エピソード13 老女教授に対する内心の不満
『それでは桶の水で背中の血を洗い流しますね』
仲良く話されていた、希望さんと真実さんと恵さんの三人に声を掛けますと、私の方を揃って向かれまして。
『ああ。頼む花』
『お願いをしますわね。フロリアーヌさん♪』
『えっ。治癒魔法を掛ける前に、水で血を洗い流すの?』
頑丈な器具に拘束されている咎人の、拷問吏の方による巧みな鞭打により皮膚が裂けている背中の様子を観察しながら、私はハンナさんに対して頷きまして。
『水で血を洗い流しませんと、背中の正確な状況を診断が出来ませんから。ハンナさん』
そうハンナさんに答えますと、桶を傾けて咎人の背中に水を掛け始めました。
『ぐぅうううーーーっ!』『ギシッギシッギシッ』
猿轡を口に噛まされている咎人が、痛みから暴れようとしていますが、刑場の頑丈な器具に拘束されていますので、僅かに身体を揺らす事しか出来ませんでした。
『本当は水で洗い流した後に、消毒の為に塩を傷口に念入りに塗り込んでから、度数の高いお酒で再度洗い流した方が衛生的なのですが?』
そう話しながら、今回の治癒魔法の実習講義の引率を担当なされていられます。帝国の君主であらせられる皇帝陛下の直臣の臣下でもある、帝国女騎士身分の老女教授に、瑠璃之青の瞳の視線を向けますと。
『軍場では清潔な水を入手するのさえ困難な場合がありますから、手元にある物だけで対処するのも、本日の実習講義における課題の一つです。貴女は退役軍人のおじい様から、幼い頃から学んで来たはずですね。フロリアーヌ女史』
老女教授は私の事を、三十年間帝国軍で勤め上げた退役軍人の孫娘として見られています。
『はい。帝国女騎士様。仰せの通りで御座います』
感情を出さないように淡々と事務的に、抑揚の無い声で老女教授に対して丁寧に答えましたが。男爵閣下の御息女であらせられる令嬢のナディーネさんと、帝都で商売をされている免状貴族身分な豪商の家に生まれたヴェレーナさんの二人には。私が内心で老女教授に対して、不満を抱いているのを悟られたように感じました。