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悪戯っ子でございます(前編)

一週間くらいは、毎日AM08:00頃投稿予定です。


「きゃーっ?!」


 突然上がる悲鳴。


「待てーっ! このエロガキぃっ!!」


 続いて甲高い怒声と足音が病院の廊下に響き渡る。


「へっへ~ん。デカケツなんかに捕まるかってーの。あっかんべ~!」


 幼い少年が走り、白衣の天使が追い駆ける。

 それがここ日和見病院における、最近の日常風景となっていた。


 たたたたっ。


 軽快に逃走する少年の進行方向には、患者や見舞客が廊下で固まって話をしていた。


「どけどけどけーーーっ!」


 少年が叫ぶと彼らは驚いて道を空けたが、全員が咄嗟に反応できた訳では無く、固まってしまった者も居る。

 しかし、少年はその隙間を右に左にと華麗にすり抜けた。

 患者や見舞客を華麗に避ける姿は、未来のサッカー選手か、はたまたバスケットボール選手か。


 追って来た看護婦が患者たちに道を塞がれて立ち止まる。

 彼女には少年の通った隙間は狭くて通れず、看護婦が走りながら患者を押し退けるなんて真似をする訳にもいかない。


「…覚えてなさいよーっ!」


 看護婦の捨て台詞を聞いても、少年は油断せず逃げ続けた。

 以前に一度、直ぐに振り返ったら追いつかれて捕まったことがあるからだ。

 子供だって学習するのである。

 看護婦の声が聞こえなくなったあたりで振り返ると、もう追って来る看護婦の姿は見えない。


「よし!」


 少年がガッツポーズをして、前を振り返ろうとしたところで、腕を掴まれて引っ張られた。


「廊下を走っては駄目ざます」


 聞き覚えのある声に、恐る恐る振り向くと、そこには少年を見下ろす巨大な人影があった。

 少年より背が高いのは当然、彼の父親よりも高く、大きく、逞しく、威厳に満ちた女性…婦長さんである。

 彼女のサングラスがキラリと光る。


「ぎゃっ?! きんにくゴリラ!?」

「誰がゴリラざますか!」


 少年は慌てて逃げようとするが、時既に遅し。

 万力のような力で掴まれた腕はビクともしない。


「いたい! いたい! いたい!」

「嘘は良くないざます」


 少年は被害者の振りをしたが、直ぐに否定された。

 周囲には看護婦や患者が何人も居るのに、誰一人として少年の言葉を信じる者はいない。

 それもそのはず。少年は悪戯の常習犯なのだ。


 それに婦長さんは有名人だった。

 初めて見た人の大半は、その容姿から怖い人だと思い込んで警戒をする。

 だからその動向を否が応でも気にしてしまう。

 すると彼女の働く姿が自然と目に入り、噂に聞こえ、その誠実な人柄を知ることになるのだ。

 もし見るからに強面の彼女が無暗に暴力を振るえば、直ぐに巷の噂になって病院に居られなくなるのは火を見るよりも明らか。

 常識的に考えてもありえないのだ。

 だから誰も少年の言葉を信じないことは必然であった。


「はなせっ! はなせよーっ!」


 騙せないと知った少年は暴れるが、手首を掴む婦長さんは微動だにしない。

 周りの人たちも、また少年が暴れて捕まっていると笑っている。

 暴れ疲れた上に居た堪れなくなった少年は渋々謝って、婦長さんに廊下を走らない約束をさせられてから解放された。


***


 ――日和見病院。

 某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。

 そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。

 ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!


***


「はぁ、はぁ…」


 婦長さんが少年を解放して間も無く、少年を追い駆けていた看護婦が到着して、膝に手を当てて肩で息をした。


「どうしたざますか?」


 看護婦は婦長さんの声で我に返ると、姿勢を正して報告した。


「あっ、聞いてくださいよ婦長さん。あのガキ、また私のお尻を触ったんですよ!」


 触ったと言う割りには、彼女はお尻を撫でている。

 実際は、廊下を歩いている時に、後ろからお尻を平手で叩かれたのである。

 婦長さんは呆れて苦笑した。


「またざますか」

「そう! またなんです!」


 少年は常習犯だった。

 悪戯は元より、彼女のお尻を叩くのも日課のように毎日行っていた。

 入院して以来毎日である。

 他人から見れば好かれているように見えても、本人からすれば良い迷惑だった。


「でも診察中とかは邪魔をしないのざましょ?」

「そうですけどぉ…、そうなんですけどぉ……」


 看護婦は言い淀む。

 婦長の言葉は正論だ。

 仕事の邪魔をしない子供を追いかけるなんて、無駄以外の何物でも無い。

 だからと言って許せる話でも無いが。


「なら放って置くざます。それよりも惣慶さんの経過なのざますが…」

「それでしたら…」


 二人は少年の話題を切り上げ、次の仕事の話をしながら歩いて行った…。


***


「あのきんにくゴリラめ!」


 病棟の外、人気の無い建物の陰で少年は手首を擦りながら悪態を吐いた。

 その手首には掴まれていた跡も痛みも無いが、気分の問題である。


(あれはここのボスの『ふちょうさん』だ。『ふちょうさん』はやばい)


 少年は以前、頭をグリグリされたことを思い出した。


(死ぬほど痛かったのに、医者はなんともないとかウソを言いやがった。あいつらはきっとグルだ)


 少年は自分が他の患者を転ばせて怪我をさせたことを完全に忘れていた。

 子供にありがちな記憶の捏造である。


(大人はバカだ。偉そうに言うけど、どうせ何も考えていない)


「子供なんだから」「男なんだから」「女なんだから」


 大人の決まり文句である。

 彼には姉妹がいないので、主に学校でよく言われる言葉だった。


(男女平等だったら、なんで男子ばっかり叩くんだよ)


 男子が身長や筋肉で女子を上回るのは中学生以降であり、何なら小学校の中~高学年では女子の方が上である。

 彼のクラスも女子の半分以上は彼より身長が高い。

 だから子供の目には強い者の味方をしているように見えても仕方が無かった。


(適当なことばっか言って、真面目に相手してくれない)


 子供は賢くないなりに、大人が思っている以上に正しく考えようとする。

 そこに不十分なモノを押し付ければ歪みもする。

 彼が入院した原因もそうだった。

 正論を言われて腹を立てる人間は多い。

 それが自分より若い人間からの言葉なら尚のこと。


 その日、女教師は指導と言う名の暴力をいつもより派手に振るった。

 当然、彼はいつも以上に痛がって、心配した親が病院に連れて行き、気を良くした彼は更に痛がって入院した。

 最初は心配していた親も、退院させられそうになると彼が苦しがるので困ってしまい、今では見舞いに来る回数が減った。

 彼の境遇は不幸と言えば不幸。

 自業自得と言えば自業自得。

 彼が婦長さんに対して強い苦手意識を抱くのも仕方が無かった。

 尤も、性別以外の共通点は皆無に近く、一緒にされたら女教師は癇癪を起こすだろうが。


(みんな上っつらだけだ)


 彼の中では悪戯は一度逃げ切れば勝ちというルールだった。

 実際、後で病室などで顔を合わせれば注意されるが、ネチネチと掘り返して延々と怒られたりはしない。

 看護婦は大人であり、暇では無いのだ。


(今度は何をしよう…?)


 少年は次の悪戯に思いを馳せるのだった…。

後編は10:00頃投稿予定です。

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