エピソード62 その後二度と見掛ける事の無かった姿
『カラッカラッカラッ』
『屋台の経営者らしい中年女性に教えて頂いた道は、正しかったようです』
学生寮から図書館への迂回路を探して、迷い込んだ帝都の裏通りでしたが。美味しいアプフェル・クーヘンを販売されている屋台の経営者らしい中年女性に教えて頂いた通りに道を歩いていますと、馬車の行き交う表通りが視線の先に見えて来ました。
{我が主は用心深く、騙された場合を想定されていられましたな♪}
私が中年女性と話している間は沈黙していた髪飾りですが、楽し気な感じにて念話により話し掛けて来ましたので。
『見ず知らずの初対面の人物を無条件に信用するのは危険ですから、人攫いの拠点に誘導される危険性を頭の片隅で考えました』
中年女性と別れた後に裏通りを歩きながら、魔道具の髪飾りに眩惑と防御魔法を封じ込めまして。私自身は天から根元魔法の素質を授かりし女魔法使いとして、三種類の根元魔法をいつでも発動可能にしながら、周囲を警戒しつつ移動をしました。
{我が主は非常に魅力的な、純潔の乙女ですからな♪}
『男性と肌を重ねた経験の無い生娘という意味では、髪飾りの言う通りですね』
私はこれまで一度も特定の恋人が居ませんから、男性と肌を重ねた経験も無ければ、口吻をした事もありません。
{生まれ育たれた故郷では、水汲みなどで一人になられた際に何度か襲われた事もあるようですが、全て返り討ちにされていられましたな。我が主♪}
私の記憶を全て知る髪飾りには、一々説明を行わなくて済むのが本当に楽だと思います。
『上下水道網が整備されていて、夜間も街路を魔道具の街灯の光が明かるく照らす帝都とは異なりまして。私が生まれ育った地方部では、日没後は闇に覆われる道を通り、水汲みを行う必要がありますけれど。狼の群れや熊などの野生の獣も、獣欲に駆られた暴漢も、女魔法使いの私からすれば、対処方法は基本的に同じでした』
根元魔法の麻痺魔法などにより無力化した暴漢の処置は、三十年間帝国軍で勤め上げるられた退役軍人の祖父にお任せしましたが。獣欲に駆られて私を襲おうとした暴漢の姿を、その後二度と見掛ける事はありませんでした。




