3.初めての誕生日
そろそろ1年が経とうとしている。
ローズの誕生日が近づくにつれて、家の中はますます忙しくなっていた。
パパんとママんは、リビングで招待客のリストやケーキのデザイン、料理のメニューを何度も確認し合いながら、少し心配そうな表情を浮かべている。
「ローズのために、もっと楽しいサプライズを用意したいな」
とパパんが言うと、ママんも頷きながら
「それが一番の楽しみかもね」と笑顔で応じた。
ローズがまだ言葉を理解していないと思っているからこそ、二人は無防備に話しているが、ローズはその一言一言を聞き逃さない。
心の中で、サプライズの計画を静かに練っていた。私は、自分が密かに練習していること、歩いたり、少しだけ話したりできることを披露するために、この日を待っているのだ。
パピーも、時折ローズに向かって「どんなお友達が来るかな?」と笑いながら話しかけるが、もちろんローズは答えない。まだその時ではないと、ローズは心の中で微笑んだ。
この1年で、私は確かに片言ながら言葉を話せるようになった。でも、彼女はその秘密を誰にも打ち明けていない。自分だけの特別な秘密。それを明かす時が来たら、きっと皆を驚かせることができると信じている。
どうやら、1週間後にパーティーが行われるようだ。リビングにはパパんとママんがパーティーの準備に忙しくしている姿が見える。私は心の中で密かに意気込む。
《よし、パーティーのときにお披露目としましょうか!歩けることも、話せることも…色々とね》
ローズの小さな体の中には、大きな夢と計画が詰まっているのだ。
そうと決まれば、さらに練習あるのみ。
本当は、普通にスタスタと歩けるけれど、あまりにもスムーズに歩いてしまうと、大人たちが驚いてしまうだろうと、私は考えていた。だから、少しよたよたしながら歩く練習をしたり、時々わざと尻餅をついたりする。まるで普通の赤ちゃんのように。
そして、長い距離を歩くときは、時々ハイハイで移動することにしている。こうすることで、「まだ長い距離は無理なの」というアピールも欠かさない。
それから、すぐに両手を上げて、抱っこを求めるポーズを決める。このポーズはとっても効果的で、ほぼ100%の確率で誰かが抱っこしてくれる。
このポーズは、大人たちがよっぽど忙しくない限り有効だ。ただ、このポーズに頼りすぎると、自分の脚が鍛えられないというデメリットもあると、心の中でちょっとだけ心配することもある。
だからといって無理をして目立つわけにもいかない。
本当は、普通に30分くらいは歩けるけれど、家の中で練習する場所が限られているため、部屋の中をぐるぐると回るだけで、その時間もだいたい30分が限界だ。ぐるぐる回っている間、ただ歩くだけでは退屈なので、ローズは頭の中で50音を唱えたりする。口を動かしながら、ひとつひとつの音を確かめるように発音していくのだ。
それでも飽きてしまうときは、「あ」で始まる言葉を思い浮かべて順番に言ってみたりもする。
「あさ」「あめ」「あいさつ」…次々と言葉が浮かんでくる。
私にとっては、これも滑舌の練習の一環だ。大人たちには気づかれないように、小さな声で、しかし確かな発音で言葉を口にする。この練習が、将来のために役立つと信じて。・・・
私がいつ歩く練習をしているかと言うと、昼寝の時間にあてられているときだ。部屋の中でひたすら歩いている。たまにドアが少しだけ開いていることがあると、その隙をついて脱走を試みる。しかし、脱走に成功しても、すぐにパピーやママんに見つかって捕まってしまうのが常だ。
そういえば、外の景色を見たことがないとふと気づく。
抱っこされて、パパんの書斎やリビングには入ったことがあるけど、それもすぐ隣の部屋だし。結局、廊下しか通ったことがない。廊下の壁は無機質なクリーム色。自分の部屋だけが、水族館のようにカラフルな世界なのだ。
《あ〜、そろそろ自由に動きたい。他の景色が見たい!外に行ってみたい!!》
私は心の中で叫んだ。外の世界はどんなふうに見えるのだろう。どんなに広くて、どんな色に満ちているのだろうか?前世と同じような風景だろうか?田んぼや森など自然がいっぱいの所だろうか?考えは尽きない。
やっぱり、誕生日にお披露目を決行するしかない!
