令和の狸
「お腹空いたね」
「お腹空いたな」
「ひもじい」
その言葉に兄が振り向く。
「ひもじいと言うな、腹が減るっ!」
「ぎゃあああああっ!」
手を握りしめ僕の弟を殴る兄。
弟は空高く舞い上がる。
酷くね?
「なあ~~兄よ」
「あんだ」
「お腹空いたのは良いのか?」
「良い、腹が減らん」
「ひもじいとお腹空いたのは、意味が同じと思う」
「……」
兄が視線を逸らした。
うん。
この兄はノリで動くから始末に負えん。
「あああああっ!」
ドスンッ!
弟が地上に着地する。
「あ~~痛かった」
うん。
この弟結構な高さに打ち上げられたのにケロッとしてる。
頑丈だな。
いや良いが。
流石化け狸と言うべきか……。
いや僕ら全員化け狸だが。
空を見上げる僕達。
青い空が見れるが其れはわずかだ。
見えるのは雄々しく生える黒い幹。
沢山黒い幹が束になって生えている。
先端は遥か上空にあるからか良く見えない。
大きな杉だ。
僕が居るのは杉の林の中だ。
杉。
食える実が成らない木だ。
人間どもが植えた木。
せめて柿や栗とは言わない。
団栗のなる木ならと思う。
ここ数日、虫やミミズしか食べてない。
果実や種子は、ずいぶん前に食べたきりだ。
小動物など暫く食べてない。
人間の住む南の町に行けば、食べる物が豊富だが危険が多い。
だから人間の町に行かないようにしてる。
普段は。
そのため何時も腹を空かせてる。
周囲の仲間達も同じだ。
だが今回は仕方ない。
空腹の限界だ。
皆の腹は空きすぎて、やせ細ってしまっている。
危険を冒し食料を確保しないと、餓死者が出る。
全ては空腹で動けない仲間の為。
空腹で動けない者は巣穴で僕らの帰りを待っている。
動けない仲間のために危険を冒すしかない。
僕らは化け狸。
誇り高い化け狸だ。
危険を冒すのは仲間の命の為。
それ以外の邪念を持つ気はない。
「ミミズ見っけっ!」
「半分くれええええっ!」
兄よ。
飢えすぎ。
「嫌だっ!」
「クレクレッ!」
「三遍回ってワンと言ったらやる」
三遍回る一匹の化け狸。
これが兄と思うと泣けてくる。
「ワンッ!」
兄よ。
プライドは?
「ちっ」
兄に半分ミミズをやる仲間の化け狸。
すみません。
兄がすみません。
「美味いいいっ!」
ミミズ……美味くないんだが……。
良かったな兄よ。
……。
一部誇り高くないかもしれん。
うん。
特に兄。
タッタッ。
タッタッ。
僕は。
僕達は食料を求め南下する。
食料が有る町を目指して。
ここは木更津市にある證誠寺近くの杉林。
僕らの縄張りだ。
ここまでは。
證誠寺から南はアイツらの縄張りだ。
慎重に行動しよう。
慎重に。
食料が有る所迄もう少しだ。
そんな時だ。
「待て」
僕らに眼前に現れる化け狸達。
南の化け狸達だ。
證誠寺から南を縄張りにする化け狸達だ。
「お前たち北の化け狸だな」
雄々しく立ち上がる眼前の化け狸。
ヒョイと木の葉を頭に乗せる。
その途端ドロンと煙が立ち込める。
左手に蛙・右手にふくろうを持った姿になる。
南の化け狸だ。
負けじと僕も木の葉を頭に乗せる。
その途端ドロンと煙が立ち込める。
笠をかぶり徳利や通い帳を持つ化け狸に変化した。
「だからどうした?」
「北の奴らが何のようだ?」
「食い物を探しに来たと言えばどうする」
「そうか……ならば縄張りを越えて来たものがどうなるか分かってるな」
「覚悟の上だ」
北の化け狸は手に持った蛙を食いちぎる。
そのまま咀嚼し嚥下した。
「ならば分かってるな」
「おうさっ!」
殺意が膨れ上がる。
双方から。
これから始まる死闘が予感される。
「「「はあああああ~~」」」
南の狸達に気合が高まる。
「「「おおおおおおっ!」」」
それに応える僕達。
北の化け狸。
殺意が膨れ上がる。
化け狸同士の戦いが始まる。
化け狸同士の戦いが。
命を懸けた戦いが。
僕ら北の化け狸は食料を確保できなければどうせ死ぬ。
餓死で死ぬなら仲間のために命を賭けるのも一興。
「御飯のためだっ!」
「人間の残飯食いたいっ!」
「すき焼きにお刺身っ!」
「潮汁っ!」
「ステーキッ!」
……。
まあ~~僕の仲間である北の化け狸は餓死寸前だし仕方ないか・
食欲丸出しだが……。
五分後。
死闘の末僕ら北の化け狸が勝利した。
激戦の内容は割愛する。
うん。
というか絵面が酷いので。
「痛い~~~」
「ズキズキする……」
「キンタ〇が〇ンタマが……」
「 〇 玉袋が」
「 陰〇を武器にしたら此れだから嫌だ」
「〇丸が千切れそう……」
言うなよ。
黙ってた意味がない。
敵味方が死屍累々である。
死んでないけど。
倒れ伏した北と南の狸達の目は死んでた。
木槌に刀や木刀それに長刀を手に抱えて。
なお手に持っている全ての武器は本物ではない。
化け狸達のキンタ〇というか陰〇を変化させたものだ。
伝統的な化け狸の武器だ。
相手と自分にダメージを与える伝統的な武器だ。
うん。
伝統的な武器。
滅んでしまえ。
伝統的な武器を使わず爪と牙で対応した何匹かは生き残っていた。
「「「ううう~~」」」
いや死んでないけどね。
痛みで蹲ってるだけだし。
「弟よ……頼む」
「兄よ分かってる」
「食料を……」
分かってる。
兄よ。
自滅覚悟で伝統的な武器を使った理由は分かる。
飢えた仲間のためだな。
分かってる。
「食料を持ってきて俺らに食わせてくれ」
「「「……」」」
兄の言葉を後に無言で僕らは其の場を後にした。
一時間後。
杉林を抜け眼下には人工物が広がる。
人間の住む南の町だ。
ついに来れた。
僕らは杉林を抜け出し人の町に降りていく。
人間の作った黒い石の道に到着した時の事だ。
遠くで何かが近づいてくる音がした。
何かが。
眩しい。
僕達の体を包み込む太陽とは違う光の奔流。
何だと思った瞬間だ。
ドンッ!
僕らの体は激しい衝撃と共に空を飛んだ。
町にに行けば食べる物が豊富だが危険が多い。
その事を忘れてた。
結果的に言えば僕達はトラックに跳ねられた。
そうして短い生涯に終止符を打った。
……。
というのは嘘だけど。
化け狸がトラックに跳ねられた程度で死ぬものか。
妖怪のタフさを実感した出来事だ。
うん。
トラックに跳ねられた後、僕らは無事ゴミ箱を漁ることが出来た。
美味しそうな残飯を確保した僕らは腹を満たし仲間に食料を運んだ。
兄達?
知らんがな。
最後で良いだろう。
「御飯はまだか~~」
兄のうめき声など知らん。