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潜入捜査の秋

〈登場人物〉

石綿いしわた 真帆まほ

  とある高校に通う高校1年生。ひょんなことから有名になった女子高校生探偵。明るく活発。いつも周りに誰かがいるほどの人気者。母・遥香と父・颯太は3年前に突然亡くなった。今は、蔵前 綾の家に居候中。叶汰には〝真帆〟、クラスメートには〝ホームズ〟と呼ばれている。一人称は〝ボク〟。両親の事件を追っている。

狛江こまえ 叶汰かなた

  伝説の殺し屋一族の末裔。真帆の幼馴染で、クラスメート。今までで一度もターゲットを殺したことはなく、自分で自分のことは〝逃がし屋〟だと言っている。真帆には〝かなちゃん〟または〝カナ〟と呼ばれている。


蔵前くらまえ あん  真帆と叶汰の小学校からの友人。クラスメート。

安東あんどう しょう 真帆と叶汰のクラスメート。

川東かわとう かける 真帆と叶汰のクラスメート。

桃原ももはら 良弘よしひろ 警視庁捜査一課長。

蔵前くらまえ あや    警視庁捜査一課・警部補。杏の姉。すでに杏のいる実家からは出ているが、両親を亡くした真帆を預かっている。真帆の母、遥香は、先輩で命の恩人だった。真帆のことを溺愛していて過保護。真帆からはやや煙たがられている。

栗原くりはら 智史ともふみ 警視庁捜査一課・警部。

・笹岡 修 (ささおか しゅう)  警視庁捜査一課・巡査部長。

川岡かわおか 千速ちはや  警視庁山辺署刑事課捜査一係・巡査部長




プロローグ 第1章


 よく晴れた春の日。東京都を流れる川の河川敷をボクは、幼馴染の叶汰と走っていた。

「ねぇ、真帆~~!もういい加減、走るのやめようよ!もう・・・私・・・疲れた。」叶汰が突然、大声を上げる。

「じゃあ、そこで休んでいたらどうだい?」そう言いながら、脇にあるベンチを指さす。しかし、走る足は止めない。「ボクは、もう少し走るから。」

「ちぇ~!」叶汰は、ボクを説得するのをあきらめて、そのベンチに座ったようだ。ボクは、かまわず走り続ける。やがて、桜並木が見えた。もうこれで今日、4回目だ。この桜並木が1キロ、往復で2キロあって、さっきのベンチのところを折り返しているから、大体片道1キロ半、往復3キロぐらいある。いつも走っているお気に入りのコース。ボクは走っている途中にいろいろな表情を見せるこのコースが大好きだ。特に春は両側を埋め尽くすピンクや白の桜の花々。そして、右手を見れば、黄色い菜の花が一面に広がる。

(今日はほんとに穏やかだな・・・。すごい走りやすい。はぁぁ!)「やっぱり走るのっていい!」

思わず、大きな声が出てしまったことを少し恥ずかしがりながら、ボクは桜並木を通り抜け、少し離れたところにある目印としているポールを回って、今来た道を引き返した。今度も両側を埋め尽くすピンクや白の桜の花々。そして、今度は左手に、黄色い菜の花、そして、赤い———

「えっ!あれって・・・。」ボクは、左手に見えた景色を見て、思わず足を止めた。そして、土手を駆け下り、菜の花をかき分けながら進む。

そう、ボクが見つけたのは、腹から血を流した女性だった。

「大丈夫ですか!?」ボクはその女性に駆け寄り、声をかける。その女性の腕をとり、脈を測ろうとした。しかし、ボクの指が、彼女の鼓動を感じることはなかった。

「くそっ!もう死んでるのか・・・。」ボクは、腰にかけていたバックからガラケーを出し、110番通報をした。通報を終えたボクは、女性の周りを見渡した。

(特別、不審物はなしか・・・。)

「お~い!真帆~~!どこ~~?」

遠くから叶汰の呼ぶ声がする。この後の初期捜査のことを考えると、彼女がいたほうが何かと便利である。そう考えた私は、一度、現場を離れ、土手のほうに戻ることにした。しかし、その必要はなくなった。

「あっ!真帆。そんなとこで何してんの~!」叶汰はボクのことを目ざとく見つけ、土手を駆け下り、ボクのいるほうに近づいてくる。

「あっ。カナ。ちょっとまっ———」ボクが彼女を止めるよりも早く、叶汰は女性の遺体を見てしまった。

「イヤァァァァァアア!」その声の大きさに思わず、ボクは、耳をふさいだ。

「落ち着けって。カナ。」

「落ち着いてられっかよ!人が死んでんだぞ!真帆は、探偵だから、もう見慣れたかもしれないけど。」

———そう、ボクは、ひょんなことから女子高校生探偵といわれるようになった高校1年、石綿 真帆。一人称は〝ボク〟。カナに言わせると、男勝りな性格らしいけど、彼女のほうが男勝りな気もする。それもそのはず、彼女、狛江 叶汰は、〝伝説の殺し屋〟の末裔なのだ。でも、彼女は、今までに一度もターゲットを殺せたことはなく、いつもターゲットを逃がし、依頼人にバレないように新しい生活のサポートまでしている。ボクの幼馴染で親友。ちなみに、ボクが女子高校生探偵で、叶汰が〝殺せない殺し屋〟だというのは、ボクたちだけの秘密だ。(ボクが探偵なのは、警察関係者の間では周知の事実だけど・・・)———

「そんなんだから、いつまでも、依頼人から逃げなきゃいけなくなるんでしょ。でも、もしほんとに殺しちゃったら・・・それはそれで困るし・・・。うん。やっぱり慣れなくていいや。」

「なんじゃそりゃ・・・。」カナも幾分、いつもの落ち着きを取り戻したようだ。「ていうか、警察に連絡は?」

「さっき、しといた。とりあえず凶器ないか探すから、遺体、見といて。」

「わかった。」

ボクは、カナから離れて、あたりの菜の花の間を通り抜けながら、凶器を探しだした。すると、女性が倒れていたところから、3メートルほど離れたところに、拳銃が落ちているのを見つけた。ボクは慌てて、ポケットからハンカチを取り出し、それを拾い上げる。

「これって・・・。」

「真帆?何かあった~?」後ろからカナの声がする。ボクはカナのいるほうへ戻った。そして

さっき拾ったばっかりの拳銃をカナに見せる。

「カナ。そこに落ちてたんだけど、これって。」

「あぁ。組織のだ。」

「てことは、まずくないか?」

「うん。いつ、狙ってくるか分からない。」

「どうする?」

「どうするもこうするも、仕方ないでしょ。警察が来るまで何も起こらないことを願おう。」

「うん・・・。」

 それから10分後。所轄の刑事が現場に到着した。

「あなたが通報者の方で・・・、あなたは!」その刑事はボクを見るなり、前の事件で会った時のことを思い出したようだった。

「どうも。お久しぶりです。」ボクは軽く会釈する。

「こちら北星移動。現着です。」刑事が無線を飛ばす。「了解。」そして、こちらに向き直って、話した。

「もう少しで、蔵前警部補が到着されるそうです。」

「そうですか。了解です。」蔵前警部補とはボクの親友の姉だ。ボクが事件にかかわったときは必ず臨場してくれる。「じゃあ、これだけ、渡しておきますね。」そういってボクは刑事に拳銃を差し出す。

「えっ!?」

「多分、今回の凶器です。」

「これは、どこに?」

「そこです。」ボクはさっき拳銃を拾った場所を指さしながら答えた。すると———

「やあ。」土手のほうから蔵前警部補が歩いてきた。「ほんとに君はよく事件に遭うね。」

「悪かったですね。綾さん。」

「いや。こちらとしては好都合だよ。下手に素人に発見されると大事な証拠が消えてしまうかもしれないからね。」

「そういや、今日は栗原さんたち、来ないんですね。」カナが尋ねる。栗原さんというのは、警視庁捜査一課の警部で、綾さん———蔵前警部補の上司だ。

「なんか、別の殺しが入ったみたいで、途中でそっち向かっちゃった。」

「綾さんは、行かなくていいのか?」ボクが尋ねる。

「〝行かなくていい〟?!君がこの事件の第一発見者だっていうから、来ざるを得なくなったんだよ。一応、君の教育係ですから。」

「そしたら、残念だな。今回の事件、厄介だぞ。」

「えっ?」

「よく考えてみろよ。こんな河川敷に防犯カメラがあると思うか?」

「確かに・・・。」

「それに———」ボクは綾さんの耳元であることをつぶやいた。「えっ?本当なの?」

「嘘ついてどうする。」

「よし。そうとなれば、所轄に戻ってじっくり考えるとしましょう。真帆。叶汰ちゃんも。」










第1章 女子高生探偵 石綿 真帆

*1*

 ピピピッ ピピピッ ピピピッ

朝の6時にセットしたアラームが鳴りだす。

ボク———石綿 真帆は、布団の中から腕を突き出し、枕もとでもぞもぞと動かす。けれども、目的のアラームにはなかなか届かない。そうこうしているうちにアラーム音が消えた。あぁ、5分経ったのか・・・。ボクはそう思いながら、再び夢の世界へ———

「コラッ!!真帆!いい加減、起きなさい!」そんな声が聞こえたと思うと、急に体が寒さを感じた。多分、綾さんがボクの掛け布団をはいだのだろう。———綾さんとは、今、ボクが居候している家の主、蔵前 綾。警視庁捜査一課警部補。そして、ボクの親友の蔵前杏の姉だ。———しょうがない。起きるか・・・。

「ふぁぁぁぁ・・・。おはよう。綾さん・・・。」

「やっと起きた。もう、絶対昨日夜更かしたでしょ。」

「えへへ。ちょっと、読んでた小説が面白くて・・・。」

綾さんがボクのベッドの枕元にあるサイドテーブルの上の本を手に取った。

「へぇ~。〝女子高生探偵 嶋崎佑菜 ~運命の出会い~〟か・・・。ほんとに真帆はこのシリーズが好きだね。」

「別にいいじゃないか。ボクが何を読んでも。」

「いいけど。夜更かしは褒められないな~?」

「はい・・・。すみません・・・。」

「ていうか、自分が女子高生探偵なのに、女子高生探偵が主役の本を読んでるのはなんか違和感がある気がするんだけど・・・?」

「そうか?そのシリーズ、トリックが面白いんだよ。佑菜ちゃんの恋もいい感じだし。」

「そういうところは、普通の女子高生なんだよな・・・。」

「悪かったね。他の所は普通の女子高生じゃなくて。」

「はいはい。朝ご飯できてるから、さっさと着替えて降りてきなさい。」

「は~い。」

「あら、今日はスラックス?」食卓に着くと、食パンにかじりついていた綾さんがつぶやく。

「うん。」

「なんかあるの?」

「特に。気分。」

「そう。ほら、さっさと食べないと遅刻するよ。」

「いただきます。」

「今日は何時帰り?」

「多分7時ぐらい。」

「じゃあ、悪いんだけど、今日の夕飯、自分で作ってくれる?」

「いいけど。なんかあるの?」

「会議と捜査。こないだあった強殺の捜査会議があるんだ。まだ、犯人捕まってないから、とうとう、ウチの班まで声が掛かっちゃった。」

「強殺ってこの間、西日野山王で、地元の地主が殺されて、1000万盗まれたってやつ?」

「そう。」

「ふぅ~ん。頑張ってください。蔵前警部補。」

「あれ?」

「なんだ?」

「いや。〝ボクも連れて行って!〟って言わないんだなって。」

「今日は、別件で依頼があるから。」

「また、例の組織?」

「いや。違う。とある人から依頼を受けたんだ。」

「そう。また、叶汰ちゃんと一緒に?」

「うん。なんだかんだ言ってついてくるって言って聞かなくてさ。まあ、今日は話を聞くだけだから、多分大丈夫だよ。そんなには遅くならない。」

「そう。気を付けてね。」

「ボクを誰だと思ってるんだ?大丈夫だよ。」

「はいはい。すみませんでしたね。」

「ごちそうさんでした。行ってきます!」

「あっ、ちょっと。忘れてる。」駆け出したボクを綾さんの声が引き留める。

「何?」リビングに戻ると、綾さんがボクにガラケーを差し出した。「あっ。ありがとう。」

「もう。ダメだよ。それ、遥香先輩の形見でしょ。」

「あぁ。じゃ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい!」バタン

 ボクと叶汰は少し複雑な人生を経験してきた。

叶汰は小さいころから、伝説の殺し屋の末裔として生きてきた。しかし、その家業を叶汰に継がせたくなかった叶汰の両親は、自分たちの代で殺し屋業から足を洗った。

しかし、3年前。些細なことから叶汰の両親は殺された。叶汰は両親の事件の真相を解き明かすために、殺し屋業を再開。裏の社会とつながりを持ち、事件に関する情報がないか、目を光らせている。けれども、殺すことができない叶汰はターゲットをうまく逃がし、依頼主にばれないように新しい生活をサポートしている。

3年前の事件では、刑事だったボクの父親と母親も命を奪われた。ボクは、探偵としてボクたちの両親の事件を追っている。

そして、ついに、叶汰の情報網にある情報が届いた。それは、ボクたちの両親の事件にある犯罪組織———通称・緋色の組織が関わっていたというものだった。緋色の組織は、全国に拠点を置き、殺人・強盗・爆破などなどたくさんの事件に関与している。しかし、いくら事件の犯人を逮捕しようとも、根本にある組織は一切見えてこないのだ。警察も組織の存在には気づいており、警視庁から組織に潜入している刑事が何人かいるそうだ。それでも、組織の尻尾を掴むことは出来ず、手を焼いている。

 両親を亡くしたボクは幼いころから仲の良かった蔵前杏の姉、綾の家に、叶汰は仕事柄、今も両親と住んでいた家にメイドさんと二人で住んでいる。

 家を出たボクを待ち受けていたのは、叶汰の笑顔だった。

「おはよう。真帆。」

「おはよう。さては朝から一仕事してきたな?」なぜ、こんなことをボクが言ったかというと、カナの家は、ボクが今居候している綾さんの家とはまず最寄り駅の路線が違うし、9駅も離れているからだ。

「うん。でも、ちょっと今回は難しかった。上手く依頼主の目を欺くのが。」

「そっか。うまく逃がせたの?」

「うん。今、優華ちゃんがいろいろしてくれてると思う。」

「優華ちゃんって、カナの家にいるメイドさん?」

「そう!学校があるときは、手伝ってくれてるんだ。」

「へぇ~・・・。そのメイドさんも大変だな。」

「まあ、父さんたちが現役だったころからの付き合いだからね。」

「そうなんだ・・・。」

「ねぇ、そういえば、今日、化学の小テストだったよね。」

「えっ?違うだろ。今日は、数学の小テスト。化学は来週。」

「えっ!?そうだっけ?」

「そうだよ。」

「てことは、問題集ノート提出?」

「うん。まさか持ってきてないとかな———」ふと横を見ると、カナは突然立ち止まり、リックの中を確認していた。

「どう?あった?」

「う~んと・・・。」カナはまだリックに手を突っ込んでいる。そして、何かを見つけたようだ。顔がパッと明るくなる。カナは日常生活を送っている時は、手に取るように感情がわかる。。

「あった!」ボクの顔の前にノートを掲げて見せる。

「良かったな。」

「ありがとう。」

「じゃ、早く行くぞ。電車に遅れちゃうよ。」ボクはカナを振り返ることもせずに駆け出す。

「あっ~!ちょっと待ってよ~!」カナの声が背中から聞こえてきた。

 あちこちから朝の挨拶が響く高校。その門をボクと叶汰はくぐった。下駄箱へ行き、上履きに履き替える。ボクと叶汰は自分たちのクラスのHR教室へと歩みを進める。ボクたちはこの高校の1年6組。3つある校舎のうちの一つの3階にある。

 二人が教室のドアを開けると、そこにはいつものクラスメートがいた。

「あっ。おはよう、カナ、ホームズ。」クラスメートの一人がボクたちに気づき、声をかけてくる。

「「おはよう。」」ボクたちは声をそろえて挨拶を返す。

「そういえば、こないだの強盗殺人、まだ、解決してないみたいだね。」隣の席の安東くんが、ボクに話しかけてきた。

「らしいな。」

「えっ?捜査協力はしないの?」

「今朝、綾さんにも聞かれたけど、ボクはそれ以外の事件でちょっと忙しいんだ。」

「へぇ・・・。なんか、ホームズのことだから事件には何でも首を突っ込むんだと思ってた。」

「失礼だな。」

「そうか?」

「ていうか、〝ホームズ〟ってあだ名、どうにかならないの?ボク、一応女なんですけど・・・。」

「えっ?いやなの?」杏が突然、話に飛び込んでくる。

「いっいや・・・。嫌って訳でもないけど、なんか、ボクとホームズは不釣り合いというか、ボクはまだそこまでの名探偵じゃない。」

「謙虚だねぇ~。」カナがはやし立てる。

「そうか?」

「うん。でも、私たちにとっちゃ、真帆は〝ホームズ〟なんだから、いいでしょ。それとも、〝ホーミィー〟がいい?」

「あぁ!確かに女っぽい。」杏が答える。それを聞いてボクは諦めた。

「うん。もう何でもいいです。君たちが好きなように呼んでくれたまえ。」

「そういうところが〝ホームズ〟って言われる所以だよ。」安東くんが言ってくる。

「えっ?どういうこと?」

「その男勝りなしゃべり方。」

「あぁ・・・。なるほどな・・・。」

 そして放課後。ボクとカナは連れ立って依頼主から指定された喫茶店に向かった。

「ねぇ。今日の依頼って何なの?」カナが尋ねてくる。

「ある事件の極秘調査。」

「依頼主は?」

「極秘。着いたらわかるよ。」

「その依頼、大丈夫なの?危なくないの?」カナが不安そうに尋ねる。

「危なかったら断ればいい。今日は、話を聞くだけだから。」

「そうなの・・・?」

「大丈夫!ボクがついてるから。」

「うん・・・。」

 やがて、ボクたちは指定された喫茶店に入った。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「あの・・・、待ち合せんなんですが、桃原さんという方はいらっしゃいますか?」その名前を聞いて隣にいるカナがハッと息をのんだのが分かった。