自分が歩けること、話せること、そして何よりも可愛いこと――その三大要素を、誕生日パーティーでみんなに知らしめるのだ。ローズはその日を心待ちにしながら、小さな拳をぎゅっと握りしめた。
《この子は天才だ》とか言われたらどうしましょう…ムヒヒヒッ。
私は心の中でほくそ笑んだ。でも、そんなことよりまず、誕生日までにはもっと上を目指そうと思っている。
上を目指してどうするんだ?と思うかもしれないけれど、やっぱり鍛えるにこしたことはない。もしかしたら、スポーツで大活躍する未来が待っているかもしれないしね。
1歳を過ぎたら、文字の勉強も始めたい。将来のためにもっと知識を蓄えておきたい。
世の中には「天は二物を与えず」なんて言葉があるけれど、私は三物や四物を手に入れる人生を歩んでみたい。そう、夢で終わるかもしれないけれど…やっぱり挑戦する価値はある。
そして何より、不幸は絶対に嫌だ!前の人生もめちゃくちゃ不幸というわけではなかったけど、旦那は早死にするし、最後は刺されて死んだ。そんな経験は一度で十分だよ。もうお腹いっぱい。
《今度こそ、幸せな人生を送るんだから!》ローズはそう決意しながら、心の中で小さな炎を燃やした。
今世では、誰よりも幸せになってやるんだ!!幸せは自分で勝ち取れだ!!
やはり、成功には努力が必要だと思っている。天才でも、努力を怠ればただの人になってしまう。逆に、努力を重ねれば、天才をも超えられるかもしれない。
前世の自分は、長いものには巻かれろ的な態度で、流されることが多かった気がする。結構な人見知りで、親しい人以外には自分の考えをほとんど言えなかった。
年を重ねておばちゃんになってからは、コミュ症も少しは緩和されたけど、それでも言いたいことの半分も言えていなかった気がする。
とにかく、お一人様が大好きだった。家で一人で過ごす時間が一番の癒しで、一時は、大人になってから友達を作ろうかなとも思ったこともあるけれど、結局は相手に合わせすぎて疲れてしまう。最後にはその関係が煩わしくなってしまっていた。
《でも、今度は違う。自分の意志をしっかり持って、自分の言葉で話せるようになりたい。》
私はそう決意しながら、再び自分の未来を見据えた。
幸せな人生を送るためには、まずは自分自身が変わらなければならないと感じている。
今度こそ、自分の夢を叶えるために、そして本当に満足のいく人生を送るために、努力を惜しまず前に進むのだと心に決める。
時折、前世の記憶が蘇る。
札幌の雪まつりの最終日に雪が降ってきたことがあった。自分は少し寒くても行きたかったけれど、一緒にいた人が「行きたくない」と言ったから、結局行くのをやめた。あの時、一人だったら自由に見に行けたのに…。そう考えると、人付き合いが時々面倒くさくなってきてしまう。
《でも、今世では変わりたい。人誑しみたいな、人を惹きつける人種に憧れる。》
もっと自分を表現したり、自由に行動したりできるようになりたい。
もちろん、前世を覚えている時点で、根っこの部分は変わらないかもしれないけれど・・・
それでも、望む自分を手に入れるためには努力が大事だと思う。
幸い、今世は昔みたいに母の後ろに隠れて、恥ずかしくて挨拶もできないような子からのスタートではない。今世は前世と同じ必要はない。昔の話はあくまで参考程度にして、今の人生を謳歌するのだ。まだ、どんな世界が待っているのか分からないからこそ、その可能性にワクワクする。
そのためには、影の努力が必要だと感じている。
あと1週間で、1時間くらいは歩けるようになりたい。もっと広い場所に出たら、走れるようにもなりたいから、誰もいない時には、歩く練習に加えて、スクワットも取り入れてみよう。徐々に回数を増やし、体を鍛えていくんだ。
私はそう決意すると、小さな拳を握りしめ、天井に向かって右手を上げる。そして、目標に向かって進む自分をイメージした。
新しい人生で新しい自分を築くために、一歩ずつ努力を積み重ねていくのだ。
誕生会の朝、ローズは特別な気分で目覚めた。
今日はついに、彼女の計画を実行する日だ。朝からママンにお風呂に入れてもらい、湯船にはバラのアロマオイルが浮かんでいる。
