9.パピーとの夏休み
夏休みの間、朝食の後は、パピーに文字を教えてもらうことにしているけれど、やっぱり幼児だから、集中力はあまり長く続かないみたい。
すぐに飽きてしまうので、そのときは体を動かすために、パピーと一緒に散歩に行くことにしている。
パパんには、カレンかローガンに文字の練習に使える本を用意してもらうようお願いしておいたから、今日は噴水まで歩いて行くつもりだ。
噴水に着いたら、少し休憩を取りながら、その本を見てパピーと一緒に文字を覚えられたらいいなと思っている。体力がついてきたら、今度は走る練習もしてみたい。
毎日続けることが大事だと分かっているけれど、やっぱり長時間は難しい。だから、絵本を読みながら、何か楽しみながらできるようになればいいなと考えている。
パピーは、私と一緒に過ごすために、学園の宿題を1日目でほとんど終わらせたらしい。
最後の課題は『夏休みをどう過ごしたか?』についての作文らしく、夏休みがまだまだ長いので、嘘を書くわけにはいかないため、今は進められないとのこと。
《なんて優秀なんでしょう!》私も負けないように、もっと頑張ろうと思う。
初日は、噴水まで結構な距離を歩いたので、パピーと一緒に噴水で絵本を読んだり、文字を指さして『これ何?』と聞いて教えてもらいながら、声に出して活舌の練習をした。
家に戻るまで、この繰り返しを1週間続けて、なんとか『さしすせそ』をうまく発音できるようになった。
噴水までは、幼児の足で30分ほどかかる。休憩しながら文字の練習をするのに1時間くらいかけて、また30分かけて戻る。その途中で休憩が長くなってしまうこともあり、気づけばお昼近くになることもある。
その間、パピーの時間を奪ってしまっている気がした。
「パピーは、ローズとばかりじゃ退屈でしょう?たまにはお休みして、好きなことしてもいいよ」と提案してみた。すると、パピーは優しく頭を撫でながら・・・
「今、俺は好きなことをやってるから大丈夫。夏休みが終わったら、ローズとの時間も取れなくなっちゃうし、ローズに文字を教えるのは楽しいんだ」と言ってくれた。
《なんて優しいんだろう》と思った。家族みんなが優しくしてくれるし、私が心配する必要はないって、言ってくれるんだよね。
パピーの夏休みも、もう半分が過ぎた。最近は、端から端までなんとか歩けるようになり、片道で約1時間かかる。途中、噴水で休憩をせず、私が無理を言ってパピーに端まで一緒に歩いてもらった。
家の端まで来ると、壁だと思っていた場所が、実は三角形のパネルでできていた。ガラスのようなプラスチックのような素材が折り重なって、ドーム状に家や庭全体を囲んでいる。このパネルは、普段は青空を映しているが、夕方になると暗くなり、夜にはさらに変化する。外の景色がどうなっているのか不思議だったので、パピーに聞いてみると、パネルはいろいろな景色を映すことができるらしい。ただ、パパんが許可しないため、普段は青空しか映していないそうだ。ローズが学園に通うようになれば、外の景色も見られるようになるという。
《本当に不思議な空間だよ》
端まで来たら何が見えるかと期待したが、地面からはただ空が映っているだけで、景色はわからなかった。パピーの説明では、三角のパネルにはさまざまな景色を映すことができるらしく、自分の部屋でも好きな景色を映すことができるらしい。遠目で見ると三角の部分は、目立たないのでほとんど見えない。
先日、初めてパピーの部屋に入ったときは、水族館ではなく、家の庭に出たときの景色が映し出されていた。
もしかすると、今の景色はカメラで撮ったものを映しているのかもしれない。たまにカレンやローガンが映り込むこともあるようだ。
「こっそり外に出たら、パピーに見つかっちゃう?」とパピーに聞いたところ、彼はニヤリと笑って話をはぐらかした。おそらく、絶対に見つかるのだろうと確信したので、気を付けようと思う。
今度、パパんに頼んで、景色を森林に変えてもらおうと思う。目にも優しいし、リラックスできそうだ。
どうやら音も出せるようだ。どこかにスピーカーがついているのかな?天井かな?どこだかは、全然わからないけど・・・
私は、朝食を食べながら昨日のことを聞いてみた。
