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くちなわ  作者: 参望
6/11

6.淀

 パリッ

 

 何か薄い皮のようなものが割れる音がすると同時に暗闇に亀裂が入ってその隙間から光が差し込んだ。

(ここは?

 夏の匂いがする。それに温かい……。)

 視界はその隙間を突き破り、光を広げた。

 葉の擦れる音が聞こえ、風が身をすり抜け雨水を吸った杉の香りを運んで来る。

 キヨは雨粒が滴る暗い森林の景色を見ていた。地表全てが苔や古い木の根で覆われた太古の森だった。

 

 瞬きと共に視界が切り替わり、また別の景色を見せる。

 今度は冷たい風が吹き、木の葉を巻き上げた。

 視界一杯に鷹の目や見下ろす人間、牛車の車輪が順番に見えた。

 後ろを振り返ると血まみれの蛇の尻尾が見えた。キヨは自分の体が蛇の体になっているのを感じた。

 (蛇?私はこの蛇に関わる何かを体験しているの?)

 さらに擬似的に出血によるめまいのような感覚を感じながらただひたすら草と草の間を這って駆け抜けた。


 さらに視界は暗転する。次に見えたのは月の柔らかい光だった。

 秋草が茂るなだらかな丘と、輪になって跪く狩衣姿の複数の人影を月光が照らす。

 人影の一人が一歩前へ出て、人の姿から大きなアオダイショウに変わった。

 「蛇の身で現世の苦難に耐え抜き、良くぞ”精霊”に転ぜられた。その類稀なる体・類稀なる智・類稀なる気を見込んで、是非我らの長『ツキオカの主』となって頂きたい。」

 近くの池を覗き込むと小さな普通の蛇が、美しく立派な白蛇に変わる様子が姿が映った。

 

 (この蛇、やっぱりカガミ様だったんだ。)


 その後も理解しきれない場面が走馬燈のように切り替わって流れた。

 他の精霊の権力者と腹を探り合いながら会合する場面。自らの足で水源や森の穢れを調査する場面。従者と共に妖と戦い封印する場面。土地の保ち方について人間達と話し合おうとする場面。人間の親子に笑顔を贈られながら桶の水を飲ませてもらってる場面。

 

 また瞬きで視界が暗転した。

 今度は暗くて何も聞こえない水の底にいた。体はキヨ自身のものだった。

 水の底は黒いオダマギ、黒い百合、黒い水仙が咲き乱れ、目玉のない赤い鯉で埋め尽くされていた。キヨは道と呼べる道もない黒い空間を鯉と共に漂う。

 暫く漂った後、岩と岩の間にできた空洞の中に人間の姿のカガミを見つけた。赤黒い色の衣を着て、こちらに背を向けている。

 「カガミ様……。やっと見つけた!」

 キヨは地に足をつけて空洞の中へ入ろうとするが、何かぬめりと弾力のあるものにつまづく。

 腐りかけた人間の頭だった。

 よくよく見るとカガミの周りには無数の死体と血溜まりがあった。

 「ぃあっ?!」

 キヨは小さく叫ぶ。

 近くで見るとカガミの着物の赤さは血の赤だったことが分かった。背を向けていた彼がゆっくりキヨの方に顔を向ける。顔は血で汚れ、片目は黄色く濁り、表情はあの無表情なカガミからは想像出来ない程険しかった。またどこか痛むのか、苦しそうに荒い呼吸をしながら胸や腹の辺りを抑えていた。腹に護符付きの小刀のような物が見える。

 「カガミ様!どこかお怪我をされて……。」

 駆け寄ろうとするキヨだったが、急に周りに火の手が上がり行く手を阻んだ。


 カガミの腹の辺りからカガミに似た赤黒い色の蛇が這い出て、人間のカガミの首に喰らい付く。人間のカガミは腹に刺さっていた小刀を引き抜き、蛇のカガミの頭に突き刺す。両者は屍の上でしばらく縺れ合った。

 

 (カガミ様がカガミ様を襲っている?それにこの死体の山は?)


 人間のカガミは小刀を何度も突き刺した後、やっとの思いで蛇のカガミを引き剥がしてそれを泥に変えた。

 カガミは呼吸を整えながら、不安そうな表情を浮かべたキヨを見て今度は申し訳なさそうにいつもの静かな口調で呟く。

 「すまない……。」

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