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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

叶えたくない恋

作者: ケト

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて……」


 先生の抑揚のない声とチョークが刻む一定のリズムがボクを眠りの世界へと連れ込む。

 

(眠い……)


 夏も終わりかけだというのに、『春は良いね』とかいう1000年以上の前の浅い感想の日記を読むのが勉強になるなんて清少納言は夢にも思わなかっただろう。


(ボクのTmitterもひょっとしたら1000年後には授業で使われるようになったりして)

 

 そんなバカみたいな妄想をしながら、3行以上遅れをとっていた板書を急いで書き写す。

 

 ふと。いや、いつものように隣の席のほうに顔を向ける。

 気持ちよさそうに寝ている、春斗の顔を。

 

 横で寝ている彼の名前は肥田春斗ひだ はると

 サッカー部の朝練で疲れたのか、今日も気持ちよさそうによだれを垂らしながらぐっすりと寝ている。

 

 ボクは彼のそんな寝顔を見るのが好きで、暇さえあれば毎日隣の席の方に顔を向けるようになっていた。

 

 手入れもしていないようなゴワゴワとした髪の毛。

 半袖の制服からちらりと見える筋肉質な二の腕。

 暑くて汗が一筋流れ落ちていく首筋。


 春斗の身体の一つ一つをじっくりと観察する。そうする度に、ボクの心臓の音は早くなる。

 春斗の顔を見るだけで、退屈な授業もいつの間にか眠気は消え去ってしまう。


秋藤あきふじ君」

「は、はい!」


 ふいに先生から名前を呼ばれ、ボクは戸惑いながらも返事をした。

 

「隣の肥田君を起こしてあげてください」


 先生はボクの隣でぐっすりと寝ている、春斗の方を指さす。

 

「俺がですか?」

「君以外だれがいるんですか。秋藤君は肥田君とも仲が良いでしょう」


 ボクは隣の春斗を起こそうとするが、少し緊張してしまう。

 春斗からボクの身体に触れることはいつものことだが、ボクから春斗の身体に触れることはほとんどない。


「春斗、起きて」


 ボクは春斗に声をかけるが、帰ってくるのは春斗の寝息だけ。

 起きる気配なんてこれっぽちもない。

 

「ふぅ……」


 ボクは小さく息を吐き、春斗の肩をトントンと叩いた。

 一瞬、ほっぺをつつこうとしたが周りにみんながいるのでやめておいた。

 それに、春斗にもバレたら誤魔化す言い訳も思いつかないし。


「ん、んん……」


 春斗の身体が少し動く。


「ほら、起きて春斗」

「ん? 堅斗けんとか……」


 寝ぼけ眼をこすりながら周りを見渡し状況を把握しているようだ。

 そして、まだ授業中だと分かったら、そのまま突っ伏してまた寝てしまった。


「あ……」

「はい、じゃあ授業を続けます」


 先生は背中を向けて黒板に文字を書き始めた。

 いつものことなので、春斗が授業を受けないことに先生も慣れたのだろう。

 

 先生がおっとりとしているから、国語の時はいつもこんな感じだ。

 怒られないのが分かっているから、春斗もこうやってぐっすりと眠っているのだろう。


(まぁ、そのおかげでこうして春斗の寝顔を見れるんだけど)

 

