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500年の時を越えて  作者: 胡蝶 蘭
17/19

17.昔のトラウマ

体力測定も全部、無事に終わり、私たちは汗だくのまま教室に戻った。着替えを済ませると、パピーやグレンのタイムが気になり、後で話を聞いてみた。どうやら、1kmのタイムで1位はグレン、驚異の2分後半という記録だった。パピーも頑張って3分台ギリギリ、2位を獲得したそうだ。あと少しでパピーもグレンを追い抜けそうなので、頑張って応援していこうと思う。

一方の私はというと、4分台にギリギリ滑り込んだ。自分では、3歳にしてはかなりの健闘だと思っているが、周りと比べるとそうなんだろうか?サリーは5分台で、ライラはまさかの15分後半。驚きの結果だが、彼女のレザースーツでは動きづらい上、汗で体にぴったりくっついていたらしい。通気性の悪さから、他の子の何倍も汗をかいたのだろう。それも無理はない。


さて、これから3日間はテストの嵐。各科目1時間程度の実力テストが始まる。テストは苦手ではないが、やはり緊張する。テストが終われば1日の休みがあり、その後に結果発表が待っている。

私は学力には自信がある。なにせ、前世の記憶を持つ私にとって、特に数学は復習に過ぎないからだ。

歴史にはあまり自信がなかったが、家の図書室で政治や地理、社会の知識を徹底的に詰め込んできた。それに、パピーにどんな問題が出るかのリサーチも万全だ。兄妹がいると、こんなときに本当に助かる。

この学園では、文字から教えることはしない。生徒たちは、すでに文字が読めることを前提として授業が進められるのだ。前時代の公立学校に比べ、学びのスピードは驚くほど速く、高等部を卒業する頃には、大学卒業と同等の学力を持つように設計されている。そのうえ、飛び級制度もあり、優秀な生徒はさらに上を目指すことができる。特に認められれば、どんな職業にも就けるのだという。


私たちドット家は、医療関係者が多いが、能力が認められれば、アスラン家やバルト家の分野にも進むことが可能だ。そうすれば、家にとらわれることなく、自分のやりたい道を歩むことができるのだ。ただし、一族の跡取りではない者に限られるらしい。一族を存続させる責任は、他の何よりも大きな重圧となるからだ。跡継ぎが一人しかいないグレンなんかは、そのプレッシャーの中で大変だろう。彼には他の仕事の選択肢がないのだから。


一方、シャルル・ドット家では、パピーも私も、どちらが跡継ぎになってもいいように教育されている。ただ、跡を継がない場合は、自由に職業を選べるのが嬉しい。私が今、特に興味を持っているのは料理の世界だ。甘いものや美味しいものは、人を幸せな気分にさせる力がある。それを作り出すことができるのは、素晴らしい・・・

はなから跡取りを目指す気はない。だって、どう考えてもパピーには敵わないから。彼は何をやっても完璧だし・・・私は私の好きなことをやろうと思っている。自分の道を、自分で選ぶために・・・

ライラも兄がいると言っていたし、彼女もきっと問題ないだろう。結果はまだわからないけれど、お互いに頑張りたいところだ。


3日間のテストは、正直楽勝だった。テストが終わるとすぐにパピーが答え合わせをしてくれたおかげで、全体的に問題なく進んだ。けれど、言語学の1問だけが、思わぬ書き間違いだったのが少し悔しい。答え自体は合っていたのに…あと一歩で完璧だったと思うと、つい肩を落としてしまう。

誰かが私と同じ点数を取っていたかもしれないけれど、この間違いさえなければ、きっとトップだったはずだ。結果が出ないとわからないが上には上がいるからなぁ~・・・

1年間に3回テストがあるらしい。しかも、長期休みの前に毎回3日間にわたって、学力テストと体力測定をするという。1年生だけは特別に、入学後すぐに実力を試されるんだとか・・・


今日は、初めての学園の休みの日。

はじめて研究施設や実験施設が立ち並ぶモンテ山(モンテ・チェルヴィーノの山、略してモンテ山)方面に足を伸ばしている。片道約1時間弱の距離…遠いけれど、体力作りにはちょうどいい。

最近、レジーとの護身術の練習ができていないことが気になっている。

学校に慣れるまでは練習を休んでいたが、そろそろ再開しないと体が鈍ってしまうよ・・・

最近ダンとレジーも忙しそうだ。特に学園の警備関係で動いているらしく、最近は私の護衛をする必要もなくなったらしい。外からは見えないが、どうやら学園内には至るところに警備カメラが設置されていて、私がどこにいるかはすぐに確認できるという。

モンテ山の麓にある円形の小さな公園に到着した。

ここにはベンチがいくつか置かれていて、水分補給のための水飲み場もある。少し休憩してから、護身術の型の練習をすることにした。蹴りの動作を繰り返しながら、目の前に相手がいると仮定して集中していたその時だった。突然、ふわふわした薄い茶色の毛玉のようなものが、私が蹴りを入れた瞬間に飛び込んできたのだ。驚いて止めようとしたが間に合わず、その毛玉に当たってしまった。しかし、毛玉は普通に着地し、まったく問題なさそうに立っている。近づいてみると、なんとそれは小さな耳と鼻、口、そして髭がついた生き物だった。

