12.グレンの夏休み
明日からの夏休みをどう有意義に過ごすか、そしてどうすればシャルル・ドット家に行けるのか、ただそのことだけを考えていた。あの子に会える日はいつなのか、あるいは本当に会えるのか。会えるかどうかはわからないからこそ、いつでも彼女にふさわしい相手であり続けるために、精進を続けなければならない。他の男に譲るわけにはいかない。それだけは絶対だ。
それから、体力だけではダメだ。頭も鍛えなければならない。今のままではいずれ行き詰まる。
頭脳も体力と同じくらい重要だ。これからは、毎日の勉強を日課に取り入れようと思う。
アントニオの存在は使えるかもしれない。彼はパトリの親友であり、彼の婚約者を紹介しないはずがない。
夏に紹介されなくても、冬には必ず紹介されるだろう。アントニオが婚約者と一緒に寮に荷物を運ぶとき、その時を逃さずに備えておこう。それまでは寮に残り、頭と体を鍛えると決めた。
今後1か月間、彼らが来ることはないはずだが、毎日1時間に1回は確認しておくべきだ。
ヴェロシティ・エクスプレスから学園まではリフトバスで15分、学園の出入り口から寮まではさらに5分かかる。図書館の窓から出入り口が見えるから、マラソンがてらチェックするのもいいだろう。図書館では予習と復習を怠らないようにする。これで、絶対に彼らを見逃すことはない。
明日からは、午前中は図書館で学び、午後は体力づくりに励む予定だ。
ヴェロシティ・エクスプレスは昼間しか運航していないので、少し面倒でも毎日確認する。
ローズのためなら、苦ではない。俺自身のためになるからだ。
ただ、会えることだけを目標に定めることにした。約1か月間、この一つの目標に集中した。勉強でわからないところがあれば、学園にいる先生を捕まえて、理解できるまで教えを乞うことにした。
そして1か月が過ぎ、夏休みが終わるまであと1週間くらいに迫った夕方、ついに彼らがリフトバスから荷物を抱えて降りてきた。寮住まいの連中は、必ずヒューマノイドを最低1体は連れてきている。ヒューマノイドが荷物を下ろしている間に、全力で走りアントニオ・ルッカ・バルトを捕まえることに成功した。
「アントニオ、お前パトリと親友だよな?あいつと会うことあるか?」と俺は尋ねた。
「また体力勝負を仕掛けるのか?やめろよ、そういうの……」とアントニオは言った。
「違う……勝負のことじゃない。別のことだ。あいつに謝りたいんだ。招待された時のこと……お前もその場にいたんだから、わかるだろ?」と俺は続けた。
「休みが終わったら謝ればいいだろ?」とアントニオは肩をすくめる。
「ダメなんだ。それじゃ遅いんだ……お願いだよ」と俺は必死な顔で頼んだ。そんな俺を可哀そうに思ったのか、横にいたエミリー・ロッシ・バルトがニヤニヤとした表情で口を開いた。
「アントニオ、いいじゃない。可哀そうだから謝らせてあげたら?グレン、余計なことしないって約束するなら教えてあげるわ」と口元を隠しながら、彼女はおかしそうに呟いた。
「ああ、教えてくれ。変なことはしないから、お願いだ」と俺は神様に祈るような仕草で頼んだ。
「なんでもしてくれる?」とエミリーが言い出したが、背に腹は代えられない。
「なんでもするから……お願いします」と深々と頭を下げた。心の中で、俺のちっぽけなプライドなんてゴミ箱に捨ててやるさ……あの子に会える可能性があるならば・・・
「わかったわ。約束は守ってよね! 明日、ターミナルで待ち合わせしているの。シャルル・ドット家に招待されているから、グレンも一緒に来ればいいわ」とエミリーが言った。すかさず、俺は救世主の顔を拝もうと顔を上げて言った。
「エミリーさんはなんて優しいんだ。俺の天使だよ」と、彼女の右手に両手を差し出そうとした瞬間、横からアントニオにはたかれた。少し痛かったが、そんなことはどうでもいい。