「はい。お聞きしております。こちらにどうぞ。」喫茶店のウェイトレスさんがボクたちを店の奥のほうへ連れていく。

「お客様。待ち合わせのお客様でございます。」

「あぁ。ありがとう。久しぶりだね。石綿くん。」

そこにいたのは、ボクが探偵として活動することを許可してくれた警視庁捜査一課長・桃原良弘警視だった。ちなみに、ボクとカナが一番苦手とする相手だ。

「何か頼むかい?私がおごろう。」

「では、遠慮なく。」桃原警視自ら依頼してくる事件は、決まって面倒である。ここは、前払いの賃金だと思ってたくさんいただこう。そう考えた。

 「お待たせしました。ハンバーグ定食とナポリタン、サラダ、アイスコーヒーお二つに、ホットカフェラテですね。ごゆっくりどうぞ。」注文した料理をウェイトレスさんがテーブルに並べ、去っていく。そして、ボクたちのテーブルの間は静寂に包まれた。その緊張感に飲まれて、ボクもカナも料理に手を伸ばせなかった。

「まあ、食べながら話そうか。」そういうと桃原警視は、ホットカフェラテに手を伸ばした。それにつられて、ボクやカナも料理に手を伸ばす。この間、わずか2分に満たなかったのだろうが、ボクには何時間にも感じられた。

 そんな状態が5分ぐらい続いただろうか。ボクは我慢を抑えきれずに、桃原警視に尋ねた。

「ボクたちを呼び出して、一体何の用なんですか?」

「実は、ある事件の捜査を依頼したくてだな。」

「そんなのはわかっています。聞きたいのはなんの事件か、です。」

「とある高校に潜入調査に行ってほしいんだ。その高校には、あるうわさがあってな。それを調査してほしいんだ。」

「だから!もったいぶらずに話をしてください!」ボクが桃原警視を苦手とする訳は、このなんともつかめない調子にある。この人と話していると、いつも調子が狂う。

「まあまあ、ゆっくり。焦らずね。」

「わかりましたよ・・・。」

呆れて、ボクは目の前の料理を憤然と食べ進める。

ボクの前のハンバーグ定食が半分ぐらいになったとき、桃原警視が口を割った。

「あるうわさってのは、学生が麻薬をやってるっていう話なんだ。」

「まっ麻薬!?」カナが素っ頓狂な声を上げる。

「制服も用意したし、転入の届けも、君たちの高校への連絡も済ませた。だから、明日から行ってくれないかな?」

「桃原警視、それって、断るすべがないですよね。」

「まあ、確かに、そうとも言えるな。」ケロッと言いのける桃原警視にボクは嫌気がさし、返す言葉を見つけることができなかった。

 「ただいま~。って、もう寝て———」

「おかえりなさい。綾さん。」

「うわっ!なんで起きてんのさ。もう12時近いじゃない。」

「明日から、私立桜台高校に潜入調査することになったから、その準備をしてたんだよ。」

「潜入調査?」

「桃原に頼まれたんだ。断るすべをなくされてね。」

「また、課長はそんなことを・・・。」

「というわけで、明日からしばらくここには帰ってこないから。」

「えっ!?」

「全寮制らしくてさ、そこに入らなきゃいけないんだ。」

「そう・・・。気を付けてね。なんかあったらすぐ電話するのよ。」

「わかってる。じゃ、おやすみ。」

「おやすみ、真帆。」

ボクは自室に戻り、目覚まし時計を明日の朝5時にセットし、部屋の電気を消した。そして眠りに落ちた。



*2*

ピピピッ ピピピッ ピピピッ

朝の5時にセットしたアラームが鳴りだす。

ボクは、布団の中から腕を突き出し、枕もとでもぞもぞと動かす。けれども、目的のアラームにはなかなか届かない。そうこうしているうちにアラーム音が消えた。あぁ、5分経ったのか・・・。ボクはそう思いながら、再び夢の世界へ———

「コラッ!!真帆!いい加減、起きなさい!」そんな声が聞こえたと思うと、急に体が寒さを感じた。大方、綾さんがボクの掛け布団をはいだのだろう。しょうがない。起きるか・・・。

「ふぁぁぁぁ・・・。おはよう。綾さん・・・。」

「やっと起きた。もう、今日から潜入調査だってのに、そんなんで大丈夫なの?」

「大丈夫。カナと同部屋らしいから。」

「あっそう。そういうことじゃない気もするけど・・・。いいから早く着替えなさい。朝ご飯できてるから。」

「ふぁぁぁい。」ボクはあくびをしながら答える。正直、今回の潜入調査には乗り気じゃない。第一、ボクは女子が苦手だ。なのに、潜入先は女子高ときている。たまったもんじゃない。それに制服はやけにお嬢様感が半端なくて、可愛すぎる。かわいいが苦手なボクにとっては拷問だ。おまけにスラックスはなしでスカート。これじゃ、いざ何かがあっても走れないではないか。そんなことをあれこれ思いながら、昨日、桃原警視の部下が届けてきた制服を着だす。胸には、〝阪本 智花〟と書かれた真新しいバッチがつけられていた。

今回の潜入調査では偽名を使う。ボクが阪本 智花で、カナが阪本 真。一応、双子の設定だ。設定上は、ボクとカナは事件で両親を亡くし、身寄りもなく、警察の世話になって、全寮制の高校に転学するということになっている。

 ボクは、自室を出て、荷物を持って食卓に向かう。

「かわいいじゃん。真帆。」食パンをかじっていた綾さんが茶化しに来る。

「あぁ!もう!うるさい!こういうのボクが一番苦手だって知っているでしょ。綾さん。」

「まあまあ、いいじゃないの。たまには普通の女子高生らしく過ごしても。」

「わかったよ・・・。はぁ・・・。行きたくない。」ボクはぶつぶつ言いながら食パンにかじりつく。

「そんな顔しないの。せっかく、遥香先輩に似てかわいいんだから。」

「はいはい。はぁ・・・。そういえば、もうすぐ命日だな。」

「今年は3回忌。」

「それじゃ、法事の準備、帰ってきたら始めなきゃだな。」

「そうね。お寺にも連絡しなくちゃ。」

「よし。とにかくこれ食って、捜査行ってくるわ。」

「頑張ってね。」

「綾さんも強殺、頑張れよ。」

「分かってるって。」

こんな日常の綾さんとの会話が聞けなくなると思うと、その時初めて寂しさを感じた。

そんなこんなで朝食を終える。そして、ボクと綾さんはそろって家を出た。

「このまま駅に向かえばいいんでしょ?」

「うん。駅でカナのうちの車が拾ってくれることになってる。」

「そう。じゃ、よろしく伝えてね?」

「分かってるって。」ボクと綾さん家を出るのが同じ時間になるのはとても珍しい。大体綾さんのほうが先に出ることが多い。いつもは大体30分ぐらい出発に差が出る。今日は、ちょうどボクの約束の時間と綾さんの気分(といっても、本当に気分で決められるわけもなく、大体いつも周りの同僚が出勤してくるであろう時間を見計らって決める時間)が一致したのだった。普段、カナ以外の誰とも話さずに登校しているボクにとっては新鮮であった。

駅に着くとすでにカナの家の車は待っていた。ドアのところに一人、メイド服を着た人が立っていて、ボクに気が付くと歩み寄ってきた。

「智花お嬢様。お迎えに上がりました。」

「へ・・・?」

「本日からは阪本 智花様でございます。一応、わたくしがメイドとして学校までお送りすることとなりました。」

「はぁ・・・。」われながらひどく間抜けな返事だったように思った。現に、綾さんの笑いを押し殺しているのが分かる。

「おはよう!お姉ちゃん。」カナが車から降りてきて、こう言い放った。

「へ・・・?」またもや、ひどく間抜けな返事をしてしまう。隣から押し殺せなくなった綾さんの笑い声が聞こえてくる。

「もう!今日から双子の姉妹なんだから。お姉ちゃんって呼んでも変じゃないでしょ?」

「やけに気合が入ってるな。カナ。」

「当然でしょ!女子高は女子全員の憧れの的だよ?!気合入るよ!」

「そういうものなの?ボクはもう、行きたくなさすぎて、気合なんざ入らないよ。」

「じゃあ、真帆。がんばって!カナちゃん、よろしくね?」

「はい。お任せください。真帆のことならなんでも知ってますから。」

「じゃあ、またなんかあれば連絡するんだよ。」

「分かってるよ。気を付けて行ってらっしゃい。」

「行ってきます。では、真帆をよろしくお願いします。」綾さんがカナのメイドさんに頭を下げる。

「はい。責任をもってお送りさせていただきます。では、智花お嬢様、真お嬢様。学校に向かいましょう。お車のほうにどうぞ。」

ボクとカナは、そのメイドさんにうながされるまま、車に乗り込む。

「ねぇ、カナ。」後部座席に落ち着いたボクは、声を潜めてカナに尋ねる。

「うん?」

「このメイドさんが前言っていた優華さん?」

「そうだよ。かっこいいでしょ?」

「それは置いておいて。なんか申し訳ないな。殺し屋の仕事以外にもこんなことまでしてもらっちゃって。」

「いいの。優華ちゃんがやりたいって言っていたんだから。」

「そういうもんなのかな?」

「そういうものです。真帆さん。」

「うぇっ!?」いつの間にか、運転している優華さんがじっと前を向いたまましゃべりかけてきていた。しかも、本当の名前で呼ばれた。そのクールというか冷淡というべき口調にボクは驚きを隠せなかった。

「今回の事件捜査、不可解な点が多すぎます。ですから、長年仕えてきた叶汰お嬢様をそんな終わりの見えない危険そうな捜査のために手元から離すのは不安なんです。多分、真帆さんの教育係の彼女もそう思っているはずです。」

そのセリフからは口調とは裏腹なカナに対する母親目線の優しさを感じた。

「そうなんですかね・・・?」

「そうですよ。だから、電話してあげてくださいね。」

「はい。わかりました。」優華さんの口調で言われると、頷かざるを得ない雰囲気が半端ない。

「ふふふ。」突然、カナが笑い出す。「どうしたの?優華ちゃん?カッコ付けてるの?」

「なっなんのことですか?叶汰様。」

「だっていつもはもっと角の取れた甘い声でしゃべってるクセに。」

「えっ?!そうなの?この優華さんが?」

「なっ何を言っているのですか?お嬢様!わたくしはいつもこのように・・・。」

「カッコつけても無駄だよ。この子を誰だと思ってるの?優華ちゃん。天下の名探偵、泣く子も黙る女子高生探偵とはこのお方。女子高生探偵の石綿 真帆だよ?」

「えっ?そうなんですか?」

「えぇ。まあ。」ボクはカナと優華さんの勢いに飲まれそうになりながらもなんとか答える。

「なぜそうといってくれないんですか?叶汰お嬢様!!」

「だって、探偵だって言ったら優華ちゃん、絶対に避けるでしょ。真帆のこと。」

「それはもちろんでしょう。わたくしたちがやっているのは法に触れることなんですよ?そんなことがバレたら———」

「あっ。それなら大丈夫です。カナの両親が殺された事件では、ボクの両親も殺されていますので。事情は知っていますし、頼りにさせてもらってますから、警察に言う、なんてことは絶対にしません。カナはボクのかけがえのない親友だから一緒にいたいんです。それに、実際に殺してはないでしょ?それなら法では裁けませんよ。」

「はぁ・・・。」

「大丈夫。ホントに真帆は味方だから!」

「お嬢様がそうおっしゃるのなら。それでは———」すると突然、優華さんが車を路肩に止めた。そして運転席からボクたちの座っている後部座席にくるりと向き直った。

「叶汰お嬢様のこと、よろしくお願いします。真帆さん。」

「はい。お任せください!優華さん。」

「良かったです。お嬢様の親友がこんなにお優しい方で。」

そう言うと優華さんは再び車を発車させた。けれど、その時の優華さんの口調にボクは、違和感を覚えた。

 それから程なくして、ボクたちの乗る車は目的の私立桜台高校の前についた。

「な~んだ。お出迎えはなしなんだね。」門の所に誰もいないのを見たカナが不満そうに言う。

「真お嬢様。そんなことをおっしゃらないでください。無理を言って転入させてもらうんですからね。」

「またそのしゃべり方。何なの?」

「演技です。クールなメイドということにしておこうと思いまして。」

「あっそう。じゃ、いってきます。」そういうとカナはさっさと車を降りてしまう。

「あっちょっとカナ~!」慌てて追いかけようとしたボクは腕を優華さんに掴まれた。「えっ?」

「お嬢様のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね。お嬢様、たまにお風呂で寝落ちされることがありますので、注意を払っていただけると助かります。あと、夜更かししてしまうこともありますから、しっかり叱ってください。それに勉強も言わないとしないですから。」

「はい。わかりました。」

「それと、今日からは叶汰お嬢様ではなく、真お嬢様ですからね。お気を付けください。」

「はい。すみません。気を付けます。では。」

そう言ってボクは車を降りた。

「優華ちゃんと何話してたの?」カナが尋ねてくる。

「カ・・・真のお世話を託されてた。」

「あっそう。ていうか、お世話されるのはお姉ちゃんのほうじゃない?」

「えっ?」

「だって、朝にすごく弱いじゃん。お姉ちゃん。」

「うッ・・・。」カナはたまにほんとに痛いところに突っ込んでくる。思わずボクは歩みを止めてしまった。

「どうしたの?お姉ちゃん。行くよ?」少し前にいるカナが振り向く。

「うっうん。ごめん。」

「事務室に行けばいいんだよね?」

「うん。そうだけど、こんな広い敷地の中で探すってのもキツイと思うんだけどな・・・。」

目の前には、私立桜台高校の広大な敷地が広がっていた。「確か、関東一の敷地面積を誇る女子高だったよね?」

「うん。まあ、そこら辺の誰かに尋ねれば、大丈夫だって。」

「でも、周りには全然人がいないけど?」

「確かに・・・。」それもそのはず。今は午前7時半過ぎ。寮から女学生が出てくるとは到底思えないのだった。

「仕方ない。そこの建物に誰かいることを祈ろう。」ボクは校門を入って右側にある建物を指さして言った。

「そうだね。」カナがうなずく。ボクたちはその建物に向かって歩き出した。

「すみませ~ん!どなたかいらっしゃいませんか~?!」ボクは目を付けた建物の入り口で大声を上げた。

「すみませ~ん!誰かいませんか?!」すると、カナに袖を引かれた。

「もういいんじゃない?多分、誰もいないよ。」

「そうだな。じゃあ、別の建物に行こうか。」

その時。ボクたちの間を風が吹き抜けていった。もちろん、ボクたちの間だけピンポイントでなんて都合のいいことはなく、ボクとカナは慌ててスカートを押さえる。すると———

ギギィィィ———

「えっ?何!?何の音?」カナが声を上げる。二人で振り返ると、さっきまで閉まっていたはずの建物のドアが開いていたのだ。

「今の風で開いたのか・・・。」

「入ってみる?」

「うん。入らない手はないだろ?」

「え~~~・・・。入るの?なんか怖いじゃん・・・。」

「じゃ、ここで待ってる?」

「それもいやだ。」

「じゃ、行くよ。真。」そう言ってボクはドアの開いた建物の中に入った。

その建物には机も椅子も何もなかった。ただ、がらんとした空間が広がっているだけだった。

「お姉ちゃん。何もないじゃん。戻ろうよ。」カナ———真がおどおどした声を上げる。

「そうだな・・・。うん?」その時ボクは、部屋の奥にドアがあるのに気が付いた。

「真。あそこにドアがある。行ってみないか?」

「え・・・。お化けとか出そうじゃん・・・・。」おかしい。その時ボクは違和感を覚えた。普段のカナならこんなことでは驚きもしない。普通にズカズカと入っていくだろう。しかし、その違和感の真相を確かめる時間はなかった。

