皇帝殺しの大魔女は、今は冒険者組合の受付嬢~王弟殿下が皇帝陛下の生まれ変わり~
「今だ!そこだ!!くっつけー!手を握れー!キッスしろー!あぁっ、なんで!!どうしてそこで出てくるんですか、魔物ぉおお!空気読めー!呪うぞ!!」
大都市イグワンから最も近い迷宮の第四層は、危険度としてはそれほど高くない。
といって第二層のような、駆け出しのC冒険者から、ちょいとした小遣い稼ぎの目的のならずものがうろちょろできるような気安さはなく、B級の冒険者でも油断すれば五体満足では戻ってこれないくらいの危険度はある。
その油断ならない階層で、物陰にこっそり隠れて何やらぶつぶつ呟いているのは真っ黒いベールをすっぽりかぶり、全身真っ黒い服に身を包んだ少女。
その視線の先には、おっかなびっくりと迷宮を進んでいる若い男女がいた。
男の方は長身で、ピカピカ光る立派な鎧に身を包み、一目で魔法剣とわかるすらりと長い剣をもっている。女の方はいかにも聖職者とわかる僧衣に身を包み、剣を構えて魔物を迎撃する男に神の加護を祈っている。
「うぅー!いい雰囲気だったのに!暗い迷宮内!か細い光を魔法で出せる僧侶さんに身を寄せるしかなくて、大きな体を縮めながら歩いていた剣士!いい雰囲気でしたのにー!!」
「魔女殿、魔女殿。そんなに残念がらなくてもよろしいではありませんか。チャンスというのはいつでも、作るものですよ」
「はっ、そうですよね!ありがとうございます陛下、じゃなかった、今は殿下!」
物陰に隠れている魔女に話しかけるのは金色の髪に褐色の肌の青年。にこにこと、魔女の様子を眺めつつ、魔獣に襲われる男女をちらり、と横目で見た。
「あの魔獣の群れ。あの二人には少々手ごわいでしょうね」
「え!?そうなの!?どうしよう、燃やしておく!?」
「先日の男女のペアにそれをやって失敗したのをお忘れですか?よろしいですか魔女殿。ここはあえて、あの剣士が瀕死になるのを待つのです。そうしてあの僧侶の方に魔女殿のご加護をお与えください」
「未亡人にするってこと!?」
「違います。まだ二人は未婚ですし、交際すらしていないでしょう。我々の目的は二人を交際させることじゃあありませんか」
はっ、そうだった。と魔女は頷き、この国の王弟の助言を反芻する。
闇属性の魔獣の鋭い爪が剣士の甲冑を砕き、毒の牙が剣士の首に食い込んだ。
泣き叫びながら僧侶が盾の呪文や浄化魔法を使うが、C級レベルの彼女では同時に二種類の魔法は発動しないし、何よりも「剣士を瀕死にする」という目的を持った魔女が「じゃあ苦しまないように早めに瀕死にしてあげよう」と魔獣に強化魔法をかけたので、僧侶の彼女程度の魔法は全くきかなかった。
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「なるほど……殿下は天才では?」
明るい地上、大都市イグワンの教会の片隅で私、魔女ウルリカは感心した。
教会の聖なる壇上、そこに置かれた棺の中には僧侶の女性の必死な祈りと看病で瀕死の状態から奇跡的に回復した剣士が、目を覚ました彼に抱き着く僧侶を抱きとめている。
「生命の危機に感じる子孫を残さなければならないと焦る本能……これが、吊り橋効果というやつなんですね……これがラブ」
「どちらかといえば、自分より弱いと思っていた守るべき存在である彼女が、自分が倒れた後も懸命に自分を庇って逃げ延びて、自分を助けてくれたという行為に感動している男心ですよ、魔女殿」
ニコニコと穏やかな顔でこちらの考えに突っ込みを入れてくる陛下、じゃなかった、王弟殿下。
私はひょいっと腕を振って何もない虚空から自分のノートを取り出すと、そこに「通算25組目、カップル成立」と日本語で記入した。
それを覗き込む殿下は「相変わらず不思議な文字を書きますね」と首を傾げる。
「あんまり覗き込まないでください」
私はぐいっと、殿下を腕で押しのけた。
この国の歴代王族の中で最も賢いと称えられる王弟殿下だ。
眺めた文字から法則性を見出してうっかり解読できるようになってしまうことだってあるかもれない。読まれて困るようなことを書いているわけじゃないが、誰だって自分のノートを他人に読まれたくないだろう。
「あと975組、あぁ、先日……ローラとイワンのカップルが破局しましたし、アマリアとダンのカップルはダンが浮気をしたそうなので……あと977組ですね、魔女殿」
「人間!すぐ別れる!!!!!!!すぐ浮気する!!!!!!!!呪いたい!!!」
「呪うのは構いませんが、罪状が増えるだけでは?」
私のインクは私が魔法で作ったものなので、王弟殿下の言葉にサラサラと、魔法が発動して文字が編集されていく。
数か月前に沼地でピクニックをして成立させたローラとイワン、隣町までの郵便クエストを経てくっついたアマンダとダンの名前がノートから消えていく……!!