「パパん、私の部屋の壁、違う景色にできるってパピーに聞いたんだけど、飽きちゃったから違うのにしたいんだけど、ダメかな?」と目をシパシパさせて、上目づかいでお願いしてみた。
「壁はウォール、床はソル、天井はデッケと言った後に景色の名前を言えば変えてくれるよ。だいたいなんでも大丈夫だよ。」昔の色々な言葉が混ざっているようだ。
「じゃあさ、じゃあさ、全部いっぺんには?」と私は興奮気味に訊ねた。
「全部同じ景色にしかできないけど、ウォール、ソル、デッケと言った後に風景の名前を言ったりすれば、自動で変わるよ。やってごらん?」とパパんが笑いながら言った。
「うん。ウォール、ソル、デッケ・・・ここの外の景色・・・」と叫ぶと、一気に壁や床、天井の景色が変わり、自分たちと家具はそのままで、一瞬にして切り替わった。
「わぁぁぁーー!なにこれーーー!!」突然、天井には大雨の雨粒が滴り、壁の色は暗く、遠くには山や建物が見えたり、森が広がっていたり、建物が宙に浮いていたり、真下を見ると・・・
「落ちるーーーって落ちない?」と驚いた私は言った。すると、みんなが一斉に笑った。床は何メートル上空にいるのかわからないけど、浮いている。不思議だけ・・・だったはずが、謎が増えたような気がする・・・
「パパん、浮いてるよ~なんで?」と私は尋ねた。
「説明するのは難しいから、字がちゃんと読めるようになったら、本を読んだ方がわかりやすいと思うよ」とパパんが言った。
「ママんもパパんも説明するのが苦手だから、パピーも本を読んで理解したみたいよ。ローズも知りたかったら頑張ってね。」と穏やかにママんが言った。
「理解できるかなぁ~?」と私は不安そうに言った。
「ローズなら大丈夫だよ。仕組みを理解する必要はないんだ。そういうのが好きな人は掘り下げて学べばいいと思うけど、そういうもんだと思えばいいんじゃないかな?俺は、見たものは覚えちゃうから理解しちゃうけど、ローズは好きな分野を好きなように勉強していけばいいよ。」
「なにそれーーー!!初めて聞いたよ~。パピーは天才を通り越して、神様?」
「そんなんじゃないよ。勉強にはいいけど、悪いこともあるんだよ。一度見たものが忘れられないとか、赤ちゃんの時の記憶とか…」と、なぜかとても悲しそうな顔をするパピー。なんだか泣き出しそうな…。
「大丈夫だよ。いつもローズが側にいるからね。私がパピーの記憶をいっぱいにして悲しいこと忘れさせてあげる」私は、そっと椅子から降りて、パピーの横に移動し、座っているパピーの腰に抱きついた。するとパピーも私の頭を腕で包み込み、優しくぎゅっとしてくれた。
「そうだね。ローズがいてくれるから大丈夫だね。」とパピーは少し微笑んでくれた。何があったのかはわからないけど、悲しそうな顔をするパピーには、耐えられなくなって私も泣きそうになってしまった。
「そうだね。パパんやママん、そしてローズがパトリピアーズにはいる。だから、あまり悲しまないで欲しい。」とパパんがパピーに言った。
「そうよ~。この話はローズがもう少し大きくなってから話しましょうか?はい!」とママんがパンと手を叩き、もうこの話は終わりという合図を出した。
私には、絶対に内緒というわけではなさそうだ。いずれ時期が来たら話してくれるだろうと思う。
部屋へ戻り、早速壁紙の変更をしてみることにした。
「ウォール、お庭の噴水・・・おーーー!!」そう言うと、部屋の風景が一瞬でお庭の噴水エリアに切り替わる。
まるで、近くのベンチにいるかのように風景がそのまま切り替わった。天井は水族館のまま、床もそのままだ。
「ウォール、ソル、デッケ…ここの上空1万メートル…うわぁーーー!!」すると、飛行機から見た雲の上にいるような景色に変わり、床は雲の上のようなもくもくだった。
「飛んでるよ~」と大興奮しながら呟く。
「よし、ウォール、パピーの部屋…ウォール、パパんとママんの部屋…」と言ってみたが、風景は変わらない。
やっぱり、プライベートの部屋は無理なようだ…。
《まぁ、そうよね。着替えが見られ放題だったら、大人になって困るよね…普通はね》ということで、プライベート空間はダメみたいだけど、ある程度、庭だったり、外の風景は大丈夫なようだ。
「じゃあ、ねぇ~。ウォール、上野公園の桜の風景」と言ってみると、どういうわけか、再び水族館の風景に戻ってしまった??