「あなたたち!そこで、何してるの!」後ろのほうから声が聞こえてきた。

「ヒッ!」真が短い悲鳴を上げ、ボクに抱き着いてくる。

「とにかく出てきなさい!」その声の主はそう言い放った。ボクとカナはおとなしく建物から出て行った。

外で待ち受けていたのは教師風情の女性だった。

「あなたたち、普段から言っているでしょ?この建物に入っては———あなたたちは!今日転入してくるはずの阪本姉妹じゃない!迎えのものが来なかったの?」その女性は驚きを隠せないようだった。

「はい。来ませんでしたが・・・。」ボクが答える。

「ごめんなさいね。初日からこんなので。あっ、えっと私は村井 裕子。あなたたちの担任よ。担当は数学。よろしくね。」

「はっはい・・・。」真がおどおどしながら答える。

「で、ここに入っちゃいけない理由って何なんですか?」

「実は、この建物、もう10年近く使われていないから、いつ壊れてもおかしくないの。だから立ち入り禁止になっているの。」

「でも、そしたらおかしくないですか?何か規制線を張るわけでも張り紙をする訳でもないじゃないですか。誰でも入れますよ?」

「えっ?おかしいわね。ここにはカギがかけられてたはずなのに・・・。」ここで村井先生は時計を見た。「あっ、そろそろ行かないと朝礼が始まっちゃうわよ。」

「そういわれてもどこに行けばいいのやら、わからないんです。」

「あぁ・・・。そうだったわね。いいわ。私についてきて。」

そういうと村井先生はスタスタと歩いて行ってしまう。ボクと真は慌てて追いかける。しかし、村井先生がきょろきょろと周りを見渡しているのにボクは気づいていた        。

 ボクと真は、村井先生に連れられて1号館と呼ばれる校舎に案内された。そして、事務室に顔を出し、校長、副校長に挨拶を済ませた。一応、無理を言っているわけだから申し訳なくしている演技をしておいた。こういう、人をだます演技にかけてはカナ———真の右に出るものはいなく、横で見ているボクも騙されかけたほどだ。まあ、一応ボクも演劇部の一員だから、演技には自信はあったが・・・。

 その後、ボクと真は村井先生に連れられ、自分たちのHR教室に向かった。

「あなたたちが編入するのは1年C組。校舎は5号館1階ね。一番、寮からは遠いけど、頑張って。」

「はい。わかりました。」

 教室に入ったボクは少し吐き気を覚えた。なんせ、教室には女子。女子。女子!女子!しかいないのだ。しかも、あのボクが着るのに抵抗感を覚えていた可愛すぎる制服を着ている。そんな場にいて、女子恐怖症のボクが平気でいられるわけがない。

「はい!みんな。転入生を紹介します。」村井先生がクラスの生徒に声をかける。すると今までいろいろな方向を向いていた生徒たちが一斉にボクたちのほうを見る。ここで一層吐き気が増してしまった。

「はい。じゃあ、自己紹介して?」

「じゃあ、私から。初めまして。阪本 真です。ここにいるお姉ちゃんとは二卵性の双子です。好きな教科は数学と化学です。よろしくお願いします!」真がボクの異変に気付いたのか、先に自己紹介をしてくれる。その間に、ボクは幾分、落ち着きを取り戻していた。これまでにかかわった事件で遭遇した修羅場に比べたら平気だ、と思うことで多少、楽になった。

「初めまして。真の二卵性の双子の姉の阪本 智花です。一人称は〝ボク〟です。よろしくお願いします。」

「じゃあ、二人に何か質問がある人?」あまりにボクたちの自己紹介が短かったからなのか、村井先生が問いかける。

「はい!」一番前の列の右から2列目に座っていた少女が勢いよく手を挙げた。

「じゃあ、灰原さん。」その灰原と呼ばれた少女に対してボクはあまり吐き気を覚えなかった。なぜなら彼女は、言い方は悪いけれど、どちらかというとかわいいよりもカッコイイだったからだ。

「このクラスの委員長をやっている(はい)(はら) (もも)()です。二人は前、どこにいたんですか?」

「北星市のほうにいました。」ボクはそう答えた。

「あっ!そうなのか!実は、オレも昔、北星市に住んでたんだ。あっ・・・。すみません。つい、いつものクセで。女子なのにオレって変ですよね・・・。」

「そんなことないと思います。」ボクは思わず声を上げた。

「えっ?」

「ボクも、一人称は〝ボク〟ですけど、別に変だとも思いませんし、変と言われたこともありません。

それに、一人称なんて所詮、自分を指す表現。誰かほかの人を指す表現じゃありません。だから、ほかの人にとやかく言われる筋合いなんかありません。だから自分が〝ボク〟なり〝オレ〟なり、そう言いたいのなら、それでいいのだと、ボクは思います。そして、自分の言いたいように一人称を決めるのなら、それに自信をもって使えばいいと思います。」

「ありがとう。智花さん。」灰原さんが答える。「オレも、自信をもって使うことにするよ。」

「はい!じゃあ、そろそろ1時間目始まるから、これぐらいにしておきましょう。えっと、じゃあ、灰原さん。どこかの休み時間のタイミングで二人に学校を案内してあげて。」

「はい。わかりました。」

 その日は何事もなく進んでいった。桃原警視の話によると麻薬をやっている可能性があるのは夜。それまで、ボクと真は束の間の休息、という訳だ。そして、今は昼休み。と言っても、今日は午前で授業は終わり、すでに放課後である。ボクと真は灰原さんに学校内を案内してもらっていた。

「じゃ、行こっか。」灰原さんが声をかける。

「うん!よろしくね。桃夏ちゃん。」真と灰原さんは早速打ち解けたようだ。

「まずはこの校舎、5号館は一番新しい校舎。5年前に建てられたばっかり。トイレもきれいだし、教室の床もぼこぼこしてないから机が揺れてしまうとかもないの。」

「へぇ~・・・。」

「そうなの。で、この校舎には1年生5クラスの教室と新図書室、カフェテリアがあるの。」

「新図書室?」聞きなれない言葉に思わずボクは問い返してしまった。

「1号館にも図書室があって、今、ウチの学校には二つ、図書室があるの。で、コッチのほうが新しいからそう呼ばれてる。」

「へぇ~。そうなんだ。」

「うん。じゃ、次は4号館ね。」

こんな感じでボクたちは小1時間をかけて、5つの校舎、体育館、武道場を回った。さすがは関東一の敷地面積を誇る女子高とだけあって、事務室に荷物を取りに戻った時には、ボクと真はへばっていた。

「お疲れ様。これで全部案内できたな。」灰原さんが言った。

ボクたちは今、朝、荷物を預けた1号館の事務室にいて寮の鍵をもらうのを待っていた。

「はいはい。お待たせ~。」奥から事務職員のおばさんが出てくる。「これが鍵ね。二人分。」

「「ありがとうございます。」」ボクと真はその女性から鍵を受け取った。

「部屋は、201号室ね。灰原ちゃん。案内、よろしくね。」

「はい!分かりました。じゃ、行こっか?智花ちゃん、真ちゃん。」

ボクたち3人は連れ立って事務室を出た。

「悪いな。灰原さん。せっかくの午前授業だってのに。」

「いいんだ。オレには一緒に過ごしてくれる友達なんていないからな。」

「えっ・・・?」「桃夏ちゃん・・・?」

「あっ!ごめん。君たちに話すことじゃなかったよね。ごめん。忘れて?」

「じゃあ、なってやるよ。友達に。」その時の彼女の寂しげな横顔が、いつかのカナの横顔に見えて、ボクは思わずそう言い放っていた。

「へ?」灰原さんが素っ頓狂な声を上げる。

あぁ・・・あの時もこんな感じだったな———

 9年前。ボクとカナがまだ小学校2年生だった頃。ボクのいた学校にカナが転校してきた。当時のカナは今からは想像もできないほど、地味で内気で、教室ではいっつも本を読んでいた。いつしか、ボクのクラスメートは彼女を避けるようになり、やがていじめが始まった。ボクは直接、手を出さなかったが、止めることができなかった。いじめのターゲットがボクに移るんじゃないかと思って、怖くて声を上げられなかった。

 いじめが始まって2カ月がたったある日。その日は雨が降っていた。カナの持ってきていた傘が盗られた。クラスメートは昇降口で困り果てている彼女を見て、陰で笑っていた。けれども、ボクはとても笑う気になれなかった。結局、その日、彼女は先生に借りた小学2年生には大きすぎる傘をさしながら帰って行った。その日の夜。ボクは警視庁捜査一課警部だった母、遥香にいじめのことを打ち明けた。

「ボクはどうしたらいいの?」

ボクは母に尋ねた。しかし、返ってきたのは右頬の痛みだった。数秒遅れて叩かれたのだと分かった。ボクの目からは大粒の涙が溢れ出た。そして、ボクは自分の部屋に駆け戻った。なぜ、母に叩かれたのか、ボクには理解できなかった。その日は、自分のベッドで枕に顔をうずめて一晩中泣いた。

 翌朝。真っ赤に目を腫らしたボクを見て、父、颯太は驚きの表情を見せた。

「どうしたんだい?何かあったのかい?」

「お父さん・・・。ボク、ボク、ボクっ・・・あ、っ・・・、ぅあ・・・!うわぁぁ~ん!」そこまで言ってボクの目からは再び涙が溢れた。

「どうした?真帆。辛いことがあったのなら、お父さんに言ってごらん?とりあえず、今日は学校、お休みしよう。お父さんも今日は仕事が無いしな。一緒にのんびりしよう。」

今思えば、この時父は事のあらましを母から聞いていたのかもしれない。母は口下手な人だったから・・・。

「うっ・・・ん・・・。」

 朝ご飯を食べ終わると突然、父はボクが普段お出かけするときに使うお気に入りの帽子をかぶせてきた。

「へ?」

「少しは落ち着いたか?」

「・・・。」

「そうか。まあ、焦らなくていい。話せるようになったらでいいから。とにかく今は、ドライブにでも行かないか?」

「・・・?」

「少しは気が晴れるかもしれないだろ?太平洋を見に行こう。」

ボクはコクリと小さくうなずいた。

 ボクと父は、父の愛車で太平洋へ向かっていた。車中でボクはだいぶ落ち着きを取り戻していた。正確にいつ止まったかまでは分からなかったが、涙も止まっていた。走り始めて2時間。ボクと父は千葉県の太平洋沿岸に着いた。

「どうだ?真帆。きれいだろ?太平洋。」

「うん。」

「実はな、ここ、父さんが母さんに告白した場所でもあるんだ。」

「うん。」

「この海、見ていると、悩んでることがちっぽけに思えてこないか?」

「・・・。」

「なにがあったか、話してみてくれないか?話してくれなきゃ、お父さん、力になれないだろ?」

ボクは昨夜、母に話したいじめのこと、そして母に叩かれたこと、すべて話した。それを聞いた父は黙って海のほうを見た。

「母さんがお前を叩いた理由は分かるな・・・。」

そう父がつぶやいた気がした。

「真帆、いつも言ってるよな。〝困っている人のそばにいてあげなさい。〟って。どうして今回はそれができなかった?」

「・・・怖かった。それをしたら次はボクが狙われるんじゃないかって。」

「そうか・・・。そしたら、お前は一歩前に進んだんだな。」「えっ?」

「お前は今まで、怖がるということをしなかったろ?前の事件の時だって、一人で突っ走って危ない目にもあった。でも今回は怖がってその叶汰ちゃんを助けられなかった。確かに助けられなかったのはだめだ。彼女は今独りぼっちだ。誰か一人でも周りにいれば彼女は勇気づけられるはずだ。でもな、怖がって一歩踏み出せなかったことは恥ずかしいことじゃない。自分を守ることにつながるからな。人間、生きていなきゃなんの意味もない。」

「でも、叶汰ちゃんは・・・。」

「いじめの件は、お父さんが学校に相談しておこう。だからお前は、叶汰ちゃんとお友達になっておいで。そうすれば彼女も少しは明るくなるだろうから。」

「うん。分かった。」

「よし。そうと決まれば、帰るか。」

「えっ?もう?」

「いやぁ~。実は警部に呼ばれててな。午後から仕事に行かなきゃいけなくなったんだ。」

「警部ってお母さん?」

「うん。」

「そっか。じゃ、ボクは警視庁から一人で帰るよ。」

「えっ?でも危ないだろ?」

「大丈夫だよ!ボク帰れるもん!」

「そうか。じゃ、そうしようか。」

 その後、ボクは父と警視庁で別れた。その後、ボクは一目散にカナの家に向かった。当時はまだ連絡網が存在していたから住所は知っていた。それに当時からボクは記憶力に優れていたから一目見ただけで覚えてしまっていたのだった。警視庁から45分掛かってカナの家に辿り着いた。そして、カナの家のインターフォンを押した。

 ピンポーン

やがて奥から誰かの足音が聞こえてきた。そして、ドアが開かれた。そこにいたのはなんと狛江叶汰本人だったのだ。

「あっあの・・・。」

「いらっしゃい。石綿さんだったっけ?」

「うん。覚えててくれたんだ。」

「そりゃもちろん。」

「ごめんな。狛江さん。いじめられているのに助けてあげられなくて。」

「いいのよ。気にしないで?ね?」

「でっでも・・・。」

「私なら大丈夫だから。」

「でもさ、見ているだけの人が一番ひどいと思うんだ・・・。止めなきゃって思ってたんだけど、怖がって声を上げられなかった。本当にごめんなさい。」ボクは深々と頭を下げた。

「もう、良いって言ってるでしょ?大丈夫だから。」

「ありがとう・・・。」

「じゃあさ、代わりって言っちゃなんだけど、友達になってくれない?」

「へ?」突然のセリフにボクは思わず口をつぐんでしまった。

「だから、友達になろうよ。嫌?」

「うっううん、いいよ。なろう!友達。」

 こうしてボクとカナは出会い、今では親友に、そして探偵とその相棒になったのだった。

「だから、友達になろうよって言ってんの。」

「お姉ちゃん、言い方。」

「えっ?」

「きつい言い方になっているよ?」

「あっ・・・ごめん。」灰原さんはやはり突然のことに困惑しているようだった。それもそうだろう。出会ってまだ半日しかたってないのだから。けれど、彼女は次の瞬間、ボクたちを見つめて、こう言った。

「ありがとう!よろしくな!」

「うん。」慌ててボクが返事を返す。そっと横を見ると真が狐につままれたような顔をしていた。

「真?どうした?」

「いや、ううん。何でもない。ただちょっと昔のことを思い出してただけ。私が親友と出会った日のことを。」

「そうなんだ。」灰原さんが言った。

「うん。ごめんね。改めて、よろしくね。桃夏ちゃん。」

「うん。こちらこそ。」

「じゃあ、ボクも。よろしくな!灰原さん。」

「うん。あのさ、下の名前で呼び合わない?」

「へ?」

「オレのことは桃夏って呼んで。オレは智花って呼ぶから。」

「分かった。いいよ。」

この時はまだ、彼女の存在があの事件に大きく関わってくるとは思ってもみなかった。

 その後。ボクと真は桃夏に案内されて寮の自分たちの部屋に向かった。

「ここが201号室ね。」そういうと桃夏はスカートのポケットから鍵を取り出した。それにはストラップが付いていた。

「今日はありがとな。桃夏。」

「いいんだよ。」

「じゃ、また明日。」真が言う。

「なに言ってんだ?真。」

「えっ?どうしたの?お姉ちゃん。」

「今、桃夏はボクたちがさっき事務室で用意された鍵ではないものを取り出してドアを開けたんだぞ。その証拠にストラップが付いている。つまりそれは桃夏自身の鍵だ。ということは、桃夏はボクたちと同じ201号室の住人さ。」

「さすがね。」桃夏がほとんど聞こえないような声でつぶやいた。

「えっ?」

「あっううん。なんでもない。でもすごいな。智花。」

「初歩的な推理と観察から導き出せる簡単な推理さ。別にすごいことでもない。」

「そんなことないよ。十分すごいさ。もっと誇ってもいいと思うよ?」

「ありがとな。」

「じゃあ、いい加減入ろうか。」

「うん。」

 寮の部屋は意外と落ち着いた作りで、入ってすぐの右側に冷蔵庫とキッチン。そして左側にはドアがあり、そこを開けると無駄に広い洗面所と浴室。キッチンの奥にはこじんまりとしたリビングがあった。その両側にはドアがあり、リビングに向かって左側のドアには〝灰原 桃夏〟とネームプレートがかけられていた。その反対側のドアにはボクと真の名前が書かれたプレートがかけられていた。