 ボクは授業を話半分で聞きながら、春斗の顔を覗き見る。


「このように、枕草子は四季の良さを言ったものが有名ですが他にはこんなことを言っていたりもします。

 『遠くて近きもの 極楽 船の旅 男女の中』。

 『極楽』は天国のことですね。君たちはまだ中学2年生ですが、大人になるなんてあっという間ですからね。

 先生なんて、最近1年が1週間くらいの感覚ですよ。このままいけば、あと3ヶ月もすればすぐ死んじゃいますね」


 40過ぎた男性教師がそんなことを言うと、教室で笑いが起こった。

 13,14歳のボクたちにとっては死ぬなんてまだまだ先の話だ。


「『船の旅』。これは、旅行での移動の時間ですね。そして、『男女の中』は恋愛関係。

 男と女は物理的な距離があるけど、恋に落ちればずっと近くなる。そういった意味ですかね」


「『"男女の中"』ね……」


 春斗に聞かれないように小さくつぶやく。


 男女の仲は遠いようで近い。

 だったら、男同士の仲はどうなのだろう。

 きっと逆だ。


 男同士の仲は近いようで遠い。


 春斗とは、席が隣でいつもそばにいるのに。

 ボクの想いはきっと届かない。

 どれだけ話しても。どれだけ一緒にいても。どれだけ仲が良くても。

 ボクと春斗が結ばれることはない。

 

 ボクと春斗は近いようで遠い。

 近いことが辛い。

 この想いを知らなければ、ボクは幸せだったのだろう。


 この『スキ』という想いは、捨てるべきモノ。

 この恋は叶わない恋。叶えたくない恋だから。

 不幸になることが決まっている恋だから。


 それなのにボクは彼の寝顔から目を離すことが出来ない。

 この想いが大きくなればなるほど、辛くなることは分かっている。

 それでも、彼の横顔をずっと見ていたかった。

 それが、ボクにとって限りない幸せだから。





「ふ~、今日の練習も疲れたぜ」


 隣にいる春斗は肩を回しながら、通学路を歩いていた。

 

「別に肩は使ってないだろ」


 春斗はサッカー部だ。

 肩なんて使うハズがない。


「別に細かいことはいいだろ。こうすると、疲れが取れるような気がするからいいんだよ」


 春斗は軽口を叩きながら、ゆっくりと歩く。

 ボクの歩くペースを合わせて。ボクの隣の車道側で。

 二人きりで。


 いつもの日常だ。

 そして、ボクが望む日常だ。

 これだけでも幸せだというのに。

 ボクの「スキ」という気持ちはさらに上を望む。


 もっと近くで歩きたい。

 手をつなぎたい。

 春斗の肌を感じたい。

 

「はぁ……」


 ボクだって分かっている。

 これが気持ち悪い感情だってことが。


 普通は男は男に対してこんな感情は抱かない。

 いくら、LGBTが認められた社会だと言えど、男は女に恋をして女は男に恋をする。これがこの世の摂理だ。

 でも、男だけど男の人が好きだと公表している人中にはいる。

 そして、結ばれた人もいる。


 そういう人も居るっていうのは分かっているんだけど、ボクには打ち明けることが出来なかった。

 きっと、打ち明けたらみんなはボクを見る目が変わるだろう。

 きっと春斗も。


 でも春斗は変わらないかもしれない。

 春斗だけはボクのことを真っすぐ見てくれるかもしれない。

 そして、ボクの気持ちを受け止めてくれるかもしれない。

 

 もしも。

 もしも、ボクと春斗が恋人になったら。この恋が叶ったならばどうなるだろう。

 ……分かっている。

 叶ったところで、春斗は幸せになれない。

 みんなから、社会から、LGBTというレッテルを貼られ孤立する。

 普通の春斗を普通じゃない世界に巻き込んでしまう。


 だから、ボクは何も言わない。

 この想いだけは、ずっと閉じ込めるべきだから。


「さっきから、黙って何を考えてんだ?」


 春斗がボクの顔を覗き込む。


「な、なんでもないよ!」


 ボクは春斗から顔を逸らすよう。

 紅潮した顔を見られないように。


「勉強のことでも考えてたのか? 堅斗はいつもまじめだからな」

「別にまじめじゃないよ。春斗の方が成績は上でしょ」

「でも、いっつも図書室に残ってるんだろ?」

「それは……、その……そうだけど」


 はぐらかすように、返事をする。

 ボクはいつも図書室に残っている。

 そして、春斗の部活が終わると一緒に帰るのが日課になっていた。


 春斗はボクが勉強のために図書室に残っていると思うが、本当は違った。

 ただ、春斗と一緒に帰るために図書室に残っていた。

 それだけ、春斗のことが好きだった。


 気づけば、いつも交差点にたどり着いていた。 

 幸せな時間というのはいつもあっという間だ。

 

