エピソード135 無自覚な欲求
『………………』
「パラッ」
『………………』
{我が主は本当に熱心に勉強に打ち込まれますな?}
『私の記憶を覗いた貴方になら解るはずですけれど。地方部出身の平民身分の村娘に過ぎない身からしますと、こうした勉強だけに専念が出来る環境は非常に恵まれていると感じて、心底より感謝をしています。髪飾り』
学生寮の自室で予習中の私による返答に対して、金髪に着けている意志ある魔道具でもある遺失魔道具の髪飾りからは、楽し気な波長が伝わって来まして。
{そして意識の切り替えが本当に巧みでもありますな。第三者が居る前では脳内にて無言の念話での会話を行いますが。女子寮の自室内に独りで居られる際には、こうして声に出して話をされますからな。我が主♪}
「パラッ」
教科書の頁を捲りながら、瑠璃之青の瞳で読むのを止める事無く。
『貴方にも感謝をしていますよ髪飾り。私は孤独を孤独とは感じませんけれど、常に話し相手が居るのは悪くは無いと思います』
{脳内に直接話し掛けられて、煩わしいとは感じられない我が主は、本当に御寛容な御方であると感服の至りですな♪}
「パラッ」
『血を分けた身内である私の事を、怪物を見るかのような視線で眺めていた両親や兄弟姉妹と比べれば、脳内に直接話し掛けられるのは、煩わしくも何ともありません。髪飾り』
「パラッ」
{退役軍人でもある魔法使いな我が主の御爺様が、家長をされている御実家ですから。天から選ばれ無かった一般人の御身内は、我が主を面と向かい怪物扱いも出来ずに、内に隠った悪意を視線に込めて向けるしかなかったようですな}
「パラッ」
『その通りです髪飾り。私は退役軍人でもある家長の祖父から根元魔法を学んでいましたから、他の身内からすれば自分達には決して扱えない能力を行使可能な小娘が、常に身近に存在していました』
「パラッ」
{常に抜き身の刃を手に持つ少女が身近に居るのに、家長も同様な人物の為に何も出来ないという環境に、御爺様以外の御身内は置かれていた訳ですな。我が主♪}
「パラッ」
『人生経験が豊富な退役軍人でもある家長の祖父でしたら、長年かけて培った自制心を信用する事も出来ますが。孫娘の私は次の瞬間に根元魔法の火矢とかで火を放つかも知れないという恐怖心を、両親や兄弟姉妹は常に感じていたようです。髪飾り』
「パラッ」
『天より授かる根元魔法の素質は、ある程度は血統により受け継がれますが、天から選ばれ無かった一般人の存在は、私のような女魔法使いからしますと、非常に煩わしいと感じる事もありましたから。希望さんの御父君であらせられます男爵閣下と、ツヴィングリ男爵閣下の御嫡男様であらせられますカール卿の御二方は、血を分けた御家族に魔法使いや女魔法使いが居ましても、嫉妬される事無く自らの役割を果たす姿勢は、非常に立派であると感じています。髪飾り』
『腕輪の主やカール卿のような、御家族が欲しかったようですな。我が主♪』
『『バンッッ!』』
反射的に力一杯閉じた教科書が立てた音の大きさに、私自身が一瞬驚きまして冷静になり。
『成る程。貴方の言う通りのようです。無自覚な欲求に気が付かせてもらい感謝をします。髪飾り』
{御気になさらずに。我が主♪}