エピソード9 孫娘から見た祖父
『今宵の予習はこのぐらいにしておきましょう』
明日は治癒魔法の実習講義がありますので、真実さんが隣の自室に帰られた後に、勉強用の学習机に教科書を広げて椅子に腰掛けて明日の予習を行っていましたが。
『就寝の準備を済ませて、睡眠を取る事にします』
私は独りの時には自らの行動を確認する為に独白を行う癖が幼い頃からありますが、特に支障を来す事の無い癖なので矯正をするつもりはありません。
「カチャッ」
『うん?。ああ、花か』
『希望さんも就寝前の準備ですか?』
自室の扉を開いて学生寮の女子寮の廊下に出ますと。手拭いと石鹸と洗口液と歯磨楊枝と歯磨粉を入れた籠を持つナディーネさんと偶然顔を合わせました。
『爺さんや兄貴達からは、帝国軍人に相応しい健康な身体を作る為には、毎日の歯磨きは欠かせない重要な生活習慣だと、耳に胼胝が出来るくらい聞かされて育ったからな』
職業軍人が多い家庭環境で成長されたナディーネさんの話しに頷きまして。
『私も同じです。ナディーネさん』
チラッ。
ナディーネさんは女子寮の自室から出て来た私が持つ籠に、藍色の瞳の視線を向けて確認されましてから。
『フロリアーヌの爺さんも、帝国軍の退役軍人だからな。孫娘に対する躾に変わりは無えみてえだな』
『私の祖父は平民身分ですが、皇帝陛下の軍隊である帝国軍に三十年間勤められまして、退役軍人として軍人恩給を受給されていますから。魔法使いの退役軍人として、家族で唯一根元魔法の素質を受け継いだ孫娘でもある女魔法使いの私には、祖父と同様に帝国軍に入り、軍人として生きて欲しいと考えていられたようです』
廊下で並んで歩きながら、学生寮の洗面所を目指している平民身分の私に対して。少しだけ背が高い男爵閣下の御息女であらせられる、令嬢でもあるナディーネさんは、皮肉気に見える笑みを浮かべられまして。
『全く爺さんという生き物は、貴賤貧富を問わずに勝手な年寄り連中だ。孫娘はいつまでも可愛くて小さな女の子のままだと思い込んでいやがるからな』