「またな」


 ここで春斗と別れる。

 この瞬間だけは、春斗の顔を見るのが嫌だった。

 ずっと、春斗と居られれば。このまま時間が止まってしまえば、春斗のことを見られるのに。

 でも、現実というのは残酷だ。

 春斗は自分の家へ向かって足を踏み出していた。


「また明日」


 ボクは春斗の背中を見送る。

 また明日。また明日になれば、春斗といられる。

 明日別れても、明後日にはまた会える。

 

 でも、この時間は永遠じゃないことは分かっている。

 でも、あと少し。中学を卒業するまでは、春斗と一緒にいられる。

 春斗のことを見ることが出来る。

 

 ……この時まではそう信じてた。



──



「好きな人が出来たんだ」

 

 突然世界に隕石が降ってきたような感覚だった。

 

 下校中、春斗が突然ボクに告げてきた。

 春斗は同じクラスの中山さんを好きになったらしい。

 そして、告白するべきかどうかをボクに聞いてきた。

 

「それで、どうしたらいいと思う?」

「どうしたらって……」


 ボクは春斗の言葉を反復することしかできなかった。

 分かっていたことだ。

 春斗は普通の人だって。

 春斗はボクのことなんか見ていないって。


「俺、中山さんに告りたいんだけどイケるかな?」


 頭の整理も追いつかないまま、春斗は話を続ける。

 当然だ。

 ボクが春斗のことが好きでショックを受けているなんて思いもしないだろう。


「それで、堅斗が聞いてきてくれないかな? 中山さんが俺のことをどう思っているのか」

「え……」


 ボクは半ば無意識に言葉を返す。


「頼むよ。ほら、堅斗って女子と仲が良いから聞きやすいだろ。な、いいだろ?」

「あ、うん。考えとくよ……」


 そう返すのが精一杯だった。

 いつもなら、春斗の為に動くことは惜しまない。

 でも、今回だけは違った。


 叶わない恋だとしても。

 春斗の恋を実らすために、動こうとは到底思えなかった。

 たとえ、恋が叶わなくても。春斗との日常を奪われることを許すことが出来なかった。


「まじか! ありがと、堅斗!!」


 春斗は笑顔でボクの肩を叩く。

 心はぐちゃぐちゃになっていたはずなのに。

 春斗の笑顔を見るだけで、安らぎを覚えていた。


 そう想ってしまう自分に嫌気が刺した。


「またな、堅斗。時間かかってもいいから、頼んだぞ!」


 春斗は手を振って走って家に帰ってしまった。

 今日は春斗の背中を見送らずに、1人で家に帰った。


 唇を強く嚙み締めたが、痛くはなかった。

 ただ心が苦しかった。





「はぁ……」


 ため息をつき、自分の部屋につくや否やベッドに倒れこむ。

 ショックで身体が動かない。

 ただ、仰向けの状態で天井を見つめ、呆けていた。

 

 これでよかったんだ。

 春斗に好きな人が出来て。

 春斗に彼女が出来れば、ボクの恋心は誰にも知られることなく終えることが出来るんだ。

 この呪われた恋を。


 中山さんは春斗に告白されたら喜ぶだろう。女子の間では春斗は人気者だ。

 春斗はボクが女子と仲が良いと言っていたが少し違う。

 女子がボクに色々と話すだけで、ボクからはあまり話さない。

 男子が好きになったからと言って、女子と友達になりたいとは思わない。

 そう思っていたからか、ボクから女子に話しかけることはほとんどなかった。


 だが、女子はそんなボクを邪険にするどころか、ボクを交えていつも恋愛トークをしていた。

 女子にとってボクは都合の良い存在なのだろう。

 男だけど話しやすい相手として、誰もボクのことを男として、恋愛対象として見ていなかった。

 