「なにこの子、めちゃくちゃ可愛いんですけど…」

思わず右手を出し、そっと近づけると、その小さな生き物は私の指先の匂いをくんくんと嗅ぎ、「ワン」と一声鳴いた。さらに、私の手にすり寄ってくる。

「可愛いーーー!!抱っこしてもいい?」そう言うと、小さな犬は「ワン」とまるで返事をするかのように応えた。

私は両脇に手を入れ、そっと抱き上げた。

「めっちゃ、もふもふ!」そのまま、しばらくの間、その柔らかな毛に顔をうずめる。なんともいえない、日向のような優しい香りがした。

以前の私だったら、動物が嫌いなわけではないが、犬独特の臭いが少し苦手で、抱っこしてもさっと終わりにしていただろう。でもこの子は、犬特有の獣臭さがまったくしない。だから、安心して顔を埋めてそのもふもふを存分に堪能していた。

どのくらいもふもふを堪能していただろうか・・・その瞬間、突然、背後から声をかけられ、肩を叩かれた。反射的に体が硬直し、次の瞬間、フラッシュバックのように記憶が押し寄せる。前世で死んだときの風景、あの男のにやけた顔、そして刃物に刺された瞬間の激痛――すべてが私を襲ってきた。

「・・・い、やーーーーーーーーー!!」

無意識に大声で叫び、意識がぷっつりと途切れた。

次に目が覚めたとき、私は真っ白な四角い部屋のベッドに寝かされていた。記憶が曖昧なまま、さっきの恐怖が再び頭をよぎり・・・

「い、やーーーーーー!!」

再び大声を出して、思わず布団を頭から被った。そのとき、ドアの開く音、足音が近づいてくる。複数の足音が聞こえる中、聞き慣れた声がした。

「ローズ、大丈夫か?」それは、とても心配そうなパピーの声だった。

「パピー?」蚊の鳴くような小さな声で、私は彼の名を呼ぶ。

「そうだよ。何があったんだ?顔を見せて?大丈夫だから。」その優しい声に促され、そっと布団から顔を出すと、目の前にはパピーの顔が見えた。その瞬間、我慢していた涙が一気に溢れ出し、思わず両腕を広げる。パピーはそっと私を支え、優しく抱きしめてくれた。私は彼の胸に顔をうずめ、しばらくの間泣き続けた。泣いている間も、パピーはずっと私の頭を撫でてくれていた。

気持ちが少し落ち着いて、私が泣き止むと、パピーは真剣な顔で尋ねた。

「ローズ、誰かに何かされた?もしかして、グレンに何かされたのか?」

そう言うと、パピーは隣にいたグレンを鋭く睨みつけた。私はそっと顔を上げ、グレンを見た。彼は、とても悲しそうな顔をしている。それを見て、私は首を振った。

「違うの…」グレンが何かしたわけではない。それを伝えたくて、私は再び小さく答える。

「じゃあ、どうしたんだ?」パピーが再び優しく尋ねるが、私は何も言えずに顔を伏せ、またパピーの胸に顔を埋めた。

「ここでは話したくない・・・パピーにだけ話す」

「分かった。じゃあ、寮に戻ろう」パピーが静かに提案すると、私は頷いた。

「グレン、お前は帰れ。あとで連絡するから」パピーが指示を出すと、私を抱き上げて歩き出した。顔を伏せていたので気づかなかったが、ダンとレジーがものすごい速さで駆けつけ、私たちの側にいたらしい。

私はパピーの腕の中で小さく震えていたが、彼はずっと私の頭や背中を優しく撫で続けてくれた。

その穏やかなリズムに包まれて、気づけば私は再び眠りに落ちていた。精神的に疲れ切ってしまったのだろう。その日は朝食も取らずに眠り続け、ようやく昼食の前に目が覚めた。