「案外広いんだな。寮っていうよりワンルームマンションだな。」それがボクがこの部屋に抱いた第一印象だった。

「だろ?」桃夏が答える。「今までここ、一人部屋だったから広すぎて寂しかったぐらい。」

「えっ?ずっと一人だったの?」真が声を上げる。

「うん。今年、いつもより入学者が2人少なかったから。でも、これからは寂しくないね。」

「騒がしいかもしれないけどね。」

「全然大丈夫だよ。じゃ、荷解きでもしておいで。今晩は下の食堂で歓迎会らしいから7時に下に降りてきて。」

「わかった。桃夏は何するの?」

「ちょっと出かけてくる。」

「あっそう。気を付けて。」

ガチャ

桃夏が部屋から出ていった。ボクは慌てて携帯を取り出す。そして、あるアプリを開いた。

「お姉ちゃん?何してるの?」

「さっき桃夏に発信機をつけたんだ。それのGPSが今どこにあるか見てるんだ。」

「そんなもの持ってたっけ?」

「いや、昨日警視に渡された。真がトイレに行っている間に。」

「で、お姉ちゃんは桃夏ちゃんが怪しいと思ってるわけ?」

「いいや。彼女は白だ。でも、違う何かが引っかかるんだ。麻薬よりももっと怪しい何かがありそうな気がする。」

しばらく、ボクと真は携帯の画面を見つめていた。そして5分ぐらいが経ったころだった。

「あの立ち入り禁止の建物に入って行った。」桃夏のGPSは朝、村井先生にボクたちが怒られたあの建物のところにあった。

「そういえば、なんで真、朝、あんな怖がってたんだ?いつもならあんなところすぐに入っていくだろうに。」

「実は、あの時、組織の気配を感じてたんだ。だから・・・。」

「つまり、この学校にはあの組織も関わってるってことか?」

「多分。そうだと思う。それに、あの桃夏ちゃん。どこかで会ったことが会ったような気がするんだ。」

「まあ、とにかく、まずは麻薬をどうにかしないと・・・。」

「そうだね・・・。」

「寮の中を少し歩いてみないか?」

「そうだね。そうしよう。何かしないことには何も始まらないもんね。」

「そう来なくっちゃ!」






プロローグ 第2章


 ボクとカナは、綾さんとともに車で警視庁山辺署に向かった。

その道中、カナは何かにおびえるように肩を震わせていた。そのカナに対して、ボクはただ、背中をさすってやることしかできなかった。カナに———カナだけでなくボクや綾さんにも———組織の魔の手が迫っているのは目に見えた。

「真帆。今回の件、捜査本部が立つことになったって。」

「そう。本部長は?」

「私。」

「えっ?」

「いやぁ、出世もそろそろかな・・・。」

「ふざけないで。」

「ごめん。」ボクの語調が特に強かったらしい。綾さんはすんなり謝った。

「でっでも、綾さん、まだ警部補だよな。」

「うん。なんでも桃原課長の命令らしいんだ。」

「へぇ・・・。でもなんでまた、綾さんなの?」

「それを解くのが、君、探偵の仕事というものじゃないのかい?」

「はいはい。分かりましたよ。」

「でも、真帆ならすぐに解いちゃいそうだけどね。」いつものカナなら、ここでこんな風に言うだろう。でもそれを言えないぐらい、カナには今重い影がのしかかってきているのだろう。

「あのさ、綾さん。ボクとカナなんだけど、いつぞや使ったあの偽名に戻ってもいいかな?」

「偽名って、阪本姉妹?」

「うん。その方がカナも少ししか変わらないけど、安心できるかなって。」

ふと横を見ると、カナがこちらをハッとしたように、振り向いた。

「真帆・・・。」

「大丈夫。カナのことはボクが死んでも守ってあげるから。」綾さんに聞かれるとまずいので小声でカナに耳打ちした。

「分かったよ。じゃあ、偽名を使うことを伝達しておこう。」

「あっ、綾さん。」

「何?どうしたの?」

「桃原警視にはこのこと言っちゃだめだ。それに、あいつの前でボクたちの話を今後、一切しないでくれ。」

「分かったけど、どうして?」

「話せる時が来たら、しっかり話すから。だから、それまではボクの指示に従ってくれ。」

「はいよ。真帆。くれぐれも一人で突っ走って危険な目にあわないでよ?遥香先輩に合わせる顔がなくなっちゃうから。」

「分かってるよ。そんなことぐらい。」

ボクはぶっきらぼうに返事をした。そんな話をしていると、車は山辺警察署に到着した。

 「では、北星川河川敷、拳銃を用いた殺人事件の捜査本部会議を始めさせていただきます。」

警視庁山辺警察署、3階にある会議室。壇上で綾さんがマイクを使って話し出す。会議室には、少なくとも60名の警察官が集められていた。ボクとカナは最前列の一番端の席に座っていた。

「ここからじゃ、モニターが見にくいな。」

「コラ。捜査会議に入れてもらえてるだけ感謝しなさい。」独り言のつもりで言ったことだったがカナには丸聞こえだったようだ。すかさずたしなめられる。

「はい・・・。すみません・・・。」

「まず、配布資料1枚目をご覧ください。事件概要が載っています。遺体発見場所は東京都山辺市下新井の北星川河川敷。被害者は、所持していた免許証から、東京都北星市在住の27歳女性、五十嵐(いがらし)由紀(ゆき)だと推定されます。遺体の第一発見者で通報者は、そこにいる阪本智花さんです。今回は、一課長からの指示で捜査協力してもらうことになりました。遺体の近くから拳銃が一丁見つかっていることから、この拳銃を用いた事件と考えます。鑑識によると、犯行に用いられた拳銃は、例の組織、〝緋色の組織〟のもので間違いないそうです。したがって今回の事件は、〝緋色の組織〟に関係する事件と考え捜査を行う。捜査中は、必ず誰かと二人以上で行動し、配布された無線機のGPS装置を常時オンにしておくこと。では、詳細について笹岡から。」

すると、マイクを置いた綾さんがこちらに歩いてきた。壇上では、綾さんの部下、笹岡巡査部長がモニターを使いながら、事件の詳細を説明していた。綾さんはボクたちの隣に腰を下ろした。

「偽名の件の説明、あれで大丈夫だった?勘づいてる捜査員も多いと思うけど。」

「うん。十分。だって、ボクたちと関わったことのない人しかいないんだろ?」

「うん。まあね。それで、私は本部長だから署に居なきゃいけないから、二人には捜一期待の若手で私の高校の後輩。それに加えて昔のペアっ子の———」

「片山 詩織が付かせていただきます。」綾さんの後ろからひょっこり現れたのは小柄でとても捜査一課強行犯係とは思えない女性警官だった。

「詩織。勝手に出しゃばんないの。」

「すみません。」

「こんな感じでそそっかしいしドジも多いけど、捜査眼だけは確かだから。」

「「はぁ・・・。」」完全にボクとカナは流れに飲まれていた。

「ひどーい。先輩。捜査眼だけって。それ以外にも私のいいところありますよね。」

「そうかな~?ついこないだもホシを追い詰めたのに、逃げられたのは誰でしたっけ?」

「うぐ。」

「まあ、そういうことで。頼むよ。うちのかわいいかわいい双子をね。」綾さんが片山刑事に向かって言う。すると、綾さんはくるりと向きを変え、壇上のテーブルにもどっていった。

「よろしくね。智花さん、真さん。」片山刑事がこちらを向いて話しかけてくる。

「はい。よろしくお願いします。」カナが答える。

「よろしくお願いします。ちなみに、片山さんって階級は?」

「巡査部長。なんで?」片山刑事がにこやかにほほ笑みながら尋ねてくる。

「いや。気になっただけです。」

「そう。二人は今までも捜査してきたの?」

「えぇ。綾さんのお手伝いですけど。だから、資料上は綾さんが解決したことになってます。存在を知っているのは綾さんと笹岡さん、栗原さんに桃原警視ぐらいですかね。」

「蔵前先輩とはどんな関係なの?」

「親戚です。」

「そうなんだ。」

「ちょっとお手洗いに行ってきます。行こう?真。」

「うっうん。」そういってボクと真は席を立った。

 お手洗いに行くと言っておきながら、ボクは真を人気のない廊下に連れて行った。

「あの、片山巡査部長、気を付けたほうがいいと思う。もしかすると、組織の一員かもしれない。」

「えっ?」

「さっきからボクたちに疑いの目を向けていた。」

「えっ?」

「とにかく、気を付けよう。いいね?」

「うん。」











第2章 疑惑のふたり

*1*

 ボクと真は桜台高校の寮の中を歩いていた。1階には食堂と101号室から110号室、2階には201号室から240号室、3階には301号室から340号室といった具合に部屋があると分かった。そして、ボクたちは4階に上がっていった。すると、階段を上りきったところで廊下から走り込んできた誰かとぶつかってしまった。ボクの背後にあったのは階段。そして正面からぶつかられたのだから———

「うわぁぁぁ~~!」ボクは勢いよく階段の下へ転がって行った。

「お姉ちゃん!!」

ドカッ

ボクは階段の踊り場の壁に体を強く打ち付けた。そこでボクの記憶は途絶えた。

 「———ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。」カナの声が聞こえる。そうか・・・さっき誰かとぶつかって、階段から落ちたんだっけ・・・。体中が痛い・・・。

「お姉ちゃん。起きて!人が刺されてる!」

刺されてる?違う。ボクはただ階段から落ちて、体を打ち付けただけで刺されては・・・。いや、待てよ。さっきぶつかってきた相手、あいつが刺されてるのか?

「早く!お姉ちゃん!起きて!事件だよ!人が刺されてる!」

「えっ?」ボクは真に体を強く揺さぶられて意識を取り戻した。

「痛っ!」慌てて起き上がろうとすると、体中に痛みが走った。

「大丈夫?お姉ちゃん?」真が慌ててボクの体を支えてくれる。

「あぁ。ボクは大丈夫だ。それより刺されているってのは、大丈夫なのか?」

「せっ背中に刃物が刺さってて。一応、まだ意識はあるみたい。」

「分かった。」ボクはブレザーの胸ポケットからガラケーを取り出す。そして、119番通報をした。

「もしもし、救急ですか?東京都渋池区にある桜台高校の女子寮で人が背中に刃物を刺されて倒れています。まだ意識はあるようです。とにかく、急いで!」

『わかりました。もう救急車は向かわせましたので、あなたのお名前、倒れている場所を教えてください。』

「ボクの名前は阪本 智花。倒れているのは女子寮の4階の階段部分です。」

『わかりました。では、救急車到着までお待ちください。』

通報を終えたボクは、倒れている人に近づいた。倒れている人は、背中に刃物を深々と刺されていて、体の外に出ているのは柄の部分だけだった。

「真。怪しい人はいなかったか?」

「いなかったよ。」

「分かった。じゃあ、彼女を止血しておいてくれないか?」

「了解。」

ボクは再びガラケーを取り出し、綾さんの番号を押した。ワンコール、反応はない。ツーコール目でようやく綾さんが電話に出た。

「もしもし、綾さん?」

『どうした?智花お嬢様。寂しくなっちゃった?』

「バカ。何のんきなこと言ってんだ。傷害事件だ。早く、桜台高校に臨場してくれ。まだ犯人は近くにいるはずだ。」

『分かったわ。今すぐ向かう。』

「ねえ!お姉ちゃん。意識が・・・。」

「何!?」ボクは慌てて倒れている人の腕をとる。しかし、ボクの手がその人の脈を感じることは無かった。

「・・・死んでる・・・。」

 その時、階段のほうから声が聞こえた。

「あっ。ここにいた。今までどこにいたんだい?部屋にいないから心配して———ハッ!どうしたんだ?二人とも。その子は・・・。」

「誰かに刺されたんだ。桃夏。この人が誰か分かるかい?」

「分かるも何も、クラスメートさ。1年C組。赤羽(あかば) (あおい)。でも、なんで・・・?葵の部屋はオレたちと同じ2階なのに。なんで、4階にいるんだろ?」

「えっ?この子もボクたちと同じ階の生徒なのか?」

「あぁ。しかもこの4階には3年生しかいないから、彼女はほぼ接点はないと思うぜ。」

「そうか・・・。」

「で・・・。葵は・・・。」

「残念だけど・・・、もう、手遅れみたいだ・・・。」

「そうか。」桃夏はさっきまでの印象からは絶対見せないような暗い顔をしていた。「先生を呼んでくるよ。」

「ありがとう。助かるよ。」

桃夏は再び階段を下りて行った。

「なんか、今の桃夏ちゃん。すごく悲しそうだったね。」

「あぁ。何か彼女とあったのかもしれないな。」

「まあ、クラスメートだったからね・・・。」

遠くから救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえたのはそれからすぐのことだった。

 現場に到着した救急隊によって、赤羽葵の死亡が確認された。生徒たちは1階の食堂に順次呼び出され、事情聴取を受けることになった。ボクと真は最初に事情聴取を受けた。

「じゃ、階段を上がって4階に着いたとたん、廊下から被害者が飛び出してきてぶつかったんだね?」取り調べを担当している栗原警部が尋ねてくる。

「はい。そうです。」

「そうか。じゃ、これでもう戻っていいよ。」

「では、警部さん。この集音器とカメラだけ設置していってもいいですか?」

「何の為だね?」

「捜査のためですよ。」

「なに言ってるんだ。捜査をするのは私たち警察だ。」

「あれれ~?栗原さん、気づいてないんですか?ボクですよ。ボク。石綿 真帆ですよ。」

「えっ?!なんでここいるんだ?」

「警視から聞いてませんか?潜入調査ですよ。」

「いや、何も聞いていないが・・・。」

「やっぱりそうですか・・・。警視らしいといえば警視らしいですね。」

「そうだな。じゃ、この2つは置いておくよ。」

「ありがとうございます。では、失礼します。あっ、そういえば綾さん———蔵前警部補は?」

「あぁ。蔵前か?蔵前なら今、聞き込みに行ってるよ。2年と1年は特に関係のありそうな生徒以外は部屋で事情を聴くことになったからな。」

「そうですか・・・。では、ひと段落したら、201号室に来るように言ってもらえませんか?」

「わかった。じゃ、お疲れ様。」

「はい。」そういうと、ボクと真は部屋を出ようとした。

「あっ。ちょっと待って。てことは、隣の阪本 真は狛江くん?」

「はい。そうです。」真が答える。

「そうか。じゃあ、頑張ってね。潜入調査。」

「「はい。」」ボクと真が同時にこたえる。

 部屋に戻るとボクはタブレット端末を取り出した。そして、イヤホンをジャックに差し込み、真と片耳ずつつけると桃夏の声が聞こえてきた。

『オレは、葵とクラスメートの灰原 桃夏。1年C組のクラス委員長をしてます。』

『被害者との関係性は?』栗林警部の声も聞こえてきた。

『特に親しいわけでもありませんでした。ただのクラスメートって感じですかね・・・。』

『そうですか・・・。では、事件が起きた午後5時頃は何をされてましたか?』

『その時は・・・オレは日課の散歩をしてました。あいにく一人でしたので証明してくれる人はいませんよ。誰かがオレにGPSでもつけていない限りね。』

「ねえ、お姉ちゃん。」

「なに?」

「もしかして、桃夏ちゃん。GPSに気づいているんじゃない?」

「かもな。まあ、バレたらその時だ。」

『そうですか。では、あと被害者の赤羽さんが恨まれるようなことはありましたか?』

『無いと思います。』

『分かりました。では、お帰りいただいて結構です。ご協力ありがとうございました。』

画面の中の桃夏が席を立ち、食堂を後にした。その時、ボクは悩んでいた。

桃夏は麻薬とは関係がないだろう。もし、麻薬をやっているなら、それ相応のにおいがするはずだ。なら、今回の調査の目的を伝えてもいいはず。しかし、何かが引っかかっていた。それは、真がさっき言った一言だ。

〝実は、あの時、組織の気配を感じてたんだ。だから・・・。〟

これが本当なら、容易く誰かに素性を明かすことはできない。真———カナがボクと一緒に警視庁の依頼で潜入捜査をしているとバレたら、カナの身に危険が及ぶ。一体、どうしたら・・・。