 好きな人、気になる人の話題になるといつも春斗の名前が挙げられる。

 確か、中山さんも春斗の名前を挙げたことがあったような気がする。

 あまり興味がないので覚えていない。

 話題が春斗のことになると、心がズキズキと痛みその場から逃げ出したくなる。

 誰にも春斗を取られたくない。ただそんなことばかりを想っていた。


 春斗はこのことを知らない。ボクが必死に隠してきたから。

 だから、春斗は中山さんに告白しても成功する自信がないのだろう。

 もし、中山さんが春斗のことが気になっていると言えば春斗は告白するだろう。

 そして、二人は晴れてカップルになるだろう。

 そしたら、ボクが春斗と居られる時間は少なくなり、話すことも出来なくなってしまうだろう。

 

 想像するだけでも胸が痛み、吐き気がする。

 大好きだった春斗が、幸せだった日常が一瞬で崩れ落ちていく。

 

 でも、もしボクが中山さんは春斗のことを嫌っていると言ったらどうなるだろう。

 春斗は多分告白しないだろう。春斗は意外と慎重で臆病者だ。

 だから、ボクに中山さんの気持ちを確かめてほしいと頼んできたのだろう。


 真実を伝えなければ、春斗は告白しない。春斗に彼女が出来ない。

 いつものように、春斗の横顔を独り占め出来る。


 気づけば、春斗に彼女が出来るかどうかはボクの行動次第となっていた。


「くっ……」


 下唇を噛む。


 嘘を言えば、春斗を裏切ることになる。大好きな春斗のことを。

 分かってる。

 春斗の幸せを願うなら、春斗に彼女が出来たほうが良い。

 それは自分自身のためでもある。

 

 ボクだって、普通の男子に戻りたいと思う時もある。

 その方が、ずっと自由だ。

 その方がずっと幸せだ。


 なのに。なのに、この恋心が邪魔をする。

 この恋は叶えたらいけない恋なのに。

 叶うことを願う。叶ったところで、そこに幸せはないのに。


 ボクはベッドから起き上がり洗面所に向かう。

 そして、鏡を見る。

 そこには男の顔、ボクの顔が映っていた。


 子供の頃は女子に間違えられることもあったが、それも随分と前の話だ。

 体毛が濃くなり、肩幅も広くなり、喉仏が出て、第二次性徴を終えた男の身体へと成長してしまっていた。

 ボクは自分のこの身体が大嫌いだ。

 ゴツゴツとした指を触るだけで、吐き気がする。


 でも春斗の身体は違う。

 彼のゴツゴツとした指が、たくましい筋肉が、声変わりした低い声が好きだった。

 同じ男と感じさせる部分なのに、彼のモノになるとそれらがカッコよく想えた。


 もし、ボクが女子だったら春斗はボクのことを好きになっていただろうか。

 ボクが女子になれば、春斗はボクのことを好きになってくれるだろうか。


 ボクは女子になりたい訳ではない。

 ただ春斗に好きになってほしいだけ。好きな人に好きだと言われたいだけ。

 それなのに。たった、好きになった人の性別が一緒だったというだけなのに。

 好きと伝えることさえ憚れる。


 ボクは春斗にどうしてほしい。ボクは春斗に何を伝えたい。

 この恋を伝えたい。この恋を伝えたくない。

 この恋は伝えたらいけない。

 叶えたくない恋だから。


「……うん」


 ボクは覚悟を決めた。





 いつもの帰り道。

 ボクは大好きな春斗と一緒に二人で帰る。

 ……だけど、これも今日で最後。

 ボクは目に焼き付けるようにずっと春斗の横顔を見ていた。

 

「またな、堅斗」


 いつもの交差点。

 春斗は別れの挨拶を言う。

 帰ろうとする春斗を引き留めた。


「待って春斗!」


 春斗は足を止め、こちらに近づく。

 手を伸ばせば簡単に触れることができる近い距離。

 近いはずなのに、遠い。


「伝えたいことがあるんだ」

 