ほんのり香るバラの香りに包まれながら、《あ~~いい湯だな。ははは〜ん、だ》と私は小さな声で囁いてしまった。
今日からはただの赤ん坊ではない。幼児だ。幼児になったからには、もう尻餅をつく演技なんてしないんだ、と心の中で誓う。これからは、少し大人っぽい振る舞いを見せるのだ。
お風呂から出ると、ママンが優しくタオルで体を拭いてくれ、髪の毛をドライヤーで乾かしてくれた。
そして、特別な日を祝うために選んだ、白と薄いグリーンの可愛らしいワンピースを着せてもらう。まだ自分でワンピースを着ることはできないけれど、それもいずれはできるようになりたい、とローズは心の中で次の目標を設定した。
髪型は、上の方をママンが手際よく編み込みし、肩に垂らすスタイルに仕上げてくれた。さらに、レースのリボンを編み込みに絡めてセットが完了。
《よし、準備は完璧だ。今日は最高の一日になるはず》
ローズは自分にそう言い聞かせながら、誕生会が始まるのを待ちわびた。心の中は期待と興奮でいっぱい。今日の主役は間違いなく自分。これまで隠していた秘密の力を、ついにみんなの前で披露する時が来たのだ。
白と薄いグリーンのワンピースも、髪に編み込んだレースのリボンも、肌触りがよくて、この小さな体にピッタリとフィットしている。
《でも、これからどんどん成長するんだし、すぐに着られなくなっちゃうかもなぁ。高そうな生地だし、こんなに可愛いんだから、また着たいのになぁ…。》
そんなことを考えていると、ノックの音がして、パパんとパピーが部屋に入ってきた。二人はドアの前で立ちすくんでいる。私は首をかしげて考えた。
《どうしたんだろう?何かおかしいのかな?》
そういえば、部屋には大きな鏡がないから、自分の顔をちゃんと見たことがなかった。もしかして、自分ってそんなに不細工なの?・・・かもしれない・・・
いつも「可愛い、可愛い」って言われていたのは、ただの社交辞令だったのかな、と考えると、なんだか胸の奥がキュッと痛んで、悲しくなってきた。
《でも、この二人の子供なんだから、そんなに外れなわけないよね…?》
最近、自分の涙腺がやたらと弱くなっていることに気づいていた。体がまだ小さいせいか、ちょっとしたことで涙が溜まり、感情の起伏も激しくなっている。目頭が熱くなり始めるのを感じて、グッと涙をこらえた。
今は泣いている場合じゃない。今日の主役は自分なのだから、元気に振る舞わなければ。涙がこぼれそうになり、悲しい感情でいっぱいになって、我慢ができなくなり、つい・・・
「私、そんなにぶちゃいく?」と私は呟いてしまった。
パパんとパピーが目を見開いたまま、お互いの顔を見てから、私の顔を見たりと何度も繰り返す様子が、何とも言えない緊張感を与える。
ママんが私を抱っこして、優しく鏡の前に連れて行く。鏡に映った自分の姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。そこには、私が思っていたよりもずっとかわいい子がいた。
《これが私…?》不思議な感覚とともに、心の中にじんわりと温かいものが広がっていく。
思わず「かあいい~」と言葉が漏れてしまった。
すると後ろの方で、パパんが大声で絶叫していた。
「マ・マ・マ・マん、ママん」
目を見開いて、口をパクパクさせるパパんの姿は、まるで魚が水から出されたかのようだ。
「なあに?大きな声出さないの!ローズがびっくりするでしょう」
パパんは再び絶叫した。
「ママんは、どうしてそんなに落ち着いてるのさ?」
その声が大きすぎて、また、私までびっくりして、肩をビクッとさせる。
のんびりした口調で答える、ママん・・・
「だって、ずっと前から知ってたのよ。」
「パパんだけ気づいてなかったんだ?」と、肩をすくめながらパピーは笑った。
「・・・・・・ええええーーー」私もびっくりだ。
知っていたんか?パピーまで・・・
パパんと私の声がかぶった。
「パパピーまで~・・・」とパパんは、がっくりと頭を垂れる。