 ボクが悩んでいると、ガチャと音がして、201号室の入口のドアが開けられた。桃夏が戻ってきたのだ。ボクは引き続き、桃夏に打ち明けるべきかどうか悩み続けていた。

「で、お姉ちゃん。あの事件はどうするの?」

「う~ん・・・。どうしようかね・・・。」

「桃夏ちゃんに手伝ってもらったほうがいいんじゃないんの?」

「オレがどうしたって?」

「「ワッ!」」突然桃夏の声が聞こえてきて、ボクと真は思わず声を上げた。

「もう。びっくりさせないでよ・・・。心臓に悪いだろ。いつ入ってきたんだよ!」

「ごめん、ごめん。で、オレがどうしたって?」

「いや。ボクたち、この学校に来たばっかだろ?だから人間関係とか一切知らないから、桃夏に手伝ってもらおうかなって話してたんだ。」

「えっ?なんで、君たちが捜査をするんだ?」

「あっ・・・、いや、あの、昔から警察に知り合いがいて、その人に頼まれて、よく事件の捜査をしてたんだ。」

「そうなんだ。で、今回の事件を捜査してほしいと頼まれたけど、オレの手伝いが必要だということだな?」

「あぁ。桃夏さえ———。」

「やる!絶対やる!面白そうじゃん!事件捜査。一回やってみたかったんだよな。オレ、ミステリーが好きだからさ。」

「そっそうなんだ・・・。じゃ、よろしく頼むよ。」桃夏の熱量に思わず押されながら答えた。

こうして、ボクと真と桃夏のトリオが誕生したのだった。

 本題の麻薬事件と今回の殺人事件の情報は何一つ手に入っていなかったボクたちは事情聴取の様子を見届けていた。もちろんタブレット端末で。

「やっぱり事情聴取だけじゃわからないな・・・。」3年生全員の事情聴取が終わったところでボクはつぶやいた。

「そうだね。」真もうなずく。

「もう一度、尋ねたいんだけど、彼女が恨まれるような節はあった?」真が尋ねる。

「どうだろう・・・。でも、彼女は3年生と仲が良かったみたいだ。」

「そうなの?」

「あぁ。いつも3年生と一緒に居た。」

「クラスには仲のいい子は居なかったの?」

「あんまり居なかったな。あっ!でも、森谷(もりや) 明華(あすか)が、仲良かったと思う。」

「その森谷って子は、何号室だ?」

「えっと・・・確か・・・208号室だったと思う。」

「よし。じゃ、さっそく行ってみよう!」

ボクと真、そして桃夏は部屋を出た。

ボクたちは208号室の前に着くと、ドアをノックした。

「はぁい?こんな時間に誰?」そんな声がしてドアが開くと、いかにも絶世の美少女って感じの生徒が現れた。ボクは思わず、真の後ろに下がった。

「なんだ。阪本さんたちか。それに委員長まで。どうしたの?」

「実は、さっきの事件のことで一つ聞きたいことがあって。」ボクの異変を察知した真が尋ねてくれる。

「さっきの事件って、アオちゃんの事件のこと?」

「アオちゃんと呼ぶほどの仲だったんですね?被害者の赤羽 葵さんとは。」真が続ける。

「そりゃ、幼馴染だしね。」

「その割には、落ち着いていらっしゃいますね。」いくらか落ち着きを取り戻すことができたボクはさっそく違和感を確かめる。

「えっ?まっまあ、突然すぎて実感がわかないっていうか、なんというか・・・。」その口調からはとても嘘をついているようには思えなかった。ただ、一人の幼馴染を失った悲しみと向き合おうとしている女子高生だった。

「そうか・・・そうだよな。辛い所申し訳ないんだけど、一つだけ聞かせてもらえるかな。さっき、桃夏から聞いたんだけど、葵さん、3年生と仲が良かったんだってね?具体的に誰と仲がいいとか教えてくれない?」

「それなら、3年A組の久保井先輩に野村先輩に、B組の江戸川先輩、瀬川先輩、C組の横倉先輩に、アオちゃんの従姉の上原先輩と特に仲が良かったよ。」

「そうか。ありがとう。じゃ、おやすみ。」そう言ってボクは208号室を後にしようとした。その時、

「ねぇ。なんで、あなたたちが捜査なんかしてるの?」森谷さんが至極当然の質問をした。しかし、この質問に素直に答えることができる状態ではない。返事に困っていると、それまで口をつぐんでいた桃夏が口を開いた。

「Need Not To Know。君は知る必要のないことだ。では、おやすみ。何かあったら内線で食堂に連絡するように。食堂には警察の人がいるから。」

そう言うと桃夏は強引に208号室のドアを閉めた。

「さ。戻ろう?」桃夏がニカッと笑いながらこちらを振り向きざまに言った。

「うっうん。」ボクは慌てて返事する。

「なんか、いまのカッコよかった!」真が言う。

「そうか?」

「うん。お姉ちゃんも確かにカッコいいけど、お姉ちゃんとは比べ物にならないぐらい。」

「あっありがとう。」

思わず、桃夏が顔を赤らめていた。こういうことをサラッと言ってしまうのが真———カナの恐ろしい所でもある。

「それじゃ、オレたちの部屋に戻ろうか。」

「そうだな。」

自室に戻ったボクたちは、今までの状況を整理することになった。

「じゃあ、ここまでをまとめるね。」真がしゃべりだす。手元には、先生から借りてきたホワイトボードが3枚。真の字でぎっしりおおわれていた。

「今日午後5時過ぎ。この桜台高校の女子寮4階の階段の所で、背中に刃物を刺されて、この高校の1年C組の赤羽 葵さんが死亡しました。彼女は階段でお姉ちゃんとぶつかっています。彼女が刺されたのは4階の廊下かどこかの部屋と考えられます。」

「なるほど。」どこか聞き覚えのある声が聞こえた。ボクは声のした方を振り向いた。

「綾さん!何してるの?」部屋の入り口には綾さんが立っていたのだ。

「自分から呼んでおいてその態度はないでしょ。」

そこで、ボクは栗原警部に頼んだことを思い出した。

「悪い。そういえばそうだったな・・・。」

「しっかりしてくださいよ。智花お嬢様?」

「はいはい。悪かったな。」

「あの~。」桃夏の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。「お取込み中失礼します。えっと・・・。どちら様ですか?あっ。オレは、彼女たちのクラスメートの灰原 桃夏です。」

「どうも。私は警視庁捜査一課警部補、蔵前 綾です。よろしく。」

綾さんが警察手帳を見せながら言った。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「桃夏には、捜査協力してもらうことになったんだ。」

「なるほど。だから捜査会議まがいのことしてたのね。」

「うん。」

「でも、ほんとによく事件に遭遇するよね。智花は。」

「悪かったね。」

「あの・・・。そろそろ続き行っていいですか?」真が言う。

「あっ、ごめん。どうぞ続けて。」綾さんが答える。

「はい。凶器は背中に刺さっていた一般的な家庭にならどこにでもある包丁です。包丁の種類と購入履歴から持ち主を特定するのは至難の業かと。」

「確かにそうだな。」

「そうかな?ここは寮。無料の食堂があるからわざわざ金のかかる自炊なんかする人のほうが少ないと思うけど。」桃夏が突然言い出す。

「そうか・・・。でも、内部の犯行だと決まったわけじゃ・・・。」

「いやいや。外部からの犯行は無理だよ。事件は午後5時過ぎだったから外はまだ明るかったし、こんな広い敷地で誰にも見つからずに女子寮に辿り着くなんて無理だぜ。」

「確かにそうだな・・・。つまり、犯人は内部の人間。それも、3年生の誰か。」

「やっぱりオレは、彼女が仲良かったっていう先輩たちが怪しいと思う。」

「だろうな。」

「仲が良かった先輩って?」綾さんが尋ねる。

「そんなことも知らなかったのか?」

「だって、私が担当したのは2年生だけだし。で、誰なの?その先輩って。」

「3年A組の久保井先輩に野村先輩に、B組の江戸川先輩、瀬川先輩、C組の横倉先輩に、被害者の従姉の上原先輩。下の名前までは・・・。」

「A組の久保井(くぼい) (かおる)野村(のむら) (ゆず)、B組の江戸川(えどがわ) ()()()瀬川(せがわ) 頼子(よりこ)、C組の横倉(よこぐら) 香織(かおり)上原(うえはら) 知美(ともみ)、です。」桃夏が淡々と答える。

「さすが桃夏。学年が違うのによくわかったね。」真が感心したように言う。

「えっ?まっまあ。オレ、昔から記憶力だけはいいから。」

「そっか。」

「じゃ、その人たちを訪ねてみよう。」そういってボクは腰を上げようとした。

「待って。さっき被害者の部屋を訪ねて思ったんだけど、私達が行くと怪しまれない?」真がつぶやく。

「そっか・・・。確かに転入初日の人間が事件捜査って怪しさ満点だもんな・・・。じゃ、綾さんと桃夏で言ってきてくれないか?」

「うん!行く!」桃夏が張り切って言う。

「はいよ。」綾さんがやや面倒くさそうに言った。

「じゃ、綾さん。コレつけておいて。」そういってボクは綾さんにボールペンを渡した。

「「何?コレ。」」綾さんと桃夏が不思議がる。

「盗聴器付きボールペン。」

「えっ?」

「それとボクのパソコンがつながってるから、ボクたちも部屋に居ながら音声が聞けるって訳さ。」

「分かった。っていうかなんでこんなもの持ってるの?」

「Need Not To Know。」真が作ってくれたなんて、口が裂けても言えない。

「あっそう。じゃ、行こうか。桃夏ちゃん。」

「はい。」

桃夏と綾さんは連れ立って部屋を出て行った。ボクと真は自分たちの部屋に戻り、パソコンを起動させる。そして———

「えっと、どうやるんだっけ?」真に尋ねる。

「はいはい。このファイル開いて、パスワード入力したら終わり。あとは、音声が入ってくるのを待つのみ。ていうか、ほんとに智花は機械に弱いよね。」

「悪かったな。機械音痴で。」

「いや。いいんだけどね。一見して完璧に思える智花の可愛い一面だからね。」

「なんだそりゃ。」

「それで、真帆はあの先輩たちが殺人事件に絡んでるって考えてるの?」

「あぁ。そして今回の殺人は麻薬グループの仲のもつれが絡んでるはずだ。」

パソコンから声が聞こえてきたのはその時だった。

『失礼します。久保井先輩、野村先輩。夜分にすみません。灰原です。少々よろしいでしょうか?』

『なぁに?』いかにも面倒くさそうな声が聞こえてきた。

『警察の人が話を聞きたいと言っています。』

『えっ?警察?あっそう。柚~!警察の人が来たよ~。』

「ねぇ。今の久保井先輩、明らかに動揺してたよね。」真が尋ねてくる。確かに、今の声には明らかな動揺の色が見て取れた。

「あぁ。ほぼクロと断定してもいいかもな。」

「えっ?それは殺人の?」

「それはまだ断定できないけど、麻薬のほうは決まりだな。」

『はい。お待たせしました。話って何でしょう?』今度はいかにも協力的な声が聞こえてきた。

『先ほど発生した事件に関連しまして少し、お話を聞きたいのですが、お部屋の中でも構いませんか?ほかの人に聞かれたくないので。』

『分かりました。』

「素直に部屋に入れるんだね。」真が尋ねてくる。

「怪しまれないようにってことだろうな。どうせ麻薬があるのは自分たちの部屋だろうから。共有のリビングにだけ入れるってことだろうな。」

「そっか・・・。」

『それで刑事さん。話というのは何でしょうか?』

『実は、被害者と仲が良かったとのお話を聞きましたので、誰かから恨まれる節は無かったかと思いまして。お話聞かせていただけないでしょうか。』

『恨みですか・・・。私たち、結構仲良かったけど、恨まれるような子じゃないし、そんな話も聞いたことないです。』

『そうですか・・・。では、なぜお二人は被害者と仲が良かったんですか?』

『部活が同じで、初めて会った時、出身中学も一緒だったので地元話で盛り上がりました。それから、色々な話をするうちにどんどん仲が良くなっていきました。それに私たちのクラスメートに彼女のいとこが居たので、余計に仲良くなったんだと思います。』

『そうですか。ありがとうございました。では、失礼いたしました。』

そういうと、綾さんと桃夏は部屋を出たのだろう。綾さんのヒールの音と桃夏のスリッパの音が聞こえた。二人がボクたちの部屋に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。

 「多分、あの二人が麻薬に関係していることは間違いないと思う。綾さん。どうだい?部屋を調べてみないかい?」ボクは綾さんにこっそりと耳打ちした。桃夏はカナと何か話していた。

「いいけど、それには令状を取らなきゃ。」

「いや、任意でいい。」

「そう。」そういうと綾さんは携帯を取り出し、電話をかけ始めた。

「ねぇ、智花。」

「どうした?桃夏。」

「あの人たちがホントに葵のことを殺したのか?」

「はっきりとは言えないけど、さっきの慌てようから見てまず間違いないと思う。明日、警察に部屋を調べてもらうよ。」

「でも、そんなことしても拒否されるだけだろ?」

「まあな。でも、彼女たちが犯人ならば、拒否したうえで証拠を隠したり、ほかのやつらと口裏を合わせたりしようとする。それを狙うのさ。」

「なるほど・・・。さすがだな・・・。」

「それに、もう1件、調べたいことがあって。」

「何?」

「桃夏なら関わってないし、口外しないって信じて話すけど、この学校で麻薬をやってる生徒がいるっていうタレコミがあったんだ。」

「そっそうなのか?」

「あぁ。」

「それで、その麻薬にもあの先輩たちが関わってると考えてるのか?」

「うん。」

「それで、殺人の調べとともに、麻薬の調べもするってことか?」

「そう。綾さんも意図は分かってると思う。」

「なるほどね・・・。」

「じゃ、今日は遅いし、休むとするか。明日は休みだもんな。」

「そうだね。」「そうだな。」

そこに電話を掛け終えた綾さんが戻ってきた。

「今日この後はどうするの?」

「もう休むよ。」

「でも、夕飯、まだなんじゃない?」

そう言われた途端、真のお腹が鳴った。

「あっ・・・。」

「ふっふふふ。そういえば、食べてなかったな。どうしよう。事件があったから、食堂は閉まってるし、君たちの歓迎会もこれじゃできないもんな。」桃夏が言った。

「それなら、近くのお店に行きましょ。」綾さんが提案する。「せっかく智花と真に新しい友達ができたんだから。」

「いいですね!」桃夏が勢いよく答える。

「桃夏ちゃんは乗り気だけど、二人はどうする?」

「もちろん、綾さんのおごり、だよな?」ボクは半分、彼女へのからかいも込めて言った。

「えっ・・・。ちょっと給料日前だから・・・。」

「嘘だよ。ちゃんとお金は持ってますから。」

「じゃ、早く行きましょ。遅くなると寮長に怒られますよ。」桃夏が言ってきた。

「そうだな。でも、寮長って桃夏、君のことだよね?」

「あっ、バレた?」

「バレバレだよ。被害者は同学年だったから部屋番号を知ってても不思議はないが、なんで2つ上の学年の先輩の部屋番号にクラスにフルネームまで知ってるのさ。それに、君だけ、一人だったのも不思議だ。そして、君の部屋、2階の一番端にある。この点から考えて判断したのさ。」

「さすが、世の中を騒がせている女子高生探偵だな。」桃夏がまたボソリとつぶやいた。

「うん?」ボクは聞き取れず、聞き返した。

「いっいや。さすがだなって。さすが、何回も捜査協力しているだけのことはあるな。」

「ありがとな。」

その時、ボクの制服の胸ポケットに入ったガラケーが震えた。

「ん。電話か。もしもし、阪本です。あぁ、栗原さん。どうしました?」

電話の主は警視庁刑事部捜査一課強行犯一係の栗原警部だった。

「えっ!?ほんとですか!わかりました。すぐ行きます。」

「どうしたの?お姉ちゃん。」真が尋ねてくる。

「事件に進展があったみたいだ。ちょっと行ってくる。」

「じゃ、オレたちも。」桃夏が言った。

「いや。今回はボクだけで行く。大丈夫。あとでちゃんと説明するから。三人でご飯、食べてきなよ。」

「でも、智花は・・・。」

「いいんだ。腹が減っているほうが頭が回る。いいか。ボクは頭脳なんだ。桃夏、残りはただの付け足しだよ。かのシャーロックホームズだって言ってただろ。」

「はぁ・・・。」

「じゃ、行こっか。ああなったお姉ちゃんは止められないよ。」真が桃夏に耳打ちしていたのに、ボクは気づいていた。

 ボクは電話をかけてきた栗原警部がいる1階の食堂に向かった。

さっきの連絡で栗原警部はやや興奮気味で、凶器が見つかったと言っていた。でもボクはこの事件について何もつかめていなかった。唯一つかめているのは被害者の交友関係ぐらい。そして、麻薬に関わっている人がその被害者の友人にいる可能性がある。それぐらい。限りなく真実とは遠い気がした。けれど、凶器が見つかったとなれば、あとは警察が解いてくれるだろう。そんな淡い期待と欠伸を押し殺しながら、食堂へと歩みを進めた。

「お待たせ様です。栗原警部。」

「悪いね。夜遅くに。」

「いいえ。大丈夫です。で、見つかった凶器というのは?」

「コレだよ。」

そういうと栗原さんはビニール袋に入れられた、血の付いた刃物を掲げて見せた。

「今はまだ鑑識が調べていないから、凶器かどうか分かったわけじゃないが、ほぼ確実だと思う。」

「この刃物の柄についている茶色い土のようなものは何でしょう?」

「あぁ。それか。実は発見されたのが、寮と校舎の間の中庭だったんだ。埋められてたみたいだ。」

「埋まってたにしては発見が早かったですね。」

「いや。警察が調べだしたころにはもう、埋まってなかったんだ。何者かによって移動させられたか。あるいは、犯人が自らご丁寧に掘り出してくれたか・・・。」そんな栗原警部の説明を聞きながら、ボクは凶器の写真を何枚か撮った。

「分かりました。ありがとうございます。では、ボクはこれで。」

「もういいのかい?」

「これ以上いると怪しまれかねないので。あとは、自室で考え込みます。また、何か分かったことがあれば、電話してください。解決できたら連絡しますので。」

「わかった。お疲れ様。」

ボクは食堂を出ると、201号室に戻っていった。

ガチャ

「ただいま~。ま、誰もいないか・・・。」

201号室は、静まり返っていた。ボクは、さっき撮ってきた凶器の写真を見つめた。唯一犯人に近づく手がかりであろうこの凶器の物語は何か。それを解きほぐすことができたならば、事件を解決できるだろう。

