18. チャチャ丸
今日は試験結果の出る日。でも、日課をこなさないと、何か落ち着かない。
昨日のことが頭をよぎるけど、気を取り直して、昨日初めて来た公園でトレーニングを始めることにした。ここは、朝早く来る人も少なく、静かで快適だ。
軽く走り始め、少し休もうとベンチに座っていると、あの子がまた私の膝に乗ってきた。
「可愛いな・・・」そう言いながら、ふわふわの毛をもふもふしていると、昨日のことを思い出して、周りをキョロキョロ。すると、少し離れたところにグレンがいて、私を見て苦笑いしているのに気づいた。彼には気づいたけど、この子には罪はない。だから、思う存分もふもふを堪能していたら、グレンが近づいてきた。
「おはよう・・・昨日、大丈夫だったか?」
私はこの子のふわふわに顔を埋め、しばらくほっぺをこすりつけていたが、グレンは耐えきれなかったのか、私の左手を優しく包んで、そっと額を押しつけた。
「昨日はごめん。驚かせちゃったよな」
「グレンのせいじゃないよ。気にしないで」と答えると、彼はまるで物語の王子様みたいに私の手の甲にキスをしてきた。私は驚いて固まってしまった。
「なんで…こんなことするの?」
グレンは真剣な表情で私を見つめた。
「俺、ローズを一生守るって決めたんだ。初めて会ったときにね。何があっても守り通す。それがアスランだから」
「そんなの・・・私に好きな人がいたら?グレンに好きな人ができたら?それっておかしいよ。家族ならまだ分かるけど・・・私は誰にも守られなくていい。自分で自分を守れるようになりたいから」
「ローズがどう思おうと、俺は自分の決めたことを曲げない。これが俺の幸せだから」
「グレンには、もっと自分の幸せを見つけて欲しい・・・私は自分で幸せを探すから、グレンも自分のために生きてよ」
「それでも、俺の幸せはローズなんだ」
「もし、やりたいこととか好きな人とかできたら遠慮なく言ってね。私は応援するから・・・」グレンは少し悲しそうな顔をした。
こんな幼児を相手に、本気で好きになるわけないじゃん。もしそうだったら、変態かロリコンだよ!
まだ私、3歳だよ。グレンだって、決めるのが早すぎるよ・・・
もっと広い視野で物事を見ようよ。世界はこんなに広いんだから・・・
「私は、もっともっと広い世界を知りたい!」そして、恋愛なんてその後でも遅くないはず。
「俺がその手伝いを少しでもしたらダメか?」
「・・・ダ、ダメじゃないけど・・・」
「そうか!!」グレンは、お花が咲いたように笑顔になった。ちょっと可愛いかもとか思ってしまった・・・
「グレンも自分の好きなことを目指して、頑張ってね。私が手伝えることがあったら、言ってね。私たち友達でしょ?」
「じゃあ、早速いいかな?」
「ええっ・・・もう?」
「こいつを一緒にいつも連れてって欲しいんだ。今、開発途中なんだけど色々データも欲しいし、これからもっとグレードアップさせていく予定なんだ。こいつは、ローズの護衛にしてくれ」
「・・・こんなに可愛いのに護衛になるの?」
「ちっこいけど、とても役に立つと思うんだ。もう少しトレーニングするんだろ?昨日、蹴りの練習してたから、同じようにやってみてくれないかな?」
「じゃあ・・・」私はいったんワンちゃんをそっと下に置いてから、公園の広い場所へ移動した。
そして、型通り蹴りを繰り出す。蹴りを出したところに、ワンちゃんがタイミングよくジャンプし、私の蹴りと受け止め、着地する。まるで、レジーを相手にしているように受け止めてくれた。そして、右に左にと蹴りを繰り出すとワンちゃんも右に左にを同じようにしてくれる。
「すご~い!!」
「もう少し、強くしてみてくれないか?」
「うん」私は、思いっきり蹴りを入れたり、回し蹴りをしたり、パンチをしてみたりと色々動いてみた。
「すごい、すごい、ワンちゃん」というと「ワン」と返事を返してくれた。蹴りだけじゃなく、パンチまで・・・
私は、思わずワンちゃんを抱っこして、またもふもふを堪能した。
「ローズもすごいな。こんな3歳児いないぞ。しかも女の子だ。普通女の子はみんなに守られるもんだ」
「そうなんだ・・・でも私は、体動かすの好きだからこういうの続けるの」
「そうか・・・じゃあ、俺とトレーニングするか?もっと強くなれるぞ?」
「こんな弱っちいのとばっかりやってたら、グレンが上達しないからいいよ!ワンちゃん貸してくれるなら、ワンちゃんと一緒にトレーニングするーーー」
「ワン」
「ワンちゃんもいいって」