「パピーって、呼ぶんじゃねぇ〜パトリって呼べよ!知らなかったのは、パパんだけだし。よくそれで親やってるなぁ~」
「最近仕事が忙しくて、ローズの寝顔しか見てなかったんだよ。申し訳ない。」とパパんは、肩を落としながらも、心からの謝罪の気持ちを込めて言った。
その言葉に、パピーは軽くため息をついた。
「パピーが早く大きくなって手伝ってくれよ~。そしたら、ずっとローズと遊ぶからさ!」
「嫌だよ!ローズと俺の時間がなくなるだろ!俺だって、学校があるんだからさ」
「パトリは、天才だろ?もう手伝えんるんじゃないの?」
「子どもに仕事させようなんて、最低な親だな!俺に甘えるな!俺とローズの邪魔をするんじゃねぇ」
「ハイハイ、もう始まっちゃうからその話は後にしましょうね」とママンがパンパンと手を叩いた。
私は涙が零れそうになっていたが、そんな二人のやり取りを見ていたら涙がどこかへ引っ込んでしまった。
そして、私はママんに抱っこされたまま、未知の部屋へと足を踏み入れた。
ママんに抱っこされたまま、家族みんなで長い廊下を進んでいくと、前方に大きな階段が現れた。
階段は左右に分かれていて、それぞれが優雅な曲線を描きながら、下の階へとゆっくりと下りていく。まるで左右から抱き寄せるように、丸みを帯びたデザインだった。
階段の手すりは美しい装飾が施されていて、まるで昔のお城にあるような感じ。上から見下ろすと、下の階の広々としたホールが見えた。すごく天井が高い。3階建てはあるだろうか?その中央には大きなシャンデリアが煌めき、優雅な空間が広がっている。階段の真下にも大きくて立派な扉があった。どうやらここが玄関のようだ。
ホールの向こうには、両側に大きく開くような窓がいくつもあり、とにかく大きい。
すべての窓が開け放たれていて、その向こうにはまるで夢の世界のようなガーデンパーティの光景が広がっていた。広々とした庭には、色とりどりの花が咲き乱れ、テーブルクロスの上には、目にも鮮やかな料理やデザートが並んでいる。小さなケーキが並ぶプレート、カラフルなフルーツ、そして冷えた飲み物が入ったグラスがキラキラと光を反射していた。
まだお客様は誰もいないが、テーブルの上のごちそうはまるで今にも語りかけてくるようで、心が躍る。まるで、この空間が私たちを待ちわびているかのようだった。
「もうすぐお客様が来るまで、ここで飲み物でもいただきましょうか?」ママんが微笑んで、指をパチンと鳴らした。その瞬間、音もなく、私の横に知らないお姉さんがすっと現れた。優雅な身のこなしで立っている。
私たちはホールの中央にある、ふかふかで大きなソファーに向かって歩いていった。ソファの座面はふんわりとしていて、座った瞬間に体が沈み込む感触がした。ママんとパピーの間にちょこんと座らされると、その柔らかさに自然と体が揺れ、私は小さくピョンピョンとはねてしまった。《なんてふかふかなソファなんだろう》と、心の中で呟いた。
気づけば、先ほどの女性がママんの指示を受けていたらしく、目の前のテーブルの上には冷えたジュースが並べられていた。コップの中で氷がカランと音を立てている。
ふと前方に目を向けると、同じ服を着た女性たちや、きちんとした執事服を着た男性たちが、パーティの準備のためにあちこちで忙しなく動き回っていた。
大きなテーブルに白いクロスを掛けたり、花を飾ったりしている様子は、まるで舞台の幕が上がる前の最後の仕上げのようだ。
「さてと、あと30分くらいするとお客様たちが到着します。その前に少しみんなで話をしましょうか?」とママんが優しく促した。
さっきまでウキウキと心が踊っていたのに、急に私は胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになった。
まるで悪いことをして見つかってしまったときみたいに、うつむいて小さく縮こまり、両手をぎゅっと膝の上で握りしめた。
ママんは、パパんとパピーの顔を交互に見ながら、確認するように話し始めた。
