6.パトリピアーズ・シャルル・ドット
今日は学校のカリキュラムの一環で、父さんと一緒にFuji Enclaveまで研修旅行に来ている。
家を出て、Velocity Expressに乗るのは久しぶりだ。
時速2000キロのスピードで移動するこの列車は、窓の外に流れる風景はほとんど見えない。
窓には、それらしい海の中の映像が流れているだけだ。
これに乗れば、約5時間弱で到着する。そして、世界各一家がある主要都市に繋がっているのでとても便利な乗り物だ。
Fuji Enclaveでは、学園専用のLift Busに乗り、研修施設に向かう予定だ。しかし、ここに来るまでには、シャルル・ドット家として非常に重要な問題が発生していた。
この問題は公にはできず、学園のカリキュラム変更を依頼したが、その理由を説明することができなかったため、変更は受け入れられなかった。
問題の核心は、母であるシャイニーブラン・シャルル・ドットが懐妊したことだ。この事実を公にすることはできず、秘密裏に出産を進める必要がある。誘拐の可能性が非常に高いためだ。
現在、かつてと比べると人類の数はおそらく10分の1にまで減少しており、男女比も以前とは大きく異なっている。女性が男性の約3分の1しかおらず、出生率も年々減少している。気候変動や時代の影響が考えられるが、人類滅亡の危機が迫っているのは確かだ。
幸いなことに、俺は2歳のころから家の図書室にある本を読み漁り、ほとんどの知識を理解できるようになっていた。
エイドティックメモリー症候群という特殊な記憶力を持っており、一度読んだことが次々と頭に入ってくる。勉強に関しては敵なしだが、忘れられないことも多く、両親は過保護にならざるを得ない。
両親はできるだけ普通の子供として接してくれる。しかし、実は自分がこの両親から生まれたわけではないことに気づいてしまった。それを話すと、両親はとても寂しそうな顔をし、自分たちの子供になった経緯を話してくれた。今の時代は、様々な方法で子供を持つことができると理解した。そして、さらに本を読んで知識を深めた。
《だって、気づかない方が可笑しいだろ!》血液型も違うし、髪色や瞳の色も両親には似ていない。
それでも、俺はあまり悲しいとは思っていない。両親に愛され、大切にされていることがわかるからだ。
だから、母が懐妊したとき、すごく嬉しかった。また、自分にも大事なものができるのだと、男でも女でもどちらでも大切にしたいと思っていた。
そして、お腹が大きくなるにつれて、その子が女の子だと判明し、さらに興奮した。
もしかして、自分の子供が持てるのかもしれないと・・・
兄弟ではないのだから結婚もできるはずだ。まだ見ぬ子に結婚など可笑しいと思うかもしれないが、将来、同じ顔のヒューマノイドばかりや周りの友達に男ばかりも、想像するだけで嫌な気分になる。
ただ、その子が自分を好きになってくれなかった場合はどうしようもない。そんな時でも、この子を大切に守りたいと思っている。
理由はどうあれ、研修と出産予定日が重なっていたため、変更したいと思ったのは当然だろう。
俺も父も、その瞬間に立ち会いたいと思うのは当たり前だ。だが、その瞬間は訪れず、無情にも出産が無事終わってから、1週間後にようやく会うことができた。母子共に健康とのことで、俺も父もとても安心したのを覚えている。
研修中は父と一緒に名前をひたすら考え、最終的に「ローズマリー」に決めた。略して「ローズ」と呼んでも「マリー」と呼んでも可愛らしい名前だ。結果として我が家では「ローズ」と呼ぶことに決めた。
ローズは初めて会ったときからものすごく可愛かった。俺が指を掌に入れると、小さな手でキュッと握ってくれた。生まれたばかりなのに、俺を見て笑ってくれたように感じた。
一方、パパんは研修旅行に髭剃りを忘れてしまい、お金はたんまりあるくせに買うのが勿体ないと1週間髭を伸ばしっぱなしにしていた。そのため、ローズが初めてパパんを見たとき、髭で顔が隠れていて、大泣きされてしまった。