上野公園の桜は綺麗だったけど・・・
《どうして?なんでだろう?》また、新たな謎が増えてしまった。知らないことや謎が多すぎて、ついていけない・・・。こんな時は、思考を中断して、わかるまであまり考えないようにするしかないかも。
今、どこにいるのか?どの国なのか?何年なのか?そんなこともよくわからない・・・
だからこそ、早く文字を読めるようになり、いろんなことを知ることから始めないといけないと改めて思う。
午後になり、パピーと一緒に図書室へ行くことにした。ここもものすごく広い。前世の学校の図書室より広い・・・
図書館と言った方がいい広さだが、みんなが図書室と呼んでいる。
この場所は、一階に行かなくてはならないので、パピーに抱っこされたまま階段を降りる。
両方の階段の裏部分に出入り口があり、2か所の入り口があるというわけだ。どちらから行っても図書室に繋がっており、この出入り口から地下へエレベーターで降りるというわけだ。地下3階までが図書室となっており、エレベーターは円形状で、真ん中は吹き抜けになっている。各階の周りには、ズラーっと本が棚に丸く並んでおり、それが3階分続いている。
すさまじい量の本があり、どこに何があるのか探すのが大変なようだが、ここにはカレンが二人配置されており、どんな本が欲しいかを言えば、何冊か探してきてくれる。
一番下の吹き抜け部分にはテーブルや椅子、ソファが置いてあり、脇にはカウンターもあって、そこにも一人カレンがいた。
飲み物や軽食を頼めば、持ってきてくれる。どのカレンに頼んでも、カウンターに用意して持ってきてくれるので、やはり彼女たちは繋がっているようだ。
Wi-Fiのように彼女たち、もしくは彼らがみんなと繋がっていて、情報を共有しているみたい。彼女たちは彼女たちと、彼らは彼らと別々に繋がっている時もあれば、パパんやママんの指示で、パーティーの時のように全部繋がっていることもできると、パピーが教えてくれた。いつもはカレンとローガンは別々に分かれているようだ。
飲み物や食べ物を頼むときには、誰に頼んでも持ってきてもらえるので、とっても便利だ。
本も頼めば持ってきてくれるため、幼児の私にはとっても助かる。パピーも読みたい本があるようなので、そろそろ独り立ちしてみようと思う。
「パピーも読みたい本があるんだよね?私も読みたい本があるから、今日からそれぞれ読みたい本を読もうよ。わからない言葉とかあったら、教えてくれればいいから」と提案してみた。
「俺のことは気にしなくていいのに。でも、自分で読んでいかないと、どこがわからないのかもわからない時があるから、その方が覚えやすいかもね?」
「うん。パピーがここの全部の本を読んだなんてことは、ないでしょう?それこそ神がかっているし…」
「それは無理だよ。学園に通いながらだと難しいけど、だいたい半分くらいは読んだかな?カレンに聞くと、どれを読んだか、どれを読んでないか教えてくれるから、かぶらないように持ってきてくれるのが助かるよね」
《半分読んだって…それでも十分神がかっているよ》と思いながら、カレンに聞いてみた。
「カレン、パピーって何冊本を読んだの?」
「12358冊になります」
「えええっーーー!!まだ…6歳なのに…やっぱり神かも…」
「まぁ~、俺の場合は読む速度が早いから。一度見れば覚えられるから、1冊読んで覚えてから頭の中で考えて理解を深めるようにしているよ」
「…その理解の仕方がよくわからないんだけど…まぁ~パピーだから…」
「なんだよ、それ~」とパピーに頭をくしゃくしゃにされた。
《一応、レディなんだからくしゃくしゃにしないで頂戴》と思いながら自分の手でくしゃくしゃになった髪の毛を直していると、カレンがそっと直してくれた。
「もう…」と唇を尖らせていると、さらにくしゃくしゃにされそうになったので、向こうにいるカレンの所まで逃げて、カレンに抱きついた。カレンは優しく髪の毛を撫でてくれた。このカレン、ちょっと優しい。
「ありがとう」
「どういたしまして」と首を傾げながら微笑んでくれた。
???このカレンに少し違和感があったが、本を読んだり、わからない所をパピーに聞いたりしているうちに、そのことはすっかり忘れてしまった。
夏休みの間中、私は毎朝、散歩に出かけ午後は本を読みながら過ごしていた。
そして、1か月も経つ頃には、本で歴史を学び、時代の流れがようやく理解できるようになっていた。
どうやらここは、500年後の未来のようだ。そして、2525年7月18日に私は生まれることとなったようだ。