「最初に気づいたのは、ローズが生まれてから一週間くらい経ったころかしら?普通の赤ちゃんとは何か違っていて、パトリのときとも全然違ったの。ローズが何を考えているのか、何をしたいのかが気になって、それからずっと観察を始めたのよ。」
ママんがそう話し終えると、パピーが自分の体験を話し始めた。
「俺は最近だなぁ。ローズの部屋のドアがちょっと開いてたとき、ローズが顔を出してきて、廊下をキョロキョロしてるのが見えたんだ。そのあと、誰もいないと思ったのか、突然立ち上がって普通に歩き出したときはびっくりしたよ。声を出しそうになったけど、ぐっと我慢してたら、今度はパパんの書斎の方に向かって歩いて行こうとしてた。さすがに危ないと思って『ローズ!』って声をかけたら、驚いて尻餅ついちゃったけどね。それから抱っこして部屋に戻したんだ。それで、ローズが歩けるんじゃないかって確信したんだよ。大体それが一ヶ月くらい前だったかな。それから、こっそりローズを観察し始めたんだ。何をしようとしてるのか見てたら、面白いことをしてたんだよね。」
《なんと……そのころから私のことを観察していたなんて。ママん、恐るべし……。まさか生まれて一週間で気づいていたなんて……。さすが私のママんだ》
「俺は……」と突然、パパんが声を上げた。
「知らなかったぁ~…。ローズが言葉の意味を分かってるなんて、本当に……」と、がっくりと肩を落とす。パパんの顔には、驚きと戸惑いが混じっている。何か思うところがあるんだろうか。
「それで、ローズは?」と、ママんが優しく聞いた。「歩けるし、しゃべれるのよね?」と、皆が私の顔をじっと見つめてくる。私はうつむいたまま、静かに頷いて、「すこち……」と、小さな声で答えた。
その瞬間、パパんが「少しじゃないだろーーー!相当だろーーー!」と、大声を出したので、私はびくっと肩をすくめ、目の端にじゅわりと涙が溜まってきた。
《うん、泣きそう……》
「パパん!」珍しくママんが少し大きな声で制止した。その瞬間、パピーが私を膝の上に引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ。パパんなんか気にしなくていいよ。俺がいるからな」と、パピーが優しく囁き、頭を撫でてくれた。その優しさに、目頭から涙が溢れ出し、しくしくと泣きながら、私はパピーにしがみついた。
「パピーーー!」私はさらに強くパピーの腕にしがみつく。
「……パピーって呼んでいいのは、ローズだけだからな。他の人には許さないからな」と、パピーは私を抱きしめたまま、親たちを鋭く睨みつける。《ローズが真似するから、パピーって言うなってあれほど言ったのに・・・》と心の声が聞こえるようだった。
私は、うんうんと頷きながら、パピーという呼び名は、とても言いやすくて好きだ。《私だけは使ってもいいよね?》と心に誓う。
「さぁ、もうお客様が来ちゃうから、話はこれくらいにして…びっくりして一番大事なことをいうの忘れてたわ。ローズ、1歳のお誕生日おめでとう。元気に育ってくれてありがとうね」とママんは私のほっぺにキスをしてくれた。
「俺も」とパピーがママんと反対側のほっぺにキスをくれた。そして「パパんは、ダメー」と言ってローズを抱き込んでしまった。
「ええええーーー!!パパんもパパんもーーー」と駄々を捏ねだした。
「パトリ、パパんにも抱っこさせてあげて」とママんから優しく言われてしまうと、パピーも逆らえないようで…
「しょうがないなぁ~」と言いつつ、私をパパんの方に差し出す。私は、パパんにいつもの抱っこポーズをするとパパんは優しく、でもしっかりと抱きしめてくれた。
《なんて、素敵な私の家族なんだろう》とまたしても、じゅわりと涙が浮かんできてしまう。これは、うれし涙だ。
大人げない、かわいいパパんに私からほっぺにキスを送った。そしたら、パパんも泣きながら、私のぽっぺにキスしてくれた。
「ローズ、お誕生日おめでとう。私の天使」と言ってくれた。
「ありがとう。ママんとパピーはてんち。パパんは・・・ん-カッコいい」と言ってあげると、パパんはとっても嬉しそうな顔をして、またぎゅーっとしてくれた。
《みんな大好きだよ》と心の中で呟きながら、私は幸せを嚙み締めた。