可哀そうだが、あれほど髭を剃ってから会いに行くように言ったにもかかわらず、顔を見たい気持ちが勝ってしまったのだ。結果として、ローズはしばらく泣き続けることになった。
我が家は学園から30分と、立地条件がばっちりだ。というのも、ドット家はこの世界統一国家の頂点に位置しているため、ここTriniverseが世界の中心となっているからだ。だから、学園も中心地にあり、近いというわけだ。
遠くから通う生徒は大変だ。寮も用意されているが、Velocity Expressを使えば、自宅から2時間程度であれば通う子もいる。しかし、女子は必ず寮に入ることが決まっている。寮に入る方が誘拐される確率が非常に下がるからだ。
Velocity Expressが安全であるとはいえ、移動時間が長くなる分、不安も大きくなる。そのため、国は女の子の寮生活を無料で提供している。ローズもいずれは寮に入ることになるだろう。
朝、起きるとまずローズの部屋に行き、「おはよう」の挨拶をする。その後、一緒に朝食をとるのが1日の始まりだ。
ローズが椅子に座れるようになると、俺とパパんが隣に座り、ローズにご飯を食べさせてあげる。
ローズはよく食べる。俺とパパんが交互にスプーンを出すと、ローズは右、左に小さな頭を揺らしながら、忙しそうに口をパクパクと開けて、飲み込んでくれる。好き嫌いもなく、良い子だ。
学校から帰ると、すぐにローズのところへ行き、「ただいま」のキスをする。ローズのほっぺはとても柔らかく、すぐに頬ずりしてしまいたくなる。帰ってから、ローズに頬ずりしていると、ローズも頬ずりしてくれる。
《あ~癒される。俺の天使だ》
学園に通っていると、余計なストレスがかかる。俺は4歳で入学したので、クラスの奴はみんな、2つ年上で6歳になる。だから、今でも俺だけ体が少し小さいし、男子たちにたまに馬鹿にされることがある。
特にグレン・カエサル・アスランが厄介だ。いつも張り合ってくるのだ。頭で追いつかないからか、すぐに体力勝負を仕掛けてくる。裏でこそこそ大勢で寄ってたかってなどせず、正面から堂々と挑んでくるのは好感が持てるのだが、なぜだかライバル視されている。しかも体力面で2歳差は大きいから、なかなか勝てない。
たまに相手をするのが面倒で、だいたい帰りに『勝負しようぜ』とよってくる。
ローズとの大切な時間が取れなくなると思うのだが、いつも捕まってしまう。でも、年々その差は縮まっていくはずだ。
いずれは勝つと決めて、毎回《見てろよ、この野郎!!》と思いながら挑んでいるが、いまだに勝てない・・・
そんな穏やかな日常を過ごしているうちに、あることに気づいた。
朝食や夕食の時、ローズが人の話を真剣に聞いているように見えることがある。時折、うんうんと相槌を打っていることもある。もしこれが本当だとしたら、ローズはまだ6か月だが、話を理解しているということだろうか?それはちょっと早すぎる気がする。
そんなある日、珍しく帰りにグレンがいない日があり、いつもより早く帰れることになった。
すぐにローズの部屋に行こうとすると、部屋のドアが少し開いているのに気づいた。
ローズが廊下に顔を出し、キョロキョロしているではないか。今は昼寝の時間なはずで、いつもより1時間ほど早い。
しばらく様子を見ていると、ローズが立って歩き始めたのが見えた。びっくりして声を出しそうになったが、なんとかこらえた。しかも、普通の小さな子供のようにスタスタと歩いている。早い子が1歳前に歩けると聞いたことがあるが、それはよちよち歩きのはずだ。ローズはなんと堂々と普通に廊下を歩いていたのだ。先の方には階段があるので危険だ。急いで声をかけることにした。
「ローズ!」
ローズはその声に驚き、尻餅をついたように見えた。
俺はすぐにローズを抱っこし、階段に行くと危ないから部屋に戻ろうと言った。
それから、ローズの様子を観察することに決め、いつもより1時間早く帰ることにした。
グレンには、絶対に見つかかってはいけない。帰りはこそこそと、グレンがいないか確認しながらできるだけ急いで帰った。