「触るなよ! 俺の天使だ。お前の天使じゃない!」とアントニオが怒る。
《婚約しているからって、惚気るなよ……》と言いそうになったが、グッと我慢した。
「すまない、つい嬉しくなっちまって……お前の天使には違いないんだからな。わかってるから……」と俺が言うと、アントニオは少し機嫌を直したようだ。そして、俺は彼らと一緒に明日シャルル・ドット家へ連れて行ってもらう約束を取り付けた。
そして、今日だ。もしかしたらローズに会えるかもしれないという期待を胸に、ターミナルへ1時間前に到着した。待ち合わせの5分前にようやく彼らが到着する。《遅せーよ!》と言いたくなったが、またしても我慢した。
「今日はありがとうな。助かるよ」と丁寧に礼を言った。
「どういたしまして。アントニオはいい顔しなかったけど、私は面白そうだと思ったから……」とエミリーが言ったが、最後の言葉は尻すぼみになり、何を言っているのかわからなかった。
「二人には感謝する。ありがとう」と深々とお辞儀をした。本当に感謝している。もしかしたら一生会えないかったかもしれなかったのだから。
「やめてくれよ。調子狂うよ」とアントニオが少し照れくさそうに言った。
時間になるとリフトバスが到着し、ドアが開いた。ドアの両脇には、かなりゴツイおじさんと金髪のイケメンが立っていた。ゴツイ方は、うちの親父に負けないくらい大きい・・・
じっとしている様子からして、ヒューマノイドの護衛だろう。余計なことをしなければ、排除されることはないはずだ。
そして、中を覗くとあの子が来ているではないか……
パトリと一緒に、あの子もいる。やっぱり、俺の天使はこの子だと確信した。
「なんで、お前がここにいるんだよ……」とパトリが不機嫌そうに言ってきたが、気にしないと自分にそう言い聞かせる。
「親友って、この人だったの? じゃあ、前に会ったことがあるよね」と彼女が俺に話しかけてきた。
その言葉に俺は驚いた。こんなに流暢に話してくるなんて、誰が驚かずにいられるだろうか?
すると、アントニオが俺を貶めるようなことを言い出し、つい大きな声を上げてしまった。すると、なんとローズが泣き出してしまったんだ。
すぐに俺は膝を折り、彼女の左手を両手で握って謝った。
「そんなつもりじゃなかったんだ。大きな声を出して申し訳ない」と言い、彼女の小さくふっくらした柔らかい手に額をそっと乗せた。しかし、その瞬間、パトリに手を叩かれた。納得いかない……。
パトリは俺を追い返そうとするが、
「すまない、俺も一緒に乗せてくれ! お願いだ、変なことはしないから」と、昨日と同様に頭を下げた。許されるまで頭を上げずに待つこと5分……。
「パピー、可哀想だから乗せてあげようよ」と天使の声が響いた瞬間、素早くお礼を言い、中のソファに座り込んだ。
パトリは納得していない顔をしていたが、そんなこと気にしていられない。もう俺を乗せると言ったんだからな、と心の中で呟いた。
到着するとシャイニーブラン様がお出迎えに来て、ローズを抱きしめていた。
《俺も抱きしめて~》と思ったが、今は我慢だ。まだ謝ってもいないんだから、とにかく許してもらわなければならない。まずそれからだと自分に言い聞かせる。
体力勝負を仕掛けたことがローズに知られ、卑怯者扱いされてしまった。このまま、嫌われたままでは何も変わらない……
どうしても許すと言ってもらわなければ・・・卑怯な手だが、土下座して頭を床にこすりつけ、謝り同情を誘った。
やはり見かねたのか、シャイニーブラン様が俺の味方をしてくれた。シャイニーブラン様は女神か?
許すようにとローズに言い聞かせている。・・・俺を認めてくれたのだ!
そして俺は、ローズに騎士宣言をし、彼女を一生守ると誓った。その後、上機嫌で俺は寮へ戻り、さらに自分を鍛えることを心に誓った。ローズに相応しい男になるために、一生、体力も頭脳も鍛え続けるのだ。