『冬恋一夜』
ある1月の午後……三賀日が過ぎ、七草も過ぎた頃―
いつもの様に、慎司と、二階堂氏、智、田畑氏とで、飯後の勝負をしていた。
本日は、智の絶好調!
本命の田畑氏を抑えて、二連勝中……そして三回目の半荘。
僕の成績は……
……
訊かないでくれる(泣)
起家が智、智から順に、田畑氏、ボク、二階堂氏。
現在、東一局二本場~智が2900と1500は1800で連荘中。
何気に視界に入ったナースステーションの中で、馨さんがTELの応対をしている。
ああ、馨さんは横顔も美しいなあ……なんて見とれていたら、智のトイトイに白が捕まってしまった。
「トイトイ・白、7700は8300」
!!
子の満貫級の直撃を喰らってしもうた!
「女子に見とれとるからやで」
田畑氏が、クラゲのようにチクッと刺す。
「若さゆえの過ちだな」
二階堂氏まで、クラゲさん!?
「からかわないでください(怒)」
ボクは、智に8300点を投げ出すように渡す。
そうこうしているうちに、TELの子機を持って、馨さんがこちらへ向かって歩いてくる。
目と目が合った瞬間、ボクへのTELだと悟った。
「川口さん、お電話が入っています」
ゲームに水を差すのを、申し訳なさそうにしている馨さんから子機を受け取る。
「ちょっとすみません」
「もしもし……」
「慎ちゃん♡わ・た・し」
災厄は忘れた頃にやってくる。
「私なんて知り合いは存じません」
「もー 照れちゃって。カワい♡」
田畑氏と二階堂氏がニヤニヤニヤニヤ……
奴の声がでかすぎて、すべての会話が筒抜け。テンション高すぎるだろっ!
「それで、私さんは何の御用で?」
半ば、わざとぶっきら棒に応対する。
「決まってるじゃん。パーティーよ。」
??
キツネにつままれた方が、まだましだ。
「慎ちゃんと、わ・た・し・のバースデイ」
!!
すっかり忘れとったー!
確かにボクは1月9日生まれで、美紅の奴は1月18日生まれだ。毎年、この時期に狭間バースデイを企画する……奴が一方的に。
「無理だろ、入院中だもの」
とってつけた正論で、ボクは鉄壁の防御をする。
「大丈Ⅴ♡ 外泊届けだしといたから」
こ奴は天然か?
「外泊届けって……?」
戸惑うボクに、馨さんが説明する。
「川口さんの場合は、食事制限がありますから一人での外出泊は制限されています。保護者……というか、ご家族と一緒なら必要以上に制限は設けません。今回は、未紅さんから外泊届を受理しました、特例で。くれぐれも、焼きおにぎりの様な食事は慎んでくださいネ」
「……と、いうわけちゃん♡」
お前の耳も格別良いな(怒)
「理解った。仮にバースデイを祝うとしてだな。一体何故外泊なんだ??」
ボクは馨さんの手前、極力静かに尋ねてみた。
「だって、今年はお泊りでスノボ行くの」
(だっても、何もない。勝手に決めないでくれないか)
「あら、楽しそうな企画じゃありませんか?私も…といいたいところですが、規律に反しますので」
(滅茶苦茶残念!!)
「俺も行く」
突然、智が口を開いた。
「シスコンの兄貴と二人きりにしたら、美紅ちゃんの貞操が危ない!(笑)」
「何言って…」
「私も、私も行くかな」
いつの間にか、偶然居合わせた咲が会話に乱入してくる。
「あら、♀2人に♂2人♡
何だかちょうど良いですね」
相も変わらず天然さんの馨嬢。
「俺はトラウマあっから…」
二階堂氏誘ってないし…(;^_^A
「わしも残留孤児や」
「智の字。とりあえず、ノーコンテストな」
「らじゃあ」
――― 計画はあっという間に進行した。
最大の問題であった「脚」が意外にあっさりと解決したのだった。
何と咲さん。普免保持者だったりして……割り勘でレンタカーを借りる事に決定!
土日の混雑を避けて、一月の十五・十六日に日程が落ち着き、瞬く間に当日が来る。
馨さんとご一緒できないのは残念だが、見送られて少々ハイになっているし、咲さんも案外好みだったりして。
しっかり助手席に陣取りました。
後部席には美紅と智。
智は、まんざらでもなさそうだが、美紅の奴が、あからさまに不機嫌丸出しだ。
そんな様子に気付かないふりをして、僕は咲さんと何気ない会話を交わす。
「咲さん、普免は何歳の時に取ったんですか?」
「そうね、高三の時に、貯めていたバイト代で教習受けて…」
「慎ちゃんも取って。
そいで助手席に私を乗せて…」
美紅が、二人の会話に強引に割って入ってくる。
(邪魔すんな、この馬鹿…)なんて、とても口にできないし。
「おう、取ったら、どこでも連れてってやる」
一応、血が繋がった兄妹だし。めんこいし。
「じゃ、天国まで♡」
とても愛らしい表情で、妹でなけりゃ最高峰のスマイル。
「プッ…仲良いのネ」
咲さんが、この異常な兄妹関係に、吹き出している。
「オレも取ろうかナ…」
ボソっと智が口を開く。
あっさりと聞き流す美紅に、僕は少々イラついた。
(智は、お前の為に言ってんだよ!)
