第3話「飴玉とスパイと停戦条約」
今日こそ、俺は帰る。
このわけのわからない異世界から、元の世界に。コンビニも、布団も、Wi-Fiもある最高の生活に!
「ピラー様、まさか……今日もお出かけを?」
部屋の扉を開けた瞬間、いつもの鎧ガチャガチャヒロイン、リリが立っていた。
どうしてこいつは、毎朝俺の行動を読んでいるんだ。
「……いや、ちょっと、裏山まで散歩に」
「また神託ですね! わかりました、護衛を百人ほど――」
「いらん!! ていうか神託じゃねぇ!」
俺はダッシュで庭を抜け、裏口から抜け出す。
目指すは、町の外れにある「遺跡跡」。そこに“次元のひび割れ”と呼ばれる空間があるという。
きっとあれ、ポータル的な何かに違いない。行ける、今日こそ帰れる!
――そう信じていた。
だが、事態はそう甘くなかった。
「……なんだこの、戦場」
遺跡の周囲には両軍の兵士がずらりと並び、剣と魔法でにらみ合いを続けている。
どうやらこの遺跡の領有権を巡って、ずっと戦争状態が続いていたらしい。
(ヤバい、今日も帰れないパターンじゃん……)
そう思って身を引こうとした、その時だった。
――ポロッ。
「あっ、飴玉……!」
ズボンのポケットに入れてたミント味の飴玉が転がり落ち、コロコロと石畳の上を転がっていく。
そしてそのまま、石の陰に潜んでいた黒装束の男の額に直撃した。
「ぶふぅっ!」
男は変な声を上げてぶっ倒れた。……というか、なんかダガー握ってたぞコイツ!
「……スパイ!? あれ、やばいやつだったんじゃ……」
しかし周囲の兵士たちが驚いたのは、それだけではなかった。
「見たか!? ピラー様の放った、光の球がスパイを討った!」
「神罰だ……これは神罰だ……!」
「ピラー様は戦の根を断ち切られたのだッ!!」
騒然とする戦場。そして、一人の兵士が飴玉を拾い、神妙な面持ちでそれを掲げた。
「この“神の珠”……まさしく和平の証!」
「ピラー様は我が軍に和解を望まれているのだ!」
「ならば、武器を収めよう。ピラー様の御心に従わねば……!」
バタバタと武器を地面に置く音。
双方の兵士たちは、いつの間にか深々と頭を下げていた。
(いや、マジで待って? 落としただけなんだけど!?)
俺はただ帰りたかっただけだ。戦争なんて止めようと思ってなかったし、飴玉で外交するつもりもなかった!
「……ピラー様!」
振り返ると、やっぱりいた。
鎧ガチャガチャ女。
「ついに、戦争まで止めてしまわれるとは……やはりこの方こそ、神託の人……!」
「いやだから、違うって……!」
俺は言いかけて口を閉じた。
もういい。今日は疲れた。帰れなかったし。
(はぁ……Wi-Fi……)