毎日のように帰りが早い日があるたびに、こっそり部屋をのぞくことにした。たまにグレンに見つかることもあったが、うまく早く帰れた時は、部屋を静かにのぞき見るようにしていた。
ローズが部屋中をくるくる回って歩いている姿をよく目撃した。歩くだけでなく、歩きながら言葉を発していることもあった。
《ローズはしゃべれるんだ!!すごい!》と確信した。
ローズは絶対に普通の子じゃない。彼女の秘密を知ったことで、ますます面白くなり、手放せなくなった。心の中で、一生一緒にいると誓った。
そして、誕生日の日、ついに両親にローズのことがバレてしまった。パパんは全然気づかなかったようだが、ママんはさすがに、1週間で普通の子ではないと気づいていたようだ。それでも、ママんは変わらず普通に接してくれていた。優しいママん、俺も大好きだ。
パパんの驚いた様子に、ローズはだんだんと俯き、目に涙を溜め始めた。
パパんもただ驚いただけで、決してローズを責めているわけではなかったが、ローズは不安になってしまったようだ。俺はローズを膝の上に座らせ、ぎゅっと抱きしめ、頭を優しく撫でながら言った。
「大丈夫だよ。パパんなんか気にしなくていいよ。俺がいるからな」
すると、ローズは「パピー」と言って、さらにしくしくと泣き始めた。俺は、パパんを睨みつけながら言った。
「……パピーって呼んでいいのは、ローズだけだからな。他の人には許さないからな」
ローズはうんうんと頷きながら、ぎゅっとしてくれた。
心の中で《あ~可愛い…どんなローズでも俺は受け入れる覚悟があるからな。安心しろ。守ってやるからな》と呟いた。
パーティーが始まり、パパんは俺にローズを託し、挨拶回りに行ってしまった。俺はローズの顔が見えないように抱きかかえ、目立たないようにテラスへ移動し、ローズのためにお菓子を取りに行った。
テーブルには色とりどりのお菓子が並んでいた。俺はローズに顔を上げないように、声を出さないように、俺にずっとくっついているように言い聞かせ、そっとローズを地面に立たせた。
言いつけを守り、ぎゅっと俺の足に抱きついているローズを見て、可愛くて思わず優しく頭を撫でた。
その時、突然グレンがやってきた。
《なんで、ここに来てんだよ!!こいつはよ!》と思ったが、声には出さなかった。
グレンはしつこくローズの顔を見せろと言ってきた。無視していると、急にローズを抱えようと手を伸ばしてきた。
《ふざけんじゃねぇ~》と拳を握りしめ、反撃しようとすると、ローズがグレンの手に噛みついた。
グレンは驚いて手を放し、ローズはすかさず俺に抱きついてきた。
《よし、よくやった》と心の中で叫んだ。しかし、次の瞬間、グレンがローズを殴ろうとしているのを見て、俺も我慢できず、殴り返そうとした。
その時、とても大きな男が横から現れ、ものすごい勢いでグレンの頭に拳骨を振り下ろした。
男はグレンの父親のようで、すぐに謝ってくれた。その姿はパパんよりも頭一つ分大きく、圧倒されるほどだった。グレンも父親の前で反省したのか、すぐに謝罪してくれたがあろうことか、グレンはローズの方へ跪き、顔を見せてくれとお願いしてきた。
《ダメだローズ、顔は見せるな》と心の中で願ったが、とうとう根負けしたのか、ローズがちらっと顔を見せてしまった。俺は急いでローズの顔を自分の太腿に隠す。
「今見たものは忘れろ。またこんなことをしたら、ただじゃ済まさないからな」といつもより低い声で警告した。
グレンの父親がいる手前、大声を出すことはできなかったが、俺は悔しかった。俺たちの家が主催するパーティーなのに、俺が喧嘩するわけにはいかなかったからだ。
ローズを見た瞬間、グレンの顔色が明らかに変わり、頬を染めやがった。ヤバい、これは絶対にまずい。
絶対にローズには会わせるわけにはいかない。ローズにも、もっと危機感を持たせる必要がある。
いくら賢いとはいえ、まだまだ何も知らない子供だ。
こいつには、絶対にローズを渡さない。他のやつにも、絶対に渡さない。
《ローズは、俺が幸せにするんだ》と心の中で強く決意した。