「待てよ・・・。この包丁、右利き用だな。でも、まあ、右利きのほうが圧倒的に多いこの世界じゃ、右利きだってわかっても意味ないか・・・。」

そこでボクは少しの間考え込んだ。そして、ガラケーを取り出し、桃夏の電話番号を選択した。

「あっ、もしもし。桃夏?悪いね。食事中に。」

『全然大丈夫。まだ注文が終わったぐらいだから。』

「そうなんだ。」

『で、どうしたんだ?』

「あのさ、さっき言ってた3年生の中で右利きの人がいたかどうかって知ってる?」

『えっ・・・。右利きかぁ・・・。あっ!全員左利きのはずだぜ。仲良しみんな左利きだから印象に残ってるって前に葵が言ってたぜ。』

「そっか。ありがとう。」

『犯人が分かったのか?』

「いや、まだだ。犯人の使ったトリックは分かったがな。」

『えっ!?ホント?』電話口から綾さんの声が聞こえてきた。

「あぁ。戻ってきたら詳しく伝えるよ。じゃ、ボクはもう少し推理を深めるよ。」

そう言ってボクは電話を切った。

犯人が右利き用の包丁で犯行に及んだってことは、右利きの犯人か、それともあの被害者と仲が良かった3年生のうちの誰かが自分たちへの嫌疑をそらすために、わざわざ右利きを選んだということだ。しかも、今回の被害者は周りから恨まれている筋は無かった。ということを踏まえると、やはりさっきの推論では後者が正しい可能性が高くなる。

「ねぇ、母さん。どうしたらいいんだろう・・・。」ボクは制服の胸ポケットに入っているガラケーを制服越しに触りながらつぶやいた。このガラケーは3年前に死んだ母の形見だ。

「どうしたら、犯人に近づけるんだろ・・・。ふぁぁぁ・・・。疲れたぁぁ・・・。」

気づくとボクは、夢を見ていた。

 「母さん!父さん!嘘だよね?!嘘だ!死んじゃいや!ボクを一人にしないでよ・・・。」

ボクの前には鮮血に身を染めた母・遥香と父・颯太が横たわっていた。すでに父はこと切れていた。母も、もう危ないと見て取れた。その時、母がポケットからガラケーを取り出した。そして、泣き崩れるボクの手を握り、ガラケーを押し付けてきた。

「母さん!お願い。生きて!死なないで。また、ご飯、作ってよ・・・。一緒にどっか行こうよ・・・。買い物しようよ・・・。ねぇ、だから・・・、生きてよ・・・、っ・・・あ、っ・・・、ぅあ・・・っ・・・」

「真帆。ごめん・・・ね・・・。で・・・も、真帆・・・・なら・・・大・・・丈夫・・・。」母さんが今にも消え入りそうな声で話す。「なん・・・てっ・・・たっ・・・て・・・、私・・・と・・・颯・・・太・・・さ・・・ん・・・の・・・む・・・す・・・め・・・だから・・・。悲・・・しく・・・なっ・・・た・・・ら・・・、つ・・・ら・・・く・・・なっ・・・た・・・ら・・・、こ・・・の・・・ガ・・・ラ・・・ケーの・・・メー・・・ルボッ・・・ク・・・ス・・・を・・・。」そこまで言うと、ボクの手に押し付けられていた母さんの手から力がスッと抜けた。

音もなく、ボクと母さんの手からガラケーが地面に落ちた。

「母さん!!!!!」




















*2*

「———?智花?智花?大丈夫か?」

「———さん。母さん・・・。ハァハァハァハァ・・・。」

「ちょっと、智花。大丈夫か?」

ボクは誰かに揺さぶれている感覚を感じた。

「桃夏ちゃん。いいよ。寝かしておこう。両親が亡くなってから、何回かこんなことがあるんだ。」

遠くで、誰かの声がする。どことなく懐かしい声・・・。ハッ!もしかして、母さん!?

「母さん!」ボクはガバッと起き上がった。開けた目に飛び込んできたのは、綾さんと真、それに心配そうな桃夏の顔だった。

「やっと気づいた。大丈夫?智花。」桃夏がいかにも心配そうに声を掛けてきた。

「えっ・・・。」

そして、ボクはすべてを悟った。うたた寝をしていたら思い出したくない、忌々しい記憶を思い出してしまったのだと。目から涙が大量に流れ落ちているのに気付いたが、それを拭う気力も起きない。

「ま・・・智花。ちょっと外、歩いてくる?」綾さんが声を掛けてくる。

ボクは無言のまま、コクリと頷いた。

「じゃ、桃夏ちゃん、真ちゃん。ちょっと外歩いてくるね。」

「はい。」

そして、ボクと綾さんは、201号室を後にした。

 「どうしたの?急に。」

ボクと綾さんは学校のそばを流れている川の河川敷を歩いていた。

「なんか、思い出しちゃった・・・。」

「そっか・・・。」

「今回、初めて母さんが死んだときの夢だった。」

「今までは違ったの?」

「うん。今までは大体、母さんが生きてた頃の思い出とか、事件現場の様子とかだった。」

「大丈夫・・・じゃ、ないか・・・。無理しなくていいんだよ。この桃原警視からの件だって、殺人が起きたから刑事がやっても不思議じゃないから、無理に真帆がやらなくてもいいんだよ。辛かったら休んでいいんだよ。」

「いや。麻薬の件も殺人もボクが解決する。桃夏のためにも。」

「えっ?」

「桃夏、殺人があったとき、ひどく悲しそうな顔をしてたんだ。それに麻薬の話をした時も。」

「そっか・・・。でも、あんま無理しちゃだめよ。」

「分かってるって。それで、一つお願いがあるんだけど・・・。」

「何?」

「女性警官用の制服を一着、用意してもらえないかな?」

「多分、用意はできるけど、なんで?」

「明日の部屋への捜索、ボクも一緒に行っていいか?」

「いや、それはいいんだけど、わざわざ制服に着替える必要ある?」

「さっきも言ったろ。ボクの正体がバレでもしたら、潜入調査してる意味がなくなるだろ。」

「そうだね。分かった。用意するように連絡しておくよ。」

「ありがとう。」

「ほんと、素直なとこあるよね。真帆って。」

「じゃ、ボクはもうちょっと歩いてから戻るよ。」

「はいよ。ちゃんと桃夏ちゃんに謝っとくのよ。心配かけてって。私は署に戻るから。」

「分かった。ありがとな。ホントに。」

そう言ってボクは綾さんと別れた。ボクは、母や父のとの思い出を振り返りながら、河川敷を歩いていた。

 20分ほどそうしていた後、ボクは寮の部屋に戻った。

 「お帰り。」部屋に戻ると真が声を掛けてくる。どうやら、桃夏は寝たらしい。それもそのはず、現在の時刻は10時半を過ぎていた。

「真、お風呂は?」

「もう入ったよ。」

「そっ。じゃ、ボクも入ってくるな。」

「うん。寝落ちしないでね。」

「カナじゃないから、大丈夫だよ。」

「えっ!どうしてそれを?!」

「フッフン。ボクを誰だとお思いで?天下の女子高生探偵、石綿真帆だぜ。」

「そういえばそうでした・・・。」

「お風呂、入ってきます。」

「はいよ。」

その後、お風呂を出て、ボクが二段ベットの下の段にもぐりこんだ時には、真はすやすやと寝息を立てて寝ていた。

 翌朝。ボクは綾さんからの電話を受け、朝5時半に学校前に止められた覆面パトに向かった。

パトの窓をノックすると、後部座席のドアが開けられた。助手席には綾さんが座っていた。

「おはよ。智花お嬢様。」

「その言い方、やめてくれ。気持ち悪い。」

「いいじゃないの~。実際、かわいい顔してるんだから。」

「いやだ。」

「もう可愛くないんだから・・・」

「オホン。」

「あっ・・・。千速さん。お久しぶりです。」パトの運転席に座っていたのは、前に事件でお世話になった川岡千速巡査部長だった。

「はい。コレ。頼まれてた制服。」千速さんが制服の入った紙袋を渡してきた。

「ありがとう。」そう言ってボクは服を脱ぎだす。

「ちょっちょっと。ここで着替えるの?」

「いいだろ。この車内には女性しかいないし、この時間に周りを歩いているような人なんていないだろうし。それにこのほうがバレないから。」

「まっまあそうだけど・・・。」

「相変わらず突っ走るね。真帆ちゃんは。」千速さんがくすくすと笑いながら、運転席から振り向いて話しかけてくる。

「そうですか?」そんな会話をしながらボクは着々と着替えていった。

 「じゃ、工藤巡査。行こっか。」綾さんが言う。

ボクは、女性警察官の制服を着、綾さんにメイクをしてもらい、髪型も変え、少しばかり変装をした。そして、ボクは二つ目の偽名を使うことになった。〝工藤 佳凛〟。警視庁山辺署、山辺東交番に勤務する巡査である。そういう設定だ。

「はい!先輩!」それともう一つ。綾さんと千速さんの後輩である。

ボクと綾さん、千速さんはパトから降りた。

 「お疲れ様です。」

ボクたちは寮の1階にある食堂に向かった。そこは捜査の現場本部になっている。

「お疲れ様。」本部長席に座っている栗原さんが顔を上げる。どうやらうたた寝していたようだ。

「うん?こちらは?」栗原さんはボクを見て不思議そうに首をかしげる。

「山辺東交番勤務の工藤 佳凛です。応援で参りました。」

「応援?」

「ほら、ココ、女子寮じゃないですか。どちらかというとガサ入れは女性警官のだけのほうがいいかと。」

綾さんが答える。

「そうか。まあ、いいか。でも君、交番は?」

「大丈夫です。今日はもともと非番ですので。」

「そうか。じゃあ、よろしく頼む。」

「はい。」

「ガサ入れは10時開始だ。それまでに準備しておけ。」

「「はい!」」ボクと綾さんが同時に返事する。

 「ふぁぁぁ。おはよう・・・。桃夏ちゃん。」私はリビングのソファーに座っていた桃夏に声を掛ける。

時計を見ると9時を回っていた。

(お姉ちゃんたら起こしてくれても良かったのに・・・。)

「おはよう。ずいぶんお寝坊さんだね。」

「ごめん。ちょっと疲れてたみたい。」

「そういえば、智花はどこ行ったんだろう。」

「多分、散歩だよ。お姉ちゃん、いつも朝これぐらいの時間に散歩に行くから。」(多分、昨日の捜査に繰り出してるんだろうな・・・。それに私にも言わないってことは知られたくないことなんだろうな・・・。)

「へぇ~、そうなんだ。」

「うん。そういえば、桃夏ちゃん、朝ご飯食べた?」

「いや、まだだな。」

「じゃ、私作るよ。」

「えっ?」

「だって食堂に警察の人がいるなら、営業はできないでしょ。」

「まあ、そうだけど・・・。」

「じゃ、決まりね。」

そう言って私は冷蔵庫の扉を開ける。しかし———「何も、ない・・・。」

「いやぁ・・・、いっつも食事は食堂か外食だから・・・。」

「じゃ、食べに行こっか。」

「うん。そうだな。でも、智花は?」

「いいよ。お姉ちゃんは。また〝腹が減っているほうが頭が回る。いいか。ボクは頭脳なんだ。桃夏、残りはただの付け足しだよ。かのシャーロックホームズだって言ってただろ〟って言うにきまってるから。」

「ハハハ。確かに言いそうだね。」

「でしょ~。」

 「ハックション!」

「おや、工藤。風邪かい?」

「ハハハ。大丈夫ですよ。多分どこかで誰かが噂してるんだと思います。」

「人気者だねぇ~。」

「まあ、一応は有名人ですから。」

「このっ!生意気だな!」そう言うと綾さんはボクの小脇をつついてくる。それを千速さんは微笑みながら見ていた。

「そういえば、佳凛ちゃん、朝ご飯食べたの?」

「あっ、そういえば、昨日の夜から何も食べてないですね。」

「やっぱり。さっきコンビニでおにぎり、買ってきたから食べる?」

「いいんですか!?ありがとうございます。」

「はい。どうぞ。」千速さんがコンビニのビニール袋を渡してくれる。中にはいくつかおにぎりが入っていた。しかもすべてボクの好みを押さえている。

「さすが、千速さん!私の好きな具ばっかりです!」

「良かった。」

「工藤、早く食べちゃってよね。もうあと30分でガサ入れよ。」

「分かりました。綾警部補。」

 「蔵前、工藤、川岡。ちょっと来い。」

「「「はい!」」」栗原警部に呼ばれたボクたちは返事をする。

「ガサ入れに行くぞ。」

ボクたち3人に加え、段ボールを抱えた警官が7人で今回のガサ入れをするようだ。ボクたちを先頭に問題の先輩たちの部屋に向かう。

「そういえば、ほかの先輩の所に聞きに行きませんでしたね。」

「それならもう行ったよ。昨日の夜のうちに、千速と手分けして全部回った。でも、被害者と特段仲が良かったのはあの二人だけだったみたい。」

「そっちにもガサ入れはするんだよな?」

「うん。一課と所轄署の女性警官が強制的に集められてる。でも、ほかの部屋はウチより10分遅く入ることになってる。」

「そっか。」

そんな会話をしている内に、ボクたちは問題の部屋に到着した。

コンコン

「失礼します。警察のものですが、久保井さん、野村さん。いらっしゃいませんか?」ボクは少し声を張り上げて言った。

「はあい、何ですか?」部屋のドアが開く。いかにも眠そうな女子生徒が出てきた。

「警視庁の工藤です。昨日の事件に関連して、あなたたちの部屋を捜索させていただくことになりました。ただ、あくまで任意ですので、もちろん拒否権もあります。」

「えっ・・・?私たちを疑ってるんですか?」

「どした~?薫。」

「警察が部屋を捜索したいって言うんだけど・・・。」

「5分ぐらい待ってもらえます?今、部屋の中に服の類が散らばってるので。」

「構いません。よろしくなったらもう一度出てきていただけますか。」

「はい。ではすみません。」

部屋のドアが再び閉められる。

「じゃ、綾さん。あとはよろしく。」

「えっ?工藤は?」

「ボクは外に回るよ。多分5分の間で証拠隠滅を図ると思うから。」

「分かった。じゃ、千速、一緒に行ってあげて。」

「了解です!」

 ボクと千速さんは急いで問題の部屋の窓の下に向かった。

「捨てるとしたら窓からだよね。」

「多分ね。」千速さんが詰まりながら答える。

「多分?」

「いや、いくら追い詰められても窓から捨てるかなって。」

「いや、昨日の動揺ぶりを見る限り、正確な判断をできる余力はないと思う。」

「そっか。」

しかし、5分経っても窓からは何も落ちてこなかった。その時、ボクの無線から綾さんの声が聞こえてきた。

『一課蔵前班、対象部屋に入ります。』

「急ごう。千速さん。ガサ入れ始まった。」

「うん。分かった。」

 部屋に入ったボクは、リビングで指示を出している綾さんに声を掛けた。

 「蔵前警部補。」

「やあ、遅かったね。そして読みは外れたね。」

「はい・・・。」

「こっちも収穫なしかな。全部の部屋を探してみたけど・・・。出てきたのは被害者と一緒に写ってる写真とあとは普通の女子高生なら持っててもおかしくないようなものばかり。」

「台所は?」

「まだ捜査してないけど。」

その言葉を聞いたボクは、急いで台所へ向かった。シンク下の収納を開けてみると、そこには調理道具がいくつも置いてあった。ただ一つ、あるものを除いて。

「やっぱり無い。」

「どうしたの?工藤。」

「警部補。私の読みは外れていませんでした。」

「えっ?」

「では、さらなる証拠を探してまいります。」

「ちょっと!?工藤!?」

「警部補。私が付いて行きますので!」

「あっあぁ。」

ボクは部屋を飛び出した。その後ろには千速さんが付いてきていた。

 ボクが猛ダッシュで向かったのは、ボクと真が最初に入った今は使われていない倉庫だった。

倉庫前に着き、ドアノブを回すが、鍵がかかっているようでビクともしない。

「くそっ・・・。」

「佳凛ちゃん。ここに何があるって言うの?」千速さんが尋ねてくる。

「麻薬です。ここ、もう何年も使われていないはずなのに、ドアがやけに動きやすいんです。雨風でさびているはずなのに。」

「てことは誰かがここに入っていたってこと?」

「そういうことです。だけど、鍵がかけられてる・・・。」

「真帆。下がって。」ふと、振り返ってみると、千速さんは拳銃を構えていた。

「えっ?千速さん。何するつもりですか?」

「ドアを撃つ。鍵を壊す。」

「でも、そんなことしたら・・・。」

「大丈夫。これで証拠は見つかるんでしょ?それなら上も文句は言えないから。それに一般人もいないし。」

「千速さん・・・」

「いいから下がって。」

「はい。」ボクはドアの前から離れ、千速さんの後ろ側に回る。

「いくよ。」

パァァァン

あたりに銃声がこだました。

「入るよ。真帆ちゃん。」

「はい。」この時の千速さんの表情は、どんなイケメンよりかっこよかったと言えると思う。

「入ったはいいけど、何もないわよ。この部屋。」

倉庫の中に入った千速さんは首をかしげる。しかしボクには見当がついていた。

「奥の部屋に入りましょう。そこにあるはずです。」

そう。ボクとカナが最初にここに来た時に、入ろうとしていた部屋だ。千速さんが先陣を切る。そのあとにボクは付いていく。この部屋のドアは鍵が掛かっていなかった。ドアを開けると———

