ダンジョン調査 其の四
扉が幾度も悲鳴を挙げた後、途端に衝撃が収まった、諦めたのだろう。
緊張の糸が途端に切れてしまい壁にもたれかかってしまう、今まで命の危険がなかったとはいわないけれどあれは異質過ぎた、深呼吸をして落ち着くと私は他の部隊の様子を見てみる、やっぱり全員かなり疲れてる、今日はこれ以上進めないかもしれない。
とりあえず10階層に向かいつつ考えに耽るがあれは何だったのだろう、セキセイさんの話ではこのダンジョンは徐々に魔物の強さを挙げることで最終的な魔物の強さや階層の数を引き上げる種類のものだと言っていたはず、私は我慢できず前を進む成幸に小声で声をかけてみることにした。
「成幸はあれどう思う? ダンジョンの特性とはずいぶん違うみたいだけど」
「わからん、ダンジョンは侵入者との差し引きで力を変化させるみたいだし扉があるってことはあそこは別エリアってことなんじゃないのか?」
「つまり挑戦するのは自由ってこと?」
「なんもわからんけどな、ただ俺たちじゃ勝てそうにもなかった対魔物用の弾薬も全然効いた感じしなかったしな」
「私も手ごたえゼロ、拠点に戻ったらボディカメラの映像を見ましょう、見た目からなにかわかることがあるかもしれないしあれが扉を抜けてきたら撤退しなきゃいけない」
「俺も遥斗も甲型は使い切ったし栞はスラグを七発は撃ってた肩は痛めてなさそうだったがあれは衝撃がえぐいからな」
そこから私たちは魔物に出会うこともなく十階層の階段にたどり着いた、近くの小部屋で小休止を挟むことにして私はまた部隊長を集めて会議することにした。
「あれのことはとりあえず後で話しましょう、部隊の様子はどうですか? 十階層の探索はできるでしょうか」
第二部隊の加藤隊長が難しい顔をしながら私に言う。
「一度補給に戻るべきかと思います、十階層の魔物はわかっているかぎりではゴーレムとゴブリンの混成集団です、ゴーレムを盾にして後衛のメイジやアーチャーが攻撃を入れてきます、問題はその数です、前回は8回交戦したところで撤退しましたがそのどれもが最低でもゴーレムが4、アーチャーが3、メイジが3はいましたし多いときは後衛の数が倍にもなっていました、前回は銃でこれを打倒しましたが先ほど弾を大量に消費してしまいましたし探索を十分に進められるだけの余裕はないのではないでしょうか」
確かに前回のような戦い方をすると弾が間違いなく足りなくなる、前回より人数が増えてはいるけど遭遇ごとに後衛を銃で片付けていたら弾は三時間も持たない。
話を全員に聞いてみたところ十階層を現有の弾薬で探索できるだけ探索して帰還という方針に固まった、十階層で出てくるのは前衛を務めるウォーリアーゴーレムやバリケードゴーレムという両手が盾のような形状になっていて通路に壁を築くような魔物で後衛はゴブリンアーチャーやメイジ、だけどこの二種類はかなり強くなっていて一筋縄では倒せない、頭に弾を撃ち込んでも通常弾だと何発も必要になる。
少し時間をおいたからか隊の雰囲気は元の雰囲気に戻ってきていた、階段を降っていき十階層にたどり着くと前の探索を思い出す、レベルが高かった私はかなり強引に前に出されたのだ、嫉妬もあったんだろうけど相当無茶をさせられた。
「ここからはサーチドローンを先行させます、ヒモは第三の宮道二曹が持っておくように」
「了解しました!」
私は宮道さんの腰から通信ケーブルを引き出すと長方形の箱に車輪がついたような形の自走ドローンに接続させてから地面に置いて走らせた、サーチドローンにはカメラとセンサーが搭載されていて部隊の情報端末に情報が送りドローンが手に入れた情報をマップやAR情報に連動させて壁越しに視界を確保したりマップを埋めていく。
ただダンジョンでは電子装置が妨害されてしまうのか近距離の通信以外は遮断されてしまうため有線で運用することになる、速度は落ちるし線を持っている人間は身動きをとりづらいからあまり使いたくはないけど仕方がない。
「ARとの接続を忘れるな、宮道二曹が飼い主だ」
視界の片隅にドローンの映像を表示しながら歩みを進めていると少し先にゴブリンとゴーレムの集団がいるのが見えた、ゴーレムの裏に隠れて詳しくはわからないけどそれなりに多そう、ゴーレムはバリケードが二体しかいないみたいだけどなかなか苦しい戦闘になるかもしれない。
「進行予定の通路に敵集団を発見、接敵次第第二以外の部隊はゴブリンを銃で撃破、その間私が盾を展開するので敵の攻撃の予兆が見え次第自分の盾か私の盾で凌いでください、島田、田上、加藤は先頭でゴーレムを抑えてください加藤以外の第二部隊隊員は後方を警戒」
T字路に差し掛かり改めてドローンの情報を精査すると敵の数を凡そ知ることができた、足の数や熱源の探知から個体数を予測する機能がドローンには組み込まれてる、ゴブリンの数はどうやら12体はくだらないみたいでかなり多いことが分かった。
