第5話「忠義の騎士は今日も誤解する」
朝。
また目覚めたら異世界。Wi-Fiもないし、布団も硬い。
でも今日は……妙に静かだ。
「……リリがいない?」
いつも朝から「お出かけですね!」って騒ぎ立てる金属音が聞こえない。
恐怖すら覚えるレベルの静けさだ。
――いや、チャンスじゃね?
「今なら……帰還ルート、行ける……!」
窓の鍵を開け、そっと身を乗り出そうとした、その瞬間。
「やはり今日も“風のルート”……!」
「いるんかい!!!」
屋根の上。立っていた。堂々と。剣を天に掲げて。
「ピラー様がまた、私などに気づかれぬまま窓から脱出しようと……! なんという高次の機動……!」
「こいつの語彙、信仰だけで構成されてるな……」
◆ ◇ ◆
結局今日も逃げ出せず、俺はリリに連れられ、城の裏庭で“騎士団の朝礼”に顔を出すハメになった。
「では、ピラー様の勇姿を参考に、本日は“窓からの戦術離脱”を訓練します!」
「するなそんな訓練!!!」
兵士たちは真剣だった。心なしか、全員の腰にロープがついていた。窓から安全に降りるためらしい。
「恥を知れよ、騎士として」
俺の心の叫びは届かない。
彼女の眼差しは真っすぐすぎて、もうツッコミすら無力だった。
◆ ◇ ◆
その夜。
俺はこっそり城の窓から身を乗り出す。
「やはり“風のルート”ですね、ピラー様」
リリはまたも屋根の上で、風を受けていた。
「何で先回りしてるの……」
「私、ピラー様の風の流れだけは……読めるんです」
「どういう特技だよそれ……」
今夜も逃げられなかった。
でも――ほんのちょっと、笑ってしまった。