 ボクは真剣な表情で春斗の顔を見つめる。

 春斗もボクの意図を汲み取ったのか、ボクの目を真っ直ぐに見つめてきた。


「中山さんに聞いたら、春斗のことが気になってるって言ってたよ。

 だから告白しなよ。きっと成功する」


 やっぱり辛かった。

 あれだけ覚悟を決めたけど、言うのはやっぱり苦しかった。

 でも言ったんだ。言えたんだ。


「マジか! ありがとな、堅斗。俺、中山さんに告るよ!」

 

 春斗は嬉しそうにボクの肩を叩く。

 今まで見たことのない笑顔で。

 きっと、この笑顔はこの先彼女に向けていく笑顔なのだろう。

 

 これで良いんだ。

 春斗が幸せになれるから。

 

「伝えたいことはこれで全部。これで終わりだよ」


 これで終わりだ。

 ボクは春斗への恋心を伝えることはしなかった。

 春斗なら真摯にボクの気持ちに向き合ってくれるだろう。

 受け入れてくれなくても、受け止めてくれるだろう。

 だけど、それはボクのエゴだ。

 この想いは誰にも知られることなく、消えるべき想いだから。


「またな、堅斗!」


 春斗が手を振り、向こうの道へ進んでいく。

 

「じゃあね、……サヨナラ」


 サヨナラ、春斗。

 サヨナラ、ボクの恋。





──





「おい、堅斗! お前の奥さんの写真見せろって!」

「分かった、分かったってば!」


 俺は笑いながら、一緒に呑みに来た同僚とその後輩にスマホを渡す。


「これがこいつの奥さんだ。ほら、美人だろ?」

「娘さんも可愛いっすね」

「だろだろ~!」

「何でお前が自慢げに言うんだよ」

 

 俺は後輩に自慢する同僚からスマホを奪い返す。

 そこには3人家族の写真が写っていた。

 当然、俺と奥さんと娘だ。

 娘はこの前5歳になった。大切な娘だ。

 もちろん奥さんのことだって愛している。


 あれから随分と時間が経った。

 春斗に彼女が出来てから、少しずつ話す回数も減り疎遠になってしまった。

 3年になれば、クラスも変わったのでほとんど話さなくなった。

 気づけば、いつの間にか春斗への恋心はどこかへ消えてしまっていた。


 高校は春斗と違う高校に通うことになった。

 その頃には、俺は好きな女子がだんだんと増えていった。

 そして、何度も恋をして何度もフラれて時には成就して。何度目かの時に俺は今の奥さんと出会い結婚まで至った。


 今は2人を養うため、必死に働いている。

 娘はもうすぐ小学校に通うことになるから、ますますお金が必要になってくる。

 忙しい毎日ではあるが、俺は愛する家族と暮らすことが出来て幸せだ。


 ……今思えば、あれは思春期特有の期の迷いというものだったのかもしれない。

 男になっていく自分が醜いものだと思い、それに反抗するように男を好きになっただけだったのかもしれない。

 

 俺が春斗に告白しなかったことは後悔していない。

 むしろ、告白しなくて良かったと思っている。

 告白しなかった結果、俺は男が好きだとバレることなく平和に中学生活を送ることが出来た。

 バレていたらいじめられてた可能性もある。

 一時の感情に身を任せて、人生を棒に振るなんてことはいくらでもある。

 告白していたら、今の奥さんに出会うことはなかっただろう。

 あの時、春斗に告白しなくて正解だった。


 あの恋は叶っても叶わなくても不幸になる恋だから。

 

 だけど、時々春斗のことを想い出す。

 好きだった頃の春斗を。彼の横顔を。

 彼と歩いた帰り道。彼の寝顔を覗き込んだ授業。

 遠い過去のことなのに、鮮明に見える。まるで近くにあるように。

 そして、彼の事を想うと胸が痛くなる。


 胸の痛みを消すように、俺は辛口の日本酒をぐいと飲み干した。

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