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悪戯っ子でございます(後編)

一週間くらいは、毎日AM08:00頃投稿予定です。

 そんなある日。

 少年は病院の屋上で最高の玩具を手に入れた。

 黒い投石紐だ。

 彼は見つけた瞬間、弾を固定する広い部分が魔法陣みたいで「かっけー」と思った。

 最初は小石を拾って練習をしていたが、婦長さんに当てて勝ち誇る想像をしたところで手が止まった。


(怒られる…今度は死ぬほど怒られる…)


 大怪我をしたら大変なことになる。

 それは彼が病院で他の入院患者を見て自ら学んだ、数少ない『本当』の一つだった。

 他には『薬はマズい』『入院はヒマ』『ふちょうさんはやばい』などがある。


(ピーマン…はわかんないから、こっちにしよう)


 彼は調理場に侵入して、小石の代わりの弾を調達した。

 野菜を選んだのは、嫌いな野菜が無くなれば食べなくても良くなると思ったからだ。

 本当はピーマンにしたかったが、彼には小さくカットされたイメージしか無く、丸ごとのピーマンを見ても気付けなかった。

 もし気付いても、大きさも形も弾には不向きだと思って諦めたかもしれない。

 仕方なく次に嫌いなミニトマトを大量にポケットに入れた。


「か~え~せ~~~っ!」


 その数十分後、少年は看護婦に追われていた。

 先程までは、調子よく看護婦にミニトマトをぶつけていた。

 偶に外れたミニトマトが患者や見舞客に当たったが、惨事にはならなかった。


「なんで今日はしつこいんだよ!」


 惨事になっていないはずなのに、彼を見つけた看護婦が必死の形相で追いかけて来る。

 何時もなら廊下の角を曲がる頃には見えなくなるのに、何故か今日は振り切れず、屋上まで追い詰められてしまった。


「いいから…早く…返しなさい!」


 看護婦は屋上の扉を背に、肩で息をしながら少年に迫った。


「返せって何をだよ?!」


(こえー! これじゃ『ふちょうさん』だよ!)


 少年は鬼気迫る雰囲気の看護婦に気圧されていた。


「…ンツよ」

「え?」


 よく聞き取れなかった少年が聞き直すと、看護婦は大声で叫んだ。


「私のパンツを返しなさいって言ってるのよっ!!」


 そう。

 少年が投石紐だと思っていた物は、実は黒いレースの下着だったのだ。


「これ…パンツだったのか……」


 少年は母親のパンツとの違いに驚愕した。


「分かったら…さっさと…返しなさい……!」


 やや前屈みで肩に力の入っていない腕を揺らしながら、まるでゾンビのように少年に迫る看護婦。

 しかし、追われる理由の分かった少年はもう何も怖く無かった。

 パッと後ろを振り向くと駆け出し、フェンスをよじ登る。

 呆気に取られた看護婦が気付いた時には、少年は既にフェンスの頂上を越えて反対側だった。


「べ~だ。これは戦利品だ。誰が返すもんか!」


 少年はスカートの看護婦にはフェンスを乗り越えられないと高を括って調子付く。


「あっ、危ないからこっちに戻って来なさい!」

「だまされないぞ。そんなこと言って、そっちに行ったら捕まえる気だろ?」

「落ちる! 落ちるから!」


 慌てる看護婦に釣られて、少年は後ろを見てしまった。


「わわっ?!」


 フェンスの外側には殆ど足場が無い。

 彼の通う小学校の屋上よりもずっと高く、一歩先は地面だった。


 びゅうっ!


「ひっ!?」


 何でも無い微風に吹かれただけで、少年は動けなくなった。

 眼下の人たちも少年に気付いて騒ぎ出した。


「早まるな!」

「下を見るな!」

「気をしっかり持て!」

「手を離しちゃ駄目よ!」

「今、助けを呼んで来るから!」


 彼らの必死な言葉を聞いて、少年は余計に現実を意識してしまった。

 フェンスを掴んでいる手が震える。

 フェンスの隙間に入れている足が震える。


「…あっ…」


 震える手がフェンスを押してしまった。

 空中に放り出された少年は死を覚悟して、目をきつく閉じた。

 周囲から悲鳴が上がる。



 ごぉうっ!



 その時。

 一陣の突風が吹いた。

 地を奔る白い突風は僅かに浮き上がると少年を包み込み、



 ずっし~~~~~んっ!!!



 大きな音を立てて着地した。


(…痛く無いけど、もう死んだのかな?)


 少年は目を閉じた暗闇の中で、落下したのに思ったより衝撃が無く、全く痛く無いことを不思議に思った。


「…大丈夫ざますか?」


 白い突風…婦長さんは、腕の中で目を閉じたままの少年に声を掛けた。

 騒ぎを知らされた彼女は、外に出るや否や疾走して、少年を空中で受け止め、その全身で衝撃を完全に殺したのだ。


「え?」


 想像もしなかった優しい声に、少年は驚いて目を開けると、目の前には最近見慣れてきた婦長さんの顔があった。

 彼女の遥か頭上の太陽が眩しく、その輪郭を淡く模っていた。


「…天使だ」


 少年は思わず口にした後、ハッとなって慌てて口を塞いだ。


「どうしたざますか?」

「な、なんでもないっ! なんでもないよっ! それよりっ! なんでっ! なんで助けてくれたんだよ?」


 少年は照れ隠しに素直な疑問を口にする。

 婦長さんはそれを知ってか知らずか、


「貴方は患者で、私が婦長だからざます」


 当然のように答えた。

 その言葉には一切の奇も衒いも無かった。


(やっぱり天使だ…)


 少年は病院で一番の『本当』を見つけた。


***


 その後、少年は反省した。

 まず看護婦に謝ってパンツを返した。

 次に両親に学校でのことをしっかり伝えて和解した。

 両親はPTAに掛け合い、学校への責任追及に発展。

 少年は解決まで入院を続けることになった。

 そして、


「待てーーーっ!」

「待てと言われて待つバカなんているかっ!」


 今日も幼い少年が走り、白衣の天使が追い駆ける。

 この日常風景はもう少し続くようである。


 尚、あの日、パンツで飛ばされたミニトマトは、責任を持って全部少年の口に入ることになりましたとさ。


 めでたし、めでたし。

次は明日の08:00頃投稿予定です。

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