫ぶ。


「やっ! 止めろっ! 止めて下さい! お願いします! 自分でやる! 自分でやるからぁっ!!」


 必死の懇願が届いたのか。

 婦長さんはあっさり手を止めて、彼に体温計を手渡した。


「ちゃんと計るざますよ?」


 ぶんぶんっ!


 彼は壊れた玩具のように首を振った。

 恐る恐る手を伸ばして、婦長さんから奪い取るように体温計を受け取ると、彼女の気が変わったら堪らないとばかりに、直ぐにしっかりと脇に挟んだ。


 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!


 早鐘を打つ心音が止まらない。

 彼にとっては無限とも思える、しかし実際には僅かな時間が過ぎ、体温計が鳴った。

 体温計を脇から離して、恐る恐る婦長さんに渡す。

 その瞬間に見えた体温は、彼の平温より少し高かった。

 先程の巨大な体温計の幻がフラッシュバックするだけでなく、前に見た映画の宇宙人みたいに何処かに連行される自分まで幻視した。


「少し高いざますが…」


 婦長さんの言葉に彼の心拍数が跳ね上がり、息が止まり、死刑宣告を受けた無実の人間のように青褪める。


「…大丈夫ざますね。安静にしているざますよ?」


 そう言って婦長さんは病室を出て行った。

 数分後、正気に戻った彼は命の尊さを実感し、天を仰ぎ、生きていることを信じたことも無い神に感謝したのだった。

後編は09:00頃投稿予定です。

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