ARマップ上で敵の位置と番号を振り分けるとそれぞれの部隊に担当を割り振り戦闘の準備を進める、そして今回の魔剣は少し特別で魔力障壁という魔法を盾にしたものでしかも旗の概念を組み込んである、効果は動きの精度上昇と肉体強度の向上でセットしてある。
曲がり角に陣取り私は三つ数えてから飛び出す。
「総員撃てっ!!」
曲がり角から壁を盾にして撃つものや自前の盾で身を隠しながら撃つものがいるが総勢二十人で撃ってもすぐに撃破とはいかなかった、矢や魔法でゴブリンも対抗してきて多少被害は出たものの距離があったおかげもありゴーレムに圧迫される前に後衛の処理は終わり全員でゴーレムを袋叩きにしていると戦闘は終了した、盾は解除せず旗の機能のみ停止させて再び進むが弾薬の消費が激しい、今回後衛は十二体もいてそれを倒すために外した分も考えると300発程度は使ってると思う、流石にこれでは弾が足りなくなってしまう、今日はあと三回ほど接敵したら拠点に帰らないとダメだ。
それにかなりの数を倒してるから魔石や稀に出る特殊なドロップアイテムは特に嵩張るからそれのことも考えないといけない。
さっきの蜘蛛みたいな魔物のせいだろうか、どうしてもネガティブな思考が抜けていかない、こういうときは成幸に頼るのが一番いい。
周りに聞こえないよう成幸に小声で話しかけどうするべきか聞いてみると成幸は平然と答えた。
「隊長の判断が全てだろ、まだ日程は残ってるし今帰っても問題はない、でもここで止まった分少しだけだとしても明日にしわ寄せが来る正直1日二階層ってのが俺は無理があると思うしな」
まあ確かにダンジョンは広くなるし兵站と行き来の時間を考えれば少し無理のある目標だとは思う。
「ありがとう、腹は決まったわ」
「おう」
私は進むことにした、少し無理はするけど今日中に10階層は埋めてしまって明日に11と12の半分で明後日12と13を埋めてしまえば14と15はそれぞれに1日を掛けられる、これならぎりぎり間に合うはず。
となると戦い方を変えなきゃいけない、幸い魔力は節約できたから少し多めに使って近接戦を展開すれば弾も節約できるはず。
しばらく探索を続けてから小部屋を制圧し部隊長達に予定の変更を伝える。
「これからの予定ですがこのまま十階層は踏破してしまおうと思います、なにか質問はありますか?」
「では私からいいでしょうか?」
「海藤一曹ですねどうぞ」
「ありがとうございます、それでなのですが踏破は不可能かと思われます、弾も足りませんし地図もそれほど埋まっていません、全体像が分からないなかその目標は無謀と言えるのではないでしょうか」
「はい、確かに弾はありません先ほど交戦もしてしまいましたしあと二回が限度だと思われます」
「では目標は変更せずあと二回交戦したら帰還でよいのではないでしょうか?」
「それだと明日にしわ寄せがきてしまいます、なるべく交戦は避けるよう動くつもりですが接敵した場合私が魔剣で後衛をなるべく潰します、そうして節約すれば弾も節約できるかと」
反対もあったものの私は隊長として意見を押し通して方針を決定した、やはり私にリーダーは向いていないと感じてしまうけど任じられたからには仕方がない、次は遥斗をリーダーに推そう。
私が盾になり矛になることで弾薬の消費を抑えるこの方法は決して褒められたものではない、ただそれでもやらないと後が辛くなってしまうからここで動かないという選択肢はないのだ。
それから何度か接敵しつつも順調に進んでいると扉を見つけた、九階層で見つけた扉よりずいぶんと豪華な扉で流石に開けてみようとはならなかったけど次回以降の探索で踏み込むことにはなるだろう。 それからも探索は続行し魔力がもうすぐで危ないというくらいまで消耗はしてしまったけど私たちはなんとか十階層を制覇することに成功した、でもこれを素直に喜ぶことはできなかった。
最後の行き止まりでマッピングをしていた隊員と各部隊長を集めて話し込む。
「地図は間違えていませんよね?」
「はい、間違いなくこの状態であっているかと」
「……これはどちらでしょうか」
「どちらというと?」
十階層の扉と九階層の扉どちらが正解の道なのだろう、でも部隊は消耗しきっているしあの扉を開けて生きて逃げれる保証はない、開けるにしても準備が整っている時にするべきだろう。
「現状の情報では方針を絞り込めません、十階層の地図を埋めるという目的は達成しましたしここは拠点に戻りましょう」
やっと戻れることを喜ぶように部隊長の雰囲気が和らいだ、やっぱり嫌だったのだろう、当然私も好き好んで探索してるわけではないから帰るのは楽しみだ。
帰りは温存していた弾を撃ってかなり楽に帰還することができるだろうけど問題は明日からだ、二つの扉とその奥に居た蜘蛛のような魔物が問題で私は自衛隊の中でも強いほうだけどあれには勝てる気がしなかった、十階層の扉の奥まで同じようなものだとすると私たちにはどうすることもできない、その時点で撤退は確実だしどんどん先行きは暗くなるばかりだから私はこのダンジョンという世界の新常識に適応できる気がしなかった。