「うわっ・・・すごい匂い・・・。」千速さんが顔をしかめるのも仕方ない。その部屋には、大量の大麻があったのだから。けれど、ボクはそれ以外にも違和感を感じていた。バタンと千速さんがドアを閉める。

「真帆にこれ以上嗅がせる訳にはいかないわ。とりあえず、本部に戻って報告をしましょう。」

「いや、待って。今、大麻以外の匂いもしていた気がする。」

「えっ?」

「血の匂い・・・。」そう言ってボクはポケットに入れておいたマスクを取り出す。「これしてれば、大丈夫でしょ?」

「まあ・・・。でも、大麻の匂いって本当に落ちにくいよ。それでもいいの?」

パッとしない千速さんを置いてボクは再び部屋に入った。部屋の中には少なくとも50株以上の大麻の鉢植えがあった。

「千速さん、コレ、絶対売りさばいてますよ。」

「そうだね。この量だとその可能性が高いわね。」

「すごい匂いですね・・・。」

「あ~あ、せっかくのスーツが大麻臭くなっちゃう。それに今日、匂いを落とすのも大変だな・・・。」

そんな千速さんの愚痴を後ろで効きながら、ボクは大麻をよけながら、進んでいった。すると、部屋の隅に人影を見つけた。

「千速さん、人がいる。」

「えっ?」慌てて千速さんが近づいてくる。

「大丈夫ですか?」ボクはその人に近づきながら呼びかける。しかし、反応はない。

「大丈夫ですか?聞こえますか?」千速さんも呼びかける。依然反応はない。ボクはその人に近づき、顔を覗き込んだ。

「ぎゃっ!!」思わずボクは声を上げていた。現場を何度も見てきたボクですら驚くような凄惨な顔で彼女は亡くなっているのが見て取れた。

「どうしたの?佳凛ちゃん。」

「この人、亡くなってます。すでに・・・。」

「うっうそ・・・。コレ、この学校の制服よね?」

「しかも、スカーフが黄色なので、1年生です。」

「とにかく、本部に連絡を・・・。」

そんな千速さんの言葉をどこか遠くで聞きながら、ボクは制服の肩についている無線機のスイッチを入れ、叫んでいた。

「こちら、工藤。校門すぐ横の廃倉庫でこの学校の生徒とみられる女性の遺体を発見。至急、応援願います。」













プロローグ 第3章


 ボクとカナは、手洗いから戻ってくると、会議が行われてる部屋の前に、片山巡査部長が立っていた。

「事件のあらましは知ってるんでしょ?」

「はい。大体は。」

「じゃ、もういいよね。会議の方は。」

「えぇ。まぁ。」

「今、捜査の分担を決めてるけど、私たちは捜査にでも出かけましょうか?」

「そうですね。とにかく、もう一度現場を精査したいです。」

「そう。じゃ、現場に行こっか。」

そう言うと片山巡査部長は、鼻歌交じりに署の廊下を進んでいった。ボクとカナはそれに黙ってついて行った。

 現場の北星川の河川敷は規制線で立ち入りが広範囲にわたって制限されていた。これなら、ボクたちの顔を知っている報道陣もボクたちが来たことには気づけないだろう。それに今、ボクたちはスーツに身を包んでいるし、帽子もかぶっている。腕には捜査一課の腕章、スーツの上着の襟には捜査一課のバッジも輝いている。

「ホントに二人、本物の刑事みたいに見えるね。」

「そうですか?」

「うん。捜査一課に居そう。」

「ふふふ。いつかそんな日が来るかもしれませんね。」

「楽しみにしておくよ。じゃ、どこに遺体があったの?」

「ここです。」ここです。そう言ってボクは遺体を見つけた場所を指さした。

「ここか・・・。」

「で、ここが拳銃が落ちていた場所だよね。お姉ちゃん。」

「うん。そうだな。」さっきまで組織の陰におびえていたカナ———今は真だが———も少しは落ち着いたようだ。いつもの完璧な演技の真に戻っている。

「拳銃?」

「凶器のです。」

「あっあれも二人が見つけてたの?」

「えぇ。」

「でも、他に手掛かりはなさそうだね。」真がつぶやく。

「うん。そうだね。」確かに、被害者が倒れていた周りには何も落ちていたり荒れたりした跡もないのだ。

「じゃ、被害者の家を調べてみたいんですけど、いいですか?」

「ちょっと待ってね。パトに戻ってから———」

「———本部長に確認する、ですよね?」

「ハハハ。うん。そうだよ。じゃ、パトに戻りましょう。」

「はい。」

そして、ボクと真は、片山巡査部長の運転するパトに乗って被害者の女性の自宅へ向かった。












第3章 真実

 「ただいま。」

ボクは、とっぷり日が暮れたころ、ようやく自分の部屋に戻ることができた。

あの後、警察による現場検証が始まった。部屋には電気が通っておらず、懐中電灯を使って、昼でも薄暗い部屋の中を捜索した。大麻の鉢植えの周りには被害者の遺留品とみられる学生証や財布、スマホ、それにバックが落ちていた。そして、検視の結果、被害者はボクたちが発見したおよそ3時間前には殺されていたことが分かった。寝ているところを殺されたようで、抵抗した痕は一切なかった。死因は首を絞められたことによる窒息死。抵抗していない点から何か薬を盛られていたのではないかと警察は見ているらしい。

 ついでに、大麻草のガサ入れも実施され、あの部屋には60キロ相当の大麻草が栽培されていたことが分かった。いよいよ警察は殺人と麻薬、二つの事件を捜査しなければならなくなったのだ。

「おかえり。随分と時間がかかったね。って、なんで警官の制服?あと、くっさ!何のにおい?!コレ?」

「制服は潜入調査のため。この匂いは大麻。もう大変だったんだぜ。大麻、60キロ近く見つかった。」

「そんなにどこにあったんだ?」桃夏が尋ねてくる。

「校門横の廃倉庫。」

「でも、あそこ、オレがこないだ生徒会の監査で入ったとき、何もなかったぞ?」

「その奥に扉があるんだよ。その扉の部屋に。」

「そんなのがあったのか・・・。」

「まあ、事件のことは後で。お姉ちゃん、早くお風呂入ってきて!その間に制服、消臭剤ぶっかけとくから。」

「はいはい。」

ボクはお風呂場へ向かった。

「はぁ・・・。」お姉ちゃん———真帆———を風呂へ向かわせた私はため息をついた。

「ほんとに二人は仲がいいんだな。」

「あっ。ごめんね。騒がしくて。」

「いいんだよ。にぎやかで楽しいよ。」

「そう?」

「うん。」

そう言った桃夏の表情はどこか悲しげなものがあった。

 やっぱり麻薬のにおいは落ちにくかった。千速さんに脅されていたが、想像以上に落ちなかった。もうどこが臭いのかわからなくなるほどだった。全身をくまなく3回洗って、ようやくにおいが落ち着いてきた。

「お先、いただきました~。」

「どう?におい落ちた?」桃夏が尋ねてくる。それと同時に真が近づいてきて、匂いをかいでくる。

「大丈夫みたい。制服もだいぶ落ちたよ。」

「ありがとう。」

「じゃ、事件の話を聞かせてくれ。」

「あぁ。いいよ。まず、麻薬は今回の一連の事件と関係してると思う。」

「一連?まだ一件しか起きてないだろ?」

「いや、実はさっきの麻薬があった部屋で遺体が見つかったんだ。近くに落ちていた生徒証から、森谷 明華と分かった。」

「えっ?!明華ちゃんが?!」桃夏が驚いた声を出す。しかしすぐに顔に暗い影が落とされた。

「うん。あらかじめ、薬で眠らされて、首を絞められて殺されたらしい。」

「それで何か証拠はあったの?」

「いや、目ぼしい物はなかった。そこでだ。麻薬は押収したかに見せかけて、今もまだあの倉庫にある。事件のことも公表してない。すると、麻薬のグループは今日にでも何か動きを見せると思うんだ。だから、今日、3人であの倉庫を張ってみないか?」

「いいね。」真がうなずく。

「桃夏も来るか?」

「あぁ。二人の仇、とってやる。」

「じゃ、決まりだな。」

 その後ボクと真、そして桃夏は件の倉庫の裏に身を潜めていた。

「ねぇ、ほんとに来るのかな。」真が小声で尋ねてくる。

「分かんない。でもかけてみるしか。」ボクも小声で返す。

「誰か来たぞ。」桃夏が声を上げる。小声で。

「あれは・・・、見回りの警官だな。」ボクにとっては見覚えのある千速さんだった。ボクは彼女に声を掛けるか迷ったが、結局知らないフリをすることにした。

 そして、何も起きずに2時間が経った。

「まだかな・・・。」さすがにつらくなってきたようで、桃夏が小声で言った。

「まあ、そう焦るなって。いつかは来るよ。」

「だね。」

「ふあぁぁぁぁ・・・。」

「真、眠いのか?」

「うん。疲れた。」

「寝るなよ。真。こんなところで。風邪ひくぞ。」

「分かってまひゅよ。ふわぁぁぁぁぁ・・・。」

「戻って寝たら?」

「いやだ。私だけ結末見れないとかいやだもん。」

こういうところだけは妙に意地っ張りなのである。

「にしても、もう夜の12時か・・・。」桃夏がため息交じりにつぶやく。

「そろそろ動きがあってもおかしくないんだけど・・・。」

「ねぇ、あの光何?」

「うん?」

真が指さしたほうを見ると、そこには、ぼんやりと光が見えた。

「誰かが来たんだよ。」ボクが言う。

「しかもあっちは学生寮のほうからだ。」

「さすがは桃夏ちゃん。この学校のことがよくわかってるぅ~。」

「ここに来るかもしれない。静かに。」

桃夏を茶化す真を黙らせる。一気に現場に緊張が走った。その光はどんどんこちらに近づいてくる。近づくにつれ光は二つあると分かった。そして、その光はボクたちが隠れている横の道を通り、倉庫に向かった。ドアが閉まった音を聞いてからボクは二人に合図した。

「行くぞ!」

ボクと真、それに桃夏は隠れていた場所を飛び出し、倉庫のドアの前に走りこんだ。

「開けるぞ、いいな。」

「うん。」

ボクはドアを開け放つ。もちろん予想していた通り最初の部屋には誰もいなかった。そこでボクは二人にマスクをつけるように言い、自分もマスクをつけた。もちろん、二人にも大麻のにおいを嗅がせるわけにはいかない。そして、奥の部屋のドアのノブに手を掛けた。

「開けるよ。」

二人が後ろで静かにうなずいた。ボクはドアノブを回した。

ガチャ

「誰かいるのか?!」

「・・・。」部屋からは何の返事もしなかった。その時、ボクは右手のほうでガサっという音が聞こえたのを聞き逃さなかった。

「危ない!伏せろ!真!桃夏!」とっさにボクは叫んでいた。次の瞬間、ボクの右腕に痛みが走った。その痛みをこらえ、その痛みを与えた犯人の腕をつかんだ。

「うぉりゃぁぁぁぁ!」ボクはそのままその犯人の腕をつかんだまま、一本背負いの要領で犯人を床に投げ飛ばした。

「お姉ちゃん!」真が僕に向かって叫ぶ。慌ててボクはしゃがんだ。

「てりゃぁぁぁ!」真はボクと犯人を飛び越えるとボクの背後に立っていたもう一人の犯人に蹴りを入れた。

「ほら、おとなしくしろ!あんたたちが犯罪をした証拠はそろってるんだ。桃夏、電気をつけてくれ。」

しばらくして、電気がつく。その光によって照らされたのは———

「久保井先輩!?野村先輩!?」桃夏が叫んだ。

「やっぱりあんたたちだったんだな。麻薬の栽培、密売、そして殺人をやったのは。」

「証拠はあるの?!」

「あるもなにも、今君たちが持ってるだろ。ここのカギ。」

すると、ハッとしたような表情で久保井先輩がスカートのポケットを生地の上から触った。

「ほら、やっぱりそうですね?今、久保井さん、あなたスカートのポケットに無意識に手を伸ばしましたものね。この倉庫、先生によるともう10年は使われてないそうですねぇ。なんで鍵を持ってるんですか?」

「まっ麻薬は認めるわ。でも、殺人なんか・・・。」野村先輩がおどおどしながら言う。

「昨日、君たちの部屋の捜索があっただろ。その時君たちは外に出されていたから知らないだろうけど、警察は台所も調べているんだ。そしたら、他の調理器具はそろっているのに、一つだけそろっていないのがある。何かと思えば、包丁じゃないか。しかも、一人目の殺人の時の凶器は包丁。これだけあれば十分かと思いますが。大方、麻薬の密売か栽培かをめぐって仲間内で対立したんでしょ?調べれば出てくるはずだ。あなた方のどちらからの指紋が。」

「智花・・・腕から血が・・・」

後ろから桃夏の声が聞こえてくる。

「えっ?!」

その時ボクは犯人を取り押さえるときに走った右腕の痛みを思い出した。見ると右腕の肘下に刺し傷があった。ん。待てよ・・・。この刺し傷は、包丁か・・・?だとしたら、あの時の事件の包丁は・・・。そう考えたすぐ後だった。

「ゔっ・・・ガハァッッ!!」

腹部に普段は絶対に感じえない痛みを感じた。見ると腹から包丁の柄が飛び出している。でも痛みを感じたのは一瞬で、次の瞬間には肌が冷たい床を感じていた。その時になってボクはやっと自分が刺されたことに気が付いた。時間にしてほんの数秒だっただろうが、ボクにはひどく長く感じられた。近くではカナが久保井先輩を組み伏せながらボクに向かって何かを言っているように見える。そして、桃夏の必死に通報する声が聞こえる。

あぁ・・・死ぬんだな・・・———かすれ行く意識の中でボクはそう感じた。

 目を開けると知らない天井があった。それで分かった。あぁ、ここは病院なんだと。そしてカナの顔がぬっと視界に入ってくる。

「真帆・・・。目が覚めた?」

「うん。ごめん。無茶して。」

「ホントだよ。もし死んでたら、私、遥香先輩にどう顔向けすれば・・・。」横から綾さんの声も聞こえてくる。

「ごめんなさい。」

「でも、よかったね。傷は浅かったから、明日には退院できるみたいよ。」

「そういえば、事件のほうは?」

「無事、二人とも逮捕したよ。」

「二人だけか?!」思わずボクは叫んでしまった。

「うっうん。そう。二人だけ・・・えっ?あの二人じゃないの?」

「よく考えろ。事件の証拠品にあっただろ?包丁が。」

「あっ!真帆を刺した凶器も包丁。でも、事件に使われたのが彼女たちの包丁なら不可能になるってこと?」カナが言う。

「そういうこと。」

「てことは、他にも協力者がいた・・・。」綾さんがあごに手を当てながら言う。

「ボクの勘を信じてくれるなら、ボクたちの潜入先のクラスの担任、村井先生に事情を聴いてみてください。」

「えっ、なんで?」

「あの人と最初に出会ったのはあの廃倉庫の前なんだ。そん時の挙動が怪しかったから。」

「なるほど・・・。分かった。事情を聴いてみるよ。」そういうと綾さんは病室を後にしていった。

バタン

病室の扉が音を立てて閉まった。

「ねぇ、カナ。」

「どうした?真帆。」

「ボクが刺されたとき、本気出してたよね?」

「あっうん・・・。つい・・・。」

「バレてないよね?」

「えっ?」

「正体、バレてないよね?桃夏に。」

「うん。バレてないと思うけど・・・。」

「そっか。ありがとうね。」

「うん。どした?刺されて気でもおかしくなった?真帆がお礼をすんなり言うなんて珍しい。」

「なんだと~?その言い方は。人が感謝してるのに~。」

そしてボクたちは顔を見合わせ、そして大声をあげて笑った。

病室内の笑いが一段落したころだった。

ガラ

病室のドアが開いた。ボクのベットからではドアのところは見えない。

「あれ、綾さん?もう帰ってきたの?」

「・・・。」

その時、ボクの探偵としての本能が警鐘を鳴らした。咄嗟にベットの上に飛び起きる。

「真帆?」

「しっ。」

音を殺しながらこちらに近づいてくる気配がする。ボクの行動にすべてを察したようだ。カナが黙る。気配の主はどんどんとこちらに近づいてくる。そして、気配の主の姿が見える。

「何をしてるんですか?村井先生?」

村井先生はハッとしたように動きを止める。病室に忍び込んできていたのは、ボクたちの潜入先のクラスの担任、村井先生だったのだ。

「持ってるんでしょ?凶器。」

「なんの話をしてるの?阪本智花さん?」

「とぼけても無駄ですよ。村井先生。」カナが割り込んで言う。「あなたが麻薬の元締めだったんですよね?あの廃倉庫のカギを変えたのもあなた。そして、赤羽さんと森谷さんを殺したのもあなたですよね?あなたの家を調べれば出てくると思いますよ?血にまみれた手袋と衣服が。」