「まあ、その時は、私も乗せてネ。後部座席でいいから…」
ああ、比べて咲さんの何と大人なことか…僕の中で咲さんの評価が赤丸急上昇。
「美紅おトイレ行きたい。コンビニよって…」
ああ、比べて美紅の何と子供なことか…僕の中で美紅の評価が急落して止まない。
「あ、その先左側にコンビニが有りますよ」
存外、道に詳しい智。美紅への気持ちは、結構マジなのか?
「丁度良いわ。トイレ休憩とりましょう」
皆、良い人だなあ…
美紅に爪のアカを飲ませてやりたい。
――――そうこうしているうちに、郊外のスキー場に到着した。予定より若干遅れて。
「山の天候は変わり易いから呉々も気を付けて。なるべくペアで行動してネ」
咲さんは、意外?とアウトドア派。
流れ的に、僕と咲さん、美紅と智の二組に。
しかも、美紅の機嫌を損ねたのは、ボード派が美紅独りだという事実…
板をレンタルする時に、皆、当然の如くスキー板を借りているのに、奴はボーダーを気取ったのか、当初の予定通り?にボード板を借りたのだ。
ペアの組み合わせが思い通りではないのも手伝って、不機嫌極まりない美紅ちゃん…
「ちょっと待って」
と智が言うのにもかかわらず、スタスタとリフトの方へ歩んで行く。
素知らぬフリをして、僕は目の前の咲さんに語りかける。
「どのコースから行きましょうか?」
一時間と少し過ぎた頃、雪がちらつき始めた。
…そして…
「美紅ちゃん、そっちは、正規のコースじゃ…」
智は、自己中の美紅を、びたっ、とマークしていた。
少々雲の流れも速くなってくる。
「何、あなたは?ストーカー?」
こともあろうか、心配してくれている智に八つ当たりする美紅。
「放っといて!」
そう言い放つと、コースの規格外の裏方面へボードを駆り出すおバカ娘。
!
智は、自らの危険を顧みずに、後を追う。
――――その頃、僕は咲さんと、ラウンジでお茶をしていた…
「雲行きが怪しくなってきたわね」
眉根を寄せながら、心配そうに咲が呟く。
「大丈夫でしょ。アイツは意外と上手いから」
事の深刻さが判らない僕。
――――一方、美紅の暴走で、智と美紅のペアは、どんどん人気の無い方へ向かっていた。
山のこちら側は、既に吹雪が荒れ狂っている。
無闇に動き回る美紅を、見失わないように追うのが精一杯の智。
遂に美紅が疲労で動けなくなってしまった。智は、スキー板を捨てて、美紅をおぶりながら、避難所を捜す。
いくら軽量級の2人とはいえ、美紅を背負った智の足は自重も合わさってずっぽりと雪に沈む。
歩きにくいどころの話ではない。
一歩前進するのにも命懸けだ。
それでもひたむきに歩む智。
美紅は薄れゆく意識の中で智の背に身をゆだねていた。
(このまま逝くのもアリかな…)
智が、弱気になった正にその時、山小屋の陰が視界に入った。
(ジーザス!!!)
――――「いくら何でも遅すぎる!」
僕は、吹雪になっても帰らない二人に、先程までの余裕が消え失せていた。
「迎えに行く」
出ようとする僕を、咲が止める。
「無茶よ!二次遭難がオチだわ」
「無茶も何もあるか!」
強引に出ようとする僕を、ラウンジの数人がかりで制止する。
「待つしかないわ」
――――「ちっ、火のタネが無い」
小屋の中で、智は、普段からタバコを吸わないことを、深くふかく苛んだ。
美紅は、先程から朦朧としている。
智は、美紅の着衣を脱がせて自分も裸になると、美紅の身体をそっと、しかし深く強く抱きしめた。
嫌らしさは微塵も感じさせない。
美紅は深淵へと沈みゆく意識の端で静かに瞳を閉じてゆく。
智は、意識を美紅と接している肌に集中する。
(………)
不思議な赤い光を発して、やがて智の身体は熱を帯び始めた。
「死なせやしない…」
「お兄…」
何も知らずに、美紅は僕の名を呼んでいる。
――――僕は、心配で気がふれてしまいそうになりながら、ジっと夜明けを待った。
とうとう、一睡もできぬまま、夜明けに地元有志の救助隊が出動する。
――――数時間後、山小屋で二人が無事に発見された。
「奇跡だ!!」
「この寒さで二人とも無事とは…」
発見された時、美紅と智は深い眠りに陥っていたという。
――――そして、僕らの毎日は何事もなかったかのように日常に戻る。
「ロン!タンのみ」
智は相変わらずシビアに打つねえ。
「お兄、才能ないね♡」
「慎の字、また一人負けだゾ」
「妹の命の恩人だものなあ」
「そう…そうナンスよ…タンのみなんて、美紅の命に比べりゃ…」
「智さんって、男らしいよネ♡」
美紅の語尾に♡が…
新たな展開に、僕も、田畑氏も、二階堂氏も、智本人も?????
これでめでだしめでたし…なのか?