さて、良い子の皆さんは500年前に存在したドルツィア帝国をご存じだろうか?
西大陸の覇者。
たった一代で12の国を征服し、西大陸に君臨した皇帝が治めていた帝国。
その帝国はある日、たった一夜で滅んだ。
首都は燃え、跡地は今も草一つ生えない砂漠になっていて、かつての栄華は吟遊詩人の歌に残るくらい。
そのドルツィア帝国を滅ぼしたのは、はい、私です。
正確には私の体、この魔女ウルリカが犯人だ。
さて、良い子の皆さんは、「麗しの乙女と白の王」という恋愛小説をご存じだろうか。
日本という国でそこそこヒットした、ファンタジー世界が舞台の小説だ。
癒しの奇跡を持つ平民の主人公が、国で「傀儡王」と馬鹿にされる病弱な王様の侍女となり、不治の病を癒しつつ王宮の陰謀に巻き込まれ、竜とか魔法とか伝説の剣とか……まぁ、なんやかんやと色々あって、最終的に王様とくっつく王道ファンタジーだ。
王弟殿下はその傀儡王に毒を盛っていた黒幕として登場する。
ついでにヒロインに横恋慕もする。
その王弟殿下、前世がドルツィア帝国の皇帝陛下でしっかり記憶を持っている。
自分の国を滅ぼした魔女ウルリカの心臓を冥界の王に捧げて、ドルツィア帝国を復活させようとたくらみ、そのたくらみを主人公カップルに阻止されるのだが……。
……それが今から三年後だ。
ヒロインが森へ狩りに出かけた傀儡王と出会い、怪我を治したのが縁で侍女になるルートまではあと半年である。
なぜそのファンタジー小説を知っているか?
読者だったからだよ!!
私は今はウルリカの体で動いているが……前世はジャパニーズ。
ちょっと恋愛小説が好きなだけの平凡なウーマンだった。
何の因果か、今はその……王弟殿下にブッ殺される魔女のボディに入っていて、全力で逃げようと、この大陸から消えようとしていたのに……小説に魔女と王弟殿下の再会がいつどこでと詳しく書いていなかったので見つかった。
そうして今。
私は命乞いをして、殿下と取引をすることになっているわけである。
「三年以内にこの国に1000組のカップルを誕生させる。そしてその二人が夫婦となり子供を産めば、あなたの500年前の所業は水に流しましょう、魔女殿」
なぜ、どうして、いったいどういうつもりで、あの冷酷無比な前世皇帝、現在王位簒奪を企んでいるはずの王弟殿下が、こんな提案をしてきたのか。
私には全くわからない。
わからないが、わからないけれど、簡単だと思いました。
私のボディは千年を生きる魔女のもの。当然魔法もなんでも容易く使える、ので、惚れ薬や媚薬やら子供ができやすい薬やら何やらでさくっとヒューマン誕生をさせようとしたのだけれど……それは駄目だと言われてしまった。ルール違反だと、全く持ってわからない。
わからないが、やるしかない。
やらないと、心臓を取られて死んでしまう。
私は王弟殿下の口利きで冒険者組合の受付嬢となり、良い感じになりそうな男女をくっつけるために依頼を厳選し、なんならちょっとお手伝いもしつつ……がんばってカップル成立を目指している。
「人間ってなんでこう、すぐ……恋が冷めるのか……一途に、しつこく……思い続けて欲しい!」
「おや。執着心のある人間もいますよ。初恋の相手を忘れられず、というのはよくある話です」
そんな便利な相手ばかりだったら、私の仕事はラクになるだろう。
私は聖なる協会で、愛の誓いを交わす僧侶と剣士を見守りながら、次はどんな男女にどんな依頼をぶつけて運命の出会いを演出しようかと考えるのだった。
魔女殿:前世日本人→その前は魔女ウルリカ。自分が魔女だった記憶はない。
王弟殿下:前世皇帝。魔女を人間にして自分と死んでもらうために国を生贄に捧げた。異世界で人間になっていると知ってブチ切れて冥王に戦いを挑んで殺された。現在ハッピー。