「ふっ。よく分かったわね。でも、残念ねぇ。あなたたちはここで死んでしまうんだから。」村井先生はおもむろにスーツの上着の胸ポケットに手を伸ばした。そして、取り出したのは———

「ハッ!」拳銃だった。

「それで殺せば、事件の真相には迫られないとでも思ってるのか?」

「いいえ、違うわ。あんたたちを殺して、私も死ぬの。」

「くっ・・・。」

どうすればいいのだろうか。村井との距離は結構ある。ベットの近くにも来ていない村井を制圧するのは至難の業だ。だからと言って、今の村井の精神状態からすると、ナースコールでも押そうものならすぐに発砲しかねない。それに、ボクは今ベットの上にいる。それに刺されて体も弱っている。そんな状態では太刀打ちできない。そんな事を頭の中でぐるぐると考えていた、その時だった。

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁああ~!」

ベットの隣の椅子に座っていたはずのカナが村井に飛びかかっていた。

「カナッ!!!!」

パァァァン

発砲音が病室に響いた。ボクの右頬を風がかすめてゆく。

「カナ!大丈夫か?!」思わずボクは叫んでいた。

「うっうん。」

いつものカナの声が聞こえて、ボクはとりあえず安心した。ベットの端から身を乗り出し、声のするほうを見るとカナと村井が組み倒れているのが見えた。———正確には、村井が床で伸びていた。

「あのさ・・・これって正当防衛になるよね?」

「えっ?」

「気絶させちゃった。いつもの癖で・・・」

「うん。なるよ・・・。けど、もうちょっといつもの癖出さないでもらっても?」

「はい・・・すみません・・・。」

「ま、いっか。誰もケガしてないし、助かったし。」

廊下から警官の応援を呼ぶ声と走る靴音が聞こえてきたのは、そのすぐ後だった。

 村井も逮捕されたことで今度こそ本当に事件は幕を下ろした。学園は麻薬に殺人が起きたことで世間から非難を浴び、今在籍している生徒の卒業を待ってから、閉校することが決まったらしい。

 麻薬は、村井が麻薬の売人と恋愛感情を持って付き合いだしたのがきっかけだったようだ。そして、麻薬を売って一儲けしようと彼氏に言われたらしい。そこで目を付けたのが閉鎖的な空間の女子高。それも全寮制の。担任を任された村井は生徒に次々と麻薬を売りさばいていった。調べてみると、3学年中30人もの生徒が麻薬をやっていたことが分かった。そして、麻薬の受け渡し場所があの廃倉庫だったのだ。赤羽さんと森谷さんは麻薬の実態に気づき、内部告発しようとしていたのが村井にバレ、村井に殺されてしまったのだった。久保井と野村の部屋になかった包丁は村井が疑いの目を向けさせるために部屋からこっそり持ち出しらしい。そして、ボクらが麻薬に気づいたことを久保井たちに言ってあの日、麻薬部屋に包丁を持ってくるように言ったそうだ。この事件をきっかけに厚労省のマトリ¬¬¬———麻薬取締官たちによる捜査が行われ、村井の彼氏のバックにある麻薬の密輸・密売組織の連中も逮捕されたそうだ。———それを知ったのは、事件解決から4週間後だった。

ボクは村井逮捕の翌日、無事退院した。そして、ボクとカナの潜入調査も終わることになった。ボクとカナは荷物を取りに学園へ向かった。

「ねぇ、お姉ちゃん。今日で桃夏ともお別れなんだよね?」

「うん。」

「連絡先、交換してもいい?」

「いや、残念だけど・・・。正体がバレるのもまずいし。」

「そうだよね・・・。」

そんなことを話しながら、ボクとカナは寮の201号室のドアを開けた。

「桃夏、ひ———」

「二人とも、動かないでくれる?」玄関には、不敵な笑みを浮かべた桃夏が拳銃を片手に立っていた。

「・・・っ桃夏。どうしたんだ?」

「桃夏ちゃん。そんな物騒な物、しまって?ね?」

「いいから。君たちの部屋に入れ。」

桃夏は淡々と指示を出す。まるで感情を押し殺しているかのように。殺し屋の仕事をしているときのカナのように・・・。

 ボクたちは促されるまま、自分たちの部屋へと入った。桃夏はボクたちに拳銃を向けたまま、後ろ手に部屋の鍵を閉める。

「じゃ、二人とも座って?」

そういうと、桃夏はドアの前にボクの勉強机の椅子を引っ張り出し、座った。そうなると椅子は一脚足りないから、ボクは仕方なく部屋の大部分を占拠している二段ベッドの下段に腰かけた。ふと、カナをうかがうと殺し屋の仕事をしているときにしか見せないクールを通り越して冷酷な表情になっていた。その顔を見たボクは覚悟を決めた。———もちろん殺される覚悟を、だ。

「わざわざ拳銃まで引っ張り出してボクたちを脅してまで聞きたいことはなんだ?」

ボクはできるだけ落ち着いて桃夏に尋ねた。

「その拳銃、組織の物よね?」カナが言う。

「組織ってなんのことだい?」

「しらばっくれても無駄よ。〝緋色の組織〟を置いて他にないでしょ?あなたも組織の一員なんでしょ?灰原桃夏さん?」

「勘が鋭いね。阪本 真———いや、狛江叶汰さん。」

「どうしてその名前を?!」

慌ててボクが尋ねる。言ってからまずい質問をしたと後悔した。

「ほぼ素顔のまま乗り込んできて気づかないほうがおかしいでしょう?お姉ちゃん役の石綿 真帆さん?」

「そっそれで、目的はなんだ?ボクたちを殺そうっていうのか?」

「いえ。そんな物騒なことは致しませんよ。ただ、上から阪本姉妹の正体を調べろと言われましてね。」

「それでこの間、あの廃校舎にいたのかっ・・・!?」

「そうです。では、ボスに連絡させていただきますね?」

すると桃夏は制服の胸ポケットからスマートフォンを取り出した。すぐに桃夏は誰かと話し始める。ボクはごくりと生唾を飲み込んだ。

「もしもし。ボス。分かりました。正体が。」

「もったいぶらずに言えって?まあまあ。そう焦らずに。どのみち、あなたの期待していた結果にはなりませんでしたよ。」ここで長い間が開いた。

「阪本姉妹は本当の阪本姉妹でした。ボスの言う狛江叶汰なんて少女じゃありませんでしたよ。では、私は学校のほうの用事がありますので、これで失礼いたしますね。」

桃夏は画面をタップするとスマホを制服の胸ポケットに戻した。ボクは意表につかれていた。

「なんで・・・?」

「なんで、嘘をついたかって?そんなの、君なら分かっているんじゃないか?真帆。」

「悪いが分かっていないな。説明してくれるか?」

「キラーエンジェル。」

「その名前はっ・・・!」反応したのはカナのほうだった。

「カナ。心当たりがあるのか?」

「組織内で生きる伝説と言われている狙撃手だよ。でも、2年前からぱたりと話を聞かなくなった。正体不明で、唯一分かっているのは、女性だということだけ。」

「そう。生きる伝説の狙撃手。キラーエンジェル。それはオレの母だよ。」

「なに!?」

「組織が君たちの両親を殺したのにも一枚かんでいるとオレは考えている。」

「・・・っ!?」

「でも、オレの母さんはあの事件の後すぐに行方が分からなくなった。オレの親父は小さい頃に組織を裏切って始末されたから、身寄りがいなくなった。だから、この女子高に進学したんだ。」

「じゃあ、なぜボクたちの正体を嘘ついたんだ?君の身に危険が及ぶだろ?」

「あれ?オレのこと心配してくれるんだな。」

「当たり前だ。命救ってもらったんだから。というか、こんな近くに組織の内部とつながっている人がいるんだ。まぁ、利用する気はないが、情報は教えてほしいな。」

「それって利用してない?」

「確かに。」カナが笑いながら言う。それにつられて笑うほどの余裕はなかった。桃夏の行動の真意が読めなかった。

「言われなくとも、そうするつもりだったさ。だって、さっき言ったろ?オレの母親は行方不明、父親は組織に殺された。そんな人が組織を恨まないわけないだろ?」

「まぁ、そうね・・・実際、私も許してないし。」カナが答える。その声には怒りが感じられた。

「だろ?オレが知っている情報はすべて流す。だから、君たちにはあの事件の真相を解き明かして、オレの母親の行方を調べてもらいたいんだ。そして、できるなら組織をぶっ潰してほしい。」

「分かった。いいけど、その代わり、最後、組織をぶっ潰す段になったら手伝ってくれよ?さすがに二人じゃキツイ。」

「あぁ。分かってる。連絡してくれよ。そしたら、関東だろうと北海道だろうと沖縄だろうと外国だろうとどこでも駆けつけるさ。」

「じゃ、その拳銃。しまおう?」やはりカナは臆病だ。

「あぁ。すまない。」そう言うと桃夏は自分の部屋に戻っていった。

「はぁぁぁ・・・。びっくりした・・・。終わったと思った・・・。」カナが安堵の声を漏らす。

「そうだな・・・。疲れたよ・・・。」

「ね、こうなったら連絡先、交換してもいいよね?」

カナはまだ諦めていなかったようだ。ボクはふっと笑ってから言った。

「うん。いいよ。」

「でもさ、なんかこの部屋、片付いてない?」

「そうだな。確かに片付いてる。」

ガチャ

そこへ桃夏が戻ってきた。

「ねぇ、二人とも。お茶飲まない?」

「うん。いただこうかな。」

こうしてボクとカナ、桃夏はリビングのテーブルを囲んで座った。

「あの、桃夏。ボクたち今日でここを去ることになったんだ。」

「分かってた。君たちの正体に気づいた時から潜入調査だと思っていたから。」

「今まで本当にありがとう。」

「いえいえ。大したことは、」

「でさ、これからも友達でいないか?」

「えっ?」

「依頼人と探偵じゃなくてさ、友人として過ごさないか?なんか、桃夏とはすごく仲良くなれそうな気がするんだ。」

「うん。いいぜ。」

横でカナの顔がパッと輝いたのが見えた。

「あっあとさ、桃夏、なんで部屋の中が整理されてるんだ?」

「あぁ・・・実はオレ、転校することになった。」

「「えっ?」」

「なんで?」

「いやぁ、こないだの事件で二人に協力したじゃない?」

「うん。すごい助かったけど。まさかそれが原因?」

「いや、全然関係ない。」

「なんじゃそりゃ。」

「なんかこの学校にいるのが嫌になってさ。今の状況じゃまともな授業もしてもらえないだろうし。そしたら学校側が編入支援をしてくれるって言いだしてね。それで転校することになった。」

「そっか、ごめんな。ボクらが来たばっかりに・・・」

「いいんだよ。君たちが来てくれたおかげでこうして友達になれたのだから。」

「ありがとう。そう言ってくれて。」

「で、桃夏ちゃんはこれからどこに行くの?」

「女子の制服にスラックスがあるところがいいな~、なんて思ってる。でも、どこに行くかは内緒。」

「えぇ~、なんで~?」

「別になんでってまだ決まってないからなんだけどね。」

「なんだ・・・桃夏ちゃんのことだからなんか隠してるのかと思ったよ。」カナが笑う。

「なにそれ?ふふふ・・・ハハハハハ・・・」

桃夏も笑いだす。つられてボクも笑った。部屋に笑い声が響いた。

「決まったらまた教えてね。桃夏ちゃん。」

「うん。そのつもりさ。」

「じゃ、カナ。荷物をまとめちゃおう。」

「分かった。真帆。」

「じゃ、オレも荷物をまとめちゃうか。」

「えっ?でもまだ行く先、決まってないんでしょ?」カナが尋ねる。

「決まってないって言っても、もう候補は絞られてるからな。慌てて荷物を作るよりはあらじめ、荷物をまとめといたほうがいいだろ?」

「そうだな。カナはいっつもギリギリだもんな。」

「うぅ・・・、そっそんなことないもん。」

「あるね。この間の待ち合わせの時だって遅刻したじゃない。」

「そっそうだけど・・・。それを言ったら真帆だって、寝坊して遅れてきたことは何度もあったでしょ?」

「それは今関係ないじゃん。」

「ふふふ・・・ワハハハハ・・・」

突然桃夏が大声をあげて笑い出した。びっくりしたボクとカナは顔を見合わせた。

「いや、ごめん。ほんとに君たち、姉妹みたいだな。」

「えっ?」

「今の掛け合い。最高だった。」

そういうと桃夏はニコッと笑って自室に戻ってしまった。ボクとカナはリビングのテーブルの上に置かれたお茶の入ったコップのようにただそこに立っていることしかできなかった。

 それから2時間後。ボクたちは荷物をまとめ終わり、リビングに戻ってきた。そこにはさっき置いたままにしたお茶の入ったコップが3つ置いてあった。

「お茶、ぬるくなっちゃったね。」カナが言う。

「だな。」ボクもそれに頷く。

「桃夏ちゃん、まだかな。」

「声かけてみれば?」

「でも、まだやってたら悪いし、いいや。」

そういうとカナはソファーに座った。ボクもカナの隣に腰掛ける。

「やっと終わったね。」

「あぁ。そうだな。今回もありがとう。カナ。」

「いいんだよ。無理言ってついてきたのは私のほうなんだから。」

「いやぁ、刺されたときは助かったよ。」

「ほんとに真帆は無茶しかしないんだから。」

「〝しか〟は余計だっての。」

ボクはカナの小脇を突っつく。

「やめてよ。真帆。」

嫌がってはいるがカナは笑っている。あぁ、今、ボク、生きてるんだ。なぜだかそう感じた。今までたくさん無茶はしてきたが、刺されたのは今回が初めてだった。死を間近に感じると人は変わるらしい。

本当に生きててよかった。そんなことを思う自分がいた。

「真帆?ねぇ、真帆?」

「えっ?」

突然カナの声が聞こえてきて、ボクは驚いた声をあげてしまった。

「聞いてなかったでしょ?」

「うっうん。ごめん。物思いにふけってた。」

「珍しい。真帆が事件の時以外に物思いにふけるなんて。」

「いいだろ、別に。」

「まあ、いいけどね。で、何のこと考えてたの?もしかして好きな子の事とか?」

「違います~。好きな人なんていません。」

「な~んだ、面白くないの。」

「オホン。」

ボクたちの後ろで咳払いが聞こえた。ボクとカナは振り返る。

「あれ、桃夏。いつのまに。」

「なんなの?君たちは。」

「えっ?」

「付き合ってんのか?」

真剣な顔で聞いてくるものだから、思わずボクとカナは笑ってしまった。

「そんな訳ないじゃん。ボクがカナと?」

「そんな訳ないでしょ。私が真帆と?」

ボクとカナの声がぴったりと揃う。

「ほら、息もぴったり。」

「たまたまだよ。小さいころから一緒にいたからかな。」ボクが答える。

「そうだよ。桃夏ちゃん。」

「そっか。でも、あの雰囲気はカップルのそれだったぜ。」

桃夏はニコッといたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

「あら、そうだった?ごめんね。私たちが付き合ってなくて。」

カナもからかうようにしながら答えた。そして、再び部屋は笑いに包まれた。

しばらくしてから、部屋のインターフォンが鳴らされた。

「はぁ~い。」桃夏が玄関に向かう。

ガチャ

「どちら様ですか?」

「久しぶり、桃夏ちゃん。」

「あっ、蔵前さん。久しぶりってまだ3日しかたってませんよ、最後にあってから。」

「そうだね。真帆~、叶汰ちゃん~。用意できた~?」

やってきたのは綾さんだった。

「終わったよ。綾さん。」

「じゃ、行こうか。」

綾さんが手ごろな段ボールを持つ。

「この寮の前に車を止めてあるから。」

「分かった。」

ボクとカナもそれぞれ段ボールを持つ。

「じゃ、オレも手伝うよ。」

「あっありがとう。桃夏ちゃん。」

こうしてボクたち4人は部屋を出た。

「なぁ、そういえば、君たちの本当の家ってどこにあるんだ?」

「ボクは今は綾さんの家に居候してる。向戸市のほう。」

「カナは?」

「私は・・・まあ、秘密ってことで。知られちゃまずいし。」

「あっ・・・そうだね。ごめん。」

「いや、いいんだよ?」

「うん。ありがと。」

「今度、うちにおいでよ。桃夏。」

「えっ?いいの?」こう言ったのは、桃夏ではなくカナだった。「今まで私しか行ったことないのに?」

「うん。いいでしょ?綾さんも。」

「いいよ~。」

「ほら、綾さんもこう言ってることだし。」

「じゃ、落ち着いたらお邪魔しようかな。」

「ぜひぜひ。」

ちょうどその時、ボクたちはバンの前に着いた。バンの手前には秋桜がきれいな花を咲かせていた。

これはちょうどボクたちが高校1年の秋のお話。

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