第1話 「帰らせてくれって言ってんのに、また城が豪華になってる件」
目が覚めたら、知らない天井。
ていうか、シャンデリアでかすぎ。
「……知らない天井だ」
元の世界で好きだったアニメのセリフだ。
俺の名はゲンタ。元の世界ではゲームと昼寝が生きがいの会社員だった。特にやる気もなく、ただ淡々とバグを報告して暮らしていた。
それが、気がついたらこの世界――“エリューシア”に転生していて、なぜか「ピラー様」とか呼ばれてる。
「ピラー様、お目覚めですか!」
控えめに言って騒がしい。豪華すぎる扉が勢いよく開いて、銀髪ツインテールの少女が駆け込んできた。
騎士服を着ているけど、その胸元には“ピラー従属騎士団長”とか書かれた謎の徽章が光っている。
「お食事は温め直しました。着替えもご用意しております。あ、あと今日のご予定ですが、王宮での英雄表彰と、民衆へのお姿お披露目会と……」
「帰らせて?」
「はい?」
「帰らせて、ってずっと言ってるよね、俺。元の世界に。ゲームとエアコンがある世界に。」
「……そ、それは……あの、ピラー様の“我慢”に世界中が感謝しております!」
「はぁ……」
この娘、リリ=ルアーナ。見た目は小動物系お嬢様騎士。俺の世話係らしい。
この若さにして団長を任されてるだけあって俺の行動を尽く先回りしてくる。
「そういえばまた城が広くなってたよな? 昨日まで無かったサウナ棟、何?」
「ピラー様が“蒸気の出る部屋が恋しい”と呟かれていたので、急遽建設いたしました!」
誰だよそんなこと聞きつけて増築したの。俺はただ銭湯の話してただけだ。
でもなぜかこの世界、俺の発言を「神託」として扱ってくる。
たまたま川で魚を見て「寿司食いてぇ」って言ったら、次の日には“ピラー寿司”って看板の屋台が出てた。
「ちなみに、本日は魔物が南部に出現しておりまして――」
「俺関係ないよね?」
「ピラー様の“御加護”を浴びた剣士たちがすでに討伐に向かっておりますので、問題ありません!」
俺が昨日うたた寝してた場所に偶然落ちてた剣を拾っただけなのに、それを“加護武器”って言い出してる。
バカか。こっちはただ昼寝したいだけだ。
俺は立ち上がって、でかすぎる窓から外を見た。平和な王都が見える。
この世界は――少なくとも、俺がいる限り、妙に“うまく回ってる”。
でも、俺はこの世界の主人公なんかじゃない。ただの一人の帰宅希望者だ。
それなのに、リリがすごく期待した目でこっちを見ている。
「……なに?」
「いえ、今日もピラー様が世界を照らしてくださるのだと思うと……光栄で……」
ああ、もう。この娘、純粋すぎて逆に罪悪感がすごい。
だからこそ言えない。
(俺、マジで帰りたいだけなんだけどな)