部屋からふらふらと出ていくと、パピーが心配そうな顔で近づいてきた。

「ローズ、大丈夫か?何か飲めそう?それともお腹空いてる?」

私はテーブルに着くと、カレンがそっと飲み物を置いてくれた。少し喉が渇いていたので、1口飲んでから大きくため息をつく。

「みんな、ちょっと二人にしてくれる?」パピーが言うと、カレンたちは静かにリビングを後にした。

申し訳ない気持ちでいっぱいになった私は、俯きながら小さな声で「心配かけてごめんね」と囁き、もう一口飲み物を口に含んだ。

パピーは、私が話し出すのを静かに待っていてくれた。

「私、びっくりしただけなの・・・パパんからパピーが聞いてるかどうかわからないけど、私・・・」言葉がうまく出てこなくて、しばらく沈黙が続いた。

「大丈夫だよ、話していいから」パピーはとても優しい声で促してくれたので、意を決して話し始めた。

「うん、あのね・・・私、前のことを覚えてるの」

「うん、パパんから聞いたよ。でも、詳しいことは知らないんだ。ごめんね」

「なんでパピーが謝るの?」私は不思議そうに問い返した。

「うーん、なんでだろうね?」パピーは苦笑いを浮かべた。その姿がなんだか可愛くて、思わず「ふふふ・・・」と笑ってしまった。

「やっと、ローズの笑顔が見られたよ」パピーはとても嬉しそうな顔をしている。その顔を見たら、少し肩の力が抜けた。

「私ね、前世で・・・後ろから何度も刺されて、殺されたの」そう話すと、パピーが息を呑む音が聞こえたが、私は続けた。

「あの公園で、可愛いワンちゃんをもふもふしてたら、急に誰かに後ろから声を掛けられて、その時の怖い記憶が蘇って・・・それでびっくりしちゃって。それからの記憶はないの・・・変なこと言ってごめんね。私、変な子だよね…」下を向いて小さな声で言うと、また涙が溢れてきた。そんな私を、パピーはまた優しく抱きしめてくれた。

「ローズは変な子なんかじゃないよ。俺の大事な人だから・・・」パピーはそう言って、私の頭を撫でてくれた。その優しさに、また涙が止まらなくなった。

「私、後ろから話しかけられるとダメみたい・・・その時のことを思い出しちゃって、怖くなるの。それであの時、びっくりしたんだと思う。」

「じゃあ、これからはローズに話しかけるときは、前からにするよ。グレンにも伝えておくから」

「じゃあ、あの時後ろから話しかけたのってグレンだったんだ・・・グレンには、このこと・・・」

「ああ、言わないよ。俺たち家族だけの秘密だ。」

「よかった。グレンには謝らないと。きっとびっくりしたよね。」

「そんなのいいさ。俺が適当に言っておくから」

「ありがとう。パピー、ママん、パパんが後ろから話しかけても平気だよ。知ってる声なら大丈夫みたい。グレンのことも知らなかったわけじゃないけど、何年も話してなかったし、声変わりしてたから急に怖く感じちゃったんだと思う。」

「グレンの声は覚えなくていいよ。あいつとは仲良くならなくていいからな!」パピーはちょっと拗ねたような顔をしてみせたので、私は「わかった」と笑って返事をした。すると、パピーはあからさまに機嫌が良くなった。

「お昼、食べられそう?」

「うん、話したらスッキリした。お腹も空いてきた」そう言った瞬間、お腹が『グぅーーー』と鳴ってしまった。

パピーは笑いながらカレンを呼んで、昼食を頼んでくれた。朝食を食べていなかったから、しょうがないよね・・・


パピーは、あれからグレンに連絡してくれたみたい。

「大丈夫だって何度も言ったけど、顔を見せてくれってしつこかった」と苦笑していたが、明日学園で会うまでそっとしておくように言って、ようやく納得させたらしい・・・

お昼ご飯を食べたら、少し元気が出た気がした。今までこんなことはなかったのに・・・

「あっ、そういえば、あのワンちゃん、大丈夫かな?抱っこしてたら、私、倒れちゃったから、怪我してないかな?」

「大丈夫だよ。あれもヒューマノイドだから、問題ないさ。」

「ホントに?そういえば、蹴りの練習中に急に出てきて、止めきれずにキックしちゃったけど、ちゃんと受け止めて着地してたよ」

「グレンが連れてきたんだ。だから大丈夫だろう?」

「ええっ!グレンが連れてきたの?また会いたいなぁ~。明日、グレンに頼んでみようかなぁ~?ほんと可愛かったんだもん!」私がそう言うと、パピーは少し安心したような笑顔を見せた。

「よかった・・・ローズが元気になってくれて、本当に心配してたんだからな」

「ごめんね、心配かけて。こういうのって、どうやったら治るのか分からないけど、これからは後ろにも気をつけるようにするね」

「気をつけるのに越したことはないけど、今度、パパんとママんにも相談してみるよ。」

「うん、ありがとう。」


今日はこのまま家で休んで、明日に備えることにした。明日は試験の結果が分かる日だから、なんだかワクワクしてくる。夕食になっても、明日のことを考えるとドキドキが止まらず、昼間の出来事はほとんど忘れて、気持ちが軽くなってきた。パピーもそんな私を見て安心した様子だった。

いつもの時間に寝ようと思ったけど、今日は色々とありすぎて、なかなか眠れそうにない。それで、本棚にあったヒューマノイドに関する本を読んで、眠くなるまで過ごすことにした。

本には、さまざまな種類のヒューマノイドが紹介されていて、人間型だけでなく、動物型もいることが分かった。あのワンちゃん型のヒューマノイド、本当に可愛かったなぁ…。もし私もあんな可愛いヒューマノイドがいたら、癒されるんだろうな。癒しは大事だよね…と独り言ちる。

動物型のヒューマノイドは、ペットとして人気があるそうで、特に犬型は警察犬のように護衛もしてくれるらしい。でも、あの小さなワンちゃんはやっぱりペットだよね。可愛すぎる…また会いたいなぁ~と思いながら、いつの間にか眠ってしまっていた。



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