「そのわんコロには、昨日ローズの匂いを覚えてもらったから、もうローズのもんだ。まだ試用段階だから、これから協力してくれる見返りだ。パトリにも伝えてあるし、俺とパトリの匂いも覚えてるから、吠えない。覚えさせたい人がいたら、わんコロに覚えろって言えば、匂いを覚えてくれる。変な奴がいたら、唸ったり、吠えたりするからすぐにわかるよ。だいたい言葉も通じるから大丈夫だと思うけど、通じないとかあったら教えてくれれば、改善するよ」
「うん!!ホントに私のワンちゃんにしていいの?」グレンは黙って頷いた。「やったーーー」思わず両手を広げ、パピーのようにグレンに抱きついた。グレンは、体を硬直して固まってしまった。
「ローズ!!何やってるんだ!!」すると少し離れた所から、パピーがものすごい勢いで走ってくるのが見えた。近づいてくると、グレンとローズを引きはがし、ローズをギューギューと抱きしめる。あまりの苦しさに「じぬ、じぬから・・・」と掠れた声を出すとようやくパピーの腕の力が抜け、ゼーゼーと胸を押さえながら、呼吸をした。
そして、パピーの方を向くと「ぞのうぢ、じぬから」と抗議する。
「ゴメン、ゴメン・・・ローズがグレンと抱きしめあってるから・・・」
「イヤ、イヤ、イヤ・・・抱きしめあってないから・・・言葉間違ってるから・・・グレンはローズの2番目のお兄ちゃんだから・・・」私は顔の前で、手を振りながら言った。
「お、に、い、ちゃん?」グレンは、遠い目をして小さく呟いたようだがローズには聞こえていない・・・
「グレンには特にそういうこと、ダメだぞ!まったく、これだから目が離せないんだ。誰かれ構わず抱きついたりしたら、ここは男ばっかりなんだから、勘違いする奴もいるだろ?ほら、ここにも一人!」パピーはグレンを指さす・・・
「俺は勘違いなんかしない。ローズは俺のこと好きだぞ!」
「ほらーーー!勘違いしてるから!ローズが大好きなのは俺!お前はお呼びじゃないの!」
「お呼びじゃないのに抱きつくか?普通しないだろ?」二人とも、何を張り合ってるんだか・・・。
「パピーはお兄ちゃんだから大好き!グレンは・・・う~ん・・・お友達?」パピーとグレンは、まるでコントみたいに同時に右肩をガクッと落とした。なぜパピーまでガクッとなるのか・・・。でも、二人は本当に仲がいい。
「今はしょうがない…お・と・も・だ・ちで我慢するさ。そのうち、俺の魅力にメロメロになるからな!」と、明後日の方向を見つめているグレン。もしかして、照れてる?
「そろそろ戻らないと遅くなっちゃうよ。チャチャ丸、行くよーーー!名前、チャチャ丸でいい?」ワンちゃんに話しかけると、「ワン」と返事が返ってきた。
「いいって!じゃあ、チャチャ丸ね。今日からよろしくね。戻ったら一緒にお風呂入ろうね」そう言って、私はチャチャ丸に頬ずりをした。
「えっ!風呂はやめなさい。覗かれるぞ!」とパピーが叫んだ。
「チャチャ丸って、盗撮するの?カメラついてるの?」
「ついてるわけないだろ!スパイ活動させるわけでもないんだから!」グレンが大声で叫ぶ。
「でも、つけようと思えばつけられるんだ…」私はジトっとした目でグレンを睨んだ。
「護衛対象に何かあったとき、行動をチェックできる機能はあるけど、それはもしもの場合だけだ。俺には見る権限ないから、安心しろ!」
「でも、見ようと思えば見れるんだよねぇ?」再びジロッと睨む。
「誘拐されたときとか、大事があった場合には仕方ないだろ?風呂とか着替えとかは、問題がなければ自動で削除されるようになってる。だから、俺が後で確認しようとしても削除されたら二度と見れないんだ。分かった?」
「ふーん…じゃあ、一緒にお風呂入っても大丈夫ってことね?」念押しする。
「こいつもたまには洗ってやらないと汚れるから、そういう時はしっかり手入れしてやれ。毛は伸びないけど、ブラッシングしないと毛玉になるからね。エサはいらないけど、手入れはペットと同じようにやるんだぞ」
「うん、分かった!チャチャ丸、帰ろう?」
「ワン!」
「あっ、そうだ!私、後ろから人が来るとびっくりしちゃうから、後ろに誰か来たら教えてね」
「ワン!」
「チャチャ丸、賢いね!じゃあ、走って帰るよ!」チャチャ丸の頭をわしゃわしゃと撫でてから、私たちと1匹は寮に向かって駆け出した。
後から、パピーになんでチャチャ丸にしたんだ?と聞かれ、薄い茶色だからと言うと変な顔をされた。そんなにネーミングセンスがなかったかしら・・・
私はシャワーを浴び、朝食を済ませてから学園へ行く準備をし、パピーと一緒に学園に向かった。