第0話「バグの先に待っていたもの」
「うーん……またか」
俺、如月ゲンタは、ある意味ゲーム業界の裏方。言うなればデバッカーだ。普段は地味な仕事ばかりで、パソコンと向き合ってバグを潰すのが日常だ。
しかし、今日もいつものように、またとんでもないバグを見つけてしまった。
「これ、どうなってんだ?」
画面に表示されているのは、ゲーム内で発生した謎のエラー。キャラクターが突然空中に浮かび上がり、地面を掘り進んでいくというバグだ。もう、見た目からして意味不明だった。
「こんなバグ、前代未聞だろ……」
画面を指でスクロールして、エラーログを確認する。どうやら、コードの一部に異常が発生しているらしい。
「おかしいな……これ、どこをどう直せばいいんだ?」
そんな風に頭を抱えながら、何度もコードを見直していると、突然画面が一瞬フラッシュして、部屋の空気が微妙に変わった。
「え……?」
次の瞬間、俺の体が一気に吸い込まれる感覚に包まれた。言葉も出ないまま、視界が一変し、気がつけば周りはまったく見覚えのない場所だった。
「……は?」
目の前に広がっていたのは、広大な空間と、異様な光景だった。俺が立っていたのは、どこか神聖な雰囲気を持つ空間の真ん中。周りを見渡しても、そこには建物も何もない。ただ、無限に広がる光と空間だけが広がっていた。
「ここは……?」
そのとき、どこからともなく声が響いた。
「ようこそ、異世界へ」
振り返ると、そこには高貴な雰囲気を持った人物が立っていた。白い衣をまとった男。髪は金色で、目は異常なほど深い青。どこか神々しいオーラを放っている。
「君は……?」
「私はこの世界を統べる者。神に近い存在だ」
彼は静かに話し始める。いわゆる「神的な存在」だった。
「君がこの世界に来ることは、すでに決まっていたことだ。君が来なければ、この世界は崩壊することになる」
俺はその言葉に、何の前触れもなく立ちすくんだ。
「は? なに、それ?」
突然のことで、状況が全く理解できなかった。
「君はただのデバッカーだと思っているだろう。しかし、君の力こそが、この世界を修復するために必要なものなのだ」
神は淡々と説明を続ける。
「この世界には致命的なバグがあり、それを修正できる者は君しかいない。君の目で、この世界の矛盾を見つけ、修正する役目を担っている」
「バグ? 矛盾?」
言われた意味がわからず、俺は混乱した。
「異世界に転送されることは君にとっては予期しない出来事だろうが、君がやるべきことはただ一つ。この世界に潜むバグを修正し、世界を安定させることだ」
俺は頭を抱えながら、状況を整理しようとした。
「そんな話、全く聞いてないぞ?」
「君が『ゲームの世界』だと思っているこの世界も、実は高度に発展した仮想世界であり、管理者がいる。そしてその管理者はすでに『バグ』を放置している……そのため、君がこの世界に召喚されることになったのだ」
「まじかよ……!」
どう考えても冗談みたいな話だが、現実として目の前に広がるのは異世界そのものだ。
「君がもしバグを修正できなければ、この世界は破滅する。それを修正する役目を担った君には、特別な力が与えられている」
「ちょっと待て、何が特別な力だよ……」
その瞬間、俺の手が光りだし、信じられない力が体中に流れ込んでくる感覚がした。俺は驚きのあまり、思わずその力を制御しようとして体をよじった。
「それが、君が持つ“ピラー”という力だ。この力こそが、異世界のバグを修正する唯一の手段だ」
俺は、しばらくその力を体感していたが、どうしても納得できなかった。
「ふざけんな、そんなの無理だろ! 俺、ただのデバッカーだぞ!?」
「今、我が世界には“根本的な矛盾”が存在する。誰にも解けぬ矛盾……ルールと例外が衝突する“世界のバグ”。それを修復できるのは……」
「俺じゃねぇ!!帰れ!!お前が何者でも知らんけど、俺は風呂入って寝てゲームしてぇ!!」
しかし、神は動じなかった。
「望むものは与えよう。温かい風呂、静かな部屋、三食昼寝つき……可愛いお目付け役」
「……ほんとか?」
「“逃げられない”以外は、全部ある」
「絶対ヤバい!!それヤバいやつだ!!その条件、ブラック企業の求人と同じ匂いする!!!」
「——では、幸運を祈る、“ピラー”」
神の言葉を聞いた瞬間、また視界が白く光り始め、空間が歪んでいくのを感じた。
「おい! ちょっと待っ……!」
その後、俺は力を使うことなく、完全に異世界へと吸い込まれていった。