第6話 「野菜ルート、芽吹く」
「よし……今日こそ、帰るんだ……!」
まだ日も昇らぬ早朝、厨房裏の倉庫にて、俺は静かに野菜籠の中へ潜り込んでいた。体中にレタス、キャベツ、そしてジャガイモ。頭には慎重にニンジンを添える。
我ながら見事な仕上がりだ。農作物100%──いや、99.3%は野菜に見える自信がある。
「ふっ……完璧だ。これが、最終作戦“野菜ルート”」
あの鎧ガチャ女から逃れるには奇抜な手段しかない。今日、市場に運ばれる荷台に紛れて城の外に出る。目的地は、町外れの“次元のひび割れ”。あそこさえ通れば、元の世界に──コンビニに! 布団に! Wi-Fiに!!
ぐっ……夢がでかすぎて涙が出る。
その時、倉庫の扉が軋む音。誰かが入ってきた。野菜農家風の男性がカゴを軽く持ち上げる。
「おー、これが今日の市場行きか。ちょっと重いな?」
やばい、バレるか!?
「まあ、俺の腰がやばいだけか。最近、冷えると痛むのよね〜」
「わかるわかる、湿布が切れてんだよなあ〜」
助かった……。中年たちの健康トークに救われる命。ありがとう、腰痛。
そして、荷台がごとんと揺れた。よし、運ばれている。俺はこのまま、無事外に──!
「──ピラー様ッ!!」
「!?!?!?」
上空から、ズシャアアア! と何かが着地する衝撃音。揺れる馬車。野菜が跳ねる。俺の上に何か重たいものが……ってこれ、鎧の重み!? 馴染みのある声!?
「やはり今日も“野菜のルート”…! “芽吹きの帰還ルート”、ですね!」
屋根の上じゃない、今回は馬車の上だ!鎧ガチャ女!、空からピンポイントで野菜の上に着地しやがった!
「な、なんでお前がここに……!」
「昨晩、ピラー様が“今度は葉物野菜が鍵かもしれない”とおっしゃっていたと風の噂で──」
「言ってねぇし!風の噂って何だよ!!」
「それに、ピラー様。これは間違いなく……自然との融合を目指した新たな神託。きっと“芽吹き”が鍵なのですね。大地に還り、そして目覚め、旅立つ……!」
「違う!違う違う違う!!俺はただ、野菜になりすまして脱出しようと──あぁ、もう言っちゃったよ!!」
「やはり、“芽吹きの真実”をお教えくださるとは……! 私、信仰を深めました!」
リリは両手を合わせて拝み始めた。真顔で。目が潤んでる。何で感動してんのこの人。
「騎士団、到着ー!!」
馬車がガタンと止まった。いつの間にか、城から追いかけてきた騎士団が囲んでいる。リリの信徒たち(?)もいる。
「ピラー様、ご帰還を!」
「帰りたいのは俺の方だよおぉぉぉぉ!!!」
──その夜。
リリの日記より:
本日、ピラー様は自然との調和を実践された。
野菜と同化し、大地に己を委ねる姿に、私は神性を見た。
これこそが、“芽吹きの帰還ルート”。間違いない。
明日は土を掘ってピラー様専用の畑を整えようと思います。
俺の日記:
キャベツの匂いが取れない。
リリが「育苗室も作りましょう」とか言ってて怖い。
そろそろ